19話 準備万端整ったのでいざ出陣してみた
ここ数日間の俺の苦労話を聞いてくれないか。
ルーファス先生があらかじめ釘をさしてくれたはずなのに、本気モードに突入したライリーさんはそれはもう凄まじかった。
刀の刃のような形をした横長の炎をものすごいスピードで飛ばしてきたり、腕にまとった炎を槍の先のように尖らせて殴りかかるように攻撃してきたり。もはややりたい放題だった。
……めちゃめちゃ楽しそうで羨ましいな!
「そんな火傷をいちいち痛がってんじゃねぇ! 隙をつかれるぞ!」
とか、
「守ってばっかでどうすんだ! 攻撃してこいよ!」
とか、無茶も言うし。間違ってないんだけど、もうちょい優しい言い方を――いや、無理か。
けど、「守ってばっか」という部分は、たしかに俺ももどかしさを感じていた。俺の魔法は、相手を弱体化ないしは相手の武器や魔法などの攻撃を無力化する効果がある。それゆえに、どうしても後手――守りに回りがちなのだ。
防御も大事だけど、それだけでは勝てない。勝つには、相手を攻撃する手段を得ないと。
「お前は! なんのためにそれを手に入れたんだよ!」
「……っ?」
何発目かの火球を受けきれずによけた後、ライリーさんがそう怒鳴った。
それ……って、指輪のことか? なんのためって?
「自由に……魔法を、使うため?」
「そうだろ。じゃあ、どうすりゃいいか考えてみろ」
ライリーさんはそう言ったあと、立ちどまって腕組みをして待機した。シンキングタイムをもらえるようだ。
考えろって言われてもな。根本が守りの魔法から攻撃手段を編みだす、なんて。
「もっと想像しろ。固定観念に縛られるな」
「……固定観念……って、なに」
「それ以前の問題か、この野郎」
ライリーさんが、額に青筋を浮かべて奥歯を噛みしめた。
いやいや、言葉の意味は分かるぞ。俺はそこまでばかじゃない、けど……うーん?
「……っ!」
そのとき、俺の頭にあるイメージが浮かんだ。同時に、その名も。
「ちょっと……試してみても、いいか?」
「……ああ」
ライリーさんが腕を下ろして、再び炎をまとった状態で走りだす。
俺は、指輪をしている人差し指で彼をさすようにむけて、親指を立てた。いわゆる、銃の形だ。
「黒い弾丸!」
人差し指の根元、指輪を軸に黒い銃弾のような形をしたものが放たれ、ライリーさんにむかっていく。
素早い身のこなしでよけられてしまい、それは壁に当たった。
瞬間、弾がはじけて投網のように霧が広がる。もしライリーさんに当たっていたら、あの霧が彼の全身を覆いつくしていたはずだ。
よし、イメージどおり!……ではあるけれど。惜しい。あれなら絶対いけると思ったのに。
だが、それを見ていたライリーさんは、目を丸くして唖然としていた。
「……やりゃできるじゃねーか」
「だろ!?」
ぼそりと言われた褒め言葉に、つい気分が高揚してヒレが動く。
火傷の痛みなんてなんのその。なんだか楽しくなってきたぞ。自由に魔法を想像、もとい創造するなんて。俺、魔法使いになれて本当によかった!
――こうして、月日はあっという間に流れ、明日に大会を控えた日。
「黒炎・紅蓮断」
「黒い弾丸!」
ライリーさんが飛ばしてきた炎の刃を、黒い弾丸から発生した霧で包んで消しさる。
続けて繰りだされた攻撃は、無唱発動をした上で通常の黒い霧で防御。視界が不良になったところを狙って、ライリーさんの懐に飛びこむ。
もはや、火傷なんてちっとも怖くない。炎は、遊び相手のようなものだ。
「…………」
ルーファス先生がまた来てくれて、俺の成長具合を見ていた。ライリーさんが攻撃の手を止めたタイミングでそちらを見ると、先生はなぜか顔を手で覆っていた。
「どうしたんですか、先生」
「……どうもこうもないよ。どうしてこうなってしまったんだ……いや、魔力おばけのライリーに手ほどきを受けると決まった段階でこうなることは必然だったか……」
嘆かわしい、とばかりに、ルーファス先生は目を閉じて首を横に振った。
ええ……? そんなにだめだったのか? ってか、魔力おばけって。たしかに。ライリーさんがへばっているところは一度も見てないな。
「悪いのかよ」
「悪いに決まっている。元から見え隠れしていた無謀さが、これではっきり表に出てしまったじゃないか」
「裏を返せば勇敢、ってことになんじゃねぇのかそれは」
「勇敢!? 俺、勇敢か!?」
「ああ。悪い意味でね」
ルーファス先生が、悲しそうに細めた目で俺を見る。う……! なんかよく分からんけど、罪悪感。
そして、ルーファス先生は一度大きく息を吐いてから、俺を見つめた。
「本当に出るんだね?」
「もちろんです! そのために鍛えてきたんで!」
俺の返事を聞いたルーファス先生は、二度頷いた。次にライリーさんを見る。
「いいんだね?」
「……ああ」
今度は、ライリーさんが俺のほうに視線をむけた。
「正直、ここまでなるとは全然想像してなかった。けどまぁ……認めてやるよ。お前は俺の相棒――」
「……!」
俺は、息をのんだ。
やった……! ついに認めてくれたのか!
