18話 苦手を克服するのは無理なので新しい武器手に入れてみた
この世に「注射器」なんてものが存在する恐怖の事実を知り、さっそくそれに襲われる体験をした俺は、精根尽きはてていた。
「ふふふ。面白い反応が見られてよかった」
「……あんまりからかわないであげてください」
ルーファス先生の諫める発言が、ザックさんに届いたかどうか。彼の小さな笑い声がかすかに聞こえていた。
マッドサイエンティストに加えてドSときたか……! この人には今後極力関わらないようにしよう!
「なに騒いでんだ?」
「……ら、ライリー、さん……」
そこへ、ライリーさんが汗を拭きながら部屋に入ってきた。昇天しそうなレベルで呆然としている俺をに気づき、訝しげに目を細めてザックさんを見る。
「なんでもないよ。なかなか面白い弟子を見つけたようだね。羨ましい」
「弟子じゃねーよ」
即座に否定したライリーさんに、そこ否定すんな、と言いたかったけれど、言葉が出てこなかった。
まもなく、ザックさんは用が済んだとばかりに荷物をまとめて帰っていった。
「それでは、またどこかで」
「お忙しい中、ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
ケガを治してくれたのは間違いないので、一応頭を下げて礼を言って見送る。できればもう二度と会いたくないです。
「よかったじゃねーか。あの人に治療してもらえるなんてそうそうねーぞ。よく捕まったな?」
「ああ。念のために私のほうから連絡して来ていただいたんだよ……まさか、本当に手を借りるほどのケガをさせるとはねぇ」
ルーファス先生に真顔を向けられ、ライリーさんが気まずそうに目をそらした。
へぇ。そんなにすごい先生なんだ、ザックさんって。そりゃそうか……注射器なんて、近代になってやっと登場するはずの恐怖の器具を作っちゃうほどだもんな!
「有名人なんですか?」
「当たり前だろ。賢者の一人なんだから」
「……えっ」
顔が引きつった。
あの人が……いや、あの人も、賢者!? マジかよ!?
目を見開いてルーファス先生を見ると、彼が頷いた。
「不治の病に侵され、早くに亡くなるところだった先代国王を延命した功績によって、爵位と賢者の称号を得たそうだ」
「……そうだったんですか」
そんな人の連絡先を知ってる上に、すぐ捕まえられる先生の顔の広さも異常といえば異常じゃないですかね。
しかしまぁ、マッドサイエンティストが賢者ってなんか嫌だけど……従来の「賢者」のイメージには一番近い雰囲気な気がするな。
そんなこんなで、俺は四人もの賢者と知り合えたようだ。つまり、あと一人でパーフェクト。
「ライリーさん、トニーさん、ローズさん、ザックさん……あと一人は誰ですか?」
「それは――」
「お前は知らなくていい」
ルーファス先生が答えようとしたのを、ライリーさんがなぜか不機嫌そうにピシャっと遮った。それを受けて、先生も黙りこむ。
二人そろって顔をそむけてしまったので、理由は分からない。しかし、のっぴきならない理由があるのは明らかだ。
……そんなふうにされたら、余計気になるんですけどねぇ。
◇◇◇
「今日はまだ初日だろ。そんな焦ってもしょうがねぇし……怖い人が来ちまったからな」
と、ライリーさんがルーファス先生から圧を受けつつ言ったので、その日の稽古は取りやめとなった。
そして、翌日。
冷たい水で顔を洗わせてもらえたおかげで、体も心もしゃきっとした気分だ。豪華な朝食までいただいちゃって……もう至れり尽くせりだよ! 修行中の身だって忘れそうだよ!
「なぁ。こういうときって、野宿でもして自給自足的なことするんじゃねぇの?」
「したいのか?」
「したいっていうか、それも修行の一環になるだろ?」
「……お前、変なとこ律儀だな」
朝食後、例の地下練習場に向かう途中で、ライリーさんが怪訝そうに眉を寄せて言う。そして、ため息。
「まぁ、俺もそのつもりだったんだけどよ……兄貴が許してくれなくてな」
「……ああ。そういうこと」
渋い顔をして言ったライリーさんの横顔を見て、すぐ納得した。
先日、初めて会ったときにライリーさんに飛びついてきた伯爵様の姿を思い出す。あんなベタベタに溺愛されていては、野宿するからかまうな、なんて言っても聞いてくれないよな。
「やあ、二人とも。おはよう」
「先生? 早いな」
若干げんなりしながらライリーさんが練習場の扉を開けると、そこにはすでにルーファス先生の姿があった。
「今日は一日空けたから、監視役を請け負うよ」
「監視役って……どんだけ信用ねぇんだよ」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさい」
ライリーさんが、苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
なんだかおかしくて、後ろで「ぶっ」と吹きだしていると、たちまち後ろ回し蹴りが飛んできた。身をかがめてなんとかよける。
「まぁ……先生は防御魔法の腕も優秀だしな。いないものとして扱うからな」
「ああ。それでかまわないよ。もちろん無茶したら止めるからね」
ルーファス先生は、ライリーさんから俺に視線を移してそう言った。
防御魔法か。シールドでも張れるのか? ちょっと見てみたい……けど、俺は俺の稽古に集中しないとな。
「さっそく行くぞ」
「おう!」
ライリーさんの呼びかけで、昨日の開始地点と同じくらいの位置に互いに移動して、身構える。
そして、始まった。
ライリーさんから火花が飛んでくる。俺はそれをよけたり、打ち消したり。
「もっと視野を広くしろ!」
これは、うっかり当たりそうになったとき。
「今の消せただろ! 諦めが早いんだよ!」
これは、余裕でよけたとき。
「間合いをとりすぎだ、ばか野郎!」
これは、次の攻撃にそなえて距離をとったとき。
まぁ、怒号の嵐ですよ。俺がヘタクソなのが悪いんですけどね。ただ、こっちは必死だからあまり気にならないけど。
なんとか一発、本体に当てられないか。
「うっ!?」
タイミングをはかっていたら、足がもつれて柱に背中を強くぶつけてしまった。バランスを崩し、魔導書が手から離れていく。
ああ。もう。こんなんじゃだめなのに。もっとうまく――強くなりたい。
いや……なる! 絶対に!
