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82話 終止符…… -下-

やはり四本になりました。


次回(-終-)は水曜日更新予定です。

 紫線が宙を舞う。

 その後を追って、凶悪な怪物たちが襲い掛かった。

 大きな(あぎと)があらゆる障害を食い破り、巨大な(かいな)が旋風を巻き起こす。

 鋭い爪は空間ごと切り裂き、強靭(きょうじん)な脚は何人たりとも阻めない。

 只人であるならば、万じゃ足りないほどの死を迎えるような攻撃の数々は、その全てが敵を捕らえることなく、虚しい破壊だけをまき散らしていた。

 並居る魔法も同様で、今までと比べ物にならない規模や威力を誇っても、当たらなければ意味がなかった。


「『クソッ、なんてすばしっこい!』」

「『さっきまではあんな棒立ちだったくせに、今さら動くとか何考えてやがる!』」

「『当たりさえすれば……、当たりさえすれば倒せるっていうのに!』」


 くぐもった、ないし甲高い声が怪物(悪魔)たちから上がる。

 彼らは全員悪魔本来の姿で、敵対するゼインを付け狙っていた。

 膂力(りょりょく)も速度も魔力だって、先ほどまでとは桁違いの悪魔たちが、それでも彼に指一本触れることは叶わない。

 涙を流し、紫紺の光を漏らしながら空中を跳び回る、ただ一人の少年を。


 彼の表情は冷淡だった。

 見開かれた瞳と僅かに(ゆが)ませた口元。

 目の前の敵を排除する、それだけの感情を乗せた顔で、悪魔たちの猛攻を凌いでいた。

 そんな彼は見た目ほどの余裕はない。

 十数人に及ぶ悪魔の攻撃は間断なく、それらすべてを躱すとなると、針の糸を通すような綿密さが求められる。


 少しでも掠ったら終わりという緊張感。

 全体を俯瞰(ふかん)的に捉えなければいけない処理能力。

 何より、一瞬で何事も判断して行動する頭のキレが必要だった。

 頭をフル回転させ、敵の一挙手一投足まで捉え、僅かな隙をくぐる。

 時には魔法でいなし、相殺しながら、その全てを避けきっていた。

 相手のミスを誘発するように、あれこれ下拵(したごしら)えもしながら。


 悪魔たちも、ただがむしゃらに攻め入っていた訳ではない。

 手の多い者や素早い攻撃を得意とする者を中心に距離を詰め、他の者は一歩離れた、もしくは完全に遠巻き状態で、動きの先を予測して魔法を放つ。

 場合によっては逃げ場を消すよう立ち塞がり、動きを制限していた。

 正面や側面からは当たり前、後ろや足元、頭上から魔法が絶えず殺到する。

 炎や氷、地や闇など、属性の種類を問わず、ゼイン目がけて発動されていた。

 にもかかわらず、一度もその体を掠めていない現状に、誰もが苛立ちを覚える。

 捕らえたと思ったとしても、寸でのところで紫紺の光がそれを阻んでいた。


 その戦いの苛烈さに見合わぬ膠着(こうちゃく)状態は、戦い始めてしばらくは続くのだった。



 ◆◆◆



 セオドアたちも熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げていた。

 真の悪魔の姿になったヴィネとフラウロス、クロケル。

 姿はそれぞれ風を纏った獅子、炎が(たぎ)(ひょう)、そして巨大な黒い翼の生えた人型と、三者三様だった。

 三人から放たれる異質な魔力を前に、英傑たちは額に汗を浮かべる。


「……これが、本来の悪魔の魔力」

「有り体に言って、想像以上です」

「実際にお目にかかった奴なんて、ほとんどいなかっただろうからな」

「今はセオドア様のおかげでなんとか立っていられますが、この先、私たちのサポートも難しいでしょうし」

「なら、(わし)が先陣を切ろう」


 小声で話す彼らを前に、ゲオルグが一人歩み出る。


「私たちも前に出ますよ。奇襲をそれほど心配する必要ないみたいですからね」

「兄貴の言う通り。皆は攻撃に集中して貰えればと」


 そんな彼の両脇に、ヴァージルとジェイミーが並ぶ。


「支援は任せてよ。中級二人ぐらいなら、弱体化させられそうだしね~」


 三人の背中に間延びしたカメルの声が届く。


「私も、微力ながらお手伝いします」


