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84話 終止符…… -結-

またしても遅くなって申し訳ありません。

 二人の激突の傍ら、(うごめ)く影がいくつかあった。

 その中の一人、セオドアは、顔を青くしたまま歩き出す。


「ダメですよ、セオドア様! まだ体調が戻ってないじゃないですか!」

「それでも行かないと……。ゼインがあそこまで苦戦しているんだ、ちょっとでも助けにならないと……」


 うわ言のように呟くセオドアは、ティルザに支えられ、心配されながらもその歩みは止めない。

 ヴァッサゴが真の力を解放した魔力で飛び起き、体を引きずりながら進んでいた。


「今の状態で行っても邪魔になるだけです。何か、策を考えないと……」

「嬢ちゃんの言う通りじゃぞ、セオドア」


 聞こえてきた声に、流石のセオドアも動きを止めた。


「ゲオルグか……。回復したようでうれしいよ」

「おかげ様での。――そういうお主は()の使いすぎじゃ。(わし)なんて、捨て置けばよかったじゃろうて」

「ははは……、そうはいかないよ。あのままじゃ、勝手に天に召してしまうところだったからね」

「それでよいと言ったのじゃ。――で、何か考えはあるのかのう?」


 ため息を漏らしたゲオルグは、表情を引き締めて二人を見やる。

 セオドアとティルザは目を伏せ、小さく頭を振った。


「それは残念かな~。流石にこんな状況だと、何をするにも方針が必要だからさ」

「カメル……、それにみんなも」


 新たな声に振り返ると、カメルを筆頭にそれまで倒れていた英傑たちが顔を見せる。

 彼らは皆、傷も疲れもなく、万全な姿を晒していた。


()()()()()()()()で、みんな元気だよ~。肝心の君が疲れちゃってるのは問題だけど」

「ははは……、面目ない」


 力なく笑う彼に、皆、口々に礼を言う。

 そんな彼らの様子に、セオドアは嬉しそうに微笑んだ。

 その後、頭を突き合わせて考えを巡らせる。


「カメルの“堕落”ではどうじゃ?」

「無理だね~。あんな魔力お化けに僕の魔力が効くとは思えないからさ~。そもそも、速すぎて当てられないし」

「でしたら、メイナードさんの『水鏡(みずかがみ)』はどうですか? 相手の魔法を反射するんですよね」

「あんな重い魔力は到底できないですね。それ以前に、あの悪魔が魔法を使ってこないといけないですから」

「空飛んでんのが痛いよな。速さもそうだが、遠距離がなきゃ攻撃できないってのがキツイぜ」

「……手段があっても、生半可な魔法じゃあの体は突き破れないですよ」

「挑発しようにも、私たちでは見向きもされなそうですしね」

「来ても、肉塊にされるのがオチだぞ、兄貴」

「打つ手なし、ですか……」


 めいめいに意見を出し合っても、もはや手に追える次元の話ではなくなっていた。

 何人かがセオドアへ視線を向けるも、小さく首を振って否定する。


「……私も、事ここに至っては()()()()()にしかならないかな。もちろん、十全な状態での話だけど」

「じゃな。もって数秒ってところかの。……それで何ができるのかという話じゃが」


 一同が表情を曇らせている今も、ゼインはヴァッサゴと死闘を繰り広げていた。

 見えるのは紫の輝きと褐色、そして黒い軌跡のみだった。

 ゲオルグやヴァージル、ジェレミーがギリギリ彼らの残像を追える程度、他は正直、視ることさえ適わない。


