10話 女性が助けを求めていたのでヒーローきどってみた
ルーファス先生の導きによって判明した、俺の魔法陣。
何度も何度も練習したら、ちゃちゃっと描けるようになった。すると、先生の言ったとおり、初めてきちんと正確に描けたときに呪文が頭に浮かんできたのだ。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に……なんだ……あ、この者に沈黙と混沌を与えよ! だめだ、も一回!」
次の日の朝、洗濯物を干しながら呪文詠唱の練習をする俺。厨二心をくすぐるいい呪文だと思わないか?
でも長くね? と、ライリーさんに軽く文句を言ってみたら、
「それだけ高ランクの魔法ってことだよ」
だそうです。うふふ。こっちもがんばって覚えるぞ!
魔法陣を描いて、呪文を詠唱して、名称を唱える。フルセットで発動したら、どれほどの威力になるんだろう。いや、俺の魔法は弱体化――相手にデバフをまく魔法らしいから、威力より効果って言ったほうがいいか。
あー……やってみたい! トニーさんが今度来たときにお願いしてみようかな。さすがに嫌がるか?
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし――」
「おはようございます」
「力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ……うっし! 最後まで言えた!」
空になった洗濯かごを放りなげる勢いでガッツポーズをした。
……ん? 途中で誰かの声がしたような。
振りかえると、そこにはきょとんとした顔で立ちつくすコーデリアさんの姿があった。
「……お! おはようございます!」
「おはようございます。すみません、お邪魔だったみたいで」
「いえいえ! 全然!」
恥ずかしさをごまかすように、首を勢いよく横に振る俺。一方のコーデリアさんは、平然としている。
うわ、はっず! 一人でぶつぶつ言ってるとこ見られたんですけど!
「ち、ちなみにご用件は?」
「今日までに出さなければならない意見書の返事だけでも受けとれたらと思いまして」
「そうですか」
安堵してほっと息をつき、転がった洗濯かごをもって彼女を家の中へ招きいれた。
また「例の大会」の件だったら、今度こそライリーさんに怒られてしまう。その件だったら入れるな、って言われてるからな。コーデリアさんには悪いけど。
ところで、その「例の大会」とはなにか、と聞こうと口を開いたところで、ライリーさんがやってきた。コーデリアさんと目があって、足を止める。
「……今日はやけに早いな」
「先日もお話ししたとおり、礼拝堂周辺の工事に関する意見書の提出期限が迫っています。出していただけますよね?」
「はいはい……ちょっと待っとけ」
ライリーさんは、だるそうに頭をかき、執務室へと戻っていった。
俺はそこで、借りていた本を返そうと思いついて、一度部屋に戻って本を手にして戻った。
「ありがとうございました。お返しします」
「もうよろしいのですか?」
「はい。さくさく読めたので」
本を受けとったコーデリアさんは、中を開いてパラパラとページをめくり、どこにも異常がないのを確かめた。そして、頷く。
一章は国のなりたちについて書かれていたが、二章以降はどんな魔法でどんな道具が生みだされたのかなど、個人的にかなり心惹かれる内容だった。魔導列車について書かれていた「第一次魔導革命」のあたりはちょっと難しかったけれど。一晩かけて読んだせいで、軽く寝不足だ。
「お役に立ててよかったです」
コーデリアさんの穏やかなほほえみを見て、こちらの心もほんわかと温かくなる。
しわくちゃの書類をもってきたライリーさんに、「とっくにあがってたの忘れてたわ」と言われ、ショックを受けていたのが気の毒でならなかった。
あれってもしかして、不要なやつだと思って俺が捨てたやつか?……犯人は俺でした、すみません。
「ポルテさん。ルーファス先生はご存じですね?」
書類のシワを手でのばしながら、コーデリアさんが聞いてきた。
「はい、もちろん」
「昨日の夕方、先生が図書館にいらっしゃって伝言を預かりました。『今日、もし時間があるならフェネクス孤児院にきてほしい』と」
「……フェネクス孤児院?」
首を傾げると、コーデリアさんは自身のバッグの中から一枚の紙を取りだした。手書きの地図だ。
「ご存じないかと思いまして、事前に地図をかいておきました」
「おっ! さすがライリーさんの秘書!」
「……この家からだと、中央広場を経由すれば近いですよ」
一瞬険しい表情になったコーデリアさんだが、地図を示しながらアドバイスをしてくれて感心した。
そつなく仕事――頼まれ事をこなす姿は、まさしく秘書そのものだ。
「分かりました! 行ってみ――ても、いい?」
「好きにしろ」
振りかえって、ライリーさんに許可をもらった。
そして、コーデリアさんを見送って、出かける前にやっておくべき家事の段取りを考えた。
◇◇◇
ライリーさんに一言断って――すでに家の中が散らかり気味だった点には目をつむり――いざ、「フェネクス孤児院」へ!
先生の意図は分からない。もしかしたら、子どもの世話もしくは勉強を教えるのを手伝ってほしい、っていう話かもしれない。
……俺、人にきちんと教えられる自信ないけど?
