25話 たくさんの同族と会えたのでいろいろ質問してみた
フレッドさんに教えてもらったとおりの道――路地裏を進む。薄暗いだけの道が続いたかと思いきや、急に広い道に出た。
「おお……?」
そこは、なかなか派手な通りだった。
ネオンのような、カラフルな文字を光らせた看板を掲げた店が並んでいて、たくさんの人が行きかっている。お香のようなものをしきりに嗅いでいる人、大声で談笑する人など、様々。
――いや、人ではない。
獣人だ。
体のどこかしらに獣の特徴をもつ人ばかりで、俺は目を見張った。
ここはなんだ? まさか、獣人だけが住むエリア、とか? こんな場所が王都にあったのか……すげぇな! 感激その二!
見かける獣人は、哺乳類系が比較的多い。たまに鳥類や爬虫類っぽい人もいる。フレッドさんの言ったとおり、猛獣――食物連鎖でいう頂点に近いところに位置する獣が目立つ。
残念ながら、今のところ魚類はゼロ。一人くらいいてもいいだろ、一人くらいは。
「お? 兄ちゃんもしや、こないだの大会に出てた奴か?」
「へっ? あ、はい」
顔に三本線のひっかき傷の跡がある、いかついお兄さんが話しかけてきた。この人は……ヒョウか?
「やっぱりそうか! 決勝戦、見たぞ! こんなチビなのにすげぇな!」
その人は俺に近づいてきて、肩をバシバシ叩いてきた。チビで悪かったな。
文句の一つでも言ってやろうかとしたが、なぜか周囲の視線を集めているのに気づき、身を固くした。
「うわ、本当だ!」
「お前さん、魚類なんだろ? 珍しいな」
「魚類の獣人って、本当にいたんだな。俺も初めてだ」
「ちょっとアンタら。あたしらにもよく見せておくれよ!」
わいわいと群がってくる、獣人ズ。大人で、誰も彼も俺より体格がいい。
女性の声が聞こえてほっとして振りむくも、目が吊りあがった妖艶なヘビの獣人だった。
うおう……美貌対決したら、ローズさんといい勝負しそうだな。
「こっち!」
どうしたものかと立ちつくしていると、袖を引っ張られた。
腰まである長い髪とカチューシャが特徴の、俺より背が低い少女が親指を立てて人気のない道をさしている。
思いきって、誘われたとおり少女のあとをついていく。後ろで群がってきた人たちが、なにかわあわあ言っているような声が聞こえたけど知らん。
「この道を通れば誰にも捕まらないから」
「そうなんだ。ありがとう、助かった」
ずんずん先を行く少女に礼を言う。その背中には――薄茶色を基調とした色の羽。
鳥類の獣人か。色的に、タカにトビ……あとは、フクロウとか? 悲しいかな、猛禽類しか思いうかばない。
彼女の背中の羽を見つめて考えていると、不意に彼女が立ちどまり、振りかえってきた。
「不用心だね?」
「へっ?」
「知らない人にほいほいついてくなんてさ。それ、一番だめだって教わってないの?」
少女は不敵な笑みを浮かべ、なめまわすように俺の頭の先からつま先までを観察した。
意味が分からなくて一瞬固まったが、すぐ気づく。
「ああ。大丈夫だろ。だって悪い奴じゃないんだろ?」
「……それは勘?」
「おう。俺の勘は鋭いほうだからなっ」
胸を張って腰に手をあてて言ってみせると、少女はしばらくきょとんとした顔で固まり、やがて「ぷっ」と吹きだして笑った。
「あはは。面白いね、君」
「褒め言葉として受けとっとく。俺、ポルテ。君は? なんの獣人? なんで助けてくれた? あと、ここはなに? なんで獣人しかいねぇの?」
「矢継ぎ早の質問きたね」
彼女は口に手をあて、少しだけ腰を曲げて笑った。ノリがいい子だな。
丸顔に、丸くて大きな瞳。メガネをかけたら似合いそうな雰囲気だ。
笑いがおさまったところで、少女は「はぁ……」と息を吐き、改めて俺を見つめた。
「私はカタリーナ。ケイトって呼んで。フクロウの獣人だよ」
「ケイト、よろしく。フクロウか……眠くねぇの?」
「大丈夫。睡眠時間はちゃんと確保してるから」
「へぇ。ホントに飛べる?」
「もちろん。獣化したらね」
カタリーナもといケイトは、背中の羽をちょこっと動かしてみせてくれた。
いいな、空飛べるなんて。やっぱりちょっと憧れるよなぁ。
「フレッドから連絡もらって、慌てて出てきたの。新入りで面白い奴がくるから道案内してやってくれって」
「フレッドさんから? 知りあいなのか?」
「うん。あ、ごめんね。歩きながら話すね」
ケイトが再び歩きだす。俺もそれについていく。
並んで歩ければいいのに。いかんせん狭い路地で、むこう側から人がきたらどっちかがバッグしなければならないほどなので、仕方ない。
「フレッドさん、いい人だな。あ、もちろんケイトも」
「どうも。たしかにフレッドはいい奴だよ。私がこっちに来たときもずいぶん助けてもらったし。同郷のよしみってことで」
「同郷?」
「そう。話の流れで知ってびっくりしたよ。たしかに名前の雰囲気は似てたけど、まさかって思った」
「そりゃそうだよな」
この広い世界で、仮にいくら近い国だったとはいえ、移住先で同じ故郷の奴同士がばったり会うなんて、偶然の域を超えている。ケイトもフレッドさんも嬉しかっただろうな。
