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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
二章 魔導祭編

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26話 無理難題を吹っかけられたので開きなおってみた

 またあの子どもたちと鉢合わせたら面倒だから、しばらくは身を潜めておきたい。俺がジェイドさんを倒した件をよく思っていないのは、あの子どもたちだけじゃないだろうし。


 まもなく我が家が見えてきたところで、はっと気づく。


 買い出し、してねぇじゃん!


 籠城作戦(?)をするには、絶対的に食材が足りない。カタリーナに聞いて、獣人街で調達しておけばよかった!……戻るか? でも、今出てきたばっかりだしなぁ。



「ただいま」



 もやもや考えながらひとまず家に入って声をかけるが、返事はなし。特に気にはとめず、残っている食材はなにか確認するため台所に――入ろうとしたら、ライリーさんの執務室の扉が勢いよく開いた。



「ポルテさん」


「あ、コーデリアさんこんにちは。来てたんですね」


「はい。お邪魔しております」



 執務室から出てきたコーデリアさんは、なぜか顔色が悪かった。貧血か? 受け答えは普通にできてるけど……過労からくるものだったら大変だ。



「どうされました?」


「とても申し上げにくいのですが……大変なことになっています」


「大変なこと?」



 首を傾げると、コーデリアさんが「こちらへ」と言った。


 誘われるままに執務室に移動すると、そこにはなにかの文書を手にして、険しい顔で見つめながら立ちつくしているライリーさんがいた。



「……なんかあったのか?」



 俺がそっと声をかけると、ライリーさんは一度俺のほうに視線を向け、そして――椅子に座りこんでのけぞり、天井を見た。



「めんどくせぇ……」



 珍しく弱々しい声。マジでなにがあった?


 わけも分からず困惑していると、のけぞったままのライリーさんが文書を差しだしてきた。


 受けとって、字をたどる。



「……読めん」


「お前、読み書きできるんじゃなかったのかよ」


「読めるけど、難しい言葉ばっかで理解できない」


「…………」



 ライリーさんが、大きなため息とともに再び天井を見上げた。


 なに、俺のせい? しょうがないだろ。読み書きできるっていっても、日常的に使う比較的簡単な文字限定なんだから。こんなかしこまった文書、読んだことないんだよ。


 ぱっと見て分かったのは、俺とライリーさんの名前。それから、送り主の名前。



「ギルバート・オブ・グレイキャッスル・ハイドランジア……」



 また「オブ」か。この国でのミドルネームはこれがスタンダードなのか?


