21話 相手にならなかったので軽く手をひねってみた
抜いた大剣を振りかぶって、どすどすと軽く地鳴りを響かせながら走ってくるシャルマン王国の勇者。
……なんか遅くね?
鈍足耐久型で、そのくせ攻撃力もかなり高いとかか? しかし、鈍足は魔法使いを相手にするには欠点になるぞ。うかうかしてると、魔法陣+呪文詠唱+名称のフルセット魔法を発動させられてしまうから。
まぁ、いいか。早いところやっつけよう。もし本当に鈍足耐久型なら、長引けば長引くほど面倒だし。
どこでも魔法陣が描ける魔法の墨を取りだす。黒いクレヨンのような形をしていて、木製の床でも土の上でもレンガの上でも、どんな材質にも魔法陣が描ける代物だ。ルーファス先生からのもらいものである。
間に合いそうだけど、ここは慎重に。
獣化して、足の間の膜を引っこめる。そして、使える腕を総動員して魔法陣を描いた。足として使う二本を除いた六本を駆使すれば、魔法陣なんてあっという間に描けてしまう。超便利。
……なんか、観客席のほうから悲鳴のような声が聞こえた気がしたけど、俺のせいじゃないよな。うん、無視無視。集中集中。
素早く魔法陣を描いたら、すぐに人間の姿に戻る。続けて、呪文詠唱。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ――黒い霧!」
黒い霧が、勇者にむけて発生。しかし、勇者は怯まずにつっこんでくる。
「そんな魔法、俺の『退魔の神剣』で消し去ってくれる!」
勇者が、走りながら大剣を振るった――が。
「ぐふっ!?」
有言実行とはいかず、霧はたちまち大剣ごと勇者の体を包んでまとわりついた。足を止めた勇者は、必死に霧を振りはらおうともがいている。退魔の神剣、名前の割に効果薄いな。
――そして。
霧が晴れる頃には、勇者はその場に崩れ落ちていた。
「ぐ、お……重、い……! こんな、ばか、な……!?」
手にしていた大剣を持っていられず、地面に落とした。うつ伏せの格好になり、それでもなんとか起きあがろうとしているので、まるで腕立てふせをしているような体勢になっている。
……おかしいな。魔法陣からのフルセットとはいえ、こんなあっさり効くものか? もしかして演技か?
その可能性を考え、おそるおそる近づいていく。勇者はそんな俺に気づいた様子だが、腕立てふせしかできないでいる。
これは、普通にいけそうだな。
「おりゃっ」
すぐ目の前まで近づいてから、勇者の首に軽く手刀を食らわせる。
勇者は、「ぐえっ」とカエルが潰れたような鈍い声を上げて、その場にうつ伏せになって倒れた。
俺の、たった一発の魔法で。たった一撃の手刀で。
「……弱っ」
あまりのお粗末さについぼそっと呟けば、それまで呆気にとられていた観客がどよめいた。
ヤバい、と思って振りかえると、ライリーさんも眉を寄せて渋い顔をしていた。
なんか……ごめんなさい。
「な、なんだよ今の魔法!」
「嘘でしょ!? ちょ……っどうするの!?」
「ざけんな……! このままで終われるかよっ!」
残ったセドリックたちが、焦りながらも顔を見合わせて各々の武器――セドリックが剣、テオドールとミリアが杖――をかまえて、間合いを詰めようと走りだした。
「テオは俺の援護! ミリアはあのマヌケを回復させろ!」
「了解!」
「ええ!」
セドリックが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
今まではおそらく、基本的には勇者が盾になり、横からセドリックが攻撃、後衛でテオドールとミリアが魔法で援護、という戦法をとっていたのだろう。しかし、盾役がなくなった今、間違いなく守りは薄い。俺がいた頃は、煙幕でしかなかった俺の魔法を使って逃げざるをえなかったときも何度かあったくらいだ。
けど、その代わりにあの三人にはスピードがある。フルセットの「黒い霧」なら、間違いなく一撃で三人まとめて潰せるはず。けど、彼らの身軽さや射程を考えたら、そのために時間を稼ぐのは厳しそうだ。
それならば。新技お披露目といきますか。
「黒い弾丸!」
「うっ!?」
まず、前衛のセドリック。射程が長い新技で足元を狙って撃つと、着弾した瞬間黒い霧が上昇するように発生して、彼を絡めとった。
一番足の速いセドリックの動きさえ止められれば、あとは問題ない。
せっかくなので、焦りを隠せないテオドールとミリアを見て、一言。
「悪いな。手加減の仕方は習ってねぇんだよ」
「はぁ!? あんたいい加減に――」
「黒い霧!」
ミリアが言葉を言いきる前に、俺は彼女とテオドールにむけて魔法を発動。すでに地に伏している勇者とセドリックに続き、二人も同じようになって身動きがとれなくなった。
鋭く素早い剣技が自慢のセドリック。
多彩な攻撃魔法を得意とするテオドール。
あっという間に傷を癒すミリア。
強いな、すごいな、と思っていた憧れであり自慢の仲間たち。その彼らが――俺を雑用係として見下していた奴らが、俺の目の前で地に伏していた。
しかし、俺の心はいたって平常だった。なぜだろう?……ひょっとして、これが強者の余裕って奴か!?
ライリーさんとやりあっていたときは、ただただ必死だったので実感はそこまでなかった。けれど、今やっと分かった。
俺は、強くなったんだ!
