23話 力の差を思い知ったので逆に思い知らせてみた
ライリーさんが前に出た。
今度こそ彼の戦いを間近で見られるのだ! さて、どんな戦いになるのか――
「ポルテ。お前から行け」
「っ!? なんで!?」
振りかえって言いはなったライリーさんに対し、俺は見事にずっこけた。
いやいやいや。手袋はめて臨戦態勢になったでしょうが。なにまた人任せにしようとしてんの。意味不明だよ。
恨みがましく見つめると、ライリーさんは鼻で笑い、あごで相手チームをさした。
「あの人が前に出るんならって思ったが……どうやら正攻法でくるみたいだからよ」
「正攻法?」
疑問に思いつつ、ジェイドさんとザックさんを見る。
ジェイドさんはやる気満々で、今にも走りだしそうな勢いだった。しかし、ザックさんは登場したときと変化はない。
ライリーさん曰く「あの人」とは、ザックさんで間違いない。うん、たしかに彼が前に出てきたら、俺はまともに戦える気がしないからな。
となると、俺はジェイドさんと戦うのか。よくある一対一に分かれるパターン……だったらいいんだけど。後ろからザックさんが援護してきたらどうしよう。
「まぁ、別に俺がやってもいいけどよ。そうなるとお前の出番なくなるぞ?」
「それはだめ、ゼッタイ!」
悶々と考えていると、決定的な言葉をかけられたので即座に否定。
それだけはだめだ。そうなると、「俺が勝った」とはならないからな。アリア様との約束を果たせなくなる。
ライリーさんより一歩前に出て、ジェイドさんを見つめた。彼は、忌々しげに目を細めて奥歯を噛みしめている。
「無唱発動は?」
「好きにしろ」
頷く俺。許可が下りたので、全力でいくぞ。
「各々方、準備はよろしいか。では……決勝戦、始めっ!」
俺とジェイドさんが同時に走りだした。
指輪をしている右手を挙げ、無唱発動。一瞬、ジェイドさんの顔に驚愕の表情が浮かんだ気がした。
……っていうか、ジェイドさん早っ!
鎧を着ているのに、あっという間に間合いを詰められてしまった。射程が長い黒い弾丸より、威力が高い黒い霧のほうがいいか。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ――」
「我が血よ、滾れ。湧き上がれ。我を守りし盾となれ! 不壊纏法!」
俺が呪文を詠唱し終わると同時に、ジェイドさんが自身の槍に魔法をかけた。
俺より一歩遅れて唱えはじめたのに。詠唱も早いなおい!
ジェイドさんが、魔法をかけた槍をこちらに投げてくる。
とっさにしゃがみこんでかわそうとしたが、槍はなぜかその俺の動きにあわせて軌道を変えた。
ウソだろ! 追跡装置でもついてんのかよ!? それともさっきかけてた魔法の効果か!?
「……っ黒い霧!」
襲ってくる槍に魔法を当てる。本当はジェイドさん本体にかけたかったのに。
だが、おかげで槍が飛んでくる速度が落ち、くるっと向きを変えて持ち主のジェイドさんのところへ戻っていった。ブーメランかよ。
危うくいきなり串刺しになるところだった。それは回避できた……のはいいけど、俺の呪文詠唱を加えたそこそこの威力の魔法が当たったのに、槍に変化はないようだった。
「あの槍は魔武器で、魔法に耐性がある。おまけにあいつお得意の強化魔法も加わってるときた。魔法陣までしっかり描いても通用するかどうかってところだな」
「それ先に言って!?」
腕組みをしてやる気がなさそうな顔でライリーさんが言う。なんでそんな大事な話を後出しするんだろう。ひどい。
けど、これで分かった。さっきジェイドさんが槍にかけていたのは強化魔法。効くかどうかは不明だけど、やってみるしかない。
俺は魔法の墨を出してから獣化、魔法陣を描きはじめた。
「させるか!」
さらにジェイドさんが間合いを詰めてきて、槍を突きだしてきた!
でも、大丈夫。
ひらり、とかわす俺。魔法陣を描く作業に戻る。
即座にジェイドさんの槍攻撃が連続して襲ってくる。しかし、それも一つ残らずかわした。
「……っ!?」
ジェイドさんが、驚愕ではなく困惑しているのが見てとれる。
そりゃそうだ。こんな、手をのばせば触れられそうな距離にも関わらず、攻撃がちっとも当たらないのだから。
そのわけは……俺も知らない。獣化するとなぜか回避率が爆上がりするんだよ。ちゃんと調べてないから、スキルと言っていいか微妙なところだけど。原種のメンダコのスローリーな動きとつながっているんじゃないかと思う。
そうしているうちに、魔法陣が完成。獣化したまま、無唱発動からの呪文詠唱。
ジェイドさんが槍をかまえて防御の体勢に入る。
「黒い霧!」
俺の魔法がジェイドさんを襲う。
フルセットなので、ジェイドさん本体にも間違いなく当たる――かと思いきや、完全に防がれてしまった。なおかつ、またしても槍に変化はない。
今度は、俺が驚く番だった。
まさかなんの効果もないなんて。これが……賢者の実力か。
「分かっただろう。貴様の魔法は、俺には効かぬ!」
ジェイドさんの槍の先が迫ってくる。防御をするのが完全に遅れてしまった。
だめだ、間に合わ――
槍の穂先が、視界いっぱいに迫る。
空気が、重い。
ミシ……ミシ……
目の前で、槍の表面に細かな亀裂が走った。なにが起こっているのか理解するより早く、
砕けた。
鈍い金属音とともに、目の前でジェイドさんの槍が、粉々に砕け散った。その破片が、俺の頬をかすめて落ちていく。
……効いて、たのか。なんの効果もなかったわけじゃなかったんだ!