 っていうか、ハイドランジアってアリア様のファミリーネームと同じじゃなかったか?……ん? じゃあ、これってまさか。



「公爵閣下からのお呼びだしの文書です。先の魔導祭に関わる件で話がしたいと」


「……へー」


「全然理解してねぇな?」



 起きあがってきちんと椅子に座りなおしたライリーさんが、怒りで目を細めつつコーデリアさんにアイコンタクトをした。


 それに対し、コーデリアさんが頷く。



「閣下は、女王陛下からのご指名で今年の魔導祭の実行役を務めたお方です」


「それは知ってますけど……優勝おめでとうって一言祝わせてくれってことですか? あ、もしかしてなにか褒美でも!?」


「なわけねーだろうが!」



 ライリーさんが、座ったまま手近にあった本を投げつけてきた。


 図書館司書のコーデリアさんを目の前にして、よくそんな非道なことができたな! 完璧に受けとめた俺を誰か褒めてくれ。



「コーデリア。悪いが、今からこのアホに礼儀作法を徹底的に叩きこんでやってくれ」


「承知いたしました」


「え、そんな付け焼刃的なもので大丈夫か?」


「大丈夫じゃねーけど、多少はマシだろうが」



 ライリーさんが椅子から立ちあがり、俺の前に移動。



「粗相したら許さねぇぞ」


「……善処シマス」



 ライリーさんに、腐臭漂う生ごみでも見るような嫌悪感にまみれた歪んだ顔で詰めよられ、引きつった笑みを浮かべてなんとか返事をした。


 けれど、俺は内心浮足立っていた。


 なんとまぁ、ついてるんだろう! 公爵様からの呼び出しなんて好都合。うまくいけば、アリア様とお会いできるかもしれないぞ。婚約の話がどうなったか聞けたらいいなぁ。




 ◇◇◇




 翌日。



「眠い……」


「お前の頭の出来が悪すぎるせいだろ」


「ひどい」



 公爵邸に向かう途中の馬車の中であくびを噛み殺した俺を見て、ライリーさんが小馬鹿にしたように目を細めて言う。


 昨日は、コーデリアさんの指導で礼儀作法を身につけた。夜遅くまでかかってしまって、彼女には本当に申し訳なく思っている……けど、本当にちゃんと身についたかは自信がない。


 だって、細かすぎるし! やれ「お辞儀の角度が違います」だの、「その言葉づかいはだめです」だの!……はい、諸悪の根源は物覚えが悪い俺です、すみません。



「大丈夫なんだろうな?」


「たぶん……っていうか、そもそも公爵様が平民の俺にそんなやたら話しかけてこないだろ? お辞儀と簡単な受け答えさえできれば大丈夫じゃねぇの?」


「普通はな。けど、そもそも呼びだされた理由がはっきりしない。本当にただ大会の件の労いなのか……それとも、別の理由か」


「別の理由って?」


「だから。分からねぇから心配なんだよ」



 ライリーさんは、馬車の窓枠の縁に肘をおいて頬杖をつき、げんなりとして窓の外を見た。


 ただの労いだけで済むといいんだけどなぁ。あんまりぐだぐだと長話はしたくないし、万が一にも食事の誘いなんてされた日には、主に作法の面で自爆する可能性が高い。それだけはご勘弁願いたい。


 ……公爵様が普段どんなものを食べているのかは、ちょっと気になるけどな!


 やがて、馬車が停まったので降車。体感的には一時間弱といったところか。


 てっきり、公爵様の領地のグレイキャッスルまでいくのかと思いきや、どうやら普段使いのお屋敷が王都のアルシード内にあるそうで。つまりそれは、国政にも関わっているお方だという証拠だ(コーデリアさん曰く)。


 目の前には、広大な面積に堂々としたお屋敷が建っていた。これが、グレイキャッスル公爵邸か。ライリーさんの実家よりもさらにでかいけど……これで別邸なんですね?


 降りてすぐのところにいた門番に、ライリーさんが届いた招待状を差しだす。



「入れ」



 二人の門番が端に移動すると、門が開いた。中庭を歩いて、玄関前にいた別の門番にも招待状を見せて、やっと中に入れた。


 当然のごとく、シャンデリア。これまたきれいだけど、でかすぎる。これが貴族のステータスなのだろうか。



「ご案内いたします」



 従僕らしき人がうやうやしく頭を下げて挨拶。俺も同じようにしたが、ライリーさんはちょこっと会釈した程度。


 案内役の従僕を先頭に、お屋敷の中を進む。


 当然かもしれないけど、ホコリ一つない。散らかすような人がいても、即座に片づける役がたくさんいるんだろうな。うちは俺一人だから、腕が八本あってもなかなか間にあわないんだよ。おまけにキリがないし。


