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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
三章 暴走の連鎖編

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33話 徹夜明けなのでひとまず腹を満たしてみた

 ザックさんの魔導医療専門研究院をあとにして、俺はぐったりしていた。


 魔力と体力は回復したけれど、ザックさんに顔を近づけられて忠告された上、空腹度と眠気が限界を振りきっている。


 帰ってからなにかを作る気力が残っているか、怪しいところだ。



「眠い……あと腹減った……」


「だな……なんか食ってくか」


「なにを? どこで?」


「いいところがある。最近行ってなかったし、ちょうどいいな」



 あくびをしながら首をかいていたライリーさんが、歩きだした。


 またしても、俺はただその背中を追いかける。


 最近行ってなかったいいところって、もしやライリーさんいきつけの店か?


 どんな店だろう。楽しみだ。


 路地裏に入り、ギリギリすれ違いできる細い道を進む。薄暗い裏通りに入ったようだ。


 目当ての店は、ランプが二つぶら下がっているおしゃれな木造の店だった。


 これまた木製の看板に、「炉辺亭(ろべんてい)」と太い筆のような字で書かれてあった。



「いいとこだな! 隠れ家みたいだ」


「お前、そういうの好きそうだな」


「好きそうじゃなくて好きです」


「ああ、そうかよ」



 会話しながら、ライリーさんが出入口のドアを押しあける。



「いらっしゃい!……おや、ライリー! ご無沙汰じゃないか」



 ライリーさんが中に入ると同時に、女性の元気で大きな声がした。



「悪いな、女将。いろいろ立てこんでてよ」


「かまやしないよ。さ、座って……って、珍しいね。今日は連れもいるのかい?」



 ライリーさんが女将と呼んだ女性が、あとから入ってきた俺を怪訝そうに見る。


 頭にエキゾチックな模様の柄のバンダナを巻いていて、白いエプロンをつけている。体型は、少しふくよか……とでも言っておこう。



「ああ。こいつは――」


「あー! 思い出したよ! あんた、ライリーの弟子だろう!? こないだ魔導祭に出てた!」


「はい! 見ていただけたんですね」


「そりゃ年に一度のお祭りだからね! そうかそうか……! 会えて嬉しいよ。あたしはここの女将で、名前はステイシーっていうんだ。あんたは?」


「ポルテです。よろしくお願いします、ステイシーさん」


「ここらじゃ女将で通ってるんだよ。気軽に呼びな」


「はい。じゃ、よろしく。女将さん」



 ステイシーさんもとい女将さんは、丸顔に満面の笑みを浮かべ、俺の肩をバシバシ叩いてきた。


 元気な人だ。話していると退屈しないっていうか、楽しめそうな雰囲気。つまり、いい人。


 その女将さんの勧めで、俺らはカウンターの隅の席についた。ライリーさんが左の端で、俺はその隣だ。



「いい店だな、ここ。女将さんもいい人っぽいし」


「まぁ……好き嫌いが分かれるかもしんねぇけどな」



 ライリーさんが、メニュー表を見ながら苦笑して言った。


 たしかに、疲れているときに女将さんにあのテンションで話しかけられたらきついかもしれない。おかげで元気が出そうな気もするけど。


 それに加え、店の内装もいい雰囲気だ。丸太のような円柱状の木が何本も組みあわさってできていて、まるでログハウスのようだった。


 あちこちにあるランプの淡いオレンジ色の明かりが店内を照らしていて、それがさらにくつろげる空気をかもしだしている。


 さて、店内の観察はまたあとにするとして。なにを頼もうか。


 席一つ一つに備えつけてある小さなメニュー表を見る。


 俺の手持ちの金で食べられそうなものは……いや、待て。今の手持ちはいくらだっけ?



「まとめて払うから気にしないで好きなの食え」


「え!? いいのか!?」


「ケチケチしてたら、女将になんて言われるか分かったもんじゃねーぞ」



 ライリーさんが、俺の耳元でぼそっと呟いた。


 うん。平気で「男のくせに」とか言いそうではあるな、あの雰囲気は。


 ただ……いいのだろうか?


