36話 大事故が起こりそうなのでなんとか食いとめてみた
目の前に現れた、濃い茶色の羽毛をもった謎の鳥。頭の上に耳のような飾り羽があるところから、ミミズクか。
しかし、こんな余裕で俺を覆いつくせそうなほどでかい種類がいるものなのか。しかも、人の言葉を喋る奴なんて。
……いてたまるか!
「だれ!?」
「だれとか別にどうでもいいだろ! ずいぶん余裕だな!」
「いやいや、どうでもよくないし! 喋るでかい鳥なんて普通に怖いわ! 魔物か!?」
「だれが魔物だってぇ!?」
「およしなさいよ。今は争ってる場合じゃなくってよ」
「っ!?」
大きな鳥に気をとられていると、俺の左の脇から、今度はおっとりした女性の声が聞こえてきた。
ゆったりと、体をくねらせて前にやってきたのは――ヘビだった。
悲鳴もあげず手も離さずにいられたのは、ほとんど奇跡だ。
体は、黒くて艶のあるうろこで覆われている。太さは、片手でギリギリつかめそうな程度。ちょろちょろと出している舌がとてもヘビらしい。
……が、こちらも当然のごとく人の言葉を喋るみたいで、普通のヘビではないようだ。
「ローズマリー様の下僕よ。私はアスタロト。そっちのうるさいのがフォカロ」
「うるさくて悪かったなぁ!」
「……ローズさんの!?」
おっとりしたヘビが、かま首をもたげて説明してくれた。
大きな鳥は、なおも不満げに声を荒らげる。
ああ、よかった! ってことは、味方だな!? てっきり魔物が襲ってきたかと思ったよ!
「カミオ……だっけ。あいつの他にもいたんだな」
「当たり前よ。役割があるもの」
「そっか……! 手ぇ貸してくれるんだな!? なにができるんだ?」
「そんなこともわかんねぇのか!」
「わかんねぇから聞いてます!」
懸命に、強い風にあおられながら、前方にいる大きな鳥――フォカロにむかって叫ぶ。
あちらは、強風なんてなんのその。風の流れをいい感じにつかんで浮かんでいる。さすがローズさんの使い魔。
けど、時間がないんだからいちいちつっかかってこないでほしいな!
「その子は風を操れるの。風よけにするといいわ」
「アスタロト、てめぇ!」
「うるさいわよ。話が進まないじゃない。私はね、どんな隙間にも入りこめるの。隠密行動が得意なのよ」
「それは……っ心強い!」
風を操る力に、隙間に入りこめる能力。ローズさんのチョイスが天才的だ。占いで予測でもしたのだろうか。
とにかく、まずは不機嫌モード全開のフォカロを落ちつかせないといけない。
「フォカロさん――いや、フォカロ様! 風が操れるんですね!? めっちゃすごいじゃないですか! さすがローズマリー様の使い魔! 格が違いますね!」
思いつくかぎりのおだて文句を言ってみた。反応を待つ。
フォカロは、すこしの間沈黙した後、
「当たり前だろうが! で、どうすりゃいいんだ!? さっさと指示しろ!」
乗ってくれた! 案外チョロいな!?
「あら、あなた……よく分かってるじゃない。あの子は褒められるとすぐ調子に乗るのよ」
「みたいだな」
「なんだって!?」
「なんでもない! じゃあ頼めるか!? フォカロ――様は、風から俺を守ってくれ! アスタロトは一足先に動力部へ! 中に入れそうなとこを見つけてくれ!」
「承知!」
二匹が同時に返事。
「承知」って、なんか俺が偉くなったみたいだな!……って、言ってる場合か!
