15話 鍛錬は遠足とは違うらしいので気を引きしめてみた
まずは頼まれたインクを渡そうと包みを差しだしたが、怒りが再燃して険しい表情をしたライリーさんは受けとらなかった。それどころか、腕を横に振ってはらおうとしたので、慌てて手を引く。
うお、危なっ。床にこぼれたら掃除が大変なんだぞ。
「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!」
「さっきトニーさんに会って聞いた。出たくない理由って、貴族の社交場にされてるのが嫌だからってことで合ってるか?」
「……っあのお喋り女……!」
「合ってんだな……あのさ、それ矛盾してねぇ?」
「なにがだよ!」
胸倉をつかんできそうなくらい詰めよってきたライリーさんの目をしっかりと見つめて、続けた。
「つまりあんたは、大会がそういう場だって認めちまってるってことになるんじゃねぇの? それ、純粋に技術向上のために出る奴らに失礼だろ」
「……!」
ライリーさんが目を大きく見開いた。俺の背後から、コーデリアさんが息をのむような音が聞こえる。
そして、ライリーさんはなにか言おうとして一度口を開いたが、言葉は出てこなかった。顔を俯け、しばらく沈黙。
すると、息を大きく吐きだす音が聞こえた。
「……戦闘術は、二人以上の一組単位じゃないと出場できねぇ。大会まではあと一か月弱、今からペアを探すなんてどの道不可能だ」
「諦めんなよ。ここにいんじゃん」
どん、と俺は自分の胸に拳を押しあてた。すかさずライリーさんが鼻で笑う。
「魔法陣と呪文が分かったばっかのど素人のお前と組めと? おこがましいにも程がある」
「なってみせるって! ライリーさんの相棒だって言っても、誰にも笑われないくらい強く!」
「一か月もないのにか」
「なるったらなる! やってみなきゃ分かんねーっていうか、やらなきゃなんにもできないだろ!」
未だにばかにしている様子で目を細めて見てくるライリーさんを、じっと見つめた。本気だと、知ってもらうために。
だってそうだろ? 宝くじだって、買わなきゃ当たらない。それと一緒だ。
再び沈黙が続いたが、それを破ったのはまたしてもライリーさんだった。
「……ちょうどいいか」
「なにが?」
「別に……コーデリア」
ライリーさんが、頭を無造作にかきながらコーデリアさんを呼んだ。
呼ばれた彼女は、一瞬びくりと肩をはねさせて、か細い声で「は、はい……」と返事した。
「こいつと俺でエントリーしとけ」
「……! しょ、承知しました!」
「ただし!」
やった! と、俺が感極まって両腕をあげようとしたのを制止するように、ライリーさんが叫ぶように言った。
「前日までにこいつが使いものにならなかったら、問答無用でキャンセルする。いいな?」
「……っはい」
コーデリアさんが、背筋をのばして返事をする。そして次に、俺にキリっとした目をむけた。
「どうか、よろしくお願いします」
「おまかせください!」
頭を下げて懇願してきたコーデリアさんに、俺は自分の胸に拳をあてて言った。コーデリアさんは再び深々と頭を下げ、帰っていった。
「明日からがっつり鍛えてやるからな。覚悟しとけよ」
「はい、師匠!」
「……っやめろ。ふざけてんのか」
「俺はずっと真面目だけど!」
拳を握って憤慨して言うと、ライリーさんはため息をついていた。心外だな。
執務室に戻っていくライリーさんの背中を見ていたら、次第に気分が高揚してきた。
出るのか。俺が、国一番の大舞台に、勇者で賢者のライリーさんと!
今度こそ両腕を突きあげて、改めて気合いを入れた。明日から、死ぬ気でがんばるぞ!
