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81話 終止符…… -中-

 始まりは、二人の魔法の応酬からだった。

 ヴァッサゴからは()()が牙を剥き、ゼインからは()()が立ちはだかる。

 衝突は至る所で発生し、余波が皆を遠ざける。

 二人の周囲にいたそれぞれの仲間も、今はかなり後方で戦況を静観する。


 うだるような熱気が襲うも、その勢いは衰えることを知らない。

 単純な炎の球のぶつけ合いから、今度は鞭や槍、動物を模したものまで、千差万別の炎が産み落とされては敵へと差し向けられる。

 数も次第に増えていき、今では百や二百では届かない量飛び交っていた。


 どちらも引かない姿勢のまま、被害だけが広がっていく。

 森からは離れているはずなのに、飛び散る炎は止むことを知らない。

 二人の攻防に他人が手出しする隙は見当たらない。

 むしろ、彼らの魔法戦の余波が激しすぎて、下手に動くことができない状況だった。


「……今のうちに対策を考えないとね」

「ざっと計算して、一人で十人相手取らねばならんからのう」

「上級悪魔も混ざっているのに? 流石に無理があるって~」


 会話をする三人以外の表情は硬い。

 この場の皆が英傑とはいえ、中級悪魔でさえ一人で対峙するには力不足が否めないからだ。

 ましてや、上級悪魔含めた複数人など、死ねと言われているようなものだった。


()()()()()でなんとかならんか?」

「数人ならどうにかなるけど、この数じゃ焼け石に水かな? それに、使用後は私が使い物にならなくなるから論外だね」

「二人がどんぱちやっているうちに、こっそり倒していく?」

「お主の魔法は射程外じゃろが。できるとしたら、メイナードかベサニーぐらいかのう」


 名前を挙げられた二人が肩を震わせる。

 彼らは必至に首を横に振って意思表示をしていた。


「流石に無理はさせられないかな。私も届くけど、まとめて倒す術がないと警戒されて、次から困ると思うよ」

「どうしたものかのう……」


 考え込んでいる間にも、灼熱地獄のような光景が広がっていく。

 そんな時、突然ユーグが声を上げた。


「ゼイン兄ちゃんから()()()()()()!」


 小さくもはっきりと聞こえたその言葉に、セオドアたちが振り返る。


「どういうことだい?」

「兄ちゃんの右手。今、背中に隠していた手で、俺に合図を送ってきたんだ。孤児院のみんなしか知らないハンドサインを」


 ユーグの説明で彼らの表情が引き締まる。


「ゼインはなんて言ったの?」

「“敵”、“送る”、“少し”だから、たぶんちょっとずつ悪魔をこっちに転移させるんじゃないかなって」

「なら、戦いようはあるけど……」


 目を輝かせる皆の中に、セオドアは居なかった。

 明らかなオーバーワークをするゼインに、これ以上頼ってもいいものかと頭を悩ませる。

 なぜなら、最初に警戒していた空間魔法使いの悪魔に、()()()()()()()()がなかったからだ。

 炎の攻防によって分断された現状であれば、転移の重要性が格段に跳ね上がる。

 今も悪魔たちを逃がさぬよう張り巡らされた魔法を維持しながら、敵の首魁と戦う彼が何かしたのは明白だ。

 そのうえ更に負担を増やす真似は、果たして正解なのだろうかと。

 セオドアの他にも気付く者も居たが、彼らは早急な殲滅(せんめつ)こそ彼の負担を減らせると考えていた。

 そんな葛藤も、次のユーグの言葉で砕け散る。


「“三”って、三秒後? 三分後?」

「三分だろ。流石に三秒はせっつき過ぎだぜ」

「……彼ならやりかねなそうですけどね」


 快活に笑い飛ばしながらも拳を握るビアンカと、悪態をつきながらも身構えるウェンディ。

 軽口を叩きながら、誰一人として気を抜くことはなかった。


「……とにかく、今はゼインの行為に甘えることにしようか。下手に近づけないからね」

「なら、(わし)とビアンカが前衛かの」

「僕とメイナードで補助かな?」

「私とティルザさん、ウェンディさんが火力担当ですね」

