11話 自分が分かってることを分からない人にがんばって教えてみた
第一印象。某国の未完成の建物、サクラダなんとかか?
木造で、塔のようにでっぱった構造物がいくつかあり、一番高いところには鐘があった。広さもなかなかで、孤児院ではなく教会のようである。
何度もコーデリアさんにかいてもらった地図を確認する。ここが、フェネクス孤児院でまちがいない。
「やあ、ポルテくん。わざわざ悪いね」
呆然とその建物を見あげていると、背後から声をかけられた。振りかえると、昨日と変わらない笑顔のルーファス先生がいた。
「本当はここまで案内したかったんだが、別件で用事が入ってしまってね。迷わず来られたかい?」
「はい。コーデリアさんに地図をかいてもらったので」
「それはよかった。その花は?」
「あ、一応おみやげってことで」
「そう。院長先生が喜ぶだろうね」
先生は二度頷いて、謎の建物へと歩きだした。慌てて追いかける。
「ここって、ホントに孤児院なんですか?」
「そうだよ。立派だろう? 女王陛下が直々に建設を指示したらしくてね」
「……なるほど」
そうか。女王様があれこれ口出ししたせいでこんな派手なんだな。工事関係者の方々、お疲れ様でした。
「それで、どうしてここに?」
「ボランティアだよ。ここの子どもたちにときどき勉強を教えているんだ。今日がその約束の日だったから、ついでに君もどうかと思ってね」
「……俺、人に教えられるほど頭よくないですよ。文字の読み書きと簡単な金の計算はできるけど」
「十分じゃないか。どこで習ったんだい?」
「元々は冒険者だったんですけど、そういうの必要なポジションだったっていうか」
「ほう。素晴らしい」
期待しているよ、と満面の笑顔をむけられる。とても拒否できる空気ではなく、「どうかお手柔らかに」と、言うだけで精一杯だった。
そして、正面の門から敷地内に入り、両開きの大きな扉を開けて中に足を踏みいれた。
「あ! ルーファス先生!」
「わーい! 先生来てくれたー!」
中に入った途端、子どもたちが押しよせてきた。男女まぜこぜ、いろんな背丈の子どもたちだ。具体的な年齢は分からないが、一番大きくても俺の腰をすこし超える程度だ。
ルーファス先生の人気っぷりもすごいけど、建物の中もすごい。
つるつるの大理石のような色あいの床に、何十メートルあるか分からないほどの高い天井。それをキャンバスにして、絵が描かれてある。一枚の布をまとった裸の男が槍をかかげていて、その頭上から大きな翼をもった巨大な鳥が舞いおりようとしている。
……あのー、ここってやっぱ孤児院じゃなくて礼拝堂か教会ではありませんかね?
俺が一人呆然としていると、不意に視線を感じた。下をむくと、足元に俺を不思議そうに見あげる子どもが数人。
「お兄ちゃん、誰?」
「ほんとだ! 知らない人がいる!」
「この人は怪しい人じゃないよ。ここに移住してきたばかりでね、みんなと一緒に勉強してもらおうと思って連れてきたんだ」
ルーファス先生が紹介してくれたあと、俺に目配せしてきた。
俺は、声をかけてきた女の子と目線をあわせるため、その場にしゃがんだ。持っていた花束を差しだす。
「よろしく。俺、ポルテな」
「わあ……ありがとう」
「変な名前!」
「なんだとコラ!」
照れた女の子に花束を渡して、横からからかってきた男子を腕の中に捕まえて、髪をぐしゃぐしゃにかきまわしてやる。その子は、「やめろよー!」とか言いつつも、ケラケラ笑っていた。
「院長先生は?」
「今、お出かけしてるよ」
「そうかい。じゃあ、あとで紹介するとして……さっそく勉強といこうか」
「はーい!」
ルーファス先生が、手をパン、と叩くと、子どもたちは元気に手をあげて返事をした。
いいな、このノリ。小学校みたいだ。
そして、ぞろぞろと別室に移動したのだが、そこはじゅうたんが敷いてあって靴を脱いで上がらなければならない部屋だった。入った途端、子どもたちが寝転んではしゃぎだす。
靴を脱いで上がる部屋とは珍しい。ここにも女王様のこだわりが出ているようだ。まぁ、子どもたちがのびのびできているようなので、いいことだけど。
「みんな? 今は遊びの時間……だったかな?」
ぞわり、と背筋に寒気が走る。
ルーファス先生の、笑顔だが目が笑っていない表情を見て、子どもたちが一斉に姿勢を正す。俺も背筋をのばした。
「はい、いい子たちだね。じゃあ、始めようか」
先生……小さい子どもにも容赦ねぇな。
◇◇◇
「えっと、じゃあ次は大きい額の計算な。馬が1匹20銀貨なら、銅貨だと何枚必要でしょうかっ?」
さっそく、子どもたちに勉強を教えている俺。
真剣に考える子どもの中、一人の男子が手を挙げた。
「はい! 2000枚!」
「お、正解! 銀貨1枚は銅貨だと100枚だからな。ゼロを2つくっつけるんだ」
「次! 次は俺答える!」
