22話 人には人の過去があるらしいので話を聞いてみた
なんだかスカッとした気分だった。
昔の仲間との関係を清算できたからか……いや、違うな。初めての公式な戦いで自分の実力を発揮できたからだ。
「次は決勝戦だな!……一回しか戦ってないけど! 誰と戦うんだろうな? 楽しみだな!」
「…………」
……おいぃ!? なんか反応してくんねぇかなぁ!?
興奮がおさまらない俺とは真逆に、ライリーさんはソファに座り、無表情のままぼんやりと床の一点を見つめている。
一回戦でこれっぽっちも戦えなかったせいで退屈していたせいか?……いや、だったら余計に「次こそは」ってなるはずだろ。
近づいて、いろんな角度から顔をのぞきこんだり、顔の前で手を振ったりしてみたが、完全に無反応だった。
困りはてた俺は、控え室の隅に直立不動で待機しているコーデリアさんに近づき、話しかけた。
「どうしたんでしょうね、ライリーさん」
「……おそらく、次の戦いのお相手と関係があるのではないかと」
「次の相手? 誰ですか?」
コーデリアさんは、ライリーさんを一瞥。万が一にも聞こえないようにと配慮してか、口の横に手をあてて、耳打ちした。
「マリナス騎士団所属の騎士であり、次期団長と目されているお方……ジェイド・ビヴァリー卿です」
「騎士団の、次期団長?」
聞きかえすと、コーデリアさんが頷いた。
俺からしてみれば、だからなんだ、としか言いようがないのだが。
「騎士団って、国防に関わってる部隊ですよね? そんなとこの人も大会に参加するんですか?」
「はい。女王陛下直属のエリート部隊なので、本来はおっしゃるとおり国内の治安維持や他国の脅威から国を守るのが使命です。今回の魔導祭においても、王族や貴族の護衛が主な任務のはずですが……少し特殊な事情がありまして」
「なんですか?」
「『アルケミリアの五賢人』はもうご存じですよね? あの方々は、魔導祭に参加するのが義務なんです」
「へー。つまり、強制参加と」
それを、ライリーさんは突っぱねようとしていたわけだな。もし本当にそうしていたら、どうなっていたのだろうか。まさか、賢者の称号を剥奪されていた、とか? もしそうだったら、阻止できてよかった!
……ん? ちょっと待て?
「一応聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「つまりその、ジェイドさんとかいう人も……賢者?」
「そうです」
……言っちゃったよ。出たよ。賢者の最後の一人が判明したよ!
つまり、次の決勝戦を迎えれば、俺は五賢人全員と顔をあわせたことになる。まさしくコンプリートだ。すごくないか?……ありえなくないか!? いい意味で!
まぁ、それはちょっと置いといて。
ようするに、ジェイドさんは本来騎士として王侯貴族の護衛をするはずだったが、賢者だから参加者になる必要があるわけか。なるほど、分かりやすい。
……いいのか? 王侯貴族の護衛のほうが重いんじゃね? 大会に参加してる場合なのか、次期団長候補が。
けど、一応「祭り」だからな。仕事をするより参加するほうがいいに決まってる。ジェイドさんにとってはラッキーなのかもな。
「で、そのジェイドさんとライリーさんはなにか関係あるんですか?」
「以前お話ししたかと思いますが、ライリー様は過去に騎士団に所属されていたのです」
「……え? そうでしたっけ?」
「はい。それで、ライリー様が退団される際に一悶着あったようで」
「一悶着?」
「……そもそも、『騎士団を退団する』のはとても重いことなのです。騎士となって入団するには、国王陛下かもしくは、陛下から任命権を委譲された王族に近い上流貴族の当主により、任命していただく必要があります。ですから、それをのちに覆すのは……よほどの理由がない限りは許されません」
「よほどの理由って……」
「身体的、精神的問題により騎士としての任務を果たせなくなったと判断された場合が、一番分かりやすいかと。あとは……名門貴族出身者であれば、その家の当主が口利きをすれば退団が叶う場合もあるようです」
「……それ、両方ありえるんじゃないですか?」
コーデリアさんは、目をふせてからかすかに頷いた。
ライリーさんは、伯爵家の出身だ。彼を溺愛している当主であり兄の伯爵様なら、頼まれれば一も二もなく実行してくれるはずだ。
だけどそもそも、ライリーさんに退団したくなるほどのなにか――身体的・精神的な問題が生じたとは、とてもじゃないが思えない。そして、それでどうして次期団長との確執が生まれたのかも。
つい一か月前にこの国にきて、ライリーさんと知りあったばかりの身である俺には、さっぱり分からない。
一体、なにがあったのか。
再度、ライリーさんへと顔をむける。彼は、俺とコーデリアさんが自分の過去について話していたのも知らずに、変わらず床の一点を見つめつづけていた。
その理由を知り、「気にするな」と励ませたらいいのに。そう言える程度だったら、いいのに。そう思わずにはいられなかった。
◇◇◇
再びバトルフィールドに立つべく、通路を歩いている俺とライリーさん。
ライリーさんは、先程までぼけっとした様子とは一変して、表情が引き締まっている。切りかえ……できてるのか?