「奇襲は私たち兄弟で警戒しておきます。勿論、交互にですが戦闘にも参加しますよ」

「よろしく。私も全員の補助をしながら、後方で注意しておくよ」


 手短に打合せを行い、それぞれが武器を手に取る。

 準備が整ったところで、カウントダウンが始まった。


「“十”、“九”、“八”……」


 ユーグの声に耳を澄ませる。


「……“二”、“一”、今!」


 宣言と同時に、彼らの目の前に十人ほどの悪魔が現れた。

 ちょうどゼインと挟み撃ちにされた形だ。

 状況が()み込めないままの彼らへ、ゲオルグとビアンカが襲い掛かる。


「――なっ!? 貴様ら、卑怯だ――」


 抗議の声は、凶刃の前に切り伏せられた。

 そのままの勢いで大剣が舞う。

 灰色の旋風は、数人の体を分断して血の雨を降らせた。


 その横で、鈍い音が立て続けに起こる。

 棒立ちしていた悪魔の首があらぬ方向へ曲がり、脱力して倒れ伏す。

 相手の姿を確認する間もなく、緑の獣は次の獲物へと足を向けた。


 地に臥した死体、もしくは気絶した相手を容赦なく火が呑み込んでいく。

 髪色と同じく煌々と燃える火は、止まることなく広がっていった。


「彼らは人魔(じんま)みたいだね~。中級悪魔にしては弱すぎる」

「精々下級悪魔程度じゃのう。じゃが、烏合でも数は正義じゃからな。小分けにしてくれるとやりやすいわい」


 第一陣を片付けた後も合図は続く。

 ある程度の間隔は空いていたものの、次から次へとおかわりが届く。

 それらを着実に処理していくセオドアたち。


 時には雷が、時には水が、時には激しい光が降り注ぐ。

 敵も次第に慣れた様子を見せたが、それでもセオドアたちの優勢は変わらなかった。

 現れるタイミングが分かるならば、如何様にも調理できる。

 反対に、悪魔たちはいつ来るかも分からぬ強制転移に、戦々恐々とするしかなかったのだ。


 流れが止まったのは、この場に居た「ゴエティア」の面々が二割程まで減ったタイミングだった。

 伝言が数ではなくなったのだ。


「“敵”、“注意”、“少し”、“送る”って、どんな意味なんだろう?」

「強めの相手が来るのかな? 今までの悪魔は全部、そこまで強くなかったみたいだし」

「なるほど、そうかも」


 セオドアの見解に納得したユーグは、激戦を続けるゼインに顔を向けた。

 開戦からこの方、一歩も動かず敵の猛攻を凌いている彼を心配しながら。

 彼の周囲には既に複数の悪魔が詰め寄っていた。

 未熟なユーグの目から見ても、その奮闘ぶりは目を見張るものだった。


 先ほどの伝言からそれほど間を置かずして、一同の前に三人の悪魔が現れた。


「チッ、あいつだけ好き勝手出来るのは(しゃく)だな」

「本当よ。ご丁寧に分断までしちゃって」

「――まあいい。先に金魚の(ふん)共を片付けてからヴァッサゴ様に合流する。あの異分子も、味方の窮地には駆けつけるでしょうから」


 忌々しそうな男女と、その二人を(たしな)めつつ冷徹な視線を向ける小柄な女性。

 先ほどまでの有象無象とは異なる雰囲気の三人に、一同は表情を引き締めた。


「随分な言い草だけど、そう簡単に私たちがやられるとでも?」

「崇高な使命の前ではどんな障害も塵芥(ちりあくた)同然だ。聖人気取りの優男には、我々を止められない」

「流石に壮言が過ぎるよ、上級悪魔のお嬢さん。お供が中級悪魔二人じゃ足止めにもならないさ」

「ぬかせ愚物が。地位に甘んじるだけの阿呆(あほう)に、我らが野望を阻む力などありはしない」


 双方、啖呵(たんか)を切りながら魔力を高めていく。

 既に得物は全員手にしていた。

 すぐに襲い掛からないのは、どちらも手痛いしっぺ返しを警戒してだった。

 緊張が高まる中、口撃も佳境に入る。


「自分たちだけの栄華がお望みかい? そんな砂上の楼閣を手にしたところで、裸の王様が道化師に成り下がるだけだよ」

「お前こそ、一人にぶら下がった世界が長く続くとでも? どうせ崩れるなら、我らが早めたところで何が変わる。むしろ、楽園へと作り変えてやろうではないか」

「残念だけど、それには頷けない。人々の