32話 実は命が危なかったらしいので肝に銘じてみた
ゆさゆさと揺れるような感覚がして、意識が浮上する。
……寝心地が悪いな。あと、空腹が限界に近い。
「腹減った……」
「落としてやろうか」
耳元で怒りの声が聞こえて、一瞬で我にかえる。
視界に広がる黒。
ここは……え、ウソだろ?
ライリーさんの背中だ! 俺はおんぶされているようだ!
「な、なん、で?」
「なんでもなにもねぇよ。お前が急に糸切れたみたいに気を失うからだろうが」
「すみませんでした!」
ライリーさんの背中から、飛びのくように離れる。
地面に足をついた瞬間にめまいがしてふらついたが、なんとか踏みとどまった。
……だるくて重い感じがして、少し動くだけでも息ぎれがする。
これは、魔導祭のための修行の初日に味わったあの感覚と似ている。たぶん、魔力と体力を限界まで消耗した結果だろう。
「あのあと、なんともなかったのか? トニーさんは?」
「なんともねーよ。トニーは上の連中に報告にいくっつって、さっき別れた」
「そっか……ならよかった」
「よかねーよ、ばか野郎」
ライリーさんは、ほっと胸をなでおろした俺に顔をずいっと近づけたかと思いきや、また離れてわざとらしく大きなため息をついた。
「寄り道してくぞ」
「寄り道? あ、飯とか?」
「…………」
なぜか、ライリーさんは不機嫌そうに顔をしかめていた。
なんで? 俺、なんかした? 言ってくれなきゃわかんないんですけど!
「……お前のその能天気さをすこしは見習ったほうがいい気がしてきて癪だ」
「え? そんなの遠慮なく見習えば?」
わざとふざけて、ライリーさんの顔を覗きこみながら言うと、ライリーさんが拳を振りあげてきた。
さすがに本当に殴ってはこなかったけれど。
それからは、お互いほぼ無言。
まもなく到着したのは、レンガ造りの重厚な建物。入口には、「魔導医療専門研究院」とある。
「ライリーさん?」
「黙ってついてこい」
いや、それもいい加減限界なんですけど!?
おかまいなしに中に入り、ずんずん進んでいく彼を追いかけるしかなかった。
しかし、意味がわからない。
魔導医療の研究所に一体なんの用だ? 俺は早いところ水に入って回復したいんだけどなぁ。
「ここまでは順調だな」
「ああ。ターナー卿に報告して判断を仰ごう」
通りすがりの、白衣を着た研究員らしき人が話している内容を聞いて、ぞっとして立ちどまる。
……待てよ。よく考えたら、魔導医療はザックさんの専門分野だ! じゃあここって、あの人の本拠地じゃ!?
「っ!?」
「いいから行くぞ」
ライリーさんに気づかれないように一人出ていこうと、そっと踵をかえした直後に襟首をつかまれ、引っ張られる。
「おっ! 俺帰る!」
「帰さねぇ」
「ライリーさんの鬼!」
「ああ!? もっぺん言ってみろ!」
「ライリーさんの鬼!」
「……っそうか、ここで燃やされてぇんだな!」
ライリーさんが俺を自分の前方に放り、素早く黒手袋を取りだした。
だったらこっちも……あ、だめだ。今魔力切れてるんだった!
「ずいぶん賑やかだと思ったら……やはり君たちか」
背後から、のんびりとした響きの声が聞こえて振りかえる。
そして、すぐに後悔。
そこにいたのは、ザックさんだった。汚れ一つない真っ白な白衣が眩しい。
「ドクター。ちょっとこいつの頭の悪さを診てやってくれ」
「ひどっ!」
「ふーむ……これは致命的だろうねぇ」
「ザックさんまで!?」
ライリーさんは呆れたような目をむけてきて、ザックさんは口に手をそえて笑っていた。
この人、こういうのに乗るタイプだったのか……意外におちゃめなんだな!
