EX 仙人衆
このお話は、とある人物の過去に関するお話です。
聖法歴????年??月??日
「この場所に来るのも久しぶりですね」
私は森の中、ひとり言葉を紡ぐ。
目の前に広がるのは昔から変わらない光景。
なんの変哲もない木々が生い茂り、一面の緑と色とりどりの花が咲き乱れる。
空は青々と澄み、真っ白な雲がのんびりと横切っていた。
変わった点は一つだけ。
天までそびえ立つ一本の大木がひと回り大きくなっていた。
最初は幹が大人一人分しかなく、大変心許なかったというのに、今では八人手を繋がないとぐるりと取り囲めないほどになっていた。
「まぁ、積もった光を考えれば、至極当然とは思いますけどね」
のんびりとその樹を見上げながら、私はその足元へと歩みを進めた。
この先に、昔馴染みたちが集まっているはず。
今日はそれだけのことがあったのだから。
しばらく進むと開けた場所に辿り着く。
そこが終点であるけど、それを無視して見知った顔へと向きを変えた。
忍び寄り、そいつの肩を思い切り叩く。
「――よっす、元気にしてましたか~? ハン」
「……なんだ、君か。あまり驚かさないでくれないかな?」
振り返った彼は、苦笑交じりに苦言を呈す。
「気付いていた癖に。そんなこと言うなら、ちょっとは驚いた風の素振りをしたらどうですか?」
「はははは、確かにそうだね。もう少しリアクションの練習をしておくよ」
肩を竦めておどけると、彼は少しだけ困った顔をする。
「それで、今の君はなんと呼べばいいのかな? 前は確か、キャサリンとか、アルナトとかだったかな?」
「今はヴェロニカって名乗ってますよ。それにその名前はかなり初期の頃の偽名ですから、もう何個も通り過ぎてますよ、お爺ちゃん」
「ははは、辛辣だね。でも、その理論で言ったら、君もお婆ちゃんになるんじゃないかな、ヴェロニカ?」
「嫌ですね、こんな麗しい女性を捉まえて。あんまりじゃないですか」
憤慨してみせると、彼は「……私も、見た目だけなら十分若いと思うのだけど」と呟いていた。
確かに彼も二十代そこらの美丈夫だ。
長身で細身なうえ、中性的な顔立ちと黒くしなやかな長髪を腰まで垂らしているからか、時折女性にも間違われる。
身内以外との接触がほとんどないからいいものを、下手に見知らぬ他人と関わると絶対に騒動を巻き起こす、迷惑極まりない男だった。
「はいはい、キレイキレイ。十分若輩者でも通じる、傾国の美女ですよー」
「私はこれでも一応、男なんだけどね」
おざなりに同意を返すと、彼はまた、苦笑を零していた。
「――そんなことより、今日は十七人目に会いに来たんですよ!」
強引に話題を逸らして本題を振る。
彼は僅かに眉を動かして、口元を緩めた。
「……君は、二八人とカウントしないんだね」
「別に隔意はありませんよ? 成り上がりだろうと、自ら至ろうと、その本質は変わりませんからね」
「そう、だね……」
私が“成り上がり”と表現したからか、彼は寂しそうに視線を落とす。
他に表現が思いつかなかっただけなのに、大袈裟な人だこと。
「繰り上がりでもいいですけど、成り上がりのほうが、言葉としてはピッタリじゃないですかね? 侮蔑っぽく聞こえるのは否定しませんが」
「確かに君の言う通りだね。経緯を鑑みれば、そっちのほうがぴったりではあるよ」
彼も同意したことで、この話題についてはこれ以上触れないことにした。
「で、件の少女はどこです? 名前とかも聞いときたいんですけど」
「今は皆に囲まれて、揉みくちゃにされているよ。久しぶりなうえ、年端もいかぬ少女だからね。皆、可愛たがりが発動しているよ」
「そうなんですねぇ。――でも、そんな少女にすぐ世界を任せるんですか?」
「おや、もう耳にしていたのか」
今度は本当に驚いたようで、軽く目を見張っていた。
