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8話 暗雲漂う少年

聖法歴1021年12月3日



 ――もっと強くなりたい。

 早くゼイン兄ちゃんに追いついて、少しでも手助けをしたいのに……。

 いつまでたっても、その後ろ姿は見えない――。



 ◆◆◆



 雪が降りしきる中、外へ向かうニネットに傘を差しながらついていく。

 二人とも無言だから、雪を踏みしめる音がやけに大きく感じる。

 目的の場所に着くと、いつもの光景に思わずため息がでる。

 それもそのはず。

 ここは冬でも雪が積もらず、雨にも濡れない。

 それなのに風は時折吹いていた。

 なぜなら、兄ちゃんの魔法がここを常に囲っているからだ。

 兄ちゃんがいなくても動くようにと、孤児院にある魔道具から魔力供給をしているけど、恐ろしいほどに魔力効率がいい。


 俺も兄ちゃんから魔法を習ったから解かる。

 雨だけを防ぐなんて、そんな細かいことをやるほうが普通は魔力消費が多い。

 一度どうしてそんな面倒なことをするのか聞いたことがある。

 その時の兄ちゃんは、どこか寂しそうに「季節を感じられたほうがいいだろ」と答えたきり口を噤んでしまった。


「ありがと、ユー兄」


 小声で呟いたニネットは、毛糸で作った造花を抱きしめて歩き出す。

 彼女の行く先は分かっている。

 きっと先に花が置いてあることも。

 予想に違わず、ニネットはとあるお墓の前で立ち止まった。

 そこにはこう書いてある。


 “――ヘーゼルティン、ここに眠る”


 俺はあまり接点がなかったけど、彼女はニネットの姉であり、ゼイン兄ちゃんが好きだった相手だ。

 何を思っているかまでは分からない。

 ただ、前にも増してやつれていく兄ちゃんの姿を見ていられないほどだ。

 それも、孤児院襲撃を境に一層ひどくなった。

 うちのちび達が怯えて兄ちゃんに近づきすらしない。

 上の子たちも、兄ちゃんから(にじ)み出る雰囲気やら圧やらで、どうしても近寄りがたいとも言っていた。

 気持ちはわかる。

 俺も兄ちゃんを前にすると、どうしたって足が(すく)む。

 気づかれないように気合いで隠しているけど、兄ちゃんにはバレていると思う。


 英傑と呼ばれるようになってからは、孤児院にあまり顔を見せなくなっていたけど、最近は滅多に顔を合わせない。

 お墓には来ているみたいだから、孤児院に意図的に寄り付かないようにしていると思う。

 元執行官の職員ドミニクさんに聞いても、私も知らないの一点張りで取り付く島もない。

 唯一知ってそうなニネットも、口を(つぐ)んで何も話してくれない。

 歯がゆい思いをしながら軍と執行官、両方の予備要員として訓練に励んでいる。

 そんなことを鬱々(うつうつ)と考えながら、ニネットと同じ花をそれぞれのお墓に添える。


 このお花は孤児院の皆で毛糸を使って作った造花だ。

 数年前に職員として来てくれたドミニクさんから教わって皆で作り、バザーとかで売り出している。

 今では孤児院の貴重な収入源だ。

 もっとも、孤児院の運営資金は兄ちゃんのおかげで潤沢にある。

 稼ぎのほとんどを孤児院に入れていると聞いたときは耳を疑った。

 金額は教えてもらえなかったけど、資金管理もしているドミニクさんが遠い目で「当分は大丈夫よ。……私が生きている間は絶対」と呟いていたのが印象に残っている。

 それを聞いたのが一年ぐらい前だから、今はどうなっているのか見当がつかない。

 このことは年長組の俺と他数人、あとはニネットぐらいしか知らない秘密で、兄ちゃんに頼らない収入源を模索した結果が、編み物や造花だ。

 戦いが苦手な子たちも手に職つけられそうで人気がある。

 俺みたいな強くなりたい子たちも、造花作りには顔を出す。

 そんな皆で作った花をお墓に添え終わると、ニネットが近づいてきた。


「……終わった?」

「うん、これで最後」

「ありがと。……それとごめん。ほかみんなの分、任せちゃって」

「気にすんなって」


 沈んだ表情で謝るニネットは、普段の様子しか知らない子たちからしたら考えられないだろう。

 ここに来るときは、いつも一人か俺を連れてくる。

 孤児院では頼れるお姉さんでいたいのだろう。

 肩を二回ポンポンと叩いて慰める。

 俺を見上げて薄っすらと微笑むと、どちらともなくお墓に向き直って黙祷を捧げる。



 ◆◆◆



 しばらくすると目を開いて来た道を二人そろって歩き出す。


「かご、持つよ?」

「いいって。それより、訓練は順調か?」


 手をひらひらと振って気にしないでと告げる。

 ゆっくりと前を向きながら歩く。


「まずまずってところ。まだ魔力効率がよくなくて無駄がでちゃうのが難点ね」

「それでも前よりは改善したんだろ? 前は確か半分はロスしてたって言ってたし」

「そうだね。今は三割まで抑えられたけどまだまだ。……それにお兄ちゃんには渡せないし」

「……」


 顔は見てないけど、ニネットが渋い顔をしていることは手に取るようにわかる。

 きっと俺も同じような顔をしているだろう。

 慰めも同情も、俺がニネットに掛けられる言葉はない。

 二人揃って黙ったまま、それでも歩みは止めない。

 この時期には珍しく、降り積もった雪が目を刺激する。

 冷たい風が頬を撫でる。

 孤児院までの道半ば、少し強く吹いた風に紛らせておもむろに独り言を呟く。


「――強くなりたいな」


 風でかき消したはずの声が聞こえたらしく、一瞬ニネットの足が止まった。

 俺が振り向いて止まるよりも早く、すぐさま大きく一歩踏み出し、また隣に並んで何事もなかったかのように歩き出す。


「……そうだね」


 孤児院の前に着くとニネットが小さな声を零して扉を開ける。

 傘に積もった雪を払いながら空を眺める。

 まだまだ雪は止まない。


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