14話 おいしいお菓子を手に入れたのでついでに情報収集してみた
次の日以降は、家の仕事をしながら合間を見て魔法陣を描く練習と呪文詠唱の練習をひたすら続けた。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ……よし、完璧!」
まったくつっかえずに言えるようになった。魔法陣のほうも、目を閉じてでも描けるほどのレベルといっていい。
……ああ! どっかにこの魔法を試す場ってないもんかな!?
この前、アリア様を助けたときに一度発動できたけれど、あのときは名称を唱えただけのバージョンだった。フルセットでやればどれほどの効果が出るのかは、未だに不明だ。
もしも、『アルケミリア魔導祭』に出られたら。まちがいなく強者がつどうその場で試せたらいいのになぁ。あわよくば優勝できたら、アリア様との約束も果たせて一石二鳥なのに。
残念だけど、大会に出られる状態ですらない現状では、謝罪してお断りするしかない。どうやってそれを伝えるかって?……知らん。
「ポルテ」
ホウキ片手にため息をついたとき、執務室にいたはずのライリーさんがそばにいて、思わず肩がはねた。
「はい!? ご用でございますか!?」
「……なに慌ててんだよ。インク切れたから買ってきてくれ」
ライリーさんは、変な敬語を使った俺を訝しげに見てきたが、深くは追及せず、手にしていたインクのつぼを振ってみせた。
「インク! はいはいインクね! どこのやつがいいとかあるか?」
「図書館の近くに専門の店がある。俺の用事でって言ったらすぐ同じもん出してくるから」
「了解!……で、図書館ってどこ?」
「あん? 行ったことなかったか?」
「ない」
ライリーさんはため息をついて頭をかき、執務室に戻った。
「ほら」
「ありがと……う、ん?」
戻ってきたライリーさんに渡された紙を見て、首をひねる。
たしかに、そこにはなにかが描かれてある。いうなれば、地図「らしきもの」だ。広場や図書館などの場所の名前はかろうじて読みとれるが、道を表す線はガタガタで、どこがどこだか分からない。
これは……まさかライリーさんが描いたもの、なのか?
「とりあえず、広場まで行きゃ図書館が見えてくるから分かるだろ」
「はぁ」
広場から図書館見えたのか。知らなかったな。この地図もどきはあてにならないけど、図書館が分かれば大丈夫か。
行ってきます、と言って家を出て、まずは中央広場。
「……だぁー! もう! わっかんねぇよこのダメ地図じゃ!」
中央広場の真ん中にある噴水の前で叫ぶ俺。せっかくご主人様が描いてくれた地図だが、その場に叩きつけて捨てたくなった。
案の定、どれが図書館かさっぱり分からない。だれかに聞くしかないな、これは。
「おーい。そこにいる変な耳の子どもやーい」
「子どもじゃないんですけどぉ!?」
聞き覚えのある声が背後からして、一番否定したい部分を叫びながら振りかえる。
トニーさんだ。初めて会ったときと同じショルダーバッグを担いで、片手をあげてこちらに歩いてくる。
っていうか、変な耳ってヒレのことか? 失礼な!
「あとこれ、耳じゃなくてヒレなんだけど」
「ヒレってなに? なんのためについてるの?」
「姿勢を安定させるのに」
「必要?」
「あと、愛嬌振りまくのに!」
「だから、必要?」
……必要だよ! なんだよ、その訝しげな目は!?
「で、ここでなにしてんの? 一人?」
「ああ。ライリーさんにお使い頼まれて。インク買いにきた」
「インクか。エディおじさんの店ならあっちだよ。道分かんないなら、ついでだし案内しようか?」
「知ってんの? エディおじさん? っていうか、ついでって?」
「これから仕事だから。遠回りになるけど、ちょうどいい散歩になるから別にいいよ」
「助かる! ライリーさんに描いてもらった地図、全然役に立たなくてさ!」
「へぇ? どれどれ?」
トニーさんのありがたい申し出に、うきうきしながら手の中にある地図を見せた。途端に彼女の顔が引きつる。
「……これはひどい」
「な? どこがどこだか分かんねぇだろ?」
「うん……あいつ、こんな絵心なかったんだ」
虚無顔になったトニーさんが、地図を受けとって見つめる。共感してもらえて嬉しいぞ。
「苦労してんだねぇ。まぁ、あのゴミ屋敷の住人の従僕――じゃない、召使い? してるくらいだから当然か」
「や、確かに目を離すとすぐ散らかすちょっと頭のおかしい人だけど、おかげでやりがいがあっていいよ」
「はぁ……? よく分かんないな、その感覚は……じゃあ、そんな苦労人の君にこれあげる」
トニーさんは、手の平サイズの麻袋に入ったなにかを差しだしてきた。紐をといて中を見てみると、そこにはたくさんの星のような形をしたものが入っていた。
「なにこれ」
「星砂糖知らない? 滋養強壮の薬みたいなものなんだけど、甘くてうまいよ」
「星砂糖……」
トニーさんの解説を聞きながら、一つつまんで取りだしてみる。
とげとげしたウニのような形をした粒。色はすべて白だが、見た目は俺もよく知ってる「金平糖」にそっくりだった。試しに口に入れてみる。
……うん! やっぱりそうだ! クロワッサンもどきの三日月パンに続いて、金平糖まで存在してたんだな!? 名前も星砂糖って、ほとんどそのまんまかよ!
