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海の賢者、気づけば国の命運背負ってました 〜追放されたタコの獣人が異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者になる〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
一章 移住編

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1話 パーティー追放されたので移住してみた

 ガーン、と、擬音語を発したくなるほどの衝撃だった。



「お前、使えねーからクビな」



 所属していたパーティーのリーダーに、指をつきつけられ、呆れたように細められた目をむけられて言われ、ショックを隠せなかった。



「雑用係にしとけばいっか、とか思ってたけど、正直そこまで必要ないのよね」


「そうそう。じゃあな、穀つぶし」



 頭の中が真っ白になった。耳鳴りがする。



(クビ……? 俺、が……?)



 膝が笑いそうになるのを必死でこらえながら、リーダーを先頭に仲間たちが次々と背をむけて去っていくのを見送る。


 胸の奥に、ずしりと重苦しいものがのしかかってくるような感覚がした。


 ……が、そこでふと思った。


 じゃあ、新しい仕事探さないとな!


 働かなければ食っていけない。いつまでもうじうじなんてしていられないぞ。


 俺は歩きだした。仲間たちとは、真逆の方向へ。


 よし。ひとまず、労働者ギルドに相談だ。




 ◇◇◇




 仕事を探す人、なにかの申請をしにきた人でごったがえしていた労働者ギルドにて、数時間待ったのちにやっと自分の番が回ってきた。



「冒険者なの? じゃあ冒険者ギルドに行ってくんないと」


「パーティー、クビになっちゃったんです。日雇いでもいいんですけど」


「ああ、そう。悪いけど、そういうの希望する人は腐るほどいるからねぇ。それに君……獣人だろう?」



 窓口担当の中年男性は、至極疲れたように目を細め、だるそうにこちらを見た。彼の視線の先は、俺の顔――じゃなく、頭の横についている耳のようなヒレにむけられていた。


 そう。俺は、現代社会で人間としての生涯を終え、この異世界に獣人として生まれ変わった者なのだ!


 みんなの憧れ(?)であり、ファンタジーの世界ではお約束の存在に、まさか自分が生まれ変わるとは思わなかった。これで人気者になるのはまちがいなし――の、はずだった。


 イヌ科でもネコ科でもなく、タコの獣人だった点を除けばな!


 そんな奇抜なものになってしまったせいか、この窓口担当の中年おじさんのように、あからさまに汚いものを見るような険しい顔をする人も少なくない。自慢げにヒレをパタパタと動かして見せたけれど、わざとらしく大きなため息をつかれてしまった。



「獣人なんて、一般人で雇う物好きがいるとは思えないけど……ああ、そうだ。荷下ろしの仕事なんてどうだい?」


「是非!」



 やったぞ! 早くも新しい仕事ゲットだ。



「行き先は隣国のアルケミリアで、結構な長距離になるけど」


「……えっ?」



 歓喜のあまり天井にむけて手をつきあげた俺は、固まった。


 隣国行きで、結構な長距離? 名前は、アルケ……なんだって?


 ……まぁ、いいか。


 様々な疑問はわきあがったけれど、仕事にありつけるのなら文句は言うまい。


 言われたとおり書類にサインしたあとは、指示された場所にむかった。


 そこで待機していた馬車の御者に指示され、荷台に乗りこむ。すると、すぐに馬車が動きだした。


 ガタガタと揺られながら、隣国までの道のりの景色を眺めて楽しむ。


 思えば、この国を出るのは初めてだ。


 海で漁師に拾われて育てられて、十五年。その育て親が亡くなったあとは、自力で生活できるように町に出た。


 炊事に洗濯、掃除に荷物運び。子どもや家畜の世話。力仕事。その他、汚れ仕事諸々。与えられた仕事はなんでもやった。


 けれど、数えで十八歳になった頃に「実は魔法が使える」と判明したのが転機となった。前世の記憶――現代日本で生きる大学生だったが、交通事故で突然命を終えた――が蘇ったのも、このタイミングだった。


 まさか俺が、そんな物語みたいな展開に遭遇するなんてとても信じられなかった。それと同時に、わくわくした気持ちがわいてきた。なんたって、剣や斧や槍ではなく、魔法が使える存在になれたのだから!


 魔法使いになって、冒険者ギルドに登録。仲間と出会い、旅立った。


 ――のは、よかったのだけど。


 俺の使える魔法は未だに一つしかなく、それもたいしたものではなかったらしい。なぁ、誰が重宝すると思う?