「……あまりおすすめできないけど、この際、ゼインに聞いてみるしかないかな。()()()()()()()()ってね」

「それは……、どうなんじゃ?」


 明け透けなセオドアの意見に、ゲオルグが疑問を呈す。

 少なくとも、誰かを犠牲にしなければいけないという選択肢に思えたのだから。


「大丈夫。こんな時のために()()準備していたからね。……犠牲は、最小に抑えられるよ」

「本当かの?」


 念押しするゲオルグへ力強くセオドア。

 その覚悟の決まった表情に、口をへの字に曲げる。


「……()()()()()は、年長者の特権なんじゃがのう」

「ははははは、適材適所だよ。――でもその選択をする前に、彼の意見を聞いてみたくてね」


 セオドアが見上げる先は、遥か高み。今なお戦う少年へと向けていた。


「――ってことだから、アネモス、頼めるかな?」

「りょうかいです~」


 突然現れた(ほの)かに光る小人に、一同は驚く。

 ゲオルグとカメルは知っていたみたいだが、他は小さな少女の姿に目を丸くしていた。

 そんな彼女は小さく手を上げると、姿を消して飛び去った。


「これでよし。後は、彼がなんて言うかかな?」


 驚く面々に簡単な説明をしながら、頼みの綱の返答を待つのだった。



 ◆◆◆



 目まぐるしく飛び回るゼインには、無数の傷が刻まれていた。

 徐々に苦しくなる状況でいくつかの攻撃が掠め、その身に小さくも確実な傷跡を残していた。

 吐く息は浅く、目も次第に虚ろになっていた。

 それでも動きのキレや魔法の精度が変わらないのは、もはや人外の域としか形容できなかった。

 対するヴァッサゴにもいくつか傷は見えていた。

 ゼインの攻撃が多少は効いている証左ではあったが、それまでに消費した力を考えれば、致命的なまでにゼインが劣勢だった。


「『よもや人の身で、この我に傷をつけられるとは思いもよらなかった。そうまでして、なぜ人の枠組みに甘んじるのだ?』」


 拳を突き出しながら、ヴァッサゴが疑問を投げかける。

 ゼインは毛先の隙間で避け、紫紺の(もや)で腕を突き飛ばす。


「……守りたいものが、あるからだ」

「『その者らに排斥されているというのに? 貴様が襤褸(ぼろ)となり、身を削った末に得た勝利でも、その者らには()()としてしか映らぬのだぞ。……忘恩の徒にわざわざ(おもね)る必要がどこにある?』」


 世の在り方を唾棄するヴァッサゴは、なおも攻撃を止めないゼインに手を差し出した。


「『――こちらへこい、ゼインよ。お前のような力あるものを食い潰すような世界なぞ、端から(いびつ)なのだ。そんなもののために戦って、なんになると言うのだ』」

「……」


 突然動きを止めたヴァッサゴを警戒するゼインは、その手を(にら)みつけていた。

 一切の拒絶を浮かべるその姿に、ヴァッサゴは眉を落とす。


「『……分からぬな。確かにお前は我々を恨んでいるだろう。大切な者を踏みにじられ、多くを失い、それでも立ち向かった。世が世ならば、皆の称賛を受け、期待され、熱望されていたであろう。――しかし現実はどうだ? お前を取り巻く環境は、その功績とは裏腹に、後ろ指を指され、忌み嫌われ、皆が腫物のように扱うではないか! お前自身がそう仕向けた節もあるが、それにしてもではないか? 理解者はなく、一人孤独な英雄など、そんなものは存在せぬ。――それは悪の象徴たる()()でしかない』」