「移住してばっかりの頃は大変だったけど、フレッドと支えあったおかげでなんとか生きてこられたの」
「そんなに生活、厳しかったのか?」
「うん。まぁ、どこの国もそうかもだけど、移住者に厳しいところがあるから。獣人だとなおさらね」
「それが……本名で『呼ばれたくない』理由?」
「……あー。鋭いね」
ケイトの口調が、少し沈んだように聞こえた。つまり、肯定か。
なんとなくだが、違和感はしていた。フレッドさんは、頭の獣の耳を帽子で完全に隠していて、自らニックネームで呼ぶようにと名乗った。この、ケイトも同じく。
別によくあることだろう、と一蹴できなくはなかったが。言ったろ。俺の勘は鋭いほうなんだって。
「ポルテも気をつけたほうがいいよ。この国で本名使ってると、すぐ目をつけられるから。ポーティとかポーターって名乗ったほうが――」
「カタリーナ」
ケイトがおすすめのニックネームを提案してくれたのを遮って、彼女を本名で呼ぶ。
前を行くケイトもといカタリーナの足が止まり、「ひゅっ」と息をのむような小さな音がかすかに聞こえた。
「いいだろ? 今は二人っきりなんだから」
「……ありがとう」
振りかえったカタリーナの顔は、ほのかに赤みを帯びていて、笑顔が浮かんでいた。
「久しぶりに本名で呼ばれたよ……なんか照れるね」
「いいじゃん、たまには。今度三人そろって本名で呼びあわねぇ?」
「いいね! フレッド――フレドリックも恥ずかしがったりしてね」
俺とカタリーナは二人で企みつつ、笑いあった。
どんな呼び方であれ、当人が納得できればそれが一番の呼び名だ。うん……ポーターってニックネームも悪くないな。なんとなく大人っぽさが増す気がする。
「ところで……他のみんなも言ってたけど、魔導祭! すごかったね。まさかあの騎士様に勝つなんて。強いんだね」
「ありがとな。カタリーナも見ててくれたのか?」
「うん。あの日だけは無礼講っていうか、どこ歩いててもなにも言われないからね。でもほんっとうに、スカッとしたよ。あのいっつも威張りちらしてる騎士団の上の人を、こっぱみじんにするなんてさ」
「それはよかった。こっぱみじんにしたのは槍だけどな」
「『騎士の武器を折るというのは、その者の誇りを折るに等しい』って、フレッドも悪い笑顔で喜んでたよ」
「あの人も……そ、そうなのか」
フレッドさんの顔を思い浮かべようとして、失敗。想像できなかった。あの、人のよさそうな大人な男の人が、ライリーさんみたいな笑顔を浮かべるなんて。
「そうだ。質問、忘れてた。このエリアはなんなのか、なんで獣人しかいないのか、だったよね?」
「ああ、うん」
「ここは『獣人街』って呼ばれるエリア。その名のとおり、獣人だけが住める地区だよ」
「『獣人街』……王都の中にそんな場所があったんだな」
「なにを隠そう、女王様が作るよう指示したんだって」
「女王陛下が?」
「そう。びっくりでしょ? 人と獣人の無駄な争いをさけるためって言われてるけど……体のいい隔離施設だよね。人間の中には、獣人だまりって言い方する奴もいるし」
カタリーナは、顔を俯けて自嘲気味に呟いた。
嫌いなものをさけて、自分たちから離して、別の場所に押しこんで……たしかに、隔離していると言えなくもない。
けど、女王陛下がそんなことを考えるだろうか? 親を亡くした孤児たちがのびのび快適にすごせるように、と直接指示して孤児院を建てたお方が。
「……つらいのか?」
「……まぁ、ね。けど平気。っていうか、好き。ここでなら、文字どおり羽をのばしていられるからね」
「お、うまいこと言うなぁ」
先程の沈んだ雰囲気とはうって変わって、振りかえったカタリーナは満面の笑みを浮かべていた。
好きな場所で落ち着いて暮らせるのは、なによりの幸せだ。今の俺にとってのそれは、ライリーさんの家。それが当たり前と思わずに、大事にしていかないとな。
「そろそろ着くよ」
「どこに?」
俺が聞きかえした途端、カタリーナが突然駆けだした。
反射的に追いかけると、そこは――五つの塔が見える、お馴染みのあの場所。中央広場だった。
「え!? ここに繋がってたのか!?」
「そう。便利でしょ? これも女王様が考えた仕かけだって噂」
「ホントか?」
「うん。どこへ行くにもここを通るように。ここにくれば、どこにでも行けるようにって」
はぁ、と感嘆の声がもれる。
なんて粋な仕かけだろう。もしも迷ったら、とりあえず中央広場を目指す。それで万事解決するじゃないか。逆に待ちあわせ場所にも使えるし。まるで某駅前にある動物の銅像みたいだ。
「それじゃあね。よかったらまた遊びにきてね」
「もちろん。今日のお礼しに行くからな」
「気にしなくていいよ……って言いたいところだけど、ちょっと期待してる」
可愛らしい笑顔で手を振るカタリーナに、俺も手をぶんぶん振ってこたえ、その背中が見えなくなるまで見送った。
友人が二人もできたぞ。同種族ってところがやっぱり嬉しいな。
「……っ?」
一人喜んでいたところ、突然背後から冷たい視線を感じ、振りかえる。
そこには、誰もいなかった。
……なんだろう。嫌な予感がする。
その正体不明の悪寒を感じつつ、俺は足早に家へとむかった。