 敵の視界を一時的に奪う――煙幕の効果しかない魔法なんて。


 そのため、早くに雑用係の烙印を押され、それも仕方なしとしてせっせと生きてきた。が、その底辺の地位も失った。今ここ。


 隣国って、どんな国なんだろう。なんなら、すこし観光……は、する余裕なんてないだろうけど、あわよくばそこで定職につけたらいいのにな。



「降りろ。門を通過する」


「はいっ」



 ハキハキと返事をしつつ、荷台から飛びおりた。


 振り返って見えたのは、巨大な木製の門だった。


 その門のむこうへいくために、人々が行列をなしていた。俺たちと同じように、荷台にめいっぱい荷物を積んだ馬車もいるし、荷物を背負って徒歩でやってきた商人らしい人も大勢いる。みすぼらしい服装の人もいれば、きらびやかな衣装を身にまとった人もいて、本当に様々だった。


 行列にならんでから、数時間(体感的に)。御者が通行証を見せて、荷物を隅から隅までチェックされ、一人一人頭からつま先まで細かく身体検査をされ、ようやく通行許可がおりた。



「おお……!」



 思わず感嘆の声がもれた。


 まず目を引いたのは、並んでそびえたつ五つの塔。巨大な筒のような形で、むかって左から、赤、白、黒、青、黄色と、それぞれ一色ずつに染められていた。


 そして、それを取りかこむように、レンガ造りの建物がならんでいる。地面までもレンガでできていて、歩きやすい。


 なにより驚いたのは、人の多さだ。どこを向いても、人、人、人。たまに、馬車の馬。


 閑散とした田舎町で生まれ育ってきたけど、このたび憧れの都会にやってきた。俺は今まさに、そんな状況だった。


 今住んでいるのは、魔物の襲撃におびえる貧しい町だ。特に冬。農閑期に入ると、日雇いの仕事にありつくのも苦労していた。


 ……おお。そう考えると、クビにされたのも悪くはなかったのか。おかげでこんな都会に来られたから。


 賑やかな町中を、ゆっくり動く馬車と並んで歩いた。


 まもなく目的地らしい建物の前に到着し、指示どおりせっせと荷物を下ろす。



「小休止。すぐまた別の荷物を積む作業があるからな。遅れるなよ」


「はいっ」



 返事をしつつ、その場から離れた。


 人ごみをなんとかさけつつ道を進んでいくけれど、なかなか大変だ。


 うーん……ここが水の中なら、すいすい泳いでいけるのに。



「お……! あった……!」



 すると、最初に見た五つの塔がある広場に辿りついた。


 中央にある噴水が、いきおいよく絶えずきれいな水を噴射している。水を手ですくって飲んでいる人もいる。


 え……ウソだろ。なんて贅沢な。この国じゃ、真水は貴重品じゃないのか?


 信じられない気持ちのまま噴水から目を離し、五つの塔のほうをむいた。塔の下には、なにかの集団がいて、ごったがえしていた。


 ここはやっぱり、いわば観光スポットかもしれないな。あのカラフルな五つの塔がなんなのかは分からないけど、たぶんシンボル的なものだろう。


 ……いいなぁ。ここに住めたら、毎日退屈しなさそうだ。なにより、仕事に困らなそうだ。



「あ! いっけね!」



 ぼんやりと塔を遠目で眺めていると、自分が今まさに仕事中だったのを思い出した。


 さらば、五つの塔(名前は知らんけど)。いつかまた、お目にかかれるようにがんばるからな!


 走って、きた道を急いで戻った。


 しかし、荷物を下ろした場所には、馬車の姿はなかった。


 ……え? 待って、もう出発しちゃったのか!? 遅れたのは悪かったけど、ホントに置いてくなんて!


 さらに走って、国の入り口である巨大な門がある場所までむかった。


 かくして、俺が乗ってきた馬車は見つかった。しかし、不運にも、それは今まさに門を通過して国を出ようとしているところだった。



「待って! 俺! 俺がまだ……!」



 必死に叫んだけれど届かず、馬車はすぐに見えなくなった。足を止めて、その場に立ちつくす。


 通行証がなければ、あの門は通過できない。つまり、それをもっていない俺は、この国の外へは出られない。


 なんてこった……これじゃ、元の国に戻ったときにもらうはずだった賃金も手に入らないぞ。タダ働きかよ、畜生。


 ……まぁ、しょうがないか!


 ここにいるしかないなら、それに従うほかない。むしろ好都合とまで言える。


 だいぶ腹も減ってきたし、早いところ金を手に入れないと。住みこみか、ないしは即金の日雇い仕事にでもありつけたら、問題なしだ。



「えーっと……アル……アルケミリア、だっけ? しばらくお邪魔します!」



 例の五つの塔にむけて頭を下げ、意味もなくあいさつ。そして、踵をかえした。

この作品は、毎日20時頃の更新を予定しています。

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