「……」


 客観的な事実を告げられても、ゼインの表情に変化はなかった。

 その瞳に宿るものは、決して憎悪や復讐(ふくしゅう)といった負の感情ではない。

 あるのはただ、目の前の敵を倒すことのみ――。

 敵を前にして奮い立つ、勇猛な意思だけだった。


「『……何が貴様を突き動かす』」


 手を差し向けたまま、ヴァッサゴが静かに問いただす。


「守りたいもの――()()()()()()()()に、平穏を(もたら)すためだ」

「『……理解に苦しむな』」


 上げていたヴァッサゴの手が揺れる。

 顔も(しか)め、吐き捨てるように言葉を出す。


「『既に終わったことを顧みて、どうすると言うのだ。一人、幻影に囚われて、何の意味がある?』」

「意味なんてない。俺が過去に置き去りになったところで、他に迷惑を掛けるものでもないからな」

「『ならば、なぜ――』」

「それでも。それでも、誰かがやらなきゃいけないんだ」


 疑問を吐露するヴァッサゴを遮り、ゼインが強く言葉を吐き出す。

 その表情はどこか、達観したようにも、泣き出しそうにも見えた。

 目を伏せていたゼインは、ゆっくりと顔を上げ、答えを紡ぐ。


「――人類が、()()()が前へ進むためにはな」


 ゼインから齎された答えはどこか歪で――。

 どこまでも昏く、闇の底へと落ちていく。


 ヴァッサゴの手も、だらりと垂れ下がっていた。


「『……残念だ。本当に、残念でしかない』」


 瞑目(めいもく)した彼は、その瞳を冷たく開いた。

 既に興味の色は失せ、障害(ゼイン)を見据えるだけだった。


「『――ならばお望み通り、悪魔(人類の敵)()()の戦いを始めようかッ!!』」


 (ほとばし)る魔力。

 今まででが児戯にも思えるほど、激しく息苦しい魔力がヴァッサゴから放たれる。


 対するゼインも魔力を昂らせた。

 相手とは対照的に、昏く静かな人ならざる魔力を。


 せめぎ合う両者の魔力。

 戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。


 ――そんな矢先、場違いに明るい声がゼインの耳に届けられる。


「きたです~。セオドアから、でんごんです~」


 視界の端、耳元に近い場所から、姿を消したアネモスの声が聞こえてきた。

 どうやら彼にしか声は届いていない様子で、

 顔は動かさず、僅かに視線だけを動かすゼイン。

 それで話を促した。


「ゼイン、あのあくま、たおせますか~?」

「……倒せる。が、時間が足りない」


 口元を動かさず、声を絞ってアネモスだけに届ける。


「どのぐらいです~?」

「……最低()()。溜めるのに、そのぐらいは必要だ」

「わかったです~! セオドアにつたえてきます~」


 彼の言葉でぱっと表情を明るくしたアネモスが、そのまま来た時同様、唐突に飛び去って行った。

 それを確認すると、ゼインは何事もなかったかのようにヴァッサゴを睨み返す。

 高まる緊張感。

 絡み合い、反発し合う二つの魔力を前に、ゼインの頬から淡い光が溶けていった。

 構えを取るゼイン。

 それを合図に、戦端が開かれた。



 ◆◆◆



 深紫の閃光が闇夜を裂く。