アスタロトが、風をもろともせず先へと進んでいく。
俺は、フォカロにカバーしてもらいながら前へ進む。おかげで各段と動きやすくなった。
車両と車両のつなぎ目を飛びこえるときも、俺が落ちないようにフォローしてくれた。根はいい人――じゃない、いい鳥だ。
そして、ようやく先頭車両に到着。
運転席と思われるところから、にょろりとアスタロトが顔をのぞかせた。
「ここから入れるわよ。フォカロ、入口広げてあげて」
「なんで俺がお前に指図されなきゃ――」
「フォカロ様! お願いします! あなたが頼りなんですっ!」
「……しょうがねぇなぁ!」
だから、チョロいって。ツンデレもちょっと入ってるよな?
フォカロは、「ちょっと離れるから飛ばされるなよ!」と言って、俺の前から離れ、アスタロトが顔をのぞかせたところ――運転席の左の側面の前へと移動した。
そこで翼を大きく広げて――羽ばたいた。
強烈な風の流れが生じて、たちまち運転席のドアが吹きとぶ。
え、ちょっと待て。ドアがあったなら、それ開けて中に入ればよかったんじゃないか? なにも吹きとばさなくても。
……いや、この強風の中じゃどの道無理か。
「ありがとう! 前方の警戒よろしく! 危なそうだったらすぐ知らせてくれ!」
「おう!」
フォカロに前方をまかせ、俺は吹きとんだドアから這うようにして中へと入る。
「ふう……! やっと入れた!」
「安心している暇はなくってよ」
アスタロトが言う。
その視線の先には、大きな薪ストーブのような形のものがあった。
内部にあるものが暴れくるっているかのように、めちゃくちゃに動いている。
「あれは……」
「動力炉よ。あの中に異物が紛れこんだのが原因じゃないかしら」
アスタロトの言葉に、すぐにピンときた。
やっぱり、そうか。
あの中にはたぶん、汚染魔石がある。それが異常な反応を引きおこして、列車を暴走させているに違いない。
取っ手をつかんで、ふたを開ける。途端に、あふれでてくるはげしい虹色の光。
目をこらしつつ、中を見る。そこにある石のようなものの中に、一つだけ黒い光を放つものがあった。
「あれだ!」
まちがいない。あれが汚染魔石だ! あれを取りだせば――
「おやめ! ポルテの坊や!」
「っ!?」
動力炉の中に手を入れようとしたら、突然どこからかローズさんの声が聞こえてきた。
振りむくが、そこにはアスタロトの姿しかない。
「……え? ローズ、さん?」
「そうだよ。今、魔法でアスタロトにむけて私の意識を飛ばしてるんだ。あんたのこともばっちり見えてるよ」
「ホントですか!?」
たしかに、ローズさんの声はアスタロトから聞こえる。
使い魔に意識を飛ばせるなんて、ローズさんの魔法もすごいけど、それを受けとれるヘビのアスタロトもかなり高性能だ。隠密行動が得意と言っていたのは伊達じゃない。
……なんて感心しつつ、意識を動力炉に戻す。
「ローズさん! まちがいなくあの黒いやつが原因なんです! あれを取りださないと!」
「そのようだね。けど、素手をつっこむばかがどこにいる? あの中は絶えず魔法が発動しているような状態なんだよ。手を入れたら、千切れる程度じゃ済まないよ」
「はいっ!?」
ローズさんの鋭い声で脅され、肩が跳ねあがる。
千切れる程度じゃ済まないって、相当ヤバいな。よく考えればたしかにそのとおりだ。危ないところだった!