 体を震えさせながらも、数多の魔道具を握りしめたティルザが、彼の言葉に続く。

 そんな彼ら、彼女らの態度を見て、他の四人も覚悟を決める。

 特に、この中で()()()()()()()()ティルザの存在が大きかった。


 彼女は個人ではランクB-。

 ユーグの護衛として来ているニコラスよりも下なのだ。

 彼女は特異な魔道具の数々があって、初めてランクS-という高みに行ける。

 だからという訳ではないが、この悪魔たちの魔力に対しては、他の人たち以上に非力だった。

 なのに、(おび)えながらも一歩前に足を踏み出したのだ。

 その気概は、他のランクSたちにも負けず劣らず。

 流石、「十傑」に選ばれるだけはあった。


 尻込みしていた四人は顔を見合わせ、誰ともなく頷く。

 彼らの表情(かお)は、決意に満ち溢れていた。


「あたしらにも手伝わせてくれよ。ここまで来て、見学だけってのも味気ないだろ」

「すみません、場の空気に萎縮していました。もう、大丈夫です」

「『悪鬼』の彼に比べれば、まだまだそよ風みたいなものですよ」

「私たちも戦えます」


 ビアンカを皮切りに、ウェンディ、メイナード、ベサニーも続く。


「ははは、君たちが一緒に居てくれて、本当に助かるよ。()()()では厳しかったところだからね」


 英傑の誰も彼もが闘志に満ち溢れた姿に、セオドアは破願する。

 そのまま悪魔たち三人をすっと見据えた。


「――君たちに勝ちの芽は無くなった。早々に退場願うよ」


 視線を受け止めつつ、ヴィネがその口角を歪めた。


「『抜かせ。粋がったところで彼我の実力差は明白だ。お前たちに引導をくれてやる!』」


 咆哮(ほうこう)し、魔力を活性化させる。

 それに伴い、お供の二人もおどろおどろしく魔力を(ほとばし)らせた。

 先ほどよりも重く濃密な魔力だったが、今度は誰一人として(ひる)むことはない。

 視線をバチバチと交わらせ、合図もなく、彼らはほぼ同時に動き出した。



 ◆◆◆



「ぬおおぉぉぉ!!」


 ゲオルグが大剣を背に吶喊(とっかん)する。

 指示は、ほんの一瞬の間にセオドアから(もたら)された。

 各自、それに疑問を挟むことなく従う。

 一足飛びで肉薄し、大剣を振りかざすゲオルグ。

 光を反射させ、重量を乗せた一撃を、ヴィネの脳天目がけて振り下ろした。


「『甘い』」


 彼女が軽く手をかざすと、規則正しく並んだ石壁が現れる。

 二つが衝突し、甲高い音が鳴り響いた。

 ゲオルグの一撃は城塞を崩すことはできず、逆にその壁が彼の攻撃を弾けず、半ばまで侵入を許していた。


「『ちっ、闇魔法の弱体か。厄介な』」

「おや、すぐばれてしまったな~」


 おどけたカメルは、そのまま二つ合わせた指先を空に掲げる。


「“奪取”」

「『――ッ!?』」


 弾かれたように飛び退くヴィネ。

 そのすぐ目の前を、先ほどまで視界を遮っていた石壁が降り注ぐ。


「あちゃ~、これもダメか~」

「『……光魔法の癖に、手口はあくどいな』」

「ありがと~」


 笑みを浮かべながら、その眼差しは真剣そのもの。敵を見据えて離さなかった。

 そんな彼の目に、緑の飛跡が映る。


「――シッ!」


 正眼を突くビアンカだったが、その拳は空を切る。

 速度も狙いも十分だが、ヴィネの風に触れた途端、軌道を逸らされた。

 側で無防備な姿を晒す彼女へ、風の刃が降り注ぐ。

 身を引き裂く手前、無数の光がその全てを打ち落とす。

 そのまま、ヴィネとビアンカの間に極太のレーザーが襲い掛かった。


「『ちっ――!』」


 またしても飛び退くヴィネ。

 距離が空いたビアンカの隣に、ティルザが近寄る。


「あの風、厄介だな。小手先の技じゃ破れなそうだぜ」

「あんまりそういうこと、口にしないほうがいいんじゃないですか? 敵に塩を送っちゃうんじゃ」

「大丈夫だって! それぐらい、向こうも分かってんだからよ」


 諫めるティルザにビアンカが破願しながら答える。


「ま、腐っても上級悪魔じゃからの。下手な小細工は通用せんだろうな」


 いつの間にか隣にいたゲオルグも同意し、敵と対峙する。


「『その上級悪魔を前に四人だけとは、随分と余裕だこと』」

