31話 多勢に無勢だったので大技ぶちかましてみた
ライリーさんが「物音がする」と感じた部屋も、かなり荒れていた。
壁にかけてあったはずの肖像画や置物などが床に落ちていたので、たぶんこれのせいだ。
……地震でもあったならわかるけど、壁にかけてあったものが自然に落ちるなんてありえない。
もしその瞬間にこの場にいたら、気絶していた自信がある。
「うーん……ただの自然現象かなぁ」
トニーさんが、誰かの肖像画を写真におさめた。よくそんなことができるな!
「っていうか、そもそもこの屋敷って誰のなんだ?」
「ウォルフェンデン侯爵家の別邸。クラウスベリーを治めてた名家だよ。何年か前に家が絶えて……今は王族が管理してる」
「なにかあったのか?」
「伝染病の蔓延。あっという間に広がって、王都に知らせが入った頃にはもう手遅れだったみたい。領地を封鎖して、外に広がらないようにするので精一杯だったっていう話でさ……あ、ここは大丈夫だよ。消毒から祈祷まで済んでるから」
「それ早く言って!?」
ぞっとしたまま抗議すると、トニーさんはぺろりと舌を出した。この野郎。
「にしても、実験で使えるような場所じゃねぇだろ」
「本来はね。けど、怪奇現象が多発してるらしくて、管理者たちも近づきたがらないんだって。それを解決してくれるんならっていう条件で借りられたってわけ。本当に魔物がいて、一掃したあとで魔道具の暴発事故がおさまったら、やっぱり魔物の仕業だったってわかるしね」
「ほーん。ようするに、最初から俺らの手を借りる気満々だったわけだな?」
「怒らないでよ。こういうこと頼めるの、君たちくらいしかいないんだから」
「トニーさん、友達すくないのか?」
「……移住者の君に言われたくないよ。『そういう友達』が他にいないってだけだから」
「そうなんだー」
生返事をすると、気に障ったのか、トニーさんが俺のヒレにつかみかかってきた。軽くよけたけど。
ただ、よけた先に肖像画があって、思わず飛びのいた。
可愛らしい少女の絵だった。
明るい中で見れば素敵な絵だろうけど、今は不気味にしか見えない。この家の娘さんだろうか?
……この子も、病の餌食になったのか。
「その伝染病はもう根絶されたんだよな?」
「してないよ」
ぎょっとして、真面目な顔で首を横に振って答えたトニーさんを見る。
「おい。こいつが怖がってめんどくせぇことになるだろ」
「はいはい。あのね、病気は消えてなくなったわけじゃないんだよ。ターナー卿の研究チームが治療法を確立したんだけど、今でもちょこちょこかかる人がいるの」
「そーなんだ……」
俺はすこしほっとして、胸をなでおろした。
まぁ、治療法があるなら安心だ。前世の世界でいうインフルエンザみたいなものか。ザックさん、グッジョブ。
「クラウスベリーでは、最初にかかったのが侯爵本人だったらしいよ。それがいけなかったみたい」
「……病気でふせった当主の見舞いにきた家族とか、世話をする使用人に次々に広がって、屋敷から外にまで広がってって――っていう感じか?」
「そのとおり。よくわかったね」
「そりゃまぁ……ん?」
そのとき、かすかにこの場にいるだれの声でもない音が聞こえた気がして、耳をすませた。
……子どもか? 泣いているような声だ。
気になって、声のするほうへ進んでみた。
先程までいた、肖像画が無造作に放置されていた部屋の右隣の部屋だ。ガラスの破片が散乱していて、危険な状態だった。
その部屋の奥――窓の下に、小さなものがうずくまっている。
やはり子どもだった。こちらに背をむけていて顔は確認できない。
けど、泣き声はまちがいなくあちらから聞こえる。
……嫌な感じがするけど、本当にただの迷子の可能性もなくはない。
決意して、部屋の中へ。
パキパキと破片を踏む音がすると、突然その子が泣きやんで、静寂が下りた。
「大丈夫か? どうした、こんなところで。迷子か?」
再度声をかける。すると、次の瞬間――
ぎぎっ……と、不自然に首だけがこちらをむいた。
「……アアアアア」
「……っ!?」
その子は、人らしからぬ低い唸り声をあげた。
声だけじゃない。その顔は、明らかに生きているものの顔じゃなかった。
目があるはずの位置には、黒い大きな穴が開いている。歯は細くて長い針のようになっていて、肌は暗い青い色に変色していた。死体の肌色だ。
「あれは……グールか!?」
「ポルテ! 落ちついてやれ!」
トニーさんが切るシャッター音と、ライリーさんの声。
ああ、そうだよな! 俺がやんなきゃな!
