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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
二章 魔導祭編

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17話 医者が不養生だったので自力で回復してみた

 目を覚ましたとき、刺繍のような繊細な飾りがある天井が見えた。


 えーっと……? ここはどこだ?



「気がついたかい」



 寝ている俺の顔を、めちゃくちゃ見覚えのある人――ルーファス先生がのぞきこんできた。目尻を垂らした、心配そうな顔をしている。



「ルーファス先生……? ここは?」


「クロックフォード家の屋敷の一室だよ。ライリーが無理をさせたせいで倒れたそうだけど、覚えてないかい?」



 ――クロックフォード家の屋敷。ライリーさんが無理させた。


 それらのワードで、記憶が鮮明に蘇った。


 そうだ。俺、修行してて最後に反撃しようとしたときに逆に蹴っ飛ばされて――



「いっ!?」



 記憶を辿りつつ体を起こそうとしたら、途端に腹に痛みが走って体がこわばった。



「まだ無理だ。寝ていなさい」



 ルーファス先生になだめられ、ベッドに逆戻りする。


 なんだこれ……どっか折れてんのか?


 横になって大きく息を吐いた俺を見て、ルーファス先生も同じようにため息をついた。



「アッシュボーン伯爵から連絡をもらってね。ライリーのことだから無茶させているんじゃないかと心配になって駆けつけたんだよ。まったく……初日から気絶させるなんて信じられない」


「いや、それは……俺がうまくできなかったせいですから」


「だったら余計にちゃんと手加減するべきなんだよ。ポルテくんは素人なんだから」


「…………」



 先生の言うとおり。俺は、つい最近まで魔法の「ま」の字もよく理解できていなかったレベルの素人だ。


 だけど……やっぱり悔しい。最後のあの攻撃が通っていれば、間違いなく一矢報いたはずなんだけどなぁ。



「ライリーさんは?」


「地下の練習場で、一人で反省させてるよ。弟子を鍛えるならもっと計画的にするようにと釘もさしておいた」


「……お世話になります」


「かまわないよ。気にせず休むといい」



 休む、と言ってもな。大会まで一か月もないから、そんなにゆっくりはしていられない。急いては事を仕損じる、とは分かってはいるけれど。


 なんとかならないか、と思いながら患部の腹をさすっていると、誰かが部屋に入ってきた。



「おや。もうお目覚めかね」



 その人を見て、なぜか全身の毛が粟立つような感覚がした。


 全体的に白を基調とした服装のせいか、顔色がどこか青白く見える。目の下には隈がうっすらとあり、背は高く痩せ気味で、不健康そうな印象だ。



「ポルテくん。このお方は、魔導医療研究の第一人者、ザカライア・ターナー伯爵だよ」


「魔導医療……? で、伯爵!?」


「名誉称号だがね」



 若干青白い顔で口角を上げるさまは、少し不気味だった。


 ライリーさんのお兄さんのアーサー様とは違って、名前が普通の長さだ。名誉称号……って、肩書きだけってことか?


 あと、魔導医療ってなんだ? まさか、医学にまで魔法が関わっているのか? っていうか、医者なのかこの人。医者の不養生って言葉がすごい似合いそうだけど?



「さてと……服を脱ぎなさい」


「ひぇっ?」



 謎の人物の訪問により疑問が次々と湧きでてきている中、その人はそんな突拍子もないことを言った。


 服を脱げって、ここで?……俺はそんな趣味ないんですけど!?



「大丈夫だよ。患部を出して」



 冷や汗をかいてうろたえている俺をフォローするように、ルーファス先生が腹のあたりをさした。


 ああ、つまり診察してくれるってことね。急に「服を脱げ」とか言うから、何事かと思ったよ。


 言われたとおり、未だにズキズキと痛む腹をさらけだす。見事に紫色に変色している患部が現れた。ただの打撲だといいんだけど。



「そのまま楽にしていたまえ」



 ドクター、と呼んでいいのかどうなのか。彼は懐から短くて黒い棒を取りだし、立ったまま俺の腹にそれをかざした。



光癒繕法(ルーメン・サナーレ)



 ドクターが呪文を唱えて棒――杖とおぼしきものを振った瞬間、腹のあたりにふわりとなにか温かいものが当たるような感触がした。それがなくなってから首を上げて腹を見てみると、そこにあった紫色の打撲痕がきれいさっぱり消えていた。



「うわ……!? 治った!?」



 驚いて起きあがってみても、先程まで感じていた痛みはすっかりなかった。本当に治ったみたいだ。


 この人、治癒魔法の使い手だったのか! ぜんっぜんそうは見えないけど!



「生命力強化――自然治癒力を高めただけの簡単な魔法だよ。痛みはもうないようだね」


「はい! ありがとうございます! えっと……ザ……? ザックさん、ですっけ?」



 うろおぼえの名前を呼ぶと、途端にそばにいたルーファス先生の表情が凍りついた。あれ、まちがえたか?



「いやいやいや――」



 なにやら慌てている先生の後ろで、ザックさんが突然笑い声をあげた。



「懐かしい。昔、旧友にそう呼ばれていたのを思い出したよ」


「旧友……? すいません、まちがえましたか」


「かまわないよ。それでいい」



 どうやら違ったようだが、ザックさんは不敵な笑みを浮かべて許してくれた。先生は困惑した様子で眉を寄せていたけど。


 まぁ、問題ないようなのでよかった。


 さて、傷も治ったし、早いとこ修行を再開しないと!