「当然ですよ。私が彼女のお守りを頼まれましたから。……久々だっていうのに、いきなり面倒事を押し付けてきたヨグ爺は、絶対に許さない――!」
「あはははは……」
怨嗟を吐いていると、彼は乾いた笑いを落としていた。
「同情するならあなたがやればいいんですよ。いっつも暇そうにしているんだから」
憐憫の眼差しを向けてきた彼に食って掛かる。
まだどこも担当していないんだから、それぐらい訳ないはずだ。
そんな予想に反して、彼は眉を落として首を振る。
「実はこの後、少々込み入った用向きが入ってしまったんだ」
「意外ですね? あなたはここの守衛を司っているのだとばかり」
「今まではそうだね。ただ、星の巡りが変わってしまってね」
「――あぁ、いつもの“星詠み”ですか」
私の言葉に、静かな同意を見せる。
この感じ、正式な“星詠み”のほうかもしれない。
わざわざ「星輝石」を消費する、因果を辿る不変の予知。
ならば、些事にかまける余裕はないではずだ。
「何が視えたか尋ねても?」
「詳細までは今はちょっと、ね。ヨグ爺とも相談する必要があるから」
「そこまでのことですか……。――じゃあやっぱりいいです! 聞いたら巻き込まれそうですし」
下手に関わって引きずり込まれたら面倒だ。
今も仕事が割り振られたばかりだというのに。
そうやって逃げようとした私に、彼は笑みを深めて私の腕を取る。
「残念だけど、君にも関係するんだよ。――だからこうして話したのだからね」
「うっわ、最悪……」
彼の瞳には、有無を言わせぬ力強さがあった。
決して伊達や酔狂じゃない、本気の色が。
逃げられないと悟り、けれど思い切り顔を顰めて、せめてもの抵抗をする。
そんな私の態度に、彼は再び苦笑いを浮かべた。
「そこまで手を煩わせることはないと思うよ。ただ、君の向かうイェソドの話ってだけで」
「十分厄介事じゃないですか? 赴任地が舞台だなんて」
「そうだね。でも、君に何かを頼むこともない。流れは説明するけど、ただ傍観者を決め込んでくれればいいからさ」
「……その訳知り顔を、一発ぶん殴ってやりたいですよ」
穏やかに微笑む彼は、分かってますと言いたげにしみじみ頷いていた。
……話を聞けば、私がちょっかい出したくなると分かって言っている。
長い付き合いだ、ちょっとの仕草で相手の心の内を読めるのはお互い様。でも、こうやって先手を取られるのは、なんだか釈然としない。
口をへの字に曲げていると、彼はちらりと後ろを見やった。
「殴ったら、ウルトあたりが飛んでくるんじゃないかな? 彼女も巻き込むからね」
「大事ですね。武の申し子たる彼女を引き入れるだなんて」
驚く私を余所に、彼は肩を竦めて身も蓋もない事情を話した。
「実用性がないと長くは続かないからね。人間、目先の欲がなければ、終わりまで付き合ってはくれないから」
「それはそうですけど、二人が直接介入しちゃっていいんですか? 私たちは、大事じゃなければ不干渉が基本ですよ?」
「その辺りは調整するよ。ただ、できれば君にも手を貸して貰えたら嬉しいんだけどね。君は、私たちの中ではかなり自由が利くからさ、橋渡しには最適なんだよ」
「うへぇー、そんなことだろうと思ってましたよ」
思い切り顔を歪めて肩を落とす。
なんなら舌まで出してべーっと威嚇もして。
他の人なら大抵こうすれば引いてくれるけど、彼は私がポーズでやっているって理解しているから、涼しい顔をするだけだった。
「……なんにせよ、あなたの話次第ですよ。面白ければ手を貸しますし、つまらないなら放り出しますよ」
「ありがとう」
まぁ彼のことだから、その辺を弁えて面白そうな話しか振ってこないのは目に見えている。それがさらに腹が立つんですけどね。
とりあえず、彼の話に耳を傾けることにした。
澄んだ彼の弁舌を聞き終えた私は、案の定、にんまりと口角を上げていた。
◆◆◆
彼と別れた私は、多くの同胞が集う樹の下へと向かった。
