34話 友達になりたかったので勇気だして声をかけてみた
「よくそこら歩けるよな」
「まったくだ。獣人はさっさと『獣人だまり』に帰れよな……」
男二人組は、こそこそしながらもしっかり俺に聞こえるように話している。
獣人だまり。
カトリーナが、そういう差別的な言い方をする奴もいるって言ってたな。本当にいたのか。
「ねぇ。あんたらさ――」
たまりかねたトニーさんが、体ごと振りかえって二人組に話しかけた。
その声が鋭く空気を裂き、店内のざわめきが一瞬だけ引いた気がした。
しかし、俺は彼女の顔の前に手を出して阻止。
トニーさんの肩が、びくりと揺れる。
「いいんだよ」
俺はそう言って椅子から下り、二人組に近づいた。
彼らが俺に気づき、警戒するような、怯えるような様子で目を泳がせている。
瞬時に、俺は勝ったと確信した。
「そんなに――俺が羨ましいんだな!?」
瞬間、時が止まったかのように周囲の人たちが動きを止めた。
俺はかまわず続ける。
「そりゃそうか。なんたって俺、タコの姿にもなれるからな! 超便利なんだよ。誰かさんが部屋散らかしても効率よく片づけられるし!」
「……っし、知らねぇよ!」
二人組が、俺から離れるように壁際に引く。
そんな彼らに顔を近づけて、なおも続けた。
「そんな悔しがらなくても大丈夫だって。人間はさ、そういうのない分賢くなるようにできてるんだってよ。せっかくなんだから、もうちょいその頭使ってから発言すれば? 今のじゃ俺と仲よくしたいってふうには全然思えなかったし……あ、でも俺は大歓迎だけどな。あんたらにその気があるんなら!」
最後に、二人組の肩を同時に叩いて締めた。
なぜかドン引きして言葉を失い固まっている二人を、ヒレをパタパタ動かしながら笑顔で見つめる。
そのうち、二人は俺と極力目をあわさないように顔を伏せながら、さっさと店を出ていってしまった。
うん……? なんだ。かまってほしいわけじゃなかったのか。
「うるせぇよお前。店に迷惑だろ」
それまでまったくといっていいほどリアクションがなかったライリーさんから言われて、振りかえる。
カウンターに女将さんと他の調理担当の人、それから他の客の視線がこちらにむけられていた。
「うわ! すいません!」
「かまわないよ……あんた、強いね?」
「なにがですか?」
女将さんは、にこにことほほえむだけで答えてはくれなかった。
よくわからないので、ひとまずスルーして他の客にむけて軽く頭を下げておく。
ひととおり謝罪を済ませ、苦笑いをしているトニーさんとどうでもよさそうにしているライリーさんの隣、元々座っていた席に戻る。
ふと視線を上げると、厨房から出てきていた調理担当の人と目があった。
「……んあ!? フレッドさん!?」
「ああ。また会ったな」
その顔をまじまじと見て、ようやく気づく。
先日会ったときとはまるで格好が違っていた。
頭には、帽子ではなくバンダナのように布を巻いている。服装も黒い半袖シャツにエプロン。
まるでラーメン屋の店主のような格好で、妙に似合っている。
「知りあいか?」
「こないだ石投げられたときに助けてくれた人! ちゃんとお礼したかったんだよ。あのときはありがとう! このスパゲッティ、フレッドさんが作ったのか? どおりで! 超うまいよ!」
つい興奮気味に前のめりになって語ると、フレッドさんは器の大きい人らしく「それはよかった」と返し、俺の熱い思いをきちんと受けとめてくれた。
「フレッドっていったか? うちのが迷惑かけたな」
「いや。迷惑ではないから大丈夫だ」
ライリーさんが若干上目遣いでフレッドさんに言い、フレッドさんは首を横に振って否定した。
ほら! ライリーさんの「うちのが」って言い方も、フレッドさんの「迷惑じゃない」っていう言葉も!
いい人たちだな、本当に。俺の周りにはそんな人ばっかりだ!