「はいはい。今の問題、分からない奴いるか?……大丈夫か? んじゃ、次はな……買い物の計算な。1斤3銅貨の黒パン1つと、1本5銅貨の肉の串焼きを2つ買ったら全部でいくらになるでしょうか!」
新しい問題を出すと、子どもたちは指を使ったり紙になにかを書いたりして考えだした。どの子も真剣に俺の出した問題に取りくんでいて、サボっているのは一人もいない。いい子たちばかりだ。
その後も何問か子どもたちにせがまれて出題したのち、ルーファス先生から「少し休憩しようか」と天国のような言葉をささやかれ、遠慮なくそうすることにした。
「なぁ。ここの生活、楽しいか?」
子どもたちにならってじゅうたんの上でごろごろ寝転がりながら聞いてみると、即座に数人から「楽しいよ!」と返ってきた。
「みんなと一緒にいられるから楽しい!」
「『おばば様』はちょっと怖いけどなっ」
「……『おばば様』?」
俺が繰りかえして問うと、子どもたちの間でクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。口を押さえてこっそり笑っている子もいれば、いたずらっ子のようにニヤニヤ笑っている子もいる。
「院長先生のあだ名だね。けど、その呼び方は――」
苦笑したルーファス先生の言葉を遮るように、バン、となにかを叩きつけるような音が聞こえてきた。
すると、先程まではしゃいでいた子どもたちが一斉に起きあがり、我先にと靴を履いてどこかへむかっていく。
な、なんだなんだ?
「今帰ったよ、チビ共。みんないい子にしてただろうねぇ?」
先生と一緒に子どもたちについていくと、正面玄関からある一人の女性が入ってきたところだった。
一言でいえば、妖艶な美女。ウェーブのかかった紺色の髪が特徴で、黒いドレスを着ている。コルセットでもつけているかのように腰が細い。
俺と先生の前に横二列に整列した子どもたちは、背筋をピンとのばして直立不動の姿勢をとった。
「お帰りなさい! 院長先生!」
声がきれいにそろっている。
……ここは、兵隊の養成機関か?
っていうか、この人が院長先生? もっとこう、ふくよかで割烹着が似合いそうなおばちゃんを勝手にイメージしてたんだけど。
「よしよし、みんないい子だね……おや? 見かけない顔があるねぇ?」
満足そうに子ども一人一人の顔を眺めていた院長先生が、ふと目線を上げて俺と目をあわせた。
怪しむような、興味深そうなその視線に、俺の背筋も自然とのびた。
「こちらが昨日話した……」
ルーファス先生が説明すると、院長先生は納得したように頷いた。
「ライリーんとこの子か。初めましてだね。私はローズマリー・モフェット。ここの院長をしている者だよ。気軽にローズさんとでも呼びな」
「ローズさん、初めまして。ポルテといいます」
子どもたちに負けじと、背筋をのばして名乗り、頭を下げた。
いや、それにしても……この人が院長先生とは。どうもしっくりこないな。
「……なぁ。全然『おばば様』って感じじゃねぇじゃん」
一番近くにいた男子にぼそっと話しかけると、なぜかその場の空気が途端に凍りつくように感じた。
わけが分からず首を傾げると、つかつかと歩みよってくる足音。
「その呼び方を新参者のあんたが知ってるなんて、おかしいねぇ……教えてくれた子がいるんだろう? 誰から聞いた? 教えておくれ」
ローズさんが目の前に移動してきて、あごに指を当てられて軽く引き寄せられ、笑顔をむけられる。その目はらんらんと輝いていて、まさに獲物を捕捉した肉食獣のそれだった。
こ……こわ。どっかのお湯屋の人かよ。
ああ。よく分かったぞ。「おばば様」って呼び方は、ここでは最大のタブーなんだな?
「わ……わ、忘れ、ました……すみませんなんでもありません」
「……そうかい。まぁいいよ。あんたは今日が初めてだからね、大目にみてあげよう」
若干不満そうだったが、ローズ院長は手を離してくれた。
あー……怖かった。ガチで食われるかと思った。
「その代わりと言っちゃなんだけど。あんたを占わせてもらうよ」
「……はい?」
ローズさんは、そう言いながら再び子どもたちの前に移動した。
「良い子たち。私はその坊やと話すことがあるから、ルーファス先生と勉強の続きをしておいで」
「はい! 院長先生!」
軍隊のようなそろった返事をした子どもたちは、ぞろぞろと列を崩さずに先程の部屋のほうへと行進していった。ルーファス先生も、こちらを一瞥したのちにそれに続いていく。
話ってなんだろう。俺を占う、とか言った?……運勢占いか? 金運なら、たぶんほとんどないと思うけど。自信があるのは健康だな。仕事運も、ライリーさんに拾ってもらえたし悪くはない気がする。
「あの、俺を占うって――」
「四の五の言わずついといで」
「はい」
院長先生が、有無を言わせずぴしゃりと俺の言葉を遮って颯爽と歩きだした。従うほかない。
俺、危うし! ってか?