 夕暮れに咲く牡丹の花弁は、黄昏の陽に負けないほど強烈な光を放っていた。

 これまでにないほど深く、暗い紫炎が一帯を覆い尽くさんとする。

 目(くら)ましにも思えるそれは、大気ごと焼き尽くし、空間すら炎で()み込む。

 赤褐色に明滅しながら飛び込んだヴァッサゴの身体を容易く焦がし、彼にたたらを踏ませる。


「『それが貴様の本気かッ!!』」


 瞳孔を開き、牙を剥いたヴァッサゴが、黒炎で相殺して対処した。

 そのまま拳に纏わせ、息つく暇を与えぬ猛攻を繰り出した。

 黒い残像が数多と生まれる。

 あらゆるものを(むしば)む黒は、その場にとどまり退路を塞ぐ。

 (かわ)すゼインはそれらに触れぬよう、大きく身を翻しながら、自身に紫雷を這わせて対応する。

 体格差をものともせず、人外の膂力(りょりょく)(さば)き切っていた。


 いなすだけでは(らち)が明かないと、ゼインは攻勢にも出る。

 空中を縦横無尽に駆け回りながら、置き土産として魔法を設置していく。

 付かず離れず飛び交う二人の間に、紫の氷花が咲き乱れていた。


「『えぇい、忌々しい! どこに()()()()()()を隠していたというのだ!!』」


 悪態をつくヴァッサゴは、黒炎をもって花を砕く。


「お前が呼び起こしたんだ。――俺の()()をな!」


 砕けた氷の陰から身を踊り出したゼインが、紫を溜めた(てのひら)でヴァッサゴを打ち据える。

 片手で受け止めたものの、骨身に堪える感触に、ヴァッサゴはその顔を顰めていた。


「『ならば、その薄汚れた幻想ごと喰らい尽くしてやろうではないかッ!』」


 痺れる腕を無視し、ゼインを蹴り上げた。

 無防備に受けることはなかったが、鋭い一撃にほぼ直撃を食らうゼイン。

 それでも左腕を緩衝に体を守ると、吹き飛ばされた力も利用して、ヴァッサゴの背後へ空間跳躍した。

 運動ベクトルごと運べる空間跳躍は、ヴァッサゴも対処できない掌底を齎した。

 空を横切る彼に、ゼインは追撃を行った。


「圧し潰れろ」


 紫の靄が二体の動物を形作る。

 捻じれた角と渦巻く角。

 その頭にある凶悪な二種類の角が、炎を伴ってヴァッサゴを刺し貫かんとする。


「『効かぬわ!!』」


 黒炎を纏った拳で、雄々しい魔法を打ち砕く。


「まだだ」


 今度は(はさみ)と針が現れる。

 芸術品にも見える氷でできた無数のそれらは、ヴァッサゴの周囲を回り、幾千もの飛跡を空に描いた。

 さしもの彼でもその全てを打ち砕くことはできず、その身を巨大な炎と化して耐え凌ぐ。


「お代わりだ」


 差し向けられたのは煌めく群衆。

 雷で出来た鱗が光を放ちながら、その炎を食い散らかす。

 万では利かない数が、全てヴァッサゴの身を貫いていた。


「『グァッ――!』」


 ここへ来て、覚醒したヴァッサゴが初めて苦悶の声を漏らす。

 それまでは彼のほぼ一方的な蹂躙(じゅうりん)だったが、今は間髪入れない魔法の嵐に、深い傷を負わされていた。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 そんな彼を睥睨(へいげい)するゼインだったが、彼も荒い息を落としていた。