「そうかの? このメンツなら、お主ぐらい倒せるわい」

「だね~。むしろ、早くしないとお仲間さんがやられちゃうよ~」


 二人の言葉にヴィネの表情が抜け落ちる。


「『……どうやら、すぐ死にたいようだ。お望み通り、さっさと葬ってあげましょう』」


 ヴィネは、その瞳を再び土気色に光らせる。

 またしても息の詰まる魔力の波に襲われるゲオルグたち。

 彼らは気を引き締め直し、薄氷の上で気の抜けない円舞曲(ワルツ)を始めたのだった。



 ◆◆◆



 ヴィネとの戦場を横目に、セオドアは他二つの戦場を渡り歩く。


「『貴様ら二人だけで、このフラウロス様の相手をしようなどと、片腹痛いわ!』」

「残念ですが、貴方は()()()のようでして。その醜い姿をどうにかすることをお勧めしますよ」

「ヴァージルさんの言う通りです。わたし、あなたを見ていると、全身鳥肌が立って仕方ないです。早く退場して頂けないですか?」

「『貴様らッ!!』」


 ヴァージルとウェンディが、フラウロスを(あお)りつつ攻撃を仕掛ける。

 ヴァージルはその手に持つ巨大な大盾で攻撃を(さば)き、時には振りかざして体勢を崩させる。

 彼はその異名に相応しい盾捌きで、フラウロスの攻撃を無力化していく。

 その手練は「十傑」である「守護」セドリックよりも優れていた。

 彼ら兄弟は、こと“守り”に関しては世界随一と言っても過言ではないほどだった。

「十傑」に選出されないのは、単に攻撃を苦手としていたから。

 苦手と言えど、強力な一撃を持っていないというだけで、摸擬試合となればセドリックと互角に張り合えるだけのポテンシャルはあった。

 総合力ではセドリックの後塵(こうじん)を拝すものの、防御力に関しては、彼より一枚上手だった。

 そんなヴァージルが、格上相手に一歩も引かぬ戦いをできていたのは、(ひとえ)にその類稀なる能力のおかげであった。


 彼の背後にいるウェンディは、槍を片手に隙あらばちくちくと刺していく。

 穂先には煌々と赤く燃える炎が灯り、時には(まばゆ)いほどの白い軌跡を残して鋭く放つ。

 炎を纏う槍は、一見すると燃え盛るフラウロスには効かないようにも見えた。

 しかし彼女は、そもそも自分の魔法で有効打を与える気がなかった。

 必要なのは、相手の注意を引くことだけ。

 そのためならば、自分の異名の所以でもある白炎すら使っていた。

 彼女の「燎原(りょうげん)」は、その白炎の性質からつけられた異名だった。

 局所的な焼け野原を生み出せる、高火力の炎。

 ひとたび火が灯れば瞬時に燃え広がり、対象を火だるまにしてしまう、そんな白い炎。

 相応の魔力を消費してしまうが、それでも火力は申し分ない。

 今も、フラウロスに燃え移った純白の灯が、彼の体表を焼き、燃える炎すら()み込んで動きを阻んでいた。

 決して致命傷には(つな)がらぬ行動だったが、それでも十分以上に役割を全うできていた。


「『クソッ、盾野郎が邪魔くさい!』」


 直撃すればひき肉にされる膂力で、腕が振り回される。

 一瞬も気が抜けない攻防でも、ヴァージルの表情は涼しげだ。


「盾役には褒め言葉ですよ」

「『言ってろ――って、熱ッ!?』」


 またしても白い火が腕に移り、慌てて鎮火するフラウロス。

 距離を取ろうと彼に、ヴァージルとウェンディは追いすがる。

 追いかけっこも長くは続かない。

 燃え広がると言っても、魔力操作で締め出すことは可能なのだ。

 多少手こずりはしても、フラウロスにとって奪えないほどではない。

 そのための時間稼ぎであり、消しさえすれば逃げる理由もないのだから。


「『女も面倒だ、さっさとくたばりやがれ!!』」


 反転して飛び掛かるのも必然である。


「させないッ!」


 すぐさまヴァージルが間に入り、また決死の攻防が始まるのだ。


 その繰り返しも長くは続かない。

 どれだけ守りが上手くとも、人には限界というものがある。

 それは、体力でもあれば魔力も同じだ。

 如何な英傑といえど、抗いようもない摂理だった。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「『息が上がっているぞ、三下が。動きのキレも悪くなってきたしな』」