「……に、なれる余地はなくもないかもな」
「なんでっ!?」
ズルっと派手にコケた俺に対し、ライリーさんが歯を見せて、いたずらっ子のような不敵な笑みを浮かべる。くそ、わざとかこの野郎。
こうなったら、絶対絶対、近いうちに認めさせてやる! まずは、アルケミリア魔導祭で優勝を勝ちとるぞ!
◇◇◇
すっかりお世話になったライリーさんの実家の面々――特にアーサー様には丁寧にお礼を言って、久しぶりに家に帰った。
そして、迎えた魔導祭当日。
巨大な王宮がはっきり見える位置にある闘技場を中心に、ぐるっと会場が設けられていて、それはもう大賑わいだった。どこを見ても、人、人、人。
……なんか、吐きそうなんですけど。
「おい。顔色悪いぞ、どうした?」
ライリーさんが怪訝そうな顔で俺の顔をのぞきこんでくる。小声で「酔った」と、言えば、「はぁ?」と険しい表情で返された。
「この程度で酔うとかお前……死ぬのか?」
「死なねーよ! つーか、むしろなんであんたは平気なんだよ!?」
「慣れたからに決まってるだろ」
平然と言ってのけるライリーさんを、ジト目で見る。人ごみに慣れるって、どうしたらできるんだろう。羨ましい。
せっかくこの日のために服を新調して気合い十分!……だったはずなのに。出鼻をくじかれた気分だ。
「大丈夫ですか? よかったら水、どうぞ」
引率係のような役割のコーデリアさんが、コップに入った水を差しだしてきた。が……どっから出してきた?
「……飲んでも大丈夫なやつですか?」
「もちろんです。あそこの浄水器でくんできたものなので、ご安心ください」
浄水器、と言われて、コーデリアさんがさしたほうを見ると、たしかにうちにあるのと似たような樽型の浄水器があった。たくさんの人が試飲しているようだ。
もらった水を飲んでみると……うん、たしかに普通の水だ。
「魔導祭では、あのように魔道具の展示も多数行われているんですよ。しかも、期間中は誰でも無料で利用できるようになっています」
「ああ……それでこんなに人が多いんですね」
「それも理由の一つかと思われます」
コーデリアさんの言うとおり、浄水器の他にもいろんな魔道具が展示してあるようだった。
保冷庫に、魔導洗浄機とかいう洗濯機っぽいもの。パンを焼いているブースもあるが、あれはおそらくオーブンに似た魔道具の展示もかねているんだろう。魔導洗浄機とオーブンはうちにはないからちょっと見たい……けど、人が多くて近づきたくないな。
よく見ると、行きかう人の中にはなにかの腕章をつけている人がちらほらいる。あれは、スタッフの証かなにかか? それにしては多くないか?
「あの腕章をつけてる人は?」
「外国人ですね。腕章は、入国審査を通過した証です。大会期間中はずっとつけているよう義務づけられているとか」
「そうなんですか……」
どおりで腕章つけてる人が多いと思ったよ。展示品を見学している人では、腕章をつけている人がかなりの人数を占めている。
そりゃ、あんな現代チックな魔道具を展示して体験できるイベントだからな。国内外問わず注目度は高いよなぁ。
……文化祭みたいで楽しいな!
「おい。遊んでる時間はねぇぞ。分かってんだろうな?」
「分かってるって……ちょっとあっちの魔導調理器のほう、通らねぇ?」
「分かってねぇだろ」
ライリーさんが、俺の右側のヒレを引っ張った。うう、せめて遠目で見たかったのに。
「……あれ?」
名残惜しくその魔道具のブースを見つめていると、視界に見知った顔をとらえた。あれは、まさか……?
「おい! 聞いてんのか!」
「ひぎゃっ!?」
知りあいらしき奴らがいるほうへ行こうとしたら、たちまちライリーさんにヒレを強く引っ張られて止められた。
「痛いんですけど!」
「遊びじゃねぇっつってんだろうが!」
「知りあいっぽい奴がいたんだよ!」
「知りあいだ?……お前、知りあいなんていたのか」
「そんなにいなそうに見える!?」
訝しげな表情をするライリーさんに聞きかえした。そんな顔で言わなくても。
そりゃこの国にきてまだ日は浅いけど、いないわけじゃないからな! ライリーさんにコーデリアさんはもちろん、ルーファス先生にトニーさん、ローズさん、それからザックさん……は、知りあいって言っていいのか微妙だけど。
「そうだ。トニーさんも出るって言ってたけど、いつどこに?」
「魔道具品評会ですね。新しく発明された魔道具を紹介して、性能を競いあうイベントです」
「それはいつ? 俺らも見れます?」
「……トーナメントの日程とかぶっているので、残念ながら」
「そうですか……」
コーデリアさんが、眉を垂らして申し訳なさそうに言う。いえ、あなたのせいではないのでそんな顔しないでください。
けど、せっかくだしもうちょっとこの祭りを楽しみたかったなぁ。俺は俺のやるべきことに集中しろって意味か。そうですか。
「見えてきましたね。ポルテさん、あれが闘技場です」
「……おお」
相変わらずすごい人の波をよけつつ歩いていると、まもなく見えてきた。
円形の建物に、我らがアルケミリア王国の国旗がいくつも垂れさがっていて、はためいている。ぽっかりと開いた正面の入り口は、まるで人々を飲みこもうとしている魔物のようだった。
俺にとって初めての、戦いの場。闘技場。
「気を引き締めろよ」
「……っああ!」
腹の底から空気を出して返事をしてから、その中へと足を踏みいれた。