 度重なる魔力の回復行為、一瞬も気を抜けない高速戦闘、そして、何度も受けた攻撃の蓄積が、彼の気力も体力も蝕んでいた。

 ようやく有効打を与えられたというのに、その表情は晴れない。

 ここまでやって多少の深手を負わせただけなのは、完全に想定外だった。


「……はぁ、はぁ、準備は……まだか」


 限界近くとも、その瞳から闘志は消えない。

 むしろ、より色を増して敵を見据えていた。


 紫紺の瞳に僅かな()が混ざる。

 涙で(ゆが)む視界には、過去の憧憬が映し出されていた。

 その咲き誇る大輪を胸に、ゼインは弱音を呑み込んだ。


「まだ……、()()俺は戦える――!」


 自分に暗示を掛けるよう、胸に湧く言葉を口にした。


「『これしきの事で、我を破れると思うなッ!!!』」


 咆哮(ほうこう)するヴァッサゴが、黒炎をまき散らしながら姿を露わにする。

 その黒い身体からいくつも血を流しつつ、まだまだ意気軒昂(けんこう)たる様子を見せていた。

 二人は再び激突する。

 誰も届かぬ高みでその身を削りながら――。



 ◆◆◆



 ゼインが戦っている頃、答えを運んだアネモスがセオドアの元へと辿り着いていた。


「――ってことです~」

「ありがとう、アネモス。助かったよ」

「がんばってです~」


 応援を残して去った彼女から、セオドアは皆へと視線を向けた。


「ひとまずどうにか倒せる目途は立ったけど……」

「あれを相手に十秒は、ちときつくないかの」

「まぁ、それでもやるしかないんだけどね~」


 アネモスから話を聞いた時点で、ほぼほぼ皆の腹は決まっていた。

 誰もが表情を引き締め、されど絶望は抱いていなかった。

 あえて否定したゲオルグもそうだ。

 元より全てをなげうつ覚悟でこの場に来たのだ、今更と言う他なかった。


「なら、手早く始めようか。――()()()()()()のために。……ゼインも痺れを切らしそうだしね」


 おどけたセオドアの音頭で皆が動き出す。


 合図はない。

 けれど、彼ならすぐさま理解してくれると、セオドアは信じていた。


 セオドアを中心に七人が(ひざまず)く。

 手を胸の前で組み、さながら許しを請うような姿勢を取っていた。

 彼らは皆、目を(つむ)って祈りを捧げる。

 ――(ゼイン)に勝利を、と。

 口には出さず、胸の内で何度も、何度も……。


 そんな彼らに立ち塞がるよう、ゲオルグとカメルだけがその輪から外れていた。

 ()()も承知の上、危険は、言わずもがなだった。

 それでも、二人の表情に憂いはない。

 ただじっと、己の役割を全うするため、その時を待っていた。


 辺りに静謐(せいひつ)な空気が流れる。

 中心に立つセオドアは、胸に手を当てて瞑目する。

 皆の祈りを享受し、静かなる高まりを感じながら。


「始めるよ」


 準備は整ったと、そっと開始を告げる。

 皆の緊張が高まる。

 目を閉じたままそれをひしひしと感じつつ、セオドアはおもむろに言葉を紡いだ。


「――『Sacrifice of Orison』」


 再び黄金の光が迸った。



 ◆◆◆



 何度目とも分からぬせめぎ合いの中、ゼインは二度目の清純な魔力を捉えた。

 それが意味するところも瞬時に理解し、即座に対応した。


「はっ――!」


 掌底を放つ。

 今までと変わらぬそれをヴァッサゴが躱した途端、()()()()()()が彼を襲う。

 彼の視界では、真正面から放たれたはずなのに、どういう訳かあらぬ方向から不意の一撃をもらったのだ。

 目視でも、魔力視でも欺かれたそれは、「虚撃」という高等技。

 初見では看破の難しいそれを、ゼインはこれまで一度も使わず、かつ高速で繰り広げられる徒手空拳の中で行ったのだ。

 戦闘が早ければ早いほど、使用も対処も難しくなるそれは、ヴァッサゴにとっても想定外だった。


「『――小癪(こしゃく)な!』」


 一瞬、頭を揺らされたものの、ゼインの掌底直撃に比べれば大したことない一撃だった。

 驚いたが、その程度。相手に僅かな自由を与えるだけだった。

 それはゼインも承知の上。

 次の一手の()()でしかなかった。


 今度は紫炎の幕を張る。

 視界一杯に広がった炎を、ヴァッサゴは鼻で笑う。


「『今更、目眩ましなどと――なっ!?』」


 今まで通り、黒炎で払おうとして、その手が()()()()