「大丈夫ですか、ヴァージルさん?」

「あぁ、なんとかね」


 荒い息を吐く彼には、無数の傷跡が刻まれていた。

 対するウェンディは、傷こそないが呼吸は浅い。目も虚ろで、槍を杖にしながらふらふらと立っていた。


「『この俺様相手に、ここまで食い下がったことは褒めてやろう。だが、倒すことはおろか、傷つけることさえできていないじゃないか!』」


 哄笑するフラウロスは、両手を大きく広げて無傷をアピールする。

 ウェンディの炎は確かに彼の体を焼いていた。

 しかし、それも悪魔の回復力を前にして、擦り傷にもならない。

 ヴァージルが与えていたダメージも似たり寄ったりだった。

 本来であれば、この倍以上の人数を必要とするだけに、立った二人で挑むこと自体、無謀であったのだ。


「『ここまでの健闘を称え、苦しまぬよう一息に殺してやろうではないか!』」


 そう言って、フラウロスは全身の炎を滾らせ、二人に向かって飛び掛かる。

 鋭い爪は赤熱し、鋼鉄だろうといとも容易く斬り裂ける。

 今までもその痕跡を大地に刻み、ヴァージルの持つ盾を半分まで斬り刻んでいた。

 なけなしの力を振り絞り、盾を掲げるヴァージル。

 ウェンディも槍を握って迎撃しようとする。

 凶爪が彼らに届くその刹那、澄んだ声がその場に響き渡った。


「――退場するのは()()()だよ、フラウロス」


「『何? ――ガッ!!』」


 彼の体がその場に縫い付けられる。

 体を無数の光が貫き、指一本すら動かせなかった。

 その光は()()()()()を放ち、見る者全てを魅了する。


「すまないね、ヴァージル、ウェンディ。支度に手間取ってしまったよ」

「セオドア――様?」


 頼もしい声に振り返ったウェンディだったが、目の前の光景に首を傾げた。

 見た目はセオドアそのまま。

 声も瞳も、髪色だって変わった様子は見られない。

 にもかかわらず、感じる魔力はまったくの別物で、姿だけ似た別人に思えたからだった。


「そうだね、セオドア・ルカンであっているよ。……ちょっとばかり、()()()()()()()だけれどね」


 その苦笑はよく見る彼の仕草と寸分違わない。少しばかりの寂寥(せきりょう)感を(にじ)ませていたが。


「……これが、『使徒』の本領発揮と言ったところですか」

「そう考えてもらって構わないよ」


 よく見ればセオドアの瞳の奥底に、彼の放った魔法と()()()が宿っていた。

 普段から彼と接する人でなければ気付かないほどの差異。

 けれど、その澄んだ魔力は、面識の薄い人でもすぐさま気付けるほど様変わりしていたのだった。


「あまり時間もない。手早く片付けてしまおう」

「『ま、待てッ! 俺様はまだ――』」

「――お別れの時間だ」


 セオドアはフラウロスに手をかざし、ゆっくりとその手を握りしめる。

 (たちま)ち黄金の光が悪魔を取り囲み、断末魔ごとその光の渦へ呑み込んでしまう。

 光が晴れるとそこには何もなく、しとしとと光の粒子が降り注ぐだけだった。


「とりあえずは一人。私は次のところへ行くけど、二人は休憩してくれるかい?」

「私たちもお供します!」


 声を上げるヴァージルだったが、セオドアは静かに首を振る。


「気持ちはありがたいけど、君たちはもう限界だろう? 最後の戦いに備えて、今は少しでも休むといい」

「ですが――」

「ほら、ゆっくりと()()()