呆気にとられているジェイドさんの傍らで、すばやく魔法陣を描く。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ!」
描いた魔法陣を踏みしめ、早口で詠唱。光り輝く魔法陣。
我にかえったジェイドさんが、腰に差していた予備の剣に手をかける。が、抜いた瞬間に飛んできた火の玉により、はじかれてしまった。
「貴様っ!」
そのジェイドさんのうめきは、俺じゃない誰かさんにむけられたのはたしかだ。
指輪から黒い霧があふれ出す。
今度は、絶対当てる!
「黒い……霧!」
完璧。
黒い霧がジェイドさんを包みこみ、直後、彼は膝をついた。
防御のための鎧が、たちまち枷となっている様子だ。それでも彼は、顔を真っ赤にして立ちあがろうとしている。
「無理しないほうがいいですよ。重いでしょ?」
「黙れ……っ! 貴様、ごとき、に……っぐ……っ!」
人の忠告も聞かずに、なおも立ちあがろうとするジェイドさん。
……大丈夫かな。頭の血管、切れるんじゃね?
「ポルテ。もういいぞ」
どうしたものかと首をひねっていると、背後からお声がかかった。
ライリーさんが歩いてきて、俺より少し先で止まる。
「あとは任せとけ」
「は?……え? いいとこどり!?」
「違う」
ライリーさんは、俺の言葉を否定しつつ、目線は別の方向にあった。
――いつの間にか、すぐそばまで移動していたザックさんに。
「君と戦えるなんて光栄だよ」
「それはお互い様だな」
「ふふ……さぁ、観客を大いに沸かせるような戦いをしようじゃないか」
むかい合ったライリーさんとザックさんが、互いに媒介――ライリーさんは手袋をした手、ザックさんは黒い棒のような杖――を掲げて、無唱発動。
うわあ。ザックさんも当然のごとく使えるのか。じゃあ、やっぱり相当な強者なんだな!?
「っ! なに、を……!?」
「ここにいたら巻きぞえ食いますって」
動けないジェイドさんの、首の後ろの鎧部分をつかんで、引きずっていく。
……うん、重い! 俺の魔法のせいじゃなくて、たぶんこの鎧のせいだ! こんなの着て戦うとか……騎士の人たちは力持ちなんだなぁ! 尊敬する!
「冥毒蝕法」
「白炎・烈光」
二人が、ほぼ同時に魔法の名を唱えた。
ザックさんの杖の先からは紫がかったもやのようなものが、ライリーさんの手の先からは黄色に近いオレンジの炎の輪が出て、互いにぶつかりあって消えた。
ザックさんの魔法は、ライリーさんが言っていたとおり闇魔法らしくおどろおどろしい雰囲気。食らったら毒状態になりそうだった。それを、ライリーさんの炎が浄化したようだ。
「黒炎・炎槍突」
「鴉嘴顕法」
今度は物理系、ともいえる魔法。ライリーさんは炎の槍のようなものを出し、ザックさんも似たような、鋭いくちばしのようなものを生みだして、互いにぶつかりあった。二人とも、笑顔。
いいな、楽しそうで!
動きも加わってきたので、いつこちらに飛び火してもおかしくない。もう少し離れておこうか……いや、さすがに多少は配慮してくれる、よな?
――と、思っていた矢先。
二人の魔法がはじけ飛んだ瞬間、そのかけらのようなものがこちらにむかって飛んできた!
ジェイドさんは、まだ動けない。考えている暇はなかった。
「黒い壁っ!」
気づいたときには、頭に浮かんだ魔法を口にしていた。
途端に、目の前に出現する黒い壁(文字どおり)。直後、岩かなにかが当たるような鈍い音が数回。
「あぶな……っ」
冷や汗が頬をつたう。
なに、今の音。マジで落石を受けとめたみたいな音でしたけど!? 当たってたら普通に死んでたぞ! 俺、ナイス!
「き、さま……っ今、なにを、した……っ!?」
「なにって、流れ弾を防いだだけですけど」
「ばかを、言うな……! ターナー卿の、魔法は……っ闇魔法……! あれを、防げるのは……っ光魔法しか、ありえない……!」
ジェイドさんが、未だ俺の魔法がきいている様子で、途切れ途切れに苦しそうに言った。
はっきりとは聞きとれなかったけど、つまりこういうことだ。俺が、今のを防げたのはおかしいと。
「……ありえないとか言われましても。じゃあ、俺の魔法が光属性ってことじゃないんですか?」
「そんな、わけが……っあるか!」
ジェイドさんが、弱々しく拳を地面に叩きつける。
たしかに。弱体化または無効化の効果がある光魔法って、なんかちぐはぐだよな。こう、聖なる光の力によって闇の力を削ぐ、みたいな聖女が使いそうな魔法だったらありえるけど。
……うん、ねぇわ。そもそも名前が「黒い霧」だし。
じゃあ、なんで俺の防御バージョンの魔法が通用したんだろう?
首をひねっていると、どこからか不気味な笑い声が響いた。ザックさんだ。
「これは驚いた……『無属性』か」
無属性?
ライリーさんが、はっとしたような顔をして俺を見た。
「ライリー。覚悟しておくことだ……あの子の存在はまちがいなく、アルケミリア300年の歴史を変えるだろう」
その予言めいたザックさんの発言に、ライリーさんが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
歴史……? 俺が、この国の歴史を変えるって?
マジ!? 俺、歴史上の偉人になれるんですか!? やった!




