35話 ヒーローと呼んでもらえたので一生懸命演じてみた
ノクスヴァルドと名乗ったドラゴンが出てくる謎な夢を見た日から、数日がたった。
トニーさんから進捗状況の報告は、未だにない。忙しいから来られないのか、それとも単純になにも進展していないのか。
いずれにしろ、報告を待つだけのこちらとしては、非常に歯がゆい。
「うあー! どうなってんだよ畜生!」
「うるせぇよ」
いつものように、ライリーさんがいらない書類まみれにした執務室を片づけていると、そのライリーさんが俺の頭になにかを叩きつけてきた。
「なに?」
「郵便」
ライリーさんはそれだけ言って、またデスクに戻った。
受けとった薄っぺらいものを見てみる。
宛名は、彼のお兄さん、アッシュボーン伯爵もといアーサー様となっている。手紙だ。
ライリーさん曰く、「兄貴が、いつまでも残しておける手紙だと嬉しいって言うから」だそうだ。マメな人だ。
ちなみに、この世界では手紙などの郵便物は、伝書屋へもっていく。いわゆる郵便局のような施設だ。
片づけを中断し、外に飛びでて伝書屋へ小走りでむかった。
帰ったら、また一からやりなおしレベルで散らかってるだろうなぁ。できるだけ早く戻って、被害を最小限におさめないと。
「聞いたか? 今度は北の区画で爆発事故があったってよ」
「ああ。古い浄水器らしいな」
反対側から歩いてきた人たちの会話を聞き、思わず足を止める。
――また、魔道具の暴発事故。
例のウォルフェンデン侯爵の元別邸に棲みついていた魔物は、すべて一掃したはずだ。つまり、やはりと言うべきか、国内に潜んでいる魔物はあれがすべてじゃなかったのだ。
いや、そもそも本当に魔物の仕業なのか?
汚染魔石ができてしまう原因が、本当に魔物の魔力に触れたのが原因だったとする。けれど、その魔物はどうやって国内に紛れこんだのか、そこがまだ解明されていない。
よく知らないけれど、ルーファス先生も一枚噛んでいる強力な防壁。研究に研究を重ねて作りあげられたそれをすり抜けられる魔物が、あんなにいたとは思えないんだが。
まさか、誰かがわざと魔物を国内に? これは誰かの、なにかの陰謀なのか? この国を倒そうとしている誰かの仕業なのか?
……どんな三流ドラマだよ。
大きく息を吐いて、心機一転。
伝書屋に駆けこみ、配達料を支払い、配達役のハトが大人しく止まり木で待機しているのをほのぼのと眺めたのち、再び家へと駆けだした。
そのとき、魔導列車の汽笛の音が聞こえた。
ああ。いいな、魔導列車。けっきょく乗ったのは、アッシュボーンへ行ったときだけだ。それも一駅先で、乗っていた時間はかなり短い。もっと堪能できるように遠出できたらいいんだけど。
……いいんだ、けど!?
頭の血が一気に引くような感覚をおぼえ、俺は踵をかえした。
魔道具暴発事故の原因が汚染魔石なら、魔石を原料にして動いている魔導列車も危ないんじゃないか!?
確証はない。けど、いてもたってもいられなくなり、全速力で駅へとむかった。
「は……っはぁ……!」
息を乱しながら、駅へと駆けこむ。そこには、前に見たごく平和な、穏やかに人が行きかう光景が広がっていた。
……やっぱり、考えすぎだったか? それならそれでいいんだけど。
「あ、ヒーローだ!」
「……へっ?」
誰かが――子どもが俺をさして、駆けよってくる。他にも数人の子どもたちが続いてやってきた。
なんだなんだ? 誰だこいつら。
……あれ? もしかして。
「お前ら……ローズさんのとこの孤児院の!」
思いだして声をかけると、子どもたちはたちまち満面の笑みを浮かべた。
「兄ちゃんのおかげで、いーっぱい新しいおもちゃ買ってもらえたんだよ!」
「勉強道具も!」
「本も! お姫様が出てくる絵本、いつも読んでるよ。大好き!」
お、おおう。その「大好き」は、「絵本が」だよな?
笑顔の子どもたちに囲まれて最初は戸惑ったが、だんだん嬉しさがこみあげてきた。
俺が寄付した金貨一袋が、この子たちの笑顔になったんだな。なんて幸せな話だろう。マジでいいことをしたじゃん、俺!
「よかったな、みんな。で、お前らなんでここに?」
「遠足だよ」
子どもたちの背後から、これまた見おぼえのある人がやってきた。
ウェーブがかかった紺色の長い髪と細い腰。孤児院院長のローズさんだ。
彼女は手に、子どもたちの分らしい切符の束を持っていた。
「順番に配るよ。受けとったらお行儀よく整列するように」
「はい、院長先生!」
子どもたちは、一人ずつローズさんから切符を受けとり、離れたところに二列になって整列した。
……相変わらず、統率がよくとれている。
「ナイトグレン領までね。私のスポンサーの一人が治めているところだよ。ご厚意で子どもたちを招待してくれたんだ。もちろん、旅費はこっち持ちだけど……あんたの寄付のおかげで叶ったんだ。本当に、ありがとうね」
ローズさんは、俺にずいっと近づいて、あごに触れて目を細め、誘惑するかのような仕草をした。
いやいや……! マジでこの人、いくつだよ!