◇◇◇
翌朝。
遠足前夜のようにわくわくしすぎて眠れなかったアホな俺だが、目はばっちり冴えている。
なんたって、今日からライリーさん直々に鍛えてもらうんだからな。どうなるかは分からないけど、自分の強さを実感するチャンスなのはまちがいない。
部屋を出て、ひとまず朝食の支度にとりかかる。レモンバームの茶葉の残量を確認し、三日月パンを用意。そこで、ライリーさんが顔をのぞかせた。
「おはよう! 今日は――」
「飯食ったらすぐ支度しとけ」
「……支度? なんの?」
間髪入れずに言われた言葉に首を傾げて聞きかえすと、ライリーさんが呆れて目を細めた。
「お前な……ここで鍛錬ができると思うのか?」
「どっかいい場所でもあんの?」
「当たり前だろ。しばらくここは空けるからな」
そう言って踵をかえすライリーさん。
おお。鍛錬場があるのか? 本格的だな!
手早く朝食の支度をして済ませ、言いつけられたとおり次は出かける支度を整える。と、いっても、持っていくものなんてほとんどない。媒介の魔導書(これ一番大事)と替えの服くらいだった。
「行くぞ」
「はい!……で、どこに?」
「まずは列車に乗る」
「列車!?」
驚愕しつつ、ライリーさんに連れられてやってきたのは駅。そう、魔導列車の駅である。
ここもレンガ造りで、さながら近代風な見た目だ。家にもある旧式の電話がずらりと並んでいるコーナーがあり、行列ができている。
ライリーさんは、さくさく人ごみをよけて、迷わず窓口にむかった。
「二人。アッシュボーンまで」
後ろからのぞきこむと、ライリーさんはそう言って銀貨を一枚出した。代わりに窓口の職員が、無言で切符を差しだす。おつりは銅貨が十数枚。
……え、運賃高くね? 行き先がかなり遠いところのせいか、そもそも運賃自体が割高なのか。
「ほら」
切符を渡されて、両手でおずおずと受けとった。「アッシュボーン行 支払済」と書かれてある。
そして、再び歩きだしたライリーさんについていくと、停車している列車が見えてきた。さすがに駅弁などの売店はなかったので諦める。列車に乗りこみ、空いている四人がけのボックス席に座った。
「……!」
ヤバい。憧れの魔導列車に乗っちまったよ! 遠目で一度でもいいから見てみたいってレベルだったのに! 車内販売はくるのか!?……いや、別に俺は子どもじゃないから。そんなはしゃいだりしないから。
「なにそわそわしてんだよ。お前はいくつのガキだ」
「そわそわなんてしてない。19ですけど」
「つくならもっとましなウソつけよ」
「ホントだって! ちゃんと数えてたんだからな!」
「…………」
むかい側に足を組んで座っていたライリーさんが、訝しげに目を見張る。そして、少しだけこちらに身を乗りだした。
「ウソだろ?」
「ウソじゃねぇって! いくつだと思ってたんだよ!?」
「いや……いっても15、6かと」
「ひでーな! じゃあ、そういうライリーさんはいくつなんだよ?」
「26だけど」
「それこそウソつけ! もっと……30だっつってもおかしくねーし!」
「んだとコラ!」
ライリーさんが、また俺のヒレをつかんで引っ張ってきた。
「だっ! だから、もげるって!」
「30越えてんのはトニーのほうだよ!……いや、29だったか」
「それ! 間違えたら殺されるやつ!」
ライリーさんは、つかんでいた俺のヒレを離しながら目線を上にむけて、首を傾げた。
29と30って、えらい違いだぞ。トニーさんはあんまりそういうことは気にする人じゃないかもしれないけど……いや、分からないな。
にしても、トニーさんはそんな年だったのか。しかもライリーさんより年上って、けっこう衝撃だぞ。小柄で童顔なせいだろうか。
そこで、ふとある人の姿が頭に浮かんだ。
「じゃ、じゃあ……ローズさんは?」
「ローズ……あのばあさんのことか?」
「ばあさんには見えない、孤児院の院長先生で賢者の一人の」
「……知らねぇ。っていうか、それこそ聞いただけで殺されるぞ」
「う……」
ライリーさんが顔をしかめたのを見て、俺は背筋が寒くなった。つい、彼女の黒い笑みを思いだしてしまったせいだ。
そのとき突然、列車の汽笛が鳴った。そしてまもなく、動きだした。
割と静かで、揺れも大きくない。スピードがゆっくりめな点を除けば、乗り心地は前世の電車と同じだといっても過言ではないかもしれない。
以前コーデリアさんから借りた本によると、魔導列車はいろんな大量の物資を比較的短時間で運べる輸送手段として活躍し、国の発展に大いに貢献しているそうだ。開発されたその時代に、産業革命ならぬ魔導革命が起こったと言われているのも頷ける。
これを、トニーさんが毎日整備しているのか。そりゃ賢者に選ばれるわけだ。今度ベタ褒めしてやろう。
「降りるぞ」
「えっ」
外の流れる景色を見て楽しんでいたら、ライリーさんが立ちあがった。
待って、もう!?
