37話 早い情報に助けられたので詳しく説明してみた
魔導列車暴走事故のごたごたから解放されたのは、太陽が真上にのぼった頃だった。
早く帰って昼食の用意をしないと……と、急いで帰ったら。
「やあ、ポルテくん。ずいぶん大活躍だったそうだね?」
「あ……え?」
家の玄関扉を開けて、「ただいま」と言うより前に、そこに仁王立ちしていたルーファス先生と対峙する。
そう、まさしく仁王立ち。腕を組んで、顔は笑顔。しかし、幻覚だろうか、背景には般若の面が見える。そして、圧がすごい。
「ルーファス先生……いらっしゃい。どうか、されたんです、か?」
「駅で事故があったと聞いて、情報収集をしていたんだよ。そうしたら……ライリーから連絡をもらってね。君も駅にいたんだろう?」
「……はい。まぁ」
これは、説教モードか?
覚悟しながら家の中に入り、ひとまずお茶の用意をしようとしたが、応接室に引っ張りこまれて「座りなさい」と言われる。
大人しく従うと、そのタイミングでライリーさんもやってきた。
「ターナー卿からも話を聞いたよ。君……また危ないことをしていたんだね?」
「……ターナー卿……」
その名を聞いて、思わず体が震えた。
たぶん、例の旧なんとか侯爵別邸の件だな。至大共鳴陣、だったか。そっちの話も耳に入っているのか。さすがルーファス先生。
「どうなんだね?」
「あ、はい。いや……でも、あれも今回の件も、なんていうか……知らないうちにそうなっちゃったっていうか」
「知らないうちに?」
「……いえ。あの……不可抗力、なんです」
至大共鳴陣は、やろうと思ってやったわけじゃない。そもそも、その存在自体を知らなかったし。
列車の件は、ああでもしなきゃ止まらなかった。止められなければ、大勢の死傷者が出ていたかもしれない。
……うん。不可抗力って言葉しか思いつかないな。
悪いことはなに一つしてないぞ、と意味をこめて、ルーファス先生をじっと見つめる。
すると、まもなく先生が肩を落としてため息をついた。
「どうしてこうなった……やっとライリーが落ちついたと安心していたのに、今度は君か……」
「悪かったな、悩みの種第一号で」
「じゃあ、俺が第二号?」
「なにを喜んでいるのかね」
顔を手で覆って嘆いていた先生が、すぐに切りかえて怒りを滲ませた顔をむけてきた。
俺は、開いていた足をきゅっと閉じて縮こまり、「すみません」と呟く。
「失礼いたします! 大変です、ライリー様!」
そんな重い空気の中、慌てた様子で駆けこんできた人がいた。
この声は、コーデリアさんだな。
「どうした。列車事故の件か?」
「ご存じだったので――ルーファス先生。ご無沙汰しております」
ライリーさんが顔をのぞかせると、コーデリアさんが応接室に入ってきた。そして、すぐにルーファス先生がいると気づいたようで、姿勢を正して頭を下げてあいさつ。
切りかえ早っ。さすがと言うべきか。
「やあ、コーデリアくん。ご苦労様。新聞の号外が出たのかね?」
「はい。こちらを」
コーデリアさんが、折れないように半分に曲げられた薄い新聞を広げて、先生に差しだす。
見出しには、「魔導列車暴走!」と、でかでかと書かれていた。
「は!? なんでこんな早く情報入るんだよ!? 明日出るならまだしも!」
「コーデリア。魔導新聞の仕組みについて解説」
ライリーさんは、ルーファス先生が受けとった号外新聞を横からのぞきこみながら、人差し指を動かして指示。
俺は期待して、頷いたコーデリアさんを見つめた。
「魔導新聞は、毎日記者が各地を回って情報を集めております。その中でも、『実際にあったこと』については、いち早く情報を回すように指示されているようです」
「つまり、あのとき駅に記者がいたんですか?」
「いたどころか、どうもその列車に乗りあわせていたそうで。情報が入りさえすれば、新聞自体はすぐに作れるのです。文字をおこして刷る工程には、専用の魔法が構築されているので」
感心して頷いた。新聞づくりにも魔法か。
この世界では、新聞は貴重かつ唯一の情報源だからな。いかに早く情報を回せるかが重要なのだろう。
しかし、まさか新聞記者まであの列車に乗っていたとは。それならこんなに早く号外が出るのも納得だ。
「のちに別の記者が事実確認をした際に、誤報だったと判明するケースも少なくありません。ですが……今回の件は、先程も申しましたが記者が乗客として現場にいあわせていた点と、同じく乗客だったローズマリー様の証言も掲載されているので、信憑性は高いかと」
「そういうことですか……よくわかりました。ありがとうございます」
コーデリアさんにお礼を言ってから、遅れて俺も号外新聞をのぞきこむ。
……字ばっかりで目が滑る。
分かったのは、事故の経緯。列車が走りだし、普段とは違うありえないスピードで次々と駅を通過。ベルヘブンズ駅でようやく停車した、と。
ちなみに、ローズさんの証言もおおむね同じような内容だった。
たしかに、乗客視点だとそう見えるだろうな。さすがになにが原因かまでは、今の時点では知られていないようだ。
「ローズ院長も乗っていたのか……これはトニーくんの責任を問う声があがるだろうね」
「え!? なんでトニーさんが!?」
「整備責任者だからだよ。原因が不明のうちは、どうしても追及の的になってしまうんだ」
「違いますよ! 悪いのは汚染魔石を動力炉に入れた奴ですよ!」
俺が思わずそう叫んだ瞬間、まるで時間が止まったかのような感覚がした。
全員が、言葉を失って固まっている。
……え? なんだ、この空気。
「汚染魔石? 動力炉?……なぜ君がそれを知っているんだい?」
「お前、やっぱりあの列車に乗ってただけじゃなかったんだな!? なにをした!?」
「なにって、別にそんな大したことは……!」
二人に詰めよられ、目を泳がせる俺。そこでようやく失言に気づく。
そうだった。「俺がなにをしたのか」は、まだ話してなかったんだった!