 見た目は炎のはずが、なぜかヴァッサゴの腕を食らってその場に留まったのだった。


「『ぐっ――フンッ!』」


 動きが止まり、慌てて氷を砕くヴァッサゴ。

 奇襲を警戒していたが、炎の氷の先にはゼインの姿はなかった。


「『どこへ消えた!? ……()か!!』」


 周囲を見渡すヴァッサゴは、一拍あって彼の行き先を突き止める。

 あろうことか、ゼインは既に遥か下、地面に降り立ち、セオドアたちの後ろまで来ていたのだった。


 ヴァッサゴに紫炎を投げつけたゼインは、相手が腕を振るったのを見た瞬間、まっすぐセオドアたちの元へと向かった。

 彼らの様子を一瞥すると、その背後に陣取り、右腕を大地にかざす。


「十秒、持ちこたえてくれ!」


 願いを口にすると、すぐさま右腕を(つか)み、詠唱に移った。

 そんな彼を守るかの如く、三人の英傑が立ちはだかった。


(わっぱ)の望みだ、叶えてやるとも」

「だね~。白うさぎちゃんが最後の希望だから~」

「微力を尽くします」


 三者三葉の答えを見せる中、ヴァッサゴが彗星もかくやと落ちてくる。


「『――どけ。貴様らでは話にならん』」


 重圧を掛けるヴァッサゴに、三人の表情が歪む。

 それでもなお、彼らは身を引かない。


「やってみねば分からぬだろう」

「ちょっとはかっこいいとこ、見せようかな~」

「ここは立ち入り禁止です」


 反骨する彼らに、ヴァッサゴは冷めた視線を向けていた。


「『そうか……。――なら、()ね』」


 短く言葉を吐くと、ヴァッサゴは動き出す。

 前衛を務める二人が身構えるも、ほぼ無意味だった。


「ぐはっ――」

「ぐぅっ――」


 ゲオルグは生来の勘か、僅かに一歩引いたおかげで直撃を免れ、カメルは展開していた“堕落”の魔法によって、首の皮一枚(つな)がった。

 それでも二人の手足は千切れ、盛大に血をまき散らす。

 そのままセオドアへ肉薄しようとして、その足が何かに(つまず)く。


「……行かせぬよ」

「……っとだよ。とどめぐらい、ちゃんと刺さないとね」


 地に臥す二人が残った腕でヴァッサゴの足を掴み、少しでも邪魔をしようとする。

 もはや風前の灯火といった様子でも、彼らは笑っていた。


「『ならば望み通り、死をくれてやる』」


 足を振り上げ、二人を踏み潰そうとするヴァッサゴ。

 二人に振り下ろされる寸前、黄金の粒子がそれを阻む。


「『権能持ちか。やけに出力が低いようだが?』」

「残念ながら、今はこれが限界なのです。溜めていた()()を使い果たしましたので」


 朗々と語るセオドアの周囲には、もはや誰も起きてはいなかった。

 彼が金を纏ってから、一人、また一人と櫛の歯が欠けたように倒れていったのだ。

 幸い、息は微かに漏れていたが、それもいつまで持つか……。

 血の気を失った顔を横目に、セオドアがヴァッサゴと対峙する。


「『なるほど、つまりお前たちは時間稼ぎか。――なら、(かかずら)う必要はない』」


 バッサリと彼らを切り捨てるように、ヴァッサゴから黒炎が溢れ出した。


「くっ――!」


 全員を守るため、セオドアが金色の光で防ぐも一瞬で崩れ去ってしまう。

 衝撃でセオドアの体が吹き飛ばされる。

 横たわっていた他の英傑たちも、揃って地面を転がっていた。


「『――フン、何か企んでいたようだが、もう遅い。完遂する前に、その首、貰い受ける!!』」


 障害を破り、ゼインとの間に隔てるものは何もなくなったヴァッサゴ。

 腰を落とし、腕を握って固まるゼインへ向かって、彼は突撃するのだった。


 ――ここまでで()()

 ほんの僅か、時間が足りなかった。



 ◆◆◆



 今の詠唱を中断してでも、ヴァッサゴと対峙するかと悩むゼイン。

 目前に迫る巨体を睨みながら、彼は苦渋の決断を強いられていた。

 表情を歪める。

 無理してでも――直撃を貰ってでも反撃するか、また機を作るか……。


 どうしようもない状況の中、突然、彼の耳に一つの声が届く。


「――()()! 刹那の一撃を!!」


 聞き覚えのある高めの少年の声に、ゼインはその目を大きく見開いた。

 瞬間、目にも止まらぬ速さで横切り、ヴァッサゴの脇腹へ剣を突き立てるユーグの姿があった。

 彼は自分を砲弾のように吹き飛ばし、その巨体目がけて飛んできた。

 よく見れば足からは血が噴き出し、ズタボロに引き裂かれていた。

 その姿を見た途端、ゼインは彼が何をしたのか悟った。


 それは、危険だから()()()()()と言い含めていたはずの魔法。

 己の属性を体内に巡らせ、その効果を得るという極めて危険な行為。

 ユーグはそれを、足に向けて使用し、爆発的な速度を生み出していたのだ。


 突き立てた剣にも魔法が這わせてあった。

 それは()()()()()()

 先ほどゼインが見せた凍る炎と()()していた。


 傷は負わなかったものの、忌々しいその魔法に、ヴァッサゴが反射的に腕を振るう。

 それは無防備な姿を晒すユーグへと向かい――。


「ぐはっ――」


 一瞬で現れたニコラスによって、その勢いを減じた。

 それでも二人揃って吹き飛ぶぐらいの威力は残る。

 両手をぐしゃぐしゃにしながらも、護衛対象の少年を守ったニコラスは、満足げに顔を歪めた。


 その光景に、ゼインは胸中で感謝を漏らす。


 ――ありがとう、ユーグ。ありがとう、皆、と。


 ()()()()