「っ黒い霧!」
襲いかかってくる魔物にむけて、魔法を発動。
黒い霧を全身に浴びたそれは、動きが止まった次の瞬間、砂のようになって崩れて消滅した。
……おお! よかった! アンデッドにも俺の魔法は通用するみたいだ!
「効いたね」
「そうだな。半信半疑だったんだけどな」
ドアのあった位置から動かないトニーさんとライリーさんは、意外そうに目を見張っていた。
俺は、腕を天井に突きあげてアピール。
「な!? すごいだろ!」
「すごいけど……なんで効くの?」
「知らん!」
「おい、ばか共。さっさと外に出るぞ。今ので他の奴らが寄ってくるかもしれねぇ」
ライリーさんがそう言って、その場から元来た道へと戻ろうと踵をかえした。
「今ので」の部分を強調していたけど、別に俺のせいじゃないだろ。そもそも、やれって言ったのあんたじゃね。
文句を心の中で終わらせて、急いで屋敷の外に出た。これで魔物と遭遇する危険は――
「っひぎゃ!?」
安心したのも束の間。
地面がいきなりボコっと盛りあがって、無数の手がはえてきたのだ!
と、思ったら、人の体が飛びでてきた。
口を開けたまま前かがみで、とても正気ではない様子でゆっくりとこちらにむかって歩いてくる。
超有名な、いわずとしれたアンデッド系の魔物。
ゾンビである。
「うわあああ! トニーさん、よかったな! ばっちり証拠見つかって!」
「そうだね! 今は言ってる場合じゃないけど!」
俺とトニーさんはほぼパニック状態。ライリーさんだけ、冷静に周囲をうかがっている。
次々とわいてくるゾンビたちの後方には、ローブを着たガイコツや、鎧をまとった背の高いガイコツも複数いる。
たぶん、前者はリッチで後者はスケルトンだ。合っているなら、どちらも高ランクの魔物だったはず。
「アンデッド騎士団かよ!? すげぇ! こんなの初めて見た!」
「恐怖が限界突破しておかしくなった!? 喜んでないでなんとかしてよ!」
「黙れお前ら……白炎・燐獄」
白い炎が、辺り一面を覆いつくす。今までで一番広い範囲におよぶ魔法だ。
その場にいるほぼすべてのアンデッドに攻撃が当たり、たちまち消滅した。
「さっすが!」
「まだだ」
ライリーさんが険しい顔をしてそう言った直後、地面から新たなゾンビがボコボコとわいてきた。
つまり、ふりだしだ。
「なんでっ!?」
「アンデッドの特性の一つだよ。大本を叩かないといつまでも湧いてくるんだ」
トニーさんが、写真を撮りながら解説。結構余裕あるな、この人!
「大本って!? どこにいんの!?」
「もっと地中深くか、別のところにいるかのどっちかだ。ひとまず……ポルテ。できるだけ広範囲に魔法をかけろ。そうすりゃ俺の魔法が大本に届くかもしんねぇ」
「……っわかった!」
ライリーさんの冷静な指示に従うため、俺は魔法の墨を取りだした。
「できるだけ広範囲に」とのことなので、魔法陣からのフルセットをやるしかない。
――だけど。
「ちょ、待って無理!……ぎゃ!? こっちくんな!」
タコの姿になって魔法陣を描こうとしたら、すぐそばからゾンビがわいてきた。
これでは、呪文の詠唱が終わるより早く襲われてしまう。
仕方なく、描いたやつを放棄して、離れた位置で新たな魔法陣を描く。
けど、そこの近くでもまた湧いてきて――この繰りかえしで、なかなか呪文詠唱まで辿りつけない。
「ばか野郎! なにやってんだ!」
「一生懸命やってるんだけど!」
ライリーさんのお怒りの言葉が飛ぶ。だったら援護してくれよ!