 そう言って二人に手をかざすと、ゆっくりとその(まぶた)が落ちる。

 二人の頭上には黄金のシャワーが落ち、みるみると体を癒していた。


「これでよし、と。次は向こうかな」


 調整が上手くいったことに胸を撫でおろしつつ、彼は次なる戦場へと足を進めた。

 黄金の光たちが、その背を追いかけながら。



 ◆◆◆



 セオドアが向かう少し前。

 空を舞う一人の悪魔に、三人の英傑は苦戦を強いられていた。

 その悪魔クロケルは、縦横無尽に飛び回りながら風と水を振り撒く。

 ジェイミーの盾とメイナードの水壁によって致命傷は避けられていたが、ほぼ一方的な攻撃を前に成す術ない状況だった。


「すみません、私の雷が当たればいいんですけど」

「ベサニーの魔法は貴重だ。無駄撃ちは良くない」

「そうですね。こちらの水では追い付くことすらままならないですから。()()()()()という意味でも、今は機を見計らう時です」


 魔法での攻撃手段はそれなりにあるメイナードだったが、今はほとんど防御に徹していた。

 クロケルの素早さについては、三人とも辛うじて目で追えるのだが、肝心の攻撃が彼女を捉えられない。

 唯一、速度に優れたベサニーの()魔法も、無闇矢鱈と使えるものではなかった。

 彼女の異名たる「碧靂(へきれき)」は、その雷魔法の色に起因していた。

 その名の通り青緑色と大変珍しく、威力もそこらの雷魔法の追随を許さぬほど高威力だった。

 反面、魔力消費もえげつなく、()()()()()が玉に(きず)だった。

 ベサニーは嵐魔法も使えるのだが、威力・速度共に雷魔法より数段劣る。

 普段は効率を考えて風や嵐魔法を使っていたが、今この瞬間に限っては、それではまったくと言っていいほど足りなかった。

 それが分かっているからベサニーは不用意に魔法を放てず、悪魔の好きにさせる事態となっていたのだ。


「『いつまで保っていられるかしら? ご自慢の魔法を撃ってきてもいいのよ』」

「君には勿体ない。私とメイナードだけで十分だ」

「『あらあら、強がっちゃって。なら、さっさと潰れなさいな』」


 クロケルの羽ばたきと共に、轟音が三人を襲う。

 風に付随して音による衝撃波も生まれていた。

 ジェイミーは身体強化と硬化魔法を併用し、大盾を空に掲げて二人を守る。


「くっ!」

「次は私が代わります!」

「了解した」


 短く言葉を交わし、役割を交代する。


「『ほらほら、どうしたのかしら?』」


 今度は手から零れた水が、間欠泉の如く次々と湧き上がる。

 三人へ襲い掛かる刹那、メイナードが魔法を紡ぐ。


「――『水鏡(みずかがみ)』!」


 現れた水の壁は彼らを覆い隠し、周囲の景色をそこへ映し出す。

 ただの防壁かに思えたそれは、激流がぶつかると勢いそのままに、空を飛ぶクロケルへ跳ね返したのだった。


「『なっ!?』」


 余裕の笑みを浮かべていた彼女が、ここへ来て初めてその顔を驚愕(きょうがく)に染めた。

 まさか自分の攻撃に見舞われるとは思わず、正面から食らった彼女が下へ落ちていく。


「今です!」


 水の繭から出たベサニーが、指を向けて狙いを定める。


「――落雷!」


 一瞬にして視界が緑色で埋め尽くされる。

 その後に遅れて音が到着する。

 耳をつんざくほどの雷鳴に、三人は目を細めて警戒していた。


「……どうだ?」

「手ごたえはありました。ただ、あれで倒せたとは思えないです」

「少しでも体力を削げていればいいです。私たちの役割は、足止めと時間稼ぎですから」


 視線の先、深く穿(うが)たれた地面には、白い煙を上げるクロケルの姿があった。

 確かにベサニーの言う通り、まだ息はありそうだったが、その体には無数の傷が見えていた。

 固唾を呑んで見守る中、むくりとクロケルが体を起こす。

 その表情は酷く歪み、不機嫌さを露わにしていた。


「『……っとに最悪。せっかくのヘアメイクが台無しじゃない!』」


 漏れ聞こえてきた声に、三人は顔を(しか)めていた。

 想像よりも堪えた様子のないクロケル。

 彼女は自分が攻撃を食らったことよりも、ぐちゃぐちゃにされた髪のことを気にしていたのだから。