◇◇◇
ザックさんの案内で、ある部屋に通された。
清潔感漂う広い一室。奥にはベッドがいくつか並んでいて、病室のようにそれぞれがカーテンで囲えるようになっている。
ザックさんはすぐに察してくれたようで、部下らしい研究員の人に指示をし、水を入れた大きめの直方体の水槽を用意させた。
「入りなさい」
「ありがとうございます……」
はぁ、助かった。
タコに獣化して、遠慮なくその水槽に入る。
外から、興味深そうに覗きこんでくるライリーさんの顔がアップで映りこんだが、気にせず目を閉じた。
数分後。
底を蹴ってふわりと浮上。
水槽の外に出て、用意されていた布で体を拭き、机から飛びおりて人間の姿に戻る。
「っはぁー! 生きかえったぁ!」
腕を天井にむけて大きく伸びをしながら、声を張りあげた。
さっきまで感じていただるさは、まったくない。まさしく全回復。この感覚はなかなか癖になる。
すぐに振りかえり、ザックさんとむき合う。
「ありがとうございました! おかげさまで元気になりました!」
「ああ。それはなにより」
「……話には聞いていたが、本当に回復したのか?」
ライリーさんが、怪訝そうな顔をザックさんにむける。
「そうだね……」
「ぐっ!?」
ザックさんが、背後の机の上にあった大きめのリモコンのような機械を手にとって、飛びでている棒の先を俺の腹に食いこませた。
数秒後、機械が小さな音を立てて、画面になにかが表示されたようだった。ここからではよく見えない。
「……ふむ。まちがいなく全回復しているね」
それを聞いたライリーさんが、訝しげな表情を浮かべて俺を見た。
なんだよ、その地球外生命体でも見ているかのような目は。
「うまいこと放出できているようだね。それもなによりだよ」
「放出って?」
「『潜在魔力』だよ」
「……なんですか、それ」
聞きなれない言葉に、俺は首を傾げた。
そして、ザックさんとライリーさんを順番に見る。
ライリーさんは無表情で黙ったまま、ザックさんは無言で二度頷いた。
……この人たち、俺の知らないところで意思疎通ができているのか? 魔法でテレパシーでもしているのだろうか。羨ましいぞ!
「本人にはまだ言ってなかったんだね。これは失礼」
「……別に。そろそろ言おうとは思ってたんだよ」
「だからなにを!?」
これから説明してくれるのだろうけれど、つい急かしてしまう。
胸の前まで両手をあげて、拳を握ってそれを上下に振り、じれったいとばかりに説明を催促した。
「先日、もらったサンプルを調べて分かったんだが……君は『潜在魔力』の持ち主のようだ」
「だから、なんですかそれ」
「表に出せない、内に潜む魔力だよ。放出できずに蓄積される一方で、器である体が耐えきれなくなり……あるとき突然、爆散する危険がある。実際、そんな運命をたどった者が過去に何人も報告されているのだよ。それが潜在魔力の仕業だと分かったのは割と最近の……十数年前の話だがね」
「と、突然爆散……じゃあ俺も!?」
目を見開いて、ザックさんに詰めよる。
ザックさんは、そんな俺をなだめるように右手を広げてみせた。
「そのための稽古でもあったんだろう?」
「……はい?」
ザックさんが、ほほえみながらライリーさんを見る。
途端にライリーさんが目をそらした。
「魔力は生命維持にも関わっているのだよ。だから、元々ある魔力を著しく消費すると、それを補うために潜在魔力が消費できる魔力に変換されやすくなる。つまり……そういうことだよ」
ザックさんの解説を聞いて、ライリーさんを凝視する。
……ライリーさんは、俺が潜在魔力の持ち主だって知っていたから、割と初めのときから自分とぶつかりあわせるなんて無茶苦茶な修行をさせたのか。
俺を、助けるために?