ただ、お菓子ではなく薬らしい。昔、砂糖は調味料じゃなくて薬として扱われてたっていう話は本当だったのか。しかし、俺がよく知るこの形で存在しているだけでも奇跡じゃないか? マジでどうなってんだよ、この世界。
「甘いの嫌いだった?」
「いや……好きだけど。もらっていいのか? 貴重なやつじゃねぇの?」
「ファンの子からのもらいものだから大丈夫だよ。まだあと二袋くらいあるし」
「……へー」
ファンがいるのか。ローズさんもパトロンがいるって言ってたしなぁ。さすがは五賢人。
もらった星砂糖を食べながら、トニーさんと並んで歩きだした。
「そーいや、トニーさんは魔導祭出るのか?」
「もちろん出るよ。今回はすごいのできたからね」
「え、なに?」
「それは当日のお楽しみ」
不敵な笑みを浮かべるトニーさんに対し、俺は眉を寄せて首を傾げた。
つまり、発明品を発表する生活技術の部門で出場するってことだろう。そりゃそうか。非戦闘員だって言ってたもんな。
「ポルテは出るの?……あ、いや、無理か。ライリーが出たがらないだろうし」
「そうなんだよ。なんでか知らねぇ?」
「知ってる……けど」
トニーさんはなぜか言いづらそうに言葉を濁し、加えて周囲をうかがうように目を泳がせた。そして、近くに誰もいないのを確認してから、俺の耳に顔を寄せてきた。
「貴族連中の社交場になっちゃってるのが許せないんだよ」
「貴族の……社交場?」
俺が復唱すると、トニーさんは立てた人差し指を口にあてて、「しーっ」と言った。
「表むきの主催は女王陛下なんだけど、実行役は毎年有力貴族が立候補制で決めてるんだ。そのせいなのか知らないけど、家同士の見合いの場とか賭博場みたいになっちゃってるんだよ」
「見合い……は勝手にやってろって感じだけど、賭博場って? なにを賭けるんだよ?」
「戦闘術の部門で考えたら分かりやすいんじゃない? だれが優勝するかを賭けるんだよ」
「……うわ」
思わず顔をしかめてしまった。けど、それならライリーさんが嫌がるのも無理はない。だって、つまりは賭け馬にされてるってことだから。
「ライリーさんは勇者だし賢者だから、賭ける奴が殺到しそうだな」
「そう。去年はものすごい大金が動いたって聞いた」
「……そう、だったのか」
顔を俯けて、ライリーさんの背中を思いだす。
一生懸命、彼なりに研鑽をつんでとうとう賢者、そして勇者になった。それがだれのためかは分からない。けれど、すくなくとも他人の賭け事に使われるためではないはず。
「ほら、ついたよ。あそこ」
トニーさんに言われて顔を上げると、インクボトルの絵が描かれた看板を掲げた店が見えた。その奥のほうには、レンガ造りの巨大な建物がある。あれが図書館、か?
正面には幅の広い階段があり、頭上にはピラミッドのような形をした塔がそびえ立っている。左右に翼のような回廊がのびていて、内部がかなり広いのが外からでも分かる。図書館っていうより国会議事堂じゃね。
圧巻の一言につきる。コーデリアさんはここで働いてるのか、すげぇな……いやいや、違う。今日の目的はそっちじゃない。
我にかえり、トニーさんのほうをむく。
「助かった。ありがとな」
「どういたしまして。これであたしは仕事いくけど、帰りは大丈夫?」
「ああ。また近々遊びにきてくれよ。お礼に飯でもごちそうするし」
「いいね。せっかくだし、時間空いたらお邪魔するよ」
「いつでもどーぞ」
トニーさんにあいさつして、そこで別れた。彼女を見送ってから、目的のインク屋に入る。
カウンターに座っている白ひげが立派な丸っこい体型の店主に、「ライリーさんの用事で」と言ったら、無言で商品を出してくれた。代金を払って、包んでもらったそれをもって店を出る。
すぐに目に入る、図書館の巨大な建物。せっかく目の前まできたんだから、ついでに行かない手はない。
けれど。
俺は踵をかえし、手に入れた包みを抱えて走りだした。広場まで戻ったところで一旦止まってすこし休んで、再び走りだす。
「何度言ったら分かるんだよ! 出ねぇっつってんだろうが!」
家の前につくと、中からライリーさんの怒鳴り声が聞こえてきた。急いで中に入る。
「ですから! グレイキャッスル公爵閣下から要望書が――」
「だったらその公爵様に伝えとけ! てめーの面目なんざ潰れても、こっちは痛くもかゆくもねぇってな!」
廊下の先、執務室から出てきたライリーさんは、訪問していたコーデリアさんの腕をつかんでこちらに引っ張ってこようとしている。追いだす気か。
その間にすかさず入って、ライリーさんの手をつかんでコーデリアさんを解放。彼女を背中に隠すように立って、じっとライリーさんを見つめた。
「てめ――」
「乱暴よくない」
それだけ言って抗議して、ライリーさんが落ちつくのを待った。
最初は鋭い目でにらんでいたライリーさんだが、次第に冷静さを取りもどしたようだ。「ちっ」とわざとらしく大きな音を立てて舌打ちし、俺の手を振りはらってそっぽをむいた。
タイミングは最悪。けど、いいか。
「ライリーさん。あんたやっぱ大会出ろよ」
「……あ?」
瞬間、空気が凍りついたのを肌で感じた。
ここまでお読みいただいた方々にお礼を申し上げます。
今回より新章突入です!
主人公が魔法で戦うシーンをできるだけ書いていこうと思っております。お楽しみいただけたら幸いです。
明日も20時頃更新予定なので、それまでお待ちください。