「……う、運転手っぽい人がさ、『列車が急に走りだした!』って言って腰抜かしてたんだよ。で、慌てて飛びのって……たぶん動力部が原因かなって思って――」
「お待ちください。動力部と客席は分離されているはずです。内側からは入れないのでは?」
「そうだったんですか。いや、俺は外側から入ったんで」
「外側? 猛スピードで走る列車の……外側から、ですか?」
コーデリアさんが、信じられないとばかりに目を見開き、眉を寄せる。
……ルーファス先生とライリーさんのほうは、どうしても見られなかった。
「俺だけじゃないですよ? ローズさんの使い魔の力も借りて、なんとか。で、その……動力炉が暴れてたから開けてみたんですよ。そしたら中に黒い魔石があって……それをこう、がっと取りだして――」
「炉の中に手をつっこんだのか!?」
「違う! 魔法をまとった状態で!」
そう言ったあと、その場はお通夜状態になった。
コーデリアさんは、ドン引きして真っ青な顔で後退り。
ルーファス先生は、燃えつきたといわんばかりに顔を天井にむけている。
ライリーさんは、腰に手をあてて俯いていた。
……どうしようか、これ。
別に、子どもたちに「ヒーロー」と呼ばれて調子に乗ったわけじゃない。俺にできることをしようと思って行動しただけだ。その結果がああだったってだけなんだけどなぁ。
考えこんでいると、どこからか小さな笑い声が聞こえてきた。
ライリーさんだ。彼が、顔を俯けたまま肩をくりくり上下させて笑っている。
「なぁ、先生……とんでもねぇな。あんたの悩みの種第二号は」
「……なにを他人事のように言っているんだい?」
「まぁ、しょうがねぇさ。だってこいつはもうすでにこうなんだから」
ライリーさんが、俺の肩を強めに叩いてなおも笑う。ようやく落ちついた頃、今度は不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「かなり無謀だったようだが……まぁ、よくやった」
「へっ!?」
「なにを言って――」
「事実。こいつのおかげで大勢の乗客の命が救われた……だろ?」
ライリーさんが言うと、とがめようと腰を浮かせたルーファス先生が押し黙った。そして再び、うなだれる。
……まさか、ライリーさんから褒められるなんて。めちゃめちゃに怒られるかと思ってたのに! なんだ? 教育方針の転換か? 大歓迎です!
「もう大人だって言いはるんなら、他人に迷惑がかかるかどうかの判断くらいは当然できるよな?」
「……たぶん!」
「ならいい。好きにしろ」
「おう!」
ご主人様からのお墨つきをもらって嬉しくなり、両腕を天井に突きあげた。
けどまぁ、未だにうなだれているルーファス先生の悩みの種が、これ以上増えない程度には自重しないとな!
◇◇◇
ルーファス先生とコーデリアさんを昼食に誘ったが、コーデリアさんは「せっかくですが、仕事がたくさん残っているので」と言って、急いで帰ってしまった。
忙しいのに、事故のニュースを知らせるために来てくれたのか。相変わらず真面目な人だ。
「先生は大丈夫ですか?」
「ああ、いただくよ。さっきの話で気になることもあるしね」
そう言われて一瞬ドキリとしたが、先生の表情は穏やかなものに戻っていた。
俺を追及したいわけじゃないようだ……たぶん。
昼食は、普段は比較的簡単なもので済ませる。今日は、この前炉辺亭で学んだ、フラットブレッドを使った挟みパン。いわゆる、サンドイッチ的なものだ。具が好みで選べるので非常に便利なのだ。
リクエストにより、ルーファス先生はレタスと焼いた川魚の切り身。ライリーさんと俺は、レタスに加えてカリカリに焼いたベーコンを。
トマトがあれば完璧なんだけどなぁ。魔法で栽培できないのか?……さすがに種か苗がないと無理か。
「君がさっき言っていた件についてだけど……見たのは本当に、汚染魔石だったのかい?」
「まちがいないです。前にトニーさんに見せてもらってたので。魔道具暴発事故はこれが原因かもしれないって言ってたときに」
「……ありえない」
ルーファス先生が、食べかけの挟みパンを皿に戻して、あごに指をそえて考えこんだ。
あれ? 俺、疑われてる?
「本当ですってば! 実際、あれを取りだしたら暴走が止まったんですよ!?」
「いや。君を疑っているわけじゃなくてね。魔導列車に使う魔石に、汚染魔石が混じっていたのがありえないという意味だよ」
「……たしかにありえねぇな」
ライリーさんが、挟みパンの最後のひとかけらを飲みこんでから同意した。
……なんでそんな、「ありえない」なんて断言できるんだろう?
目の前の食べかけの挟みパンをほおばって咀嚼。詳しい話を聞くために、先にお茶の用意をした。
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