「ライリーさん、心の準備大丈夫か?」
「あ? 誰になに言ってんだ」
たちまち、じろりと鋭い目を向けられてにらまれる。なんで。
「いや、だってさっきまでボケっとしてたくせに」
「余計なお世話だよ。お前こそ人に気ぃとられてんじゃねぇよ」
「俺はやる気満々ですけど」
「ならいいが」
ライリーさんは、そこで一旦言葉を切って前を向き、ため息をついた。
「……今度は、さっきみたいにはいかねぇからな」
「知ってる!」
なにせ、相手の一人は賢者らしいからな。他のメンバーは知らないけど。
うう……! なんだか体が震える。緊張、か……? いや、きっと武者震いってやつだ!
「行くぞ」
ライリーさんの言葉に頷き、あとを追う。
彼の、はためく上着の裾がまるでマントがたなびくように見えて、なんだかとても様になっていた。
……一回戦の前、ライリーさんには「冒険譚の主人公は似合わない」と言ったけど、撤回する。こんなヒーローがいても悪くない。
なんて感心しながら、バトルフィールドに出た。歓声がひときわ大きくなる。
「は……!?」
反対側の通用口から姿を現した人物に、俺は目を見開いた。
一方は、おそらくコーデリアさんが言っていたジェイド・ビヴァリー氏。かっちりと西洋風の鎧を身にまとっているので分かりやすい。
問題は、その隣に悠然と立っている人。
その姿は、かつて見かけたときとほとんど同じ。白い裾が長い白衣を身にまとった、若干青白くて痩せた顔の男――ザックさんだった。
なんでこんな早くに再会するはめになるんだよ!? しかも、このバトルフィールドで! この前の注射器見せられたら即戦意喪失する自信あるんですけど!?
「ららら、ライリーさん! なんでザックさんがここに!?」
「なんでって、あの人も賢者だって知ってるだろ? っていうか、なんだよその呼び方」
「まちがえて呼んだら『それでいい』って言ってくれたんだよ! つか、そんなことどうでもいい! あの人、医者だろ!?」
「闇魔法の使い手でもあるんだよ。ばか強いぞ」
ライリーさんが平然と言いはなった言葉に、俺は戦慄した。
闇魔法って、内臓に直接作用する攻撃とか!? それとも、大量の注射器やメスを出現させて飛ばしてくるとか!? 無理無理無理!
俺が一人パニックに陥っている中、ザックさんはそれを知ってか知らずか、笑みを深くした。
……怖い! もう目をあわせないようにしよう!
そこで、もう一方のジェイド氏に目をむける。
先程も言ったとおり、西洋風の銀色の鎧を着ていて、兜はつけていない。手には長い槍を携えている。身長はかなり高く、二メートルを超えているかもしれない。この国にメートル法が存在しているのかは知らないが。
そして、なんといってもその目。鋭いのはもちろん、眉間にシワを寄せてこちらをにらんでいる。こっちの人もだいぶ怖かった。目のやりどころに困る。
「ただいまより、決勝戦! 戦士の紹介をいたします! 右手には、先の戦いで弟子を見事に操り勝利した、勇者ライリー・クロックフォード氏!」
フィールドのど真ん中に立つ口上役の人が、さっと腕を動かしてこちらをさした。相も変わらず、俺の存在はスルー。
あとさ、俺は別に操られてたわけじゃないんですけど? たしかに、ライリーさんから「お前がやれ」と指示された結果ではあるけどさ。
「そして、左手には――五賢人に名を連ねるお二人! マリナス騎士団より、サー・ジェイド・ビヴァリー! そして、国一番の魔導医療研究者、ターナー伯爵!」
紹介された後、観客の間からものすごい歓声と拍手が沸きおこった。またしても、ライリーさんが険しい顔になる。
どうやら、先程の戦いと比べて観客がかなり増えたようだ。やはり、勇者(と、俺)対賢者二人の決勝戦は、かなり注目されているらしい。
……裏で、大勢の貴族が賭け事をしているのを想像すると、いい気はしないけれど。かまわない。俺は俺の戦いに全力であたるだけだ。
気持ちを落ちつけようと深呼吸した直後、ドスン、と地面になにかを叩きつけるような地鳴りがした。あちらの騎士さん――ジェイドさんが、槍の柄の先を地面に思いきり叩きつけたようだ。
「マリナス騎士団ジェイド・ビヴァリー! 今日こそ貴様の勇者の称号を奪ってみせる!」
ジェイドさんが、地面に叩きつけた槍を持ちあげて、その先をライリーさんに突きつけた。
宣戦布告か……いちいちしなくてもよくないか。やはり、コーデリアさんが言ってたとおりなにか因縁があるのだろうか。
ライリーさんを横目で見たが、彼は無表情のままで返事もしなかった。目線も、どこを見ているのか分からない。なにを考えているのかも分からない。
――しかし、そのとき。
ライリーさんが、媒介の黒手袋を取りだして両手にはめ、一歩前に出た。




