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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
二章 魔導祭編

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24話 逃げたらいい人に会ったので自己紹介してみた

 ザックさんはその後、あっさり降参した。



「面白いものがたくさん見られたから、私個人としては大満足だよ。陛下もきっとお許しくださるだろう」



 そう言いながら、俺を見て怪しい笑みを浮かべていた。


 すごいものって、俺? 俺ですか? と、そわそわキョロキョロしていたら、たちまち頭上からライリーさんの拳が降ってきた。撃沈する俺。



「サー・ジェイド、戦闘不能。ターナー伯爵、降参。これにより優勝は……勇者ライリー氏のチームに決しました!」



 口上役が宣言すると、観客からの歓声にくわえ、どこからか花火が打ちあがるような音が聞こえた。


 ……あ、ホントに花火だ。昼間で明るいから……よく見えないな。なんで今打ちあげた?



「ライリー……許さんぞ。俺は、絶対に、お前を許さない!」


「…………」



 やっと立ちあがれるようになったジェイドさんの恨みの言葉に、ライリーさんは無言で踵をかえした。だから、なにがあったんですか。


 控え室にむかっていくライリーさんを、慌てて追いかける。



「ゆ……っ優勝! できたな!」



 極力明るめの声で話しかけると、ライリーさんは立ちどまって、目だけ動かして横にいる俺を見た。



「……ご苦労だったな。まさか、本当にあいつを倒せるとは思わなかった」


「はぁ!? 倒せると思わなかったのにやらせたのかよ!?」


「そうだな……半々ってとこか」


「もっと自信もって!? 俺、めっちゃ強くなっただろ!?」


「そういう慢心が命とりだって、これからお前は嫌ってほど味わうだろうな」


「いらねぇんだけど! そんな不吉な予言!」



 会話の中で、無表情だったライリーさんに笑顔が戻った。なにか企んでいるかのような笑みだったけど、まぁいいか。


 とにもかくにも、優勝だ! 正直まさかとは思うが、これでアリア様との約束を果たせたぞ!……アリア様、見てたかな?




 ◇◇◇




 アルケミリア魔導祭が終わって、数日後。


 多額の賞金をいただいた以外は、特に変化はなかった。本当に、びっくりするくらいに。


 例えば、町中を歩いていたらすぐに声をかけられる――なんてことは一切なく、大会そのものがなかったかのように、日常の風景に戻っていた。


 それもそのはず。後日出まわった魔導新聞なるものには、「勇者、優勝」とシンプルな字体で書かれていただけだったのだ。


 それはつまり、「勇者なんだから優勝して当たり前」と思われている証拠だといえる。その名のとおりだよ。さすがは勇者ライリーさんだよ!……正直言うと、もうちょい戦っているところを見たかったっていう気持ちはあるけど。


 とはいえ、あの大会は俺自身の腕試しの場でもあったから、そういう面では非常に満足だ。賢者の一人、ジェイドさんの強化魔法をこめた魔武器をうち破ったり、とっさに新しい防御魔法もできるようになったり、大収穫だったからな。


 ただ、やはりライリーさんの言うとおり、慢心は最大の敵だ。俺は、「ちょっとだけ」強くなれただけにすぎない。それを忘れないようにしよう。はい、反省会終わり。



「お……? あれか?」



 今日は一人で外出。食材の買い出しついでに、王立博物館にやってきた。


 それは、図書館から少し離れたところにあった。こちらも負けじと巨大だ。レンガではなく、白い色で統一された石造りで、柱が何本も立っている。博物館よりも神殿のような見た目だ。


 たぶん、「王立」の施設はどれも巨大で派手なのだろう。国王陛下の権力の象徴のため、とかで。


 なぜここに来たかというと、いわずもがな。トニーさんが魔導祭の品評会で発表した魔道具が展示されているため、見学にきたのだ。


 彼女は、前評判どおり他の追随を許さず優勝。五人の評議員が全員満点の評価を出したそうだ。「賢者だから」と忖度した結果じゃないのか、と邪推してしまうが、そうであったとしても発明品がガラクタだったらさすがにそこまでの評価は出せないはず。どんな魔道具なのか、楽しみだ。


 せっかくだし、ライリーさんもくればよかったのに……と思ったが、すぐに彼が来たがらなかった理由が分かった。そう、行列だ。



「うっわ……」



 思わずうんざりとした声をもらした。


 見事な長蛇の列である。品評会を直接見られなかった人たちか、あるいは見られたけど改めて間近で見たいと思った人たちか。もしくは、その両方か。看板がないので、何時間待ちかが分からない。