「あとは問題なさそうだね。今日一日は大人しくしていなさい」


「はい!……え? 今日一日、大人しく?」


「当然だよ。体は元気になっただろうが、魔力はまだ回復していないだろう?」



 ザックさんに言われ、ルーファス先生に補足され、困惑する。


 魔力が、回復していない? もう普通に動けるし、どこもなんともないように感じるのに。


 首を傾げて怪訝な顔をする俺を見て、二人が苦笑する。



「……素人とは聞いていたが、本当になにも知らないんだね」


「それはすいません……けど、魔力って回復するのにそんな時間かかるんですか?」


「今の君ほどの消耗レベルなら、最低でも一晩はかかるだろう」


「……一晩」



 ザックさんの診断に、絶望感を禁じえない。


 だから、時間ないって言ってんのに。今できることを少しでもやっておきたいのに。焦りばかりが積もっていく。


 ……ん? 待てよ。こんなときは、「アレ」が使えるんじゃないか!?



「先生! お願いします!」


「だめだよ。今日はとにかく寝て――」


「じゃなくて! 水もらえませんか!」


「……水?」


「はい。あ、いや、そっちじゃなくて。こう……ちょい深めの桶かなんかに入れて」



 水、と聞いて、枕元にあった水さしをとろうとしたルーファス先生を制して、ジェスチャーをして説明した。


 ルーファス先生もザックさんも、「なぜ?」と言いたげに怪訝そうな顔をしている。


 そのうち、ルーファス先生が使用人に頼むと、口が広めで深い花瓶らしきものをもってきてくれた。



「ありがとうございます! それじゃ、ちょっと失礼して」



 二人が見ている前で、俺は獣化してタコの姿に。花瓶の縁に手をかけて、水の中へ飛びこんだ。力を抜いて、ゆっくり底まで落ちていく。


 ……あー。落ち着く。やっぱり疲れたときはこうして水の中に入るのが一番だ。


 そのまましばらく、なにもせずに水の中でじっとしていた。どれくらいたったかは分からない。


 そろそろいいかと思い、足の膜を広げて一気にすぼめるようにして上昇。外に出た。



「んん……! ふっかーつっ!」



 人間の姿に戻り、立ちあがって大きく伸びをした。水に入る前と比べても、すこぶる調子がよくなったように感じる。これぞまさしく全回復。



「……信じられない……魔力が全回復している……!」



 ぽつりとルーファス先生が呟いた。その表情は、地球外生命体でも見ているかのようだった。目は大きく見開かれ、口は半開きである。


 うん、まぁたしかにメンダコは深海生物で未だ謎が多い生物ではありますけど。もう人間に戻ったし、そんな目で見なくても。


 ザックさんはどうしたかと視線を動かすと、彼は自分の黒くて大きな鞄をあさっているところだった。マイペースだな。



「夢でも見ているのか? さっきまでほとんど空の状態だったのに」


「そういうの分かるんですか?」


「ああ。私は元々、『判別』のスキルをもっているからね」


「判別……と言いますと、アレですか? 人の能力がみえるとか?」


「そんなところだね」



 ルーファス先生はスキルもちだったのか。羨ましい。生まれつきスキルをもっている人はあまりいないらしいのに。



「そういう君こそ。回復のスキルなんてなかなか貴重じゃないか」


「いや、これはただの体質ですよ。スキルなんてそんな大それたもんじゃ――」


「ちょっとサンプルをもらえないかね?」



 それまで妙に静かだったザックさんが、突然なにかを手にしたまま近寄ってきた。試験管のような太めの管に、キラキラと光を反射する細くて尖った針のようなものがついている。


 たちまち、俺の体がこわばった。


 ウソだろ……!? アレって、まさか!



「……な、なんですか、それ」


「私が開発した、生物の血液などのサンプルを採取するための医療器具だよ。大丈夫。一瞬チクっとするだけだから」



 やっぱり俺の大嫌いな注射器だった!


 なんてこった。この世界には絶対ないと思って安心してたのに……! なんてもんを開発してくれてんだよ、このマッドサイエンティストがぁ!


 ザックさんが一歩近づくにつれて、俺は一歩後ろに下がる。


 じりじりとそんな攻防を続け、とうとう俺の背中が壁についてしまった。



「そんなに怖がらなくていい。心配いらないよ。先程も言ったが……一瞬で終わる」



 いや、こえーよ! 青白い顔でニヤニヤしながら近づかれるなんて恐怖以外の何物でもねぇよ!


 注射器に似たそれを顔に近づけられ、背ける俺。



「やです無理ですそれだけは」


「そう言わずに……腹の傷の治療代だと思って。さぁ」



 俺は愕然とした。


 なんて非道な。そう言われたら、ぐうの音も出ないじゃないか!


 ためらいつつも、ベッドに戻って座り、同じく椅子を寄せて座ったザックさんとむき合う。



「腕を出して」



 利き腕ではない左腕を差しだす。ザックさんが袖をまくって肘の裏に触れた瞬間、俺は首を動かして顔を思いきりそむけた。



「すぐ終わるよ」



 その、妙に優しいザックさんの言葉を信じ、待つ。


 ……まだか。採血ってこんな時間かかるもんだっけ?……さすがにもういいよな?


 ちらっと目線を前に戻した――瞬間、針が俺の腕に刺さる。



「っぎゃー!?」



 部屋に、いや、屋敷中に俺の悲鳴が響きわたった。

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