 そして、ある荘厳な造りの扉の前で、案内役が立ちどまる。



「グレイキャッスル公爵閣下の御前に、勇者ライリー殿およびその弟子ポルテ殿をお連れいたしました!」



 閉まったままの扉の前で従僕が声を張りあげ、そしてまた俺たちに頭を下げた。


 ライリーさんが一度俺にアイコンタクトをしてから、扉の取っ手に手をかけ、開けた。


 二人そろって入室し、右手を胸に当てて軽く頭を下げる。



「近う寄れ」



 奥のほうにいる公爵様らしき人の声がして、歩きだした。


 長くて赤いじゅうたんの上を進む。それを踏みしめる音が、やけに響くように感じる。


 無礼にならないよう目だけを動かして、部屋の中を観察してみた。


 やたらと高い天井。アーチ型の窓には、ステンドグラスが入っている。壁は石造りで、家紋らしき紋章が入ったタペストリーが飾られていた。等間隔に置かれた燭台、それからシャンデリアが煌々と輝いている。


 肝心の公爵様は、じゅうたんを進んだ先――二段ほど高い位置に置かれた椅子に座っていた。近づくにつれて、自然と背筋がのびるような感覚がする。


 ……おかしいな? 公爵様の横に、見覚えのある人がいるんですけど。


 ジェイドさんだ。鎧ではなく、貴族風のかっちりとした服装のジェイドさんが、背筋をのばして直立不動で待機している。


 護衛役、じゃないよな。貴族は私兵――独自の騎士団をもっているらしいから、国王直属の騎士団に所属しているジェイドさんがそんな役につくはずがない。ライリーさんは気づいているのか否か。


 気になるけど、ひとまず意識を公爵様へと戻す。


 手前まで進んだところで止まり、片膝をついて頭を下げた。コーデリアさんからのアドバイス――「王族ではないのでそこまでする必要はありませんが、より丁寧にされたほうが無難かと」による。



「面を上げよ」



 声をかけられ、顔を上げる。


 口ひげとあごひげが立派な、胸を張って堂々とした態度のお方がそこにいた。



「よく来たな。勇者ライリー……それから、弟子のポルテといったか」


「はっ。公爵閣下にお呼びいただけるとは、まこと光栄にございます」



 ライリーさんが返事をするのにあわせて、俺もほぼ同時に礼をした。


 ……うげ。ライリーさんが敬語を喋っているところなんて初めて聞いたぞ。ルーファス先生相手でもタメ口なのに。



「先の魔導祭では、見事であったな。特に……獣人の」


「はっ」



 さっきは名前で呼んでくれたのに、今度は「獣人の」呼ばわりかい。若干不満を感じつつも、お偉いさん相手なので我慢して返事。


 横にいるライリーさんが、ちらちらと視線を送ってくる。「余計なことは言うな」とでも言いたいのか? 分かってますってば。



「そなたには、いろいろ世話になったようだな。そこの騎士の件と、娘の件で」


「……とんでも、ありません」



 急に圧がすごくなり、俺は若干口ごもりつつもなんとか返事をした。


 そこの騎士の件とは、ジェイドさんを大会で打ち負かした件か。娘の件とは、間違いなくアリア様の婚約の件だろう。そっちのほうが気になる。



「娘の件は家の話であるゆえ、よそ者のそなたがこれ以上関わるべきではない。分かるな?」


「はっ。もちろんでございます」



 ……うーん。せめて結果的にどうなったのか教えてほしかったな。無理か。



「よろしい。さて……知っていると思うが、我は先の大会にて陛下から実行役の任を賜っていた。当然、我がかつて騎士に任じた、名家ビヴァリー家出身のこの者が優勝するものだと思っていたが……」



 公爵様が、じろりとジェイドさんをにらみつける。そして、すぐに目線を俺に戻した。



「まさか、それを打ち破る者がいたとはな。感服したぞ」



 「感服」の部分を強調して言った公爵様。その口調からは、どこか小馬鹿にしているような雰囲気が感じられた。


 言葉と口調が合ってない気がするけど……でも、「感服した」って言ったよな? なんだ。やっぱりお祝いをしたかったってことか。



「はっ! お褒めにあずかり光栄にございます!」



 顔を上げ、満面の笑みで大きめの声で言いはなった瞬間、なぜか場の空気が凍りついた。


 え……? なんで?

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