「い、いえ! 喜んでもらえて、俺も嬉しいです!」
返事をしながらゆっくりと後退りして離れると、ローズさんは余裕の笑みを浮かべていた。
ドギマギしている俺を見ていた子どもたちがニヤニヤしていたので、代表して一番近くにいた男子の頭を乱暴にかきまわしてやった。
「それじゃあね。ライリーのお子守り、がんばりなよ」
「はい。いってらっしゃい!」
「いってきまーす!」
ローズさんと元気な子どもたちに手を振って、彼女たちが改札を抜けて見えなくなるまで見送った。
……いいな、楽しそうで。俺も引率係になりたかった!
と、思ったところで本来の目的を思いだす。
けれど、やはり列車に異常は見られない。それもそうか。俺はただ、自分だけで考えた可能性でここまできたわけだから。
ふと、目に入った公衆通信機コーナーにむかって歩きだす。一度ライリーさんに報告と相談をしたほうがいいだろう。
空いている公衆電話もとい魔導通信機の前に立つ。かけ方は、前に一回だけやったのでなんとなく分かる。
えー……そうだ。まず、耳当てをとる。そして、銅貨を三枚投入。ダイヤルでかける先の番号を回せば、まもなく通信中を示す「ブブブ」と連続した音が聞こえてくる。
「俺だ」
まもなく聞こえてきた声は、機械を通しているせいか、いつも聞いているものとは少し違っていた。だが、間違いなくライリーさんだった。
「あ、ライリーさん? 俺だよ俺」
「…………」
話しかけたのに、反応なし。
もしや、怪しまれてる? いや、違うから。オレオレ詐欺じゃないから!
「俺だよ俺! ポルテだよ!」
「……ポルテ? なにかやらかしたのか?」
名前を名乗ってようやく信じてもらえたようで、安堵の息をもらす。
なんのためらいもなく、「俺がトラブルを起こした」と思いこんでいるようだが、とりあえずスルー。
「今、駅にいるんだけどさ。俺思ったわけ」
そこで一旦言葉を切り、近くに誰もいないのを確認。用心して、声がもれないように口元に手をそえた。
「……汚染魔石が魔道具暴発事故の原因なら、それ使って動いてる魔導列車もヤバ――危ないんじゃないかって。どうよ?」
そう言ったあと、しばらくライリーさんから返事はなく、代わりにため息をつくような音が聞こえた。
「あのな。それはねーよ」
「え? なんで?」
「いいからさっさと帰ってこい。詳しい話は――」
ライリーさんの言葉は、最後までよく聞こえなかった。
それは、停まっている列車が突然、けたたましい警笛を鳴らしたからだ。
構内にいた客の全員が、列車を怪訝そうな顔で見ている。
「どうした?」
「様子見てくる!」
それだけ言って一方的に電話を切り、急いで改札を抜けて列車へと近づく。
列車はゆっくり――いや、ありえない速さで動きだしていた。
「列車が! 列車が急に動きだした!」
そばでへたりこんでいる、紺色の制服を着た駅員が叫んだ。車掌だろうか。まさか、運転手じゃないよな?
もしそうなら、列車は無人状態で動いていることになる。となると――これは、まさか暴走!? 俺が心配していた件が現実になったのか!?
駅から遠ざかろうとする列車を、走って追いかける。なるべく近づいて、手をのばした。
――届いた!
最後尾の外側についていたでっぱった部分に触れた。それをつかんで、なんとか列車にしがみつく。
ぶら下がるような格好から、つかめそうな場所を見きわめつつ前に進む。
動力部は、たしか一番先頭にあるはずだ。原料の魔石を無効化すれば止まるはず。
「……う、ぐっ」
風が強い!
だんだんスピードが上がっていて、強風をじかに浴びている身では思ったように動けない。それどころか、ちょっと気を抜いて手を離してしまえば一巻の終わりだ。
列車の側面を移動するのは無理があるか。天井にのぼって、這って進んだほうが安全か?
のぼるためにつかめそうな場所を探しつつ、前へ進む。そして、やっと最後尾の車両とその前の車両のつなぎ目が見えてきた。
あそこから上がれそうだ!
気を抜かないように、慎重に進む。
――すると。
ふと目をむけた窓、車両の中に、先程会った孤児院の子どもたちとローズさんの姿を見つけた。やはり乗っていたようだ。
大丈夫! 絶対助けるぞ!
そう意味をこめて、不安そうに顔を歪めている子どもたちにむけてサムズアップして笑ってみせた。
そこから離れて進み、なんとか車両のつなぎ目に到着。列車の天井部分にのぼるのに成功した。
……やっぱり風が強い!
待て。しかもここ、つかめそうなところが少ないな! やっぱり側面にしがみついて移動したほうがよかったか!?
「おい! なにをちんたらしてんだ!」
「っ!?」
どうしたものかと必死にしがみつきながら悩んでいると、突然すぐ近くから罵倒する男の乱暴な声が聞こえてきた。
顔を上げると、そこには――翼を広げた、大きな鳥。
ま、まさか……今、こいつが喋ったのか!?