と、思ったが、ライリーさんはどうやら自分やトニーさんのほうにむかってくるゾンビやワイト、スケルトンからの攻撃の対応で忙しいようだ。
なんだか、時間がたつにつれて増えてきている気がする。早くなんとかしないと!
「……っよし、できた!」
やっと魔法陣が完成。近くにアンデッドはいない。
今だ! 無唱発動から、の!
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者たちに沈黙と混沌を与えよ――!」
あちこちに描いた魔法陣が、順番に光りだす。
そして、詠唱を終えた瞬間、それらが俺の足元の魔法陣と合体。一つの巨大な魔法陣になった。
――体が、熱い。
近くにいるはずのライリーさんの声が、なぜだか遠くに聞こえる。なにを言っているのかわからない。
『今だ……力を解放しろ!』
得体の知れない声が、頭の中で響く。
俺は、それに導かれるように魔法の名を叫んだ。
「黒い霧っ!」
巨大な魔法陣から発生した黒い霧が、辺り一帯を包みこむ。四方八方を覆いつくした上、いつまでもとどまっている。
そばで耳障りな、低い声がひっきりなしに聞こえてくる。ゾンビたちの悲鳴だろうか。
ライリーさんとトニーさんは無事か?
ようやく霧が晴れて視界が開けると、あたりは――地獄絵図と化していた。
ゾンビたちが、地面に伏して痙攣している。
倒れた状態でのたうちまわっているスケルトンもいるし、魔法耐性が高いはずのリッチですら、泥酔したかのように足元がおぼつかない。
……よくわからないけど、今までにない超特大の魔法を発動できたみたいだ! おかげで体がめっちゃだるいけど!
振りかえり、ライリーさんとトニーさんを見る。
二人は無事な様子で、目を見開いて呆然としていた。巻きこまれてはいないようだ。
「ライリーさん!」
「……! 白炎・燐獄!」
我にかえったライリーさんが、先程と同じ魔法を放つ。
白い炎が辺りを覆い、アンデッドたちはたちまち消滅して――それ以降、新たなアンデッドが出てくる気配はなかった。
これは……うまくいったんだな!?
「っしゃ……! 終わった……ぁ……?」
視界がぐるぐる回りだす。
耐えられなくなり、倒れてうつ伏せになった。
近くでライリーさんらしき人の声がぼんやり聞こえた気がしたけれど、それすらも現実味がない。
抗いようもなく――俺は意識を手放した。
◇◇◇
「ポルテ!……このマヌケ! 起きろ!」
「そんな起こし方ある?」
ライリーが、倒れて意識を失ったポルテの顔を叩きながら呼びかけているのを、後ろで見ていたトニーが軽く諫めた。
その場には、静寂が下りていた。
先程まで大量のアンデッド系の魔物たちで埋めつくされていたとは思えないほど、澄んだ空気に満たされている。
――今のは、一体?
トニーはわけがわからず、白目をむいて気絶しているポルテを見た。
彼の使う魔法は強力だと感じたし、ライリーほどの強者に鍛えられればそれなりに成長はするだろう。
とはいっても、魔道祭で優勝し、それがほとんど彼の功績だったと聞いたときは、まさかと思った。
短期間でそこまで強くなれるはずがない、と。
だが今は、彼の底知れぬ才能を目の当たりにして、それも当然と認識を改めつつあった。
トニーは、空を見上げて深呼吸をしてから、目線を戻した。
起こすのを諦めた様子のライリーが、ポルテを背中に担ごうとしている。
「どうするの?」
「どうもこうもねぇ。運んでくしかねぇだろ」
ライリーは、「ったく、詰めが甘いんだよ」などと文句を言いながら、ぐったりしたポルテの体を背負った。
その顔を見たトニーは、怪訝そうに眉を寄せる。
「……なに、その顔」
「あん?」
「なんか嬉しそうだけど?」
動きを止めてトニーを振りかえったライリーは、不敵な笑みを浮かべていた。
「嬉しいに決まってんだろ。俺が……ガキの頃にやろうとしてできなかったことをやりやがったんだからな」
ライリーは、そのにやついた顔を隠そうともせず、誤魔化そうともせずに歩きだした。
……これは、後々面倒なことになりそうだなぁ。
トニーは一人、苦笑しながら心の中で呟き、ライリーのあとを追った。