◇◇◇
いろんな意味で大騒ぎだった食事を終えて、俺たちは店を出た。
もちろん、女将さんとフレッドさんにあいさつも忘れない。
「ごちそうさまでした。また絶対来ますね! フレッドさん、カト――じゃない、ケイトにもよろしく!」
「ああ。またいつでもこい」
「ありがとねぇ!」
それぞれの笑顔を浮かべた二人に手を振り、店をあとにする。
「あいつも獣人なのか?」
「へっ?」
出る前に手洗いに立ったトニーさんを待ちながら、ライリーさんがぼそりと聞いてきた。
……言ってもいいのか?
でも、フレッドさんは隠してるっぽいんだよな。頭の耳が見えないようにきっちりと布を巻いてたし。
「…………」
「そうなんだな」
「黙秘します!」
「バレバレだっつうの」
ライリーさんに頭を小突かれる。くそ、だめだったか。
「なんであんなに隠したがるんだろうな? 別に減るもんじゃねぇのに」
「……お前とは違うからだよ」
「はぁ? そんなの当たり前だろ?」
俺の返答に、ライリーさんは無言でため息をついていた。
……なに? どういう意味!?
「お待たせー」
聞こうとしたときにトニーさんが出てきたので、仕方なく俺は口をつぐんだ。
「なんか人通り多くなってきたね……やっぱライリーの家についてからでいい?」
周囲を見まわしたトニーさんが、言った。
顔は笑っているけど目が笑っていないのを見て、俺もライリーさんも頷いた。
けれど、家につく頃には眠気がマックスになっていた。腹が満たされたせいだ。
あくびを噛み殺しつつ、応接室に入った二人にお茶をいれる。
今回は、二人がこのあと仮眠をとる可能性にも考慮して、眠気を妨げないペパーミントにした。
「さて。ポルテが立ったまま寝ちゃう前に報告しとくよ」
「よくわかったな?」
「わかるよ。すごい眠そうじゃん」
トニーさんは、持ちあるいていた鞄を床に下ろし、中から取りだしたものをライリーさんに投げた。
それをキャッチしたライリーさんの顔が、たちまち険しくなる。
「さすが。一目で分かるんだ?」
「なに?……魔石?」
ライリーさんが手にしているのは、手を握ったらすっぽり隠れる程度の大きさの魔石。中に光を閉じこめているかのような、美しい虹色の石だ。
けれどそれには、よく見るとところどころに黒いマーブル模様があった。
「汚染魔石だよ」
「汚染、魔石?」
「そ。例の屋敷に設置した魔道具に入れといたやつを取りだしたらそうなってた。十中八九、魔道具暴発事故の原因はそれだね」
トニーさんが、説明しつつ俺がいれたお茶を堪能しているのを尻目に、ライリーさんと二人で汚染魔石を見つめる。
「……取りだしたらこうなってたって、じゃあ入れる前は普通の魔石だったのか?」
「当然。念のため入れといて正解だったよ。なにが原因でそうなったかはまだ調査中だけど」
トニーさんがティーカップをソーサーに戻したタイミングで、ライリーさんが汚染魔石を投げかえした。
難なくトニーさんがキャッチする。
「原因は魔物か?」
「お、勘がいいね。そう。魔物の魔力に触れるのが原因なんじゃないかっていう説が、今んところ一番有力視されてるんだ。それが本当なら、国内に入りこんでる魔物を一掃して、なおかつ二度と侵入できないようにしないといけない」
トニーさんは、汚染魔石を鞄にしまい、それを持ってすくっと立ちあがった。
「てなわけで、そうなったときはまたよろしく! 進展したら報告しにくるよ。じゃね!」
そう言いすてて、トニーさんはさっさと帰っていった。
取りのこされた俺は呆然と立ちつくし、ライリーさんはお茶を飲んだあとにため息をついた。
彼がカップをソーサーに戻した音で、我にかえる。
「寝るか」
「だな」
ライリーさんの疲れきった言葉に、俺は一も二もなく同意した。
◇◇◇
自室のベッドに横になって布団をかぶると、すぐ眠りの世界に入った。
しかし、しばらくしてなぜか意識がはっきりとしてくる。
そこは、真っ暗な闇の中のようだった。
どんな夢だよ、と不思議に思ってあたりを見まわしていると、突然なにかが現れ、また見えなくなった。一部分だけ煙がぶわっと晴れるような感覚だ。
現れたのは、巨大な目のようなもの。俺の身長と同じくらいの高さがある。
……今のは、なんだ? え、これ夢だよな?