慌ててついていき、列車が停車したタイミングで降りた。駅名が書いてある木製看板には、確かに「アッシュボーン」とある。
……一駅先だったのかよ! 早すぎる! だったらやっぱし運賃高すぎる!
肩を落としてがっかりしている俺を無視して、ライリーさんはかまわずさくさく歩いていき、馬車を停めた。
「ライリー様。里帰りですか?」
「そんなんじゃねーよ。屋敷までな」
「かしこまりました」
ライリーさんは、顔見知りの御者と会えたのか親しげに話した。
御者は、続けて俺を見て怪訝そうな顔をしたが、ライリーさんが「ツレだ」と一言説明してくれたおかげで、一緒に乗らせてもらえた。
「屋敷ってなんだよ? もしかして、ライリーさんの実家?」
「……そうだけど?」
「なんでそんなめんどくさそうな顔するんだよ!」
「だってお前――いや、別にいい」
ライリーさんは、ため息をつきながら疲れた様子で背もたれに寄りかかり、窓の外に目をむけた。なんだよ。はっきり言ってくれりゃいいのに。
そして、到着した場所を前に、俺は言葉を失った。
白壁の広大な屋敷。部屋数は、数えても数えきれないほどだと思われる。馬車で通っただけなのでよく見えなかったが、振りかえった先にある庭も必要以上に広い気がする。色とりどりの花々が、見事に咲きほこっている。なんとかの女王のガーデンか?
「ぼけっとしてんな。入るぞ」
ライリーさんに後頭部を小突かれて急かされ、先を行く彼のあとをついていった。
……うわあ、シャンデリア。ガラスだけでできた巨大できらびやかな魔導灯が天井から吊りさがっている。そして、目の前にはずらりと並んだ使用人たち。
「お帰りなさいませ、ライリー坊ちゃま」
「アルバート……いい加減坊ちゃまはやめろって。兄貴は?」
「執務室におられます」
ライリーさんもとい坊ちゃまは、老齢の使用人と言葉を交わしたのち、別の使用人に荷物を預けてさっさと歩きだした。俺は一応、低姿勢で軽く会釈しながら。
「お前、殺すからな」
「はっ? な、なんで?」
「分かってんだろうが」
ライリーさんが、射殺さんばかりの視線をむけてくる。
……ああ、はい。「坊ちゃま」なんて呼んだら殺すって意味ですね。うーん、一度呼んでみたかったんだけどな。
赤いじゅうたんが敷かれた廊下を進んでいく。まもなくライリーさんは、両開きの豪奢な飾りがついた扉の前で止まった。
そういえばさっき、「兄貴は?」って聞いてたよな。兄貴って……クロックフォード家の現当主、だっけ? 俺、上流階級の貴族に対する礼儀作法なんてまるで知らないんですけど。どうしたものか。
「驚くなよ」
「えっ?」
なにが、と聞きかえす前に、ライリーさんは扉をノックした。