「じゃあ、俺の魔法をかけるのはどうですか!?」
「それも危険だよ!」
「え……な、なんでですか?」
「あんたの魔法は、魔導祭で戦ってるときに見せてもらったから知ってるよ。魔法を無効化するっていう効果があるんだろう?」
「そうですけど?」
「じゃあ、余計にだめだよ。魔法をかけたら、他の魔石にも影響が及ぶ。そうなると、一気に列車が動力を失う。それでどうなると思う?」
「……! 列車が急停止して、乗客の人たちが……!」
「そう。吹きとばされるんだよ。大人も危険だけど、体の小さい子どもたちはもっと危険なんだ。めったなことはするもんじゃないよ!」
ローズさんの言葉を聞いた瞬間、心臓が早鐘を打ちだした。
……そうか。急に止めたら、まずい。
この速度のまま急停止なんてしたら、乗っている人たちがどうなるか――考えるまでもない。
「わかりました……! けど、じゃあどうすれば!?」
「魔石が効力を失うのを待つしかないよ」
「待つって、いつそうなるかわからないじゃないですか!」
「走りだしてから追加の魔石はくべられていないはずだよ。なら、そこまで時間はかからないかもしれない……大丈夫だよ。あんたはよくやった!」
慰めるようなローズさんの言葉に、後ろめたさを感じる。
動力炉は、未だにガンガン動いている。止まる気配はまったくない。
あれがおさまるまで、待つしかないだって?
――冗談言うな。
「ローズさん」
「……!? 坊や! おやめ!」
左手で右手首をつかむ。右手を覆うように、黒い霧が湧きでてきた。
うまくいく保証はない。けどそれは、俺の手が千切れるか千切れないか。ただそれだけだ。
「子どもたちを、頼みます」
瞬間、俺は右手を動力炉の中につっこんだ。
まっすぐ、黒い光を放つ魔石にのばす。
そして――つかみとった!
ゴツン、と音がして、それが床に転がる。
「黒い霧!」
落ちた魔石を、俺の手の先からあふれでた黒い霧が覆う。
魔石は、すぐに輝きを失った。
振りかえると、動力炉は大人しくなっていた。途端に、列車のスピードがガクンと落ちる。
「魔石を! 魔石をくべるんだよ!」
ローズさんの指示で、そばにあった麻袋をアスタロトが口でくわえてもってきた。その中には、たくさんの魔石が入っている。
俺はその袋を受けとり、手づかみで魔石を動力炉に放りこんだ。
今度は、炉が暴れだすことはなかった。
「……おし! あ、フォカロ様! 次の駅、見えますか?」
「おう! じきにつくぞ。うまくいったんだな! 褒めてやる!」
「それはどうもっ」
フォカロの言葉を聞いて、安堵する。
その後、アスタロトにブレーキがどれかを調べてもらい、なんとか次の駅――ベルヘブンズ駅に、安全に停車できた。
運転席から駅に降りる。
途端に、駅に降りたった乗客から、歓声があがる。
腕を突きあげている人。
抱きあって喜んでいる人。
泣きながら手を組んで空にむかい、神かなにかに感謝を告げているらしき人、などなど。
全員、無事だったのだろうか。ローズさんや子どもたちは?
「坊や!」
ローズさんの声が聞こえ、そちらに駆けよる。
彼女にすがりつくように、子どもたちが今にも泣きそうな顔で立っていた。相当怖かったのだろう。
ローズさんと顔を見あわせ、無言で頷いてから子どもたちに視線をむけた。
「おーい? お前ら、なに泣きそうになってんだ? これから楽しい遠足だってのに!」
何事もなかったかのように、わざと笑ってみせた。
……それがいけなかったのか、途端に我慢の限界だったらしい子どもたちが、そろって泣きだした。
「ごわがっだぁ!」
「あーあー! はいはい! ごめんな! もっと早くなんとかできたらよかったな!……ごめんって!」
泣きやむ気配のない子どもたち。一方で、ローズさんは苦笑して肩をすくめていた。
ちょ、おい。これどうすりゃいいんだよ? 列車停めるより、こっちをなだめるほうが大変なんですけど!?
どうしたものかと目を泳がせていると、大きな鳥が飛びさっていくのが見えた。
「フクロウか……はん。俺のほうがでかいな」
ローズさんの肩に乗ったフォカロが言った。
ああ……俺も乗せてってもらえないかな!? 早く家に帰りたいよ!
これにて三章は終了です。
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