29話 怖いものは怖いので全力ですがりついてみた
なんとかお説教を免れた――諦めてもらえた――俺は、使用済みの食器を手早く片づけてから、デザートのリンゴのタルトとハーブティーを配った。
今日のお茶は、肉汁たっぷりのハンバーグを食べた後の胃を落ちつけるため、カモミールだ。
「ポルテくんの指輪の件だけど、すこしわかったことがある」
「ホントですか!?」
優雅にティーカップを傾けるルーファス先生が頷いた。
「まず、そこに刻まれていた『王の鍵』という言葉について調べてみた。どうやら、いろいろな伝承があるようだ」
「伝承!?」
その言葉に、わくわくどきどきしながら立ちあがる俺。
横目で、我関せずといった様子でタルトを口に入れて頬張っているトニーさんを見る。
「このコンポート、おいしいね。もしかして砂糖も使ってる?」
「ハチミツとちょっぴり砂糖の合わせ技だよ。それで? ルーファス先生」
「……うん。たしかに上品な甘さでおいしい。土台の生地の食感もいいね」
違う! タルトの感想は聞いてない!……喜んでもらえてなにより!
「判明したかぎりでは、強力な魔物を封じこめているとか、災害そのもののトリガーになっているとか、あまりいい伝承ではないようだけどね」
「悪いものばっかじゃないですか!」
「そう。そこに刻まれている『ノクスヴァルド』の目も、それを暗示しているのかもしれない。邪竜とされている存在だからね」
「邪竜って……それ、救世主レリなんとかの眷属って言ってませんでした?」
「救世主レリエルス。『ノクスヴァルド』は、彼がその力を抑えこんで従わせた魔物だとされている」
優雅にお茶を飲むルーファス先生を見つめ、感心する。
邪竜を抑えこむって、相当な力がないと無理だろ。レリエルスってどんな人なんだ? そもそも、本当に存在していた人なのか?
そこまで考えて、ふと疑問が浮かび、すました顔でお茶を飲んでいる――タルトはすでにぺろりと平らげた――ライリーさんを見た。
「なんでこの指輪のもとになった本がライリーさんの家に? あの本って、クロックフォード家で代々受け継がれてきたものなんだろ?」
「さぁな。兄貴とか古参の使用人にも聞いたけど、なにもわからなかった」
そう言いながら、ライリーさんは空になったティーカップを差しだしてきた。すぐにおかわりのお茶を注ぐ。
「ポルテくん。その指輪を使ってみて、本当になにも感じないのかい? 異変というか、変だと思ったことは?」
ルーファス先生に聞かれて、指輪を見つめながら考える。
異変、と言われても。初めて手に入れたときと同じく、軽くて動きやすいとしか思わなかったんだけど。
……あ、そういえば。
「外せなくなっちゃったんですよね」
「……外せない?」
「はい。魔導祭の次の日くらいですかね? 朝起きて顔洗うときに外そうとしたんですけど、なんか取れなくて。疲れでむくんでたせいかと思ったんですけど、今も……っほら」
先生に見せるように指輪を取ろうと引っ張ったが、ちっとも動かなかった。
痛みはないから問題はないし、むしろジャストフィットしたかのようで心地よささえ感じるから別にいいんだけど。
しかし、ルーファス先生は訝しがって目を細め、顔を俯けてなにか考えていた。
その横に、ぽかんとした顔で座っているトニーさんがいる。
「あ、ごめんトニーさん。なんのこっちゃだよな」
「うん、まぁ……その指輪、どうしたの?」
「前に本、持ってただろ? ライリーさんからお下がりでもらったやつ。あれがこれになったんだよ」
ドヤ顔をしながら指輪を見せつけると、トニーさんは眉間にシワを寄せた怪訝そうな顔をライリーさんにむけた。
「……そのとおりとしか言いようがなくてな」
「え、本当に? こいつの頭がおかしいんじゃなくて?」
「誰の頭がおかしいって!?」
しれっと失礼な発言をするトニーさんに食ってかかると、ルーファス先生が間に入って「まあまあ」となだめてきた。
強く否定できないのが悔しいな!