 ほんの僅かの時を稼いだことで、ゼインの詠唱は完成した。


「『静かに凪ぐ 空は澄み、水面は銀鏡 映すは内、昔日の灯も宿していった

 あるのは鐘堂 その音を深く打ち鳴らす

 受け入れるは、その身を委ね、悠久を添い遂げる』!」


 紡ぎ終えた彼の右手に理力が集う。

 赤紫と青色、それから紫紺が渦巻き、右手を輝かせる。


「『なんだ、その力はッ!?』」


 あまりに異質なその力に、ヴァッサゴは驚愕(きょうがく)を浮かべる。

 高まる波動は止まるところを知らず、清々と、それでいておどろおどろしい二つの雰囲気を内包していた。

 ゼインの瞳が青く輝く。

 一瞬にしてヴァッサゴの懐に潜り込んだ彼が、その右手で掌底を放つ。


「――お前を倒す、()()()の結晶だ!!」


 紫電一閃。

 黒い巨躯(きょく)穿(うが)たれた風穴は、誰にも捉えられない一撃でもって生み出された。

 突き抜けた光は、夕闇の空に残光を置いていく。


「『――ガハッ』」


 (おびただ)しい血が噴き出し、ヴァッサゴの体が地に落ちる。

 虫の息ではあるものの、起き上がる気配のない彼に、ゼインはようやく力を抜いたのだった。



 ◆◆◆



 その光景を目撃していたのは、セオドアだけだった。

 力を使い果たし、立ち上がる気力はなかったが、それでも上体だけ起こして戦況を見守っていた。

 ユーグの介入によって稼がれた時間で、ゼインが敵の首魁を討ち取った。

 起き上がれない悪魔を放って、ふらつきながらもゼインは飛ばされた少年(ユーグ)の元へと歩み寄っていた。

 彼は気絶していたものの、ニコラスのおかげもあって、自ら傷付けた足以外、大きな傷はない。

 それに安堵し、とどめを刺そうとするゼイン。

 再び魔力を(みなぎ)らせた矢先、唐突に闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。


「――まさか、本当に勝つとは思いもしませんでした」

「――何者だ!!」


 突然現れた女性悪魔にゼインが食って掛かる。

 それもそのはず。

 激戦を繰り広げる最中でも、彼は周囲を取り囲む牢獄(ろうごく)()()()()()()だった。

 目立つ狭い障壁は覚醒したヴァッサゴに砕かれてしまったものの、それより広範囲を取り囲む最初に設置された魔法に関しては、未だ健在だった。

 にもかかわらず、破壊するでもなく侵入してきた悪魔。

 警戒するなと言うほうが難しかった。


()の回収に来た者です」


 淡々と告げる彼女は、その手を倒れ伏すヴァッサゴに向ける。

 途端、何かに吸い込まれるように巨体が消え去った。

 後には流れた血だけが残る。


「目的は達成しましたので、私はこれにて失礼いたします」


 優雅に一礼する悪魔は、戦場から去ろうと踵を返す。


「――逃がすとでも?」


 再び魔力がゼインの周りを渦巻き、その瞳を紫紺に染める。


「逃げますとも。私では、『悪鬼』さんに手も足も出ませんからね」


 そう言いつつ、彼女は余裕の笑みを見せる。

 疑問は尽きないものの、それら一切合切を無視してゼインが動き出そうとした。

 途端、自分の異変にようやく気付いた。


「くそっ、体が()()()()()!」

「消耗しきった今なら、効果ありますよね? ――それでは失礼いたします」


 ほっと息をついた悪魔は、再度一礼して今度こそ背を向けた。

 藻掻(もが)くゼイン。

 奥歯が強く噛みしめられた。


「――っ、逃がさん!!」


 全身から紫炎が溢れる。

 瞬間、彼の体が命令を聞き、悪魔の背後へ肉薄した。


「――危ないっ!!」

「えっ?」


 ()()()()()()に振り返った彼女は、必死の形相で迫るゼインに恐れ戦いた。


「ひっ――!?」

「捕まえ――」


 ゼインの声は、甲高い音と共に阻まれた。

 彼と彼女の間には、()()()()が立ち塞がる。

 ゼインの掌底を受けてなお揺るがないその闇に、悪魔は小さく息を吐いた。


「……魔王様から借り受けた力が、こうもあっさり破られるなんて」

『早く逃げなさい』


 どこからともなくくぐもった声が響く。

 はっとした悪魔は小さく頷くと、足早にその場を離れる。

 少し離れたところで、彼女は黒い闇の中に呑まれて消えていった。


 ゼインはといえば、そんな彼女の背中を見送りつつ、今なお分断する闇と対峙する。

 それが消えてもなお、彼はその瞳を細めたままで――。


 声を掛けられるまで、じっとその場を睨みつけるのだった。


次回で最終回です。

更新は金曜12時を予定しています。


結末は、しばしお待ちください。

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