見知った彼らと挨拶を交わしながら、件の少女へ歩み寄る。
輪の中心にいる彼女は、淡い桃色のショートウェーブをし、その金の瞳を揺らしていた。
私が近づくと、僅かに肩を震わせ怯えた様子を見せる。
「あれあれ~、どうして怖がるんですか~?」
「あぅ……」
小柄な小動物じみた動きをする少女を覗き込む。
身を縮ませる様は、いっそういじらしい。
「こぉら、ニョグちゃんを虐めないの!」
「虐めてませんよ~。勝手に怯んだので、どうしてかなぁって聞いただけじゃないですか~」
「見知らぬ者が詰め寄れば、誰でも萎縮するだろう」
面倒見のいいウルトを始め、あの無口なガントまでが少女に骨抜きだった。
珍しいこともあったものだと感心する私を余所に、他の面々からも非難が上がる。
「貴女はいつも、他人を揶揄うきらいがありますから。少しは自重しませんと」
「初対面じゃ反応に困るっすよ。コミュに優れた人でも、たじたじになるっすから」
「少なくとも、俺も初めて会ったときはビビりましたからね。なんか、やべー人がいるって」
「……まぁ、距離の詰め方はちょっとびっくりしましたね」
「みんなして酷いなぁ。私、そんなに怖くないのに」
彼ら彼女らの言葉に反論していると、どこからともなく声が響く。
「――得体の知れなさは、儂らの中でも随一じゃて」
「あ、ヨグ爺」
姿を現したのは、この集団の長たる老人だった。
背丈は少女より少し大きいぐらいで、私たちの中では断トツで小さい。
好々爺然とした表情を浮かべていたけど、その笑顔の裏には途方もない力を隠していた。
「久しいの、ヴェロニカよ」
「そういうところがあるから、一番怪しいのはヨグ爺なんですぅー!」
さっきまでの会話を全部聞いていたかのように話すから、“一番”の称号はお爺ちゃんに譲る。
嫌味を混ぜたところで、肩を揺らして流されるだけですけどね。
まともに相手しても面白くないから、私は強引に話題を変えた。
「それで? 至って早々の彼女に任せるのはどうしてですか? もっと別の人選もあるでしょうに」
「ふぉっふぉっふぉ、確かにそうじゃが、これも修行のうちよ。だからこそ、お主をサポートに着けておるのじゃ。お主ならば、片手間でも余裕じゃろうて」
「可能かどうかなら、私以外でも良さそうですけどね。――わざわざ私を指名する理由はなんですか?」
すっと目を細めてお爺ちゃんを見つめる。
彼にだけ圧を込めているのに、柳に風とまったく動じない。
むしろ、その真っ白な髭を撫でる余裕さえ見せていた。
……またしてもぶん殴りたい面だ。
殴り掛かったところで、飄々と躱されるのがオチですけどね。
「他の皆へも仕事を割り振った結果じゃよ。残った者のうち、一番の適任者がお主しかおらなんだ。ほれ、面倒じゃったら代役を立てればよい。そういうの、得意じゃろ?」
「まぁ、やれますけど……」
丸め込まれている気がして、なんだか納得いかないまま、ちらりと少女へ目線を向ける。
それだけで言いたいことを理解したお爺ちゃんは、再び笑い声を上げた。
「お守りと言っても、常に側に居れという話ではない。彼女の手に負えない事態の時、お主が出張ればよいのじゃ」
「そっちのほうが面倒じゃないですか? 別の事も企ててるみたいですし」
「別事は他の者が主体じゃし、面倒事は早々起きんから心配せんでいい。監視自体、普段お主がやっておることから、そう逸脱しないじゃろ?」
問われて周りの面々を見渡す。
彼ら彼女らも既に割り振りがあるみたいで、肩を竦めていた。
人数と数を考えれば、まぁ仕方ないですかね。
場所によっては二人じゃ足りないでしょうし。
そこまで考えて、諦めのため息が漏れた。
「……しょうがないですね。諸々、身代わりを立ててやりますか」
「あ、この子のお世話には、私の姉が就きますので――えっと、ヴェロニカさん? は、気にしなくて大丈夫です」
小さく手を上げて、水色の髪を揺らしたユタが報告する。