 そもそも、ライリーさんと俺って「主人と召使い」だよな? ときどきマジで忘れそうになるよ。最近は特に。


 召使いが主人に食事を奢ってもらうなんてありえないだろうけど、せっかくのご厚意。ご相伴に預かろう。


 わくわくしながらメニュー表を見る。


 黒麦パンの香草トースト、鶏肉のあぶり焼きに川魚の包み焼き……などなど。オーブン料理っぽいものが多いようだ。


 一つ一つの料理名を読んでいると、ありえない文字を見つけて目を見開いた。



「なんでスパゲッティなんてあんの!?」


「なんでって……別にそんな不思議じゃねぇだろ」


「不思議だわ!」



 メニューには、「スパゲッティ 基本の味つけはオリーブオイルのみ お好みで塩、チーズ、ハーブのいずれかをお選びください」とある。


 いわずとしれた、スパゲッティ。それは、紛れもなく小麦粉で作られるものだ。


 あの、庶民には高根の花である高価な小麦粉で。


 にも関わらず、料理の値段は実に庶民的だ。



「小麦粉って高価じゃねぇの?」


「…………」



 ライリーさんが、面倒くさいといわんばかりに顔をしかめる。そして、手をあげて女将さんを呼んだ。



「俺、トーストとオムレツ。プレーンの。こいつはスパゲッティ」


「はいよ。味つけはどうする?」


「勝手に頼むなよ!……チーズでお願いします!」



 豪快に笑いながら頷いた女将さんが、カウンター裏の厨房へとひっこんでいく。


 いいけどさ。この世界のスパゲッティとはどんなものか、たしかめてみたいし。



「コーデリアから本借りて勉強したんだろ。それ思いだしてみろ」


「コーデリアさんの本?……なんだっけ?」


「頭に入ってねぇのかよ。魔導革命のあたりの話だよ」


「魔導革命……? 魔導革命……ああ!」



 なんとなく思いだした。


 アルケミリア王国が建国されて間もない頃は、魔法の研究は主に軍事面のほうにベクトルがむけられていた。


 けれど、次第に国民の生活に関わる分野――特に、農業や医療などの面でも研究が進められるようになった、っていう話だったはずだ。


 農業にも魔法の技術が応用されるようになった。つまりは、繊細かつ厳重な管理が必要な小麦の生産においても、それが生かされているのだろう。



「そっか……だから小麦粉も白パンもよく売ってるの見かけるし、そんな高くないんだな」


「王都限定だけどね。おかげで王都に流入する人口が増えすぎて、一時期社会問題になったんだよ。それで、『王都居住制限令』なんていう法律ができる始末でさ」



 俺の隣に座った人が補足してくれた。


 そうか。革命が起きたとはいえ、小麦が安いのは王都限定なのか……って。



「トニーさん!?」


「なにしてんだお前」



 ライリーさんも、突然登場した彼女に目を見張った。


 そう。やってきたのは、疲れきった様子のトニーさんだった。目の下にうっすら隈ができている。



「なにって、報告に決まってんじゃん。探したよ。家行っても二人ともいないんだし。だったらここじゃないかと思ってね……女将さーん! いつもの一つ!」



 厨房から女将さんが顔をのぞかせて、「はいよ!」と元気な声で返事をしていた。


 トニーさんもここの常連だったのか。いいな、「いつもの」って注文の仕方。ちょっと憧れる。



「報告って?」


「続きは食べてからにしよう? あたし、もうそろそろ限界だから」



 トニーさんが、セルフサービスらしい浄水器の水をついで一口飲んでから、ぐったりとテーブルに突っ伏した。


 まるで現代日本の飲食店みたいだ、と思ったけれど、一応有料らしく、そばには料金箱が設置してある。


 俺もトニーさんにならい、料金箱に水の代金の銅貨を二枚入れてから、備えつけのコップを二つとって水をそそぐ。


 一方をライリーさんに渡して、自分の分を一息に飲んだ。水、うめぇ。


 そして、まもなく頼んだ料理が運ばれてきた。


 ライリーさんの前に置かれた皿には、こんがり焼かれた二切れの黒っぽいパン。それから、きれいな形に整えられた、目にも鮮やかな黄色のオムレツ。


 トニーさんは、折り曲げたフラットブレッドにレタスらしい葉物野菜と千切りにされた紫色のニンジンが挟まったもの。


 名前は「挟みパン」で、いろんな具をチョイスできるらしい。ほとんどサンドイッチだ。


 そして、一番目を引くのが俺の皿ではないだろうか。とろけたチーズがかかった、山盛りのスパゲッティ。



「大盛りにしといたよ。今日だけ特別サービスだからね」


「やった! 女将さん、太っ腹!」



 彼女に感謝しつつ、フォークを握った。心の中で「いただきます」と唱えてから、一口。



「うま……! うますぎる!」


「……よく朝っぱらからそんなの食えるな」


「本当だね」


「朝じゃないだろ! もう昼近く!」



 サイドにいる二人からの訝しげな視線は無視。


 これは、フォークが止まらないうまさだ。麺にからむとろけたチーズとオリーブオイルが最高だった。


 ここにベーコンがあれば完璧にカルボナーラ……いや、そこまで贅沢は言うまい。


 皿が空になり、満腹になった幸せを噛みしめながら、水を飲んだ。



「それで報告って?」


「あー……ごめん。ちょっと客多くてここだと話しづらいな。外出てからにしよう」



 トニーさんが振りかえって店内を見回し、渋い顔をした。


 たしかに、俺たちが入ってきたときより客が増えて賑やかになってきた。昼時間が近いせいか。



「んじゃ、さっきの……なんとかっていう法律、教えてくれ」


「なんとかっていう法律?……あ、『王都居住制限令』?」


「そう。それってなに?」


「そんなの気になるの?」


「あんたが言いだしたんだろ!」



 彼女は苦笑して、「まぁそうだけど」と言った。



「その名のとおり、王都――アルシードに住む者は一定以上の魔力をもってないといけないっていう法律だよ」


「一定以上の魔力……転居者とか移住者は審査の過程で魔力を測られてたのか?」


「それはもちろん。加えて、法律が施行した時点の住民全員もね。大人も子どもも、生まれたばかりの赤ん坊も、貴族も平民も、みーんな。魔力が低い人、特に無魔力者は王都から追いだされてたんだ。親が魔力あっても、生まれてきた子どもがそれだったら容赦なくね。今はもう廃止されてるけど」



 トニーさんは、遠くを見つめながら淡々と説明してくれた。


 無魔力者は王都に住む資格なし、とでも言うのか? そんな差別を助長する法律があったのか。


 ……まぁ、この時代、この世界特有とも言えなくもないけど。じゃあ、移住申請のときの審査が厳しいのはこの法律の名残、とか?



「なぁ、あいつよぉ……」


「ああ。よくこんなとこいられるよな」



 そのとき、背後からだれかがこそこそ話す声が聞こえて、気になって後ろをむいてみた。


 真後ろのテーブル席についていた男二人組と目が合い、途端にそらされる。


 ……なるほど。そういうことか。

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