――そう、強く思った瞬間。
「っ!?」
突然魔導書が光りだして、パキン、とガラスかなにかが割れるような高い音を立てて砕けた。
呆気にとられ、柱に背をつけてゆっくりとその場に座りこむ。
今のは、なんだ……?
ふと気づくと、自分の右手の人差し指におぼえのない指輪がはまっていた。色はシルバー。宝石がついていないシンプルな形のもので、アーム部分になにかの絵と細かい文字が刻まれている。
「なんだこれ……っわ」
駆けよってきたライリーさんとルーファス先生が、俺の手をとってその指輪を凝視した。
「これは……旧アルケミリア語だね」
「読めるか?」
「ああ……『王の鍵』……と、ある」
「『王の鍵』?」
なにそれカッコいい。
こちらが一人でテンション上げている一方で、ルーファス先生は小さな筒製のルーペを取りだし、指輪にかかれている絵や他の文字を解読しようと必死になっていた。
「……これは……『ノクスヴァルド』の目か」
「え? ノクス……?」
「はるか昔に降臨した救世主・レリエルスの眷属とされている伝説のドラゴンの名だよ。この地が大災害に見舞われた際に現れ、人々をそのドラゴンの背に乗せて救ったとされている……ただの作り話だと一蹴する者も多いが……」
「で、伝説の!?」
なにそれカッコいい!
王の鍵とかいう名前に続いて、伝説のドラゴンって! めちゃくちゃ厨二心をくすぐられるワードなんですけど!
そういや、レリエルスって名前はアリア様も言っていたな。たしか、なんとかっていう本で言い伝えとして語られている人、じゃなかったか?
……え? 俺ってマジで救世主だったりするのか!? そんなばかな。
興奮している俺のそばで、ライリーさんは眉を寄せて困惑していた。
「『真の力は真の力の持ち主のもとに現れる』……まさか、よりにもよってお前が……?」
「ちょ、よりにもよってってなんだよ!」
憤慨しつつも、俺自身にわかには信じられなかった。
ライリーさんが言ったのは、彼からお下がりでもらったあの魔導書に書かれていた――と、ルーファス先生が言っていた――文言だ。原理は不明だが、ようするにあの魔導書がこの指輪に変化したのだ。
だとすると、じゃあ「真の力」って一体何なんだ? 分かりやすくパワーアップしたのならいいんだけど。
「……だめだ。他の文字はこの場で解読するのは難しい。よく調べてからの方が――」
「ふん!……っうわ!?」
ルーファス先生が言いきる前に、試しに拳を握って力をこめてみた。すると、途端に指輪周辺から黒い煙のようなものがあふれ出て、慌てて手を上下に振ってはらった。
「……できたじゃねーか」
「なにが?」
「無唱発動」
「……っは!? 今のが!?」
憮然とした顔のライリーさんが頷いた。なんでそんな不満そうなんだ?
けど、本当にか? 今のが、あのライリーさんが編みだした最先端技術なのか?
もう一度、今度はちゃんと魔法を意識して力をこめてみる。すると、先程とは違いきちんと視認できる、つかめそうなほど濃そうな煙が出てきた。
願ったとおり、分かりやすくパワーアップしたものだったようだ!
「……さすがはライリーの弟子だね。人の話を聞かないで突っ走るところがそっくりだよ」
「だから、弟子じゃねぇって」
「ポルテくん、なにか変わったところは? 特に体調面」
「……や、特にないです。むしろ体が軽いっていうか」
ライリーさんの訂正を無視したルーファス先生に答えつつ、その場で二度ほどジャンプする。
「両手が空くから、前より自由に動けるようになったからですかね?」
「……また君は……ライリーと同じようなことを言うんだね」
「え?」
目を丸くしてライリーさんのほうを振りかえると、彼はドヤ顔をして自分の媒介――黒い手袋を引っ張った。
ああ、なるほど。ライリーさんもそのために装身具を媒介にしたんだな。
「ちょうどいい。一段階上げるぞ」
「一段階?」
「これから打つのは、あんな半端な技じゃねぇからな。燃やされたくなかったら全部消してみろ」
そう言って、ライリーさんはドヤ顔のまま手から腕にかけて火柱をあげてみせた。
うげ……! これは本気モード。やらかしたら確実に、冗談抜きで火だるまになるやつだ。うん……それだけ認めてもらえたってことだな!?
「やめないか! まだなにも分かっていな――」
「先生。あんたはそこで黙って見ててくれ」
珍しく、ライリーさんがルーファス先生の言葉をぴしゃりと遮った。
その顔は、まるで獲物を捕捉した猛獣のようにギラギラと輝いていた。
「こいつは……逸材かもしんねーぞ」
その一言に、調子をこいてヒレをぴょこぴょこさせながら戦いに挑んだ俺は、さっそく火だるまになりかけたのでした。