「『もぉう怒った。手加減なんて、してあげないんだから!』」


 独り言を言い放った彼女は、その体と同じサイズの漆黒の羽を大きく広げて飛び上がる。

 瞳には冷徹な炎が渦巻き、三人を睥睨(へいげい)していた。


 ベサニーの一撃以降、激しさを増したクロケルの攻撃。

 威力もさることながら、矢継ぎ早に繰り出される魔法を前に、三人は満身創痍(そうい)に陥っていた。

 ジェイミーの盾は既に粉々に砕け散り、今はその身を盾にして猛攻を凌いでいた。

 メイナードもほぼ虫の息。魔力は底を突き、体もボロボロ。立っているのもやっとといった様子だった。

 ベサニーも既に限界近い。攻撃のためにと温存していた魔力を防御に回していなければ、今頃三人はこの世にいなかった。そんな彼女も呼吸が整わず、目の前が霞んでいた。


「『まったく、しぶといったらありゃしないわ。さっさと倒れればいいのに』」

「流石に、それはできない。ここで君を自由にさせたら、他が崩される……」


 ほぼ気力だけで立っているジェイミーの姿に、クロケルは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「『どうせ死ぬのは一緒でしょ? 早いか遅いかの違いじゃない。なら、足掻(あが)くのを止めたほうが楽になれるわよ』」

「……楽かどうかで、人生は決められない。時には苦しくても、歩まねばならない、時がある」

「『あっそ。私には理解できないわ』」


 ジェイミーの言葉をクロケルは冷たく切って捨てた。

 そのまま指を彼らへ向ける。


「『それに、ここで終わりじゃ意味ないわよ。苦しかった人生も、その先もお先真っ暗。無意味じゃない』」


 指先に集まった風が、彼らへ一直線に走る。

 目にも止まらぬその速さに、ジェイミーは静かに目を閉じた。


「――無意味なんかじゃないさ」


 その声と共に、風が溶ける音が木霊する。


「『誰!?』」

「誰とは酷いね。ついさっきまで、顔を突き合わせていただろう?」


 聞き覚えのある声にジェイミーが振り向くと、そこには頼もしい人の姿があった。


「……セオドア、様」

「お疲れさま、ジェイミー。後は私に任せてゆっくりとお休み」

「……は、い」


 返事の途中でこと切れたように倒れるジェイミー。

 メイナードやベサニーも釣られたように倒れ伏す。

 そんな彼らを光が優しく抱きかかえて横たえる。

 彼らを包み込んだ光は、体に刻まれた傷や疲れをたちどころに癒していた。


「『何をしたのかしら? セオドアさん』」

「君たちの想像の及ばない力だよ。私自身、扱いきれていないからね」


 和やかに答えるセオドアを警戒するクロケル。

 空を飛ぶ彼女を見上げながら、セオドアは静かに提案をした。


「大人しくお縄につくなら、君を消さないでおいてあげるよ。代わりに、戦いが終わるまでほったらかしにしちゃうけどね」

「『そんな甘言に乗るとでも? 私も()められたものね』」

「そういう訳じゃないんだ。ただ、最後通牒くらいは出さないと……ってね」


 優しく微笑みかけるセオドアに、クロケルは忌々しそうに吐き捨てる。


「『それが舐めているって言ってるのよ。敵にも情けを掛けてどうするの』」

「改心する余地があるうちは、対話が必要だと思っているだけだよ。説得で済むなら、それに越したことはないからね」

「『――(あき)れた。あなたって昔から、()()()()()()()()()のね。……むしろ、オーギュストに教えを乞うてから、よりあの偽善者に似たみたい』」

「ははは、否定はできないかな」


 苦笑いするセオドアには、まったくと言っていいほど邪気がなかった。

 どこか旧友と語らっているようにも見える態度だったが、そんな空気はすぐに一変した。


「『……そういうとこ、私嫌いだわ。――だから、あなたの言う通りにはしてあげない。止めたいなら殺してでも止めなさい!』」


 柳眉を吊り上げ、突撃するクロケル。

 これまで見せたことのない素早い動き。

 瞬きする間もなく彼我の距離を詰める。

 その手には短剣が握られ、セオドアの心臓目がけて突き立てんとする。

 そんな彼女の態度を、最後まで微笑みを浮かべて対応するセオドア。


「……残念だよ、()()()