「…………」
「……っだぁー! ドクターあんた、そこまでバラすとか鬼か! どんな罰だよ!」
尊敬する気持ちでライリーさんを見ていると、その視線に耐えきれなくなった彼がザックさんに抗議した。
その顔は、ほのかに赤らんでいる。
「しかし、事実だろう?」
「やめろって!……っお前もそんな目で見んな!」
ライリーさんに頭を叩かれたが、それも照れかくしだと知っているので痛くもかゆくもない。
「ずっとついてきます!」
「うるせーよ!……っ勝手にしろ!」
「ふふふ……いい関係だね。ほほえましい」
ふてくされてそっぽをむいてしまったライリーさんを見て、ザックさんがほほえむ。
まるで、親戚の子どもの成長を見て喜ぶおじさんのようだ。
おかげで、ライリーさんがめっちゃいい人だと改めて実感した。宣言どおりずっと、どこまでもついていくぞ!
「それで? 今回はなぜあそこまで消耗していたんだね? ただの稽古をしただけだとは思えないが」
「……ああ。今日はその件で来た。あんたから忠告してもらったほうが効果あると思ってな」
すぐに冷静さを取りもどしたライリーさんの言葉に、ザックさんが怪訝そうに目を細めた。
ライリーさんが、無表情で一度俺を見る。それから、再び口を開いた。
「『至大共鳴陣』。あんたなら知ってるだろ」
「もちろん。『アルス・ノトリア』でも語られているね。大昔に大賢者が命を賭けてやり遂げたとされている……」
そこまで言って、ザックさんは突然ぎょっとして俺を見た。
その視線が鋭くて、俺は後退りした。
普通に見つめられるだけでも怖いんだよ、この人は。
それと、またしてもなんだか小難しい言葉が出てきたし。なんだって? 至大共鳴陣? 音楽みたいな響きでカッコいいな!
「本来の魔法の威力を何倍にも高めて放つ、奥義とも呼ばれる大技だ。それを……君が?」
「え……いや、どうなんですかね?」
「まちがいない。歴史書にのってるとおりの現象だった」
訝しげな表情のザックさんに、ライリーさんが肯定して答える。
……ますますザックさんの表情がこわばっている気がするんですけど。
なんで? 俺、そんなまずいことしたのか?
一人おろおろしていると、ザックさんは「なるほどね」と言って、椅子に深く座りなおした。
「その大技をやると、とんでもない量の魔力を一瞬で消耗するのだよ。当然、体にかかる負荷も大きく……初めてやりとげた大賢者も、回復の兆しが見えずに数日後に命を落としたと記録されている」
「え……!? じゃあやっぱり俺も!?」
「お前はちゃんと回復してるから大丈夫――だよな?」
ライリーさんが、自信なさげにザックさんを見て確認する。
「そのとおり。規格外にも程があるよ。命にかかわるレベルまで消耗した状態から全回復するほどの回復力……それと、属性にとらわれない無属性の魔法を使える点も含めて、ね」
「確定したのか」
「ああ。ポルテくんの魔法は無属性で間違いない」
二人に見つめられながら、俺は考える。
至大共鳴陣。魔法の奥義ともいえる大技をやりとげた。
しかも、その後命を落とすどころか、何事もなく回復している。
加えて、無属性。
……俺、すごくね?
「つまり……俺は大賢者をしのぐスーパー大賢者ってことですか!?」
「調子に乗るんじゃねぇ!!」
「ぎゃっ!?」
ライリーさんが、俺の頭上から拳骨を落とした。
痛みにより、患部をおさえてうずくまる。
「いいかね。今回は潜在魔力がうまく働いてくれたおかげでかろうじて命を保てたのだろう。だが、いつもそうなるわけではない。死にたくなかったら、またやってみようなどと思わないように」
「……はい」
ライリーさんの拳骨による痛みと、ザックさんが近づけてきた顔の怖さにより、俺は涙目になりながら頷いて返事をした。
横にいるライリーさんをちらりと見ると、小さくふう、と息を吐いていた。
安堵したようでもあり、なにかを押し殺すようでもあるその横顔を見て、もうなにも言えなかった。