彼女の姉というと、私たちの同胞には成れてないけど、そこそこの実力を持っていたはず……。なら、大丈夫か。
「それは助かるけど、ユタはいいの?」
「はい、問題ないです。姉にも了承は取っていますから」
そっちを尋ねた訳じゃないけど、本人がいいって言うなら、私が気にすることでもないか。
妹がティファレト世界へ行って落ち込んでいると思ったけど、立ち直ったのならね。
「ふーん……あ、そうだ。まだニョグちゃんの名前、聞いてなかったかも」
考えを巡らせていたとき、ふと思い出して少女の顔を覗き込む。
またしても体をビクつかせていたけど、今度は後ずさることはなかった。
それでもまだ私に怯えた様子で、赤い長髪の影から顔を僅かに出し、おずおずと紡ぎ出した。
「……紅一」
「紅一? ――あぁ、なるほど。よく考えましたね」
率直な感想を告げると、少女はちょっとだけ嬉しそうに頬を染める。
なんとも愛くるしい姿を見せますね。
ちょっとばかり、弄りたくなってしまいます。
私の考えが表に出ていたのか、手をわきわきと動かしていたところを、またしてもウルトに阻まれた。
またしても少女――紅一が顔を引っ込める。
そんな様子に、周りからは笑いが溢れていた。
「まぁ、仲良くなるには、たぁっぷり時間がありますからね!」
「あぅ……」
「しばらくヴェロニカは近づくの禁止!」
「えぇっ!? 酷くないですか!」
「至極当然」
「自重しなさいと、あれだけ」
「またっすか」
「何をやっているのやら」
「あははは……」
そんなこんなで、少女からは距離を置かれつつ、その日は宴が催された。
◆◆◆
「――順調そう?」
初めての出会いから、幾星霜。
私は地上界で紅一と顔を合わせる。
彼女以降、新たな同胞が加わることはなく、彼女はまだまだ新人扱いだった。
「あ、ヴェロニカさん。おかげ様で」
明るく笑い掛ける彼女は、私に怯えた様子はない。
それどころか、尊敬の籠った眼差しを向けられる。
なんか、お世話役の胡琳が変なことを吹き込んだみたいで、とんでもなくしごできの大人の女性と勘違いされ、勝手に目標とされているらしい。
こんな可愛い子が、私みたいなちゃらんぽらんを目指すのは、なんか違う。
だからという訳じゃないけど、必ず彼女を弄ることにしていた。
「そうなんだ。でもニョグちゃんは、相変わらずちっちゃいままだね」
「あぅぅ」
さっきまで輝いていた目が、今度はどんよりと涙を浮かべていた。
表情がころころ変わって、やっぱり見てて楽しい。
打ちひしがれる彼女を慰めつつ、胡琳が質問を投げかけてきた。
「ヴェロニカ様のほうは如何ですか? 確か、他の仙人の方々と一緒に、別の何かをやられていましたよね」
「そっちも順調だよ。さっきまでハンやウルトと、最後の詰めを話し合っていたところだし」
「そうなのですね」
私たちの会話が気になったのか、紅一が胡琳の膝上から顔を上げた。
それに合わせて、胡琳の水色の長い髪が揺れる。
「ヴェロニカさんたちは何をしているんですか?」
潤んだ黄金の瞳は、無垢なまま私を映し出す。
そこには以前のような頼りなさはなく、一端の同胞とも遜色ない力強さが滲んでいた。
そんな彼女に対して、はぐらかすことも考えたけど、ここは隠さず教えることにした。
金色の目を細め、少しだけ首を傾けると、耳に掛かっていた藍色の髪がさらりと落ちる。
唇へ静かに手を当て、ゆるりと口角を上げた。
「――未来の英雄の誕生、その下拵えですよ」
これにて「六英雄キ -過去編-」は完全終了です。
最後、駆け足気味でしたが、ここまでご愛読頂き、誠にありがとうございます。
彼らの物語はまだまだありますが、ここで終了とさせて頂きます。
続きとなる「六英雄キ -異世界編-」も、合わせてよろしくお願いします。
また別のお話、別の作品でお会いしましょう!
それでは!!
――上野鄭