若干の不安を抱えつつ、コーデリアさんに教えてもらったとおり、まずは中央広場へとむかった。初めてこの国を訪れたときに見た、五つの塔が見えるあの広場だ。
すると、どうだろう。偶然にも、民務院への道を教えてくれた花売りの女性と再会できた。
「覚えていてくれたのね。わざわざありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
名前は、シェリーさん。あのときと同じ、優しい笑顔を浮かべて逆にお礼を言ってくれた。
そして、ちょうどおみやげになるかと思い、彼女が売っていた花を購入。束にして包んでもらった。
ついでに、あの塔について聞いてみる。
「あれはこの国のシンボルよ。五人の賢者……『アルケミリアの五賢人』って言うんだけどね。その方々を表しているの」
塔をさして聞くと、半ば予想どおりの答えが返ってきた。
五賢人を表している。となると、黒い塔がライリーさんか? 黒ずくめだし。あとは……黄色がトニーさんか? 金髪だし。
色々想像しながら、シェリーさんと別れて孤児院へむかって再び歩きだした。
「おかまいなく。私、一人で散歩をしたかっただけですの」
「ちょっとくらいいいじゃねぇかよ」
「いい服着てんねぇ。もしかして金目のもんでもある?」
「出してくれたら痛い目には遭わずにすむかもよ?」
……ああ。いたよ。この素晴らしい景観を台無しにする輩どもが。
噴水の縁に腰を下ろした女性に、三人の男たちが詰めよっている。セリフから、まともな連中ではないのは明らかだ。
っていうか、どっかで見た連中……あ、思い出した。民務院に行こうとしてた俺を襲ってきた追いはぎグループだ。
方向転換して、その連中に近づいていく。
「そのブローチとかさぁ。宝石だろ? 高く売れそう――」
「懲りねぇな、あんたら」
一人の男の言葉を遮り、背後から割りこむように声をかけた。
女性を含む、全員の視線が俺にむく。
「あ? 誰だてめぇ?」
「……あっ! てめぇ! いつぞやのふざけた坊主じゃねぇか!」
最初の不精髭の男は思い出せずににらんできただけだったけど、真ん中にいるバンダナを頭にまいたハゲ頭っぽい男はすぐに思いだしたようで、俺をさして叫んだ。
「俺が『ふざけた坊主』なら、あんたらは超絶卑怯なロクデナシだな。つーわけで……食らうか? 前よりもっとパワーアップしたやつ」
上着の内ポケットから、魔導書を取りだしてかまえる。
……この位置だと、女の人にも影響出るよな。すこし離れとくか。
三歩後ろに下がり、魔導書をもっていないほうの手を男たちにむけてかざす。
「冗談じゃねぇ! てめーが魔法使う前にぶっ倒してやる!」
三人が、一斉に俺を取りかこむ。
え、ちょっと。魔法陣、描く暇ないんですけど?……あーもう、しょうがねぇな。
「影よ、目覚めよ。光を閉ざし、力を封じよ。この者に沈黙と混沌を与えよ――黒い霧!」
こん棒や短剣を取りだして襲いかかろうとしていた三人に、魔法を発動。
すると、どうだ。トニーさんにかけたときよりも広範囲に黒い霧が出現し、三人を包んだ。
「うぐっ!?」
「お、重い……っ体、が……!」
「なん、だこりゃあ……っ!」
三人の男たちは、たちまちその場に膝をつき、うつ伏せになった。まるで、上から石でものせられているかのようだった。
……すごくね? 呪文詠唱を加えたら、範囲も広がったし効果も倍増した気がするぞ。じゃあ、魔法陣まで描いて発動したらどれほどの効果になるんだろう。
ひょっとして……俺、結構強い?
調子に乗り、ドヤ顔をしつつ腰に手をあてて男たちを見下ろして言う。
「二度とその人に近づくな。次俺の目に入ったら……もっとひどい目に遭うぞ」
男たちの一人が、怯えた様子で「ひ……っ!」と、うめいた。
「分かった……っ分かったから! 早くこの魔法をといてくれよ!」
「やなこった。しばらくしたらとけるから、それまでしっかり反省しとけ」
「ま、待ってくれよ! 頼む……っ!」
……まぁ、魔法解除の方法なんて知らないから、どの道無理なんだけどな?
動けない三人を無視して、呆気にとられている様子の女性に近づいた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。私はなんともありませんわ」
その女性は、口調もそうだが見てすぐに只者じゃないと分かる。ストレートの腰まである長い金髪に、小さな宝石がちりばめられた髪飾りをつけている。服は細身の体型によく似合うドレスで、こちらも豪奢な刺繍が施されている。胸元には、先程男たちが言ってた大きな赤い宝石がついたブローチがあった。
どっかの貴族の令嬢、とかか? なんでお付きの人がいないんだ?
「このへんはそんなに治安は悪くないっぽいけど、こいつらみたいな輩がいないとも限らないので。早いとこお帰りになったほうがいいと思いますよ」
「ありがとうございます。よろしければ、お名前をうかがっても? ぜひお礼をさせてくださいな」
なにか、憧れのものと直接会えた少女のように目を輝かせて、俺を見る女性。
お礼なんて必要ないんだけどな。魔法をかける相手がちょうど見つかってラッキー、って思っただけで、助けたのはついでだし。
すこし悩んだのち、きりっとした目を彼女にむけた。
「名乗るほどの者ではないので。では」
「えっ?」
ぽかんとする女性を置いて、俺は颯爽と駆けだした。
通りすがりのヒーロー、なんちゃって。ちょっとくさかったか? でも、一度やってみたかったんだよな!
魔法を試せて、ついでに人助けもできた。俺は嬉しくなり、ヒレをパタパタ動かしながら目的地へとむかった。
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