満たされた気持ちで、まだ意識のある三人へと近づいていった。
「……っとどめなんて、刺されてたまる、か……っ! ミリア!」
「む……っ無理よ……! 体が、動か、ないの……っ」
「……っテオ!」
「てめぇで、なんとか……っしろよ……!」
必死にもがく三人のうち、一番近くにいたセドリックの前で立ち止まり、見下ろした。
悔しさや絶望感にさいなまれている彼らをじっと見つめたのち、俺は満面の笑顔を浮かべ、言った。
「ありがとな!」
「……っは、ぁ?」
「お前らのおかげで、俺は冒険者になれた。今の俺が存在するためには、お前らはどーしても必要だったんだと思う。だから、ありがとう」
「ふ……っふざけ、やがって……!」
「ふざけてなんかねーよ。本心だって。まぁ……そういうわけだから。この先は自分の力でなんとかするわ。だから……お前らもガンバレ!」
セドリック、テオドール、ミリアの順に、それぞれの肩を叩いてエールを送った。
――未だに俺の魔法が効いているのを忘れて。
たちまち三人は、言葉にならないうめき声を上げて地面に突っ伏してしまい、動かなくなった。
えーっと……うん。しょうがないか。
「勝ったぞライリーさん! どうよ!?」
「三割だな」
「さん……って、それ評価の点数? 五割が満点だよな!?」
「十に決まってんだろ」
「なんでっ!」
ライリーさんは、自信満々の俺を一蹴。そっぽをむいてため息をついた。
三割って。一太刀も浴びなかったのに、手厳しいなぁ。でも、逆にいえば伸ばす余地がありまくりってことだな。よし、次はもっと高い点数とれるようにしないとな!
……なにが悪かったのかはさっぱり分からんけど!
◇◇◇
ポルテの圧勝で終わった試合のあと、シャルマン王国のチーム内には重苦しい空気が漂っていた。
「くそ……っ! なんでこんなことに……っ」
割り当てられた狭苦しい控え室で、リーダーのセドリックは吐きすてた。
それと同時に、肩に担いで運んできた、未だ気絶したままの勇者の体を半ば放りなげるように離す。ゴン、と頭かなにかを打つような鈍い音が聞こえたが、誰もそれにかまっている余裕はなかった。
「この野郎、なにが勇者だよ……! あんなあっさり負けるとか、ハリボテなんつーもんじゃねぇだろ! このろくでなしが……っ」
「……ポルテの奴……あんな強くなってたんだな。こっちの国の勇者とペアになれたって時点で相当なレベルだろ……」
下を向いたまま、テオドールが悔しそうに呟いた。そして、セドリック――未だ落ち着かない様子で頭をかきながら、その場を行ったり来たりしている――を見る。
「素質とか、もっとちゃんと調べといたほうがよかったんじゃねぇの? クビにしたの間違いだったんじゃ――」
「はぁ!? 俺のせいだって言うのかよ!? てめぇらだって賛成してただろうがよ!」
「仮に反対したって聞かなかっただろうが、お前は!」
「ああ!?」
「やめなさいよ! 今は仲違いしてる場合じゃないでしょ!? これからどうするかを考えないと!」
ミリアが諫めると、セドリックは舌打ちして二人に背を向け、頭をかきむしった。
「どうするったって……どうすりゃいいんだよ? さっきの戦い、うちの国王にもばっちり見られてたんだぞ」
テオドールの言葉に、ミリアもセドリックも黙りこんだ。
三人の頭には、アルケミリアに入る前にシャルマンの国王から直々に激励されたときの言葉が浮かんでいた。
もしもこの大会で優勝できたら、シャルマンの強さを見せつけることができる。そうすれば、アルケミリアと同盟を結ぶ協定についての話しあいも大いに進むだろう――。
シャルマン国王は、かねてよりアルケミリアに同盟関係を結びたい、と打診をしていた。小国で資源もろくにない貧乏国家のシャルマンにとっては、それは悲願であった。先代国王の時代からの話だったが、アルケミリア側の反応は淡泊であった。
それも当然だった。アルケミリア側にしてみれば、シャルマンと同盟を組んだところで何一つメリットはないからだ。
アルケミリア側が今年の魔導祭にシャルマンを招待したのは、自国の技術力を知ってもらうところにあった。そうして、「あなたがたはなにを我が国に提供していただけるのか」と問い、シャルマン側に自らの提案がいかにおこがましいものかを知らしめ、それを取り下げさせるのが狙いだった。
当然、シャルマン国王はそんな思惑など知る由もなく、むしろ好機と考えていそいそと勇者パーティーを送りこんだのだ。それが不発に終わるどころか、むしろ派手に醜態をさらす結果となってしまうとは、夢にも思わずに。
セドリックたちは、激怒した国王により重い罰を言い渡されるに違いなかった。
「……移住しちまえばいいんだよ」
「移住?」
セドリックがぽつりと呟いた言葉に、テオドールとミリアは目を丸くした。
「そしたら帰国しないで済む。あのヒゲオヤジから罰受けずにすむだろ」
「亡命するってこと? そんな……っ故郷を捨てろっていうの?」
「他にいい方法あんのかよ?」
戸惑いを隠せないミリアの言葉を、振り返って鋭い目を向けたセドリックがぴしゃりと切り捨てた。
ミリアとテオドールは黙りこみ、諦めた様子で顔を俯けた。セドリックだけが、復讐心を滾らせて目をギラギラと輝かせている。
「見てろよポルテ……この屈辱は、倍返しにして晴らしてやるからな!!」
拳を握り、天井を見あげたセドリックの叫びが部屋中に響きわたった。
――彼らはのちに、宣言どおりアルケミリアに移住の申請をするのだが、シャルマン王国から帰還命令が出たために却下されてしまう。それに腹をたてたセドリックが、民務院の担当職員を暴行。仲間のテオドールとミリア共々、本国への強制送還処分にくわえ、二度とアルケミリアの地を踏めなくなった。
その後の彼らの行方は、誰も知らない。