「そっかー……君、けっこうすごい魔法使いだったんだね。最初に魔法かけられたときからなんとなく思ってたけど」
「それほどでも!……まだなんにもわかってないけどな!」
「わかっていることなら、一つだけあるよ」
自慢をこめて言った俺の言葉を、ルーファス先生が半ば否定する。
ぎょっとして、先生を見た。
「なんですか?」
「その指輪は、媒介ではなく増幅器の可能性が高いということだよ」
「……増幅器?」
首を傾げ、その難易度高めな言葉を聞きかえす。
「増幅って……なにを増やすんですか?」
「魔力に決まってんだろ」
「そう。無唱発動に加えて、応用技を二つも即座に使えた点を考えると、ほぼまちがいないだろう」
ライリーさんとルーファス先生に見つめられ、俺は指輪に目を落とす。
これが、増幅器。
つまり、俺の魔力を増やして……魔法を使うのを手助けしてくれているってことか! すごいな。こんな小さいものなのに。
「つまり、どんな魔法も使い放題ってことですか!?」
「バーカ。そんな単純なもんじゃねぇよ」
「そのとおり。本来、扱うのは媒介より難しいんだよ。調子に乗ったら危険な目に遭うかもしれない。すこしでも異変を感じたらすぐに手放すように。いいね?」
真剣な目で訴えかけてきたルーファス先生に、一応素直に「はい」と返事した。
けど……だから、外せないんだってば。
しかし、危険な目ってなんだろう。増幅された魔力が暴走して、発動した魔法が自分や仲間にも降りかかる、とか?……それはすごく嫌だな。
「じゃあさ、そんなすごいポルテに一つ手伝ってほしいことがあるんだけど」
「なに?」
明るくトニーさんに声をかけられ、聞きかえす。
途端に、にたりと口角を吊りあげた彼女を見て、なぜか背筋に寒気が走った。
「ルーファス先生はご存じかと思うんだけど、最近あちこちで魔道具の暴発事故が多発してるんだよ」
「暴発事故? 魔道具って……」
「たとえば、つい最近君が手に入れた魔導調理器も立派な魔道具の一つだね」
それを聞いてぎょっとした俺は、慌てて台所に駆けこむ。外側から中まで、おかしなところがないかを入念にチェックする。
「報告されているのは旧型の魔道具ばかりだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「なんだよかっ――トニーさん? あんた、からかったな!?」
ルーファス先生の言葉を聞いてほっと胸をなでおろしながら戻ると、ニヤニヤ笑っているトニーさんの姿が目についた。畜生、騙された。
「でね。うちのチームがいろいろ調査した結果、国内に紛れこんだ魔物の仕業っていうのが一番可能性高いんじゃないかって結論に至ったんだ。それが本当かどうか突きとめるのを手伝ってほしいんだよ」
「魔物がこの国の中に?……え? どこに?」
「だから、それも含めて調査するの」
トニーさんは、今までのふざけた雰囲気から一変して、真剣な眼差しを俺にむけてきた。
国内に魔物が潜んでいるなんて、それは一大事だ。身を守る手段がない一般人は、たちまち餌食にされてしまう。
「実際、ここ最近ありえない状況で人が突然死するケースが出てきていてね」
「突然死って……それも魔物の仕業ってことですか?」
「そうかもしれない。種族でいうと、リッチやゴースト。それから……グールなどのアンデッド系があてはまるね」
ぞぞぞ、と背筋に寒気が走った。
ウソだろ。それ、俺が一番苦手なヤツ!
俺はそもそも、前世のときから心霊系は苦手なのだ。それにくわえ、今世ではトラウマになるようなひどい目に遭っている。もはや、苦手なんてレベルじゃない。生理的に無理だというのに。
「な、なんでアンデッドばっかり?」
「そもそもの話、この国には魔物が寄りつかないように防壁が施されているんだよ。知能が低い魔物は寄りつこうともしない」
「かくいうこちらの先生も、それの管理に携わっててな」
頬杖をつき、タルトがなくなった空の皿を持ちあげて残念そうに見つめているライリーさんが補足した。
なんてお行儀が悪い……この人、本当に伯爵家の生まれか?
いや、ライリーさんよりルーファス先生だ。まさか、国の防衛に関する部分にも携わっているとは。
「防御魔法に優れてるっていうのは、そういうことだったんですね」
「ああ……いや、別に自慢するような話じゃないよ」
「自慢してもいいと思います!」
せっかくなので、隠しておいたタルトの残りと新しいお茶も差しあげた。
だれかさんが恨みがましい目で見てきているようだけれど、無視した。
これでやっと理解したぞ。以前、ライリーさんが「うちの国だと冒険者一本じゃ食っていけねぇ」と言っていた背景には、その防壁が関係しているのだ。
魔物が国の周辺に寄りつかない。言いかえると、魔物が棲みつく場所が近くにできない。つまり、ダンジョンそのものが発生しないのだ。
それでは、異界化した未開の地を探検して解明するのが仕事の冒険者は、国内を拠点として活動するのは難しい。
……うん? 待てよ。なら、おかしくないか?
「だったら、魔物の仕業っていうのはありえないんじゃねぇの? 国内に魔物は入ってこれないんだろ?」
「さっき先生が言ってたじゃん。ありえない状況で人が突然死するケースが出てきてるって。それで、防壁をすり抜けちゃうタイプの魔物もいるんじゃないかっていう意見が出たんだよ。ゴーストみたいな人に憑依できちゃうタイプなんて特に怪しいでしょ?」
それを聞いて、思わずライリーさんの後ろに隠れた。
けど、しがみついた途端、「うっとおしいんだよ」と振りはらわれた。ひどい。
「い、一応聞くけど、どうやって突きとめるんだ?」
「すでに罠は仕かけてあるよ。だからそうだな……明日、いや明後日のほうがいいかな。一緒に来てよ。知ってのとおり、あたしは非戦闘員だからさ。魔物が出てきたときの退治役として」
トニーさんが、にっこりと満面の笑みで頼んでくる。
俺は冷や汗をだらだらかきながら、そばにいるライリーさんに顔をむけた。
「……がんばれよ」
「ついてきてくれよぉぉ!!」
鼻で笑って小馬鹿にしたライリーさんの腕に、がっしりとしがみついて懇願。今度は、振りはらわれても簡単には離れなかった。
俺一人でどうしろって言うんだよ!? アンデッドだぞ、アンデッド! 俺の魔法が効かないかもしれないのに!
「変な奴だな……アンデッドが怖いのか? 半分魔物みたいな見た目してるくせに」
「……はぁあ!? 誰が半分魔物だって!?」
そのライリーさんの言葉により、恐怖よりも怒りが勝ってヒレがぴん、と持ちあがった。
もう許さん。なにがなんでも巻きこんでやるからな!