「だれかいるのか?……おーい!?」
しばらくなんの反応も返ってこなくて、俺は周囲をキョロキョロとうかがった。
夢の中とはいえ、なにも見えない空間で動くのはなかなか勇気がいる。
どうしたものかと思っている間に、再び目の前になにかが出てきた。
今度は一部分だけではなく、霧がすっかり晴れるように、その全体がはっきり見えた。
――巨大なドラゴン。
全長がどれほどかもわからない。長い首と折りたたまれた翼で、かろうじてドラゴン――らしきものだとわかる程度だった。
当然ながら、俺は言葉を失う。そして、パニック状態に陥った。
なにこれ!? マジでドラゴン!? っていうか、でかすぎる! こんな近距離で、生で見られるなんて!
……え、俺実はめっちゃピンチだったりする? 食べられる寸前だったりする!?
「我の眠りを妨げし者よ……」
重厚な響きのある低い声が、響いた。
直接耳で聞いたのではなく、頭の中に響くような感覚だった。
「我が求めしものはただ一つ……自由だ」
「自由?……お前、自由じゃねぇの? なにかに囚われてんのか?」
「我が名を呼ぶがいい。さすれば、汝の恨みつらみ……すべてを破壊してくれよう」
「はぁ……? 恨みつらみ?」
「妨げしもの……上に立つ者どもをすべて退け、汝が上に立つ者になる。我が力をもってすれば、それが叶う」
ドラゴンが、ゆっくりと首を持ちあげるような気配がした。
長い首が曲がり、再び俺に近づいてくる。
「望め。求めよ。我が力を」
ドラゴンに表情筋があるのかはわからない。
しかし、俺にはそのとき、奴が笑ったように見えた。
すぐそこにあるドラゴンの顔に、手をのばして――止めた。
「いやいや、そんな野心ねぇし。今はいいです」
右手を自分の顔の前まであげて、横に振って否定する。
途端に、それまでどこかやる気満々だったドラゴンの動きが、ぴたりと止まった。
「……我がなにを言っているのか理解しておるのか?」
「してますけど。俺の力になって戦ってくれるって話だろ? どうもありがとう。けど、今は全然ピンチじゃないから。もしそうなったら、そのときにまた相談するわ」
ドラゴンは、しばらく俺を見つめたのちに持ちあげていた首を戻して、最初の寝そべる体勢に戻った。
……心なしか、呆れているようにも見えるんだけど。なんで?
「あ、待ってくれ! 名前! せめて名前聞かせてくれよ! じゃないと呼べないだろ!?」
目を閉じかけたドラゴンに、必死で呼びかける。
再び目を開けたそいつが、わずかに口角を上げた。
「我が名は『ノクスヴァルド』……小さき者よ……我が力を欲するがいい……」
「え!? ノクス……って、おい待て……!」
聞きおぼえのある名前に驚いている隙に、再び濃い霧がたちこめて、辺りが闇に包まれてしまった。
手をのばしても、なにも触れない。
そこにいたはずのドラゴンは、跡形もなく消えていた。
「っ!?」
次の瞬間、俺はベッドから転げおち、背中や腰を強打する災難に遭った。
そのままの体勢で、天井をぼーっと見つめる。
今のは、本当にドラゴンだったのか?……小さき者って。余計なお世話だよ!
まもなく、ライリーさんの「いつまで寝てんだ!」という呼び声に対応すべく、痛む足腰に鞭打って起きあがり、部屋を出た。