 ……やめようかな。これ、今日中に入れる保証はないぞ。並んで待っている最中に閉館時間がきてしまって、なんて最悪のオチになりかねない。


 ひとまず今日のところは諦めようか。なんなら、トニーさんがうちに遊びにきたときに話を聞けばいいし。


 そう思って、踵をかえした。



「いた! あいつだ!」



 前方から、俺の腰より少し高い程度の背丈の子どもが、こちらに駆けよってくる。


 一瞬、好意的な奴らかと期待したが、その形相が決して穏やかではないとすぐに気づき、思わず足を止めた。



「いっ!?」



 子どものうちの一人が投げてきた石らしきものが、俺の額の左側をかすめていった。



「なに――」


「卑怯者!」



 なにをするんだ、と抗議する間もなく、一人の子どもが声をあげた。



「ジェイド様が負けるわけない! あの人は、この国で一番強い騎士なんだぞ!」


「お前、どんな卑怯な手使ったんだよ! 許さないからな!」


「ずるして勝って嬉しいのかよ! この卑怯者!」



 ひたすら石を投げてくる子どもたち。顔を腕でガードする俺。


 ……いや、気持ちは分かるけど、俺は一切ずるなんてしてないんですけど? やっぱり知名度の問題かなぁ。


 子どもたちに言ってきかせるのは難しいと判断。一切反論しないまま、踵をかえして走りだした。



「あ! 逃げた! やっぱ卑怯者だ!」


「追いかけるぞ!」



 子どもたちが追いかけてくる気配。


 でも俺は、角を曲がったところですぐに獣化。じっと息をひそめる。


 幸い、足元のレンガと体色は似ているため保護色とも言えなくはない。見落としてそのままいなくなってくれないかな、と期待。



「あっちに行ったぞ!」



 ……声が近くなってきた。


 これで見つかれば、袋叩きにされるのはまちがいない。頼むから気づかないでくれ……!


 そう願い、ぎゅっと目を閉じた――そのとき。



「そのままじっとしていろ」



 頭上から、優しげな声が降ってきた。


 おそるおそる目を開けて見上げると、見覚えのない男の姿があった。


 誰だろう、と疑問に思った直後、複数人の足音が聞こえてきたので、再び身を縮める。


 足音は、かなり近づいてきたところで止まり、そしてまもなく遠ざかっていった。


 あたりが静かになったところで、そっと目を開ける。


 直後に、謎の浮遊感。



「いなくなったぞ。もう大丈夫だ」



 先程、「じっとしていろ」と言ったのと同じ声だった。その主が、俺の体を持ちあげたようだ。



「ありがとうございます! 助かりました」


「……?」



 お礼を言うと、その人は怪訝そうな顔をした。おや、聞きとりづらかっただろうか。


 その人の手から地面へと下り、人間の姿に戻る。



「ありがとうございました。助かりました」


「ああ……いや、礼には及ばない」



 そう言って、彼は目深にかぶっていた帽子をとった。途端に現れる、頭についた獣の耳。



「俺もお前と同じ獣人だからな。助けあうのは当然だ」



 俺は、息をのんだ。


 青みがかかったグレーの毛色。耳の形状から考えて、オオカミかなにかだろうか。ジェイドさんほどではないが、この人もかなり背が高い。精悍な目だが、眼差しは温かかった。


 移住して、一か月とちょっと。ここにきてようやく、同種族の獣人に会えるとは。しかも相手は、「ザ・獣人」とでも言うべき、哺乳類系の獣人のようだ。ちょ……感激なんですけど!



「……どうした?」


「あ! いえ! 他の獣人に会ったのは初めてだったもので!」


「そうか。まぁ……そうだろうな」



 オオカミ(仮)の獣人のその人は、肩をすくめて帽子をかぶりなおした。そして、先程石を投げられたときのケガの手当てをしてくれた。左目の上あたりから垂れていた血をぬぐい、別の布を押し当てて止血。



「痛むか?」


「大丈夫です。あの、名前聞いてもいいですか? 俺はポルテっていいます」


「ポルテ……移住者か?」


「そうなんです! よく分かりますね?」


「名前のニュアンスで分かる。かくいう俺もそうだからな」


「え?」


「俺はフレドリック。フレッドと呼んでくれ。あと、敬語も不要だ」



 彼は、はにかみながら自己紹介してくれた。


 獣人の移住者って、まんま俺と同じじゃん。で、名前はフレドリックか。かっこいい名前だけど、たしかに長くてちょっと呼びづらいな。遠慮なくフレッドさんと呼ばせてもらおう。



「分かった。ちなみにフレッドさん、オオカミ?」


「そうだ。お前は?」


「タコ。種類はメンダコ」


「……そうか」


「知らないなら別に気にしなくていいって」



 フレッドさんの口元が若干引きつったので、俺は察してケラケラ笑い、ヒレをパタパタさせながら言った。本当にいい人だなぁ。



「お前、勇者の相方だろう。この前の魔導祭で優勝していた」


「そう! 見ててくれたのか?」


「獣人の間ではかなり話題になっているぞ」


「……! ホントに!?」



 フレッドさんは、優しくほほえんで頷いた。


 有名人になれていたのか、俺……! 獣人界隈限定みたいだけど、嬉しいぞ!



「家まで送ってやりたいが、俺はこのあとすぐに仕事にいかなきゃならない。安全な道を教えるから、そこを通っていけ」


「フレッドさん……! いい人すぎる! 至れり尽くせりだよ!」


「気にするな。また今度、機会があればゆっくり話をしよう」


「喜んで!」



 俺はひたすら感激し、ほほえむフレッドさんを見つめた。


 第一村人ならぬ、第一獣人がこんな優しくて頼もしい人だなんて。俺はめちゃくちゃついてるぞ!



「猛獣タイプが多いんだが……まぁ、大丈夫だと思う」


「猛獣タイプ!? 思うってなに!?」



 あごを触りながら目をそらしたフレッドさんを見て、俺は一抹の不安をおぼえた。


 ほ……っホントに大丈夫か!?

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