 優しく上げられた手は、彼女の腕にそっと乗せられた。

 忽ち腕が光の粒子となり千切れる。

 支えを失った手が、セオドアの体に当たって宙を舞う。

 腕から先を失ったクロケルは、その体を空中で固定されていた。見えない手に阻まれ先へ進めないように。

 彼女の腕は徐々に黄金が侵食し、次第に粒子となって空に溶ける。


「『……一思いにやりなさいよ』」

「最後に、お別れを言おうかなって」


 仏頂面のクロケルに、セオドアはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「――今までありがとう、私を見守ってくれて。そして――ごめんなさい。()()()()に気付いてあげられなくて」

「『……こんな時に、そんなこと言わないでよ』」


 小さく零された声には覇気がなく――。

 クロケルは必死になって顔を背け、表情を隠そうとしていた。

 その耳の色を見たセオドアは、静かにまた微笑みを零していた。

 最後に彼女の顔に手を触れ、自身の顔も近づけた。


 すぐさまクロケルは黄金の粒子となって消え去る。

 残されたセオドアは、空へと昇るその光を無言で見上げていた。

 その表情(かお)には笑みが浮かんでいた。けれど、その瞳はどこか遠くを見つめ――。


 顔を上げていたのは少しの間だけ。

 表情を引き締めたセオドアは、倒れる三人の様子を今一度確認し、次の戦場へと走り出す。

 戦闘で荒れ果てたその場には、一輪の花だけが残されていたのだった。



 ◆◆◆



 時を同じくして。

 ヴィネと戦っていたゲオルグたちだったが、その姿は始めの時から様変わりしていた。

 全身傷だらけは当たり前。血を流す後も無数にある。

 息を切らし、魔力も絶え絶え。

 無事に立ち上がっている人は、一人もいなかった。


 前衛を張っていたゲオルグは片腕を失い、膝をつく。

 同じ前衛のビアンカは既に地に臥していた。

 息が微かにあるので生きているのは確かだったが、それもいつまで保つのか定かではない。

 支援を担当していたカメルは、脇腹を大きく(えぐ)り取られ、片足も失っていた。

 一番被害が少ないのはティルザだった。

 彼女は傷こそあれ、五体満足でまだ魔力が残っていた。

 ただし、決戦に際し持ってきていた魔道具の大半は鉄くずと化し、今は残り三つの手札だけで傷一つないヴィネと対峙していた。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

「『一番の弱者が最後に残るとは、皮肉なものだ』」

「はぁ……、はぁ……、――っ、まだ、終わりじゃないっ!」

「『終わりだ。ランクSも歴戦の猛者も地に臥し、頼みの綱もあと一歩及ばず。フラウロスやクロケルを瞬殺した手腕は驚嘆に値するが、準備に時間を掛け過ぎたな』」


 そう言いながらティルザに歩み寄るヴィネ。

 なけなしの魔道具を握りしめ、唇を噛むティルザだったが、攻撃の手段は無きに等しい。

 三人が健在の時でさえ、彼らが隙を作ってくれてようやく当てられたのに、一対一ではそんな暇はない。

 よしんば攻撃に転じても、彼女の魔道具ではヴィネに傷一つ付けられなかったのだ。


「『すぐお前の仲間もそっちへ送ってやる。先に逝って待っていることだ』」

「――っ!」


 死の魔の手がティルザへ向かう。


「――ぬおおおおぉぉぉっ!!」


 ギリギリの中で力を振り絞り、吶喊するゲオルグだったが、ヴィネの指一本で体が吹き飛ばされる。


「――っ、まだだ!」


 同じく指を向けて放ったカメルの魔法も、簡単に手で払いのけられ霧散する。

 それで魔力が空っぽになったのか、音もなく沈黙してしまう。


「『フン、無駄な足掻きを』」


 障害は無くなったと、ヴィネは再び狙いをティルザへ向ける。

 必死になって頭を巡らせるも、彼女に残された手段は皆無だった。

 セオドアの助けも届かない。

 駆け付けるには、後少しばかり時間が足りなかった。


「『さっさと片付けて、ヴァッサゴ様の元へと馳せ参じなければな』」


 もう既にティルザは、ヴィネの眼中になかった。

 無造作に振るわれる腕。


 そのすぐ後、(おびただ)しい血がその場を埋め尽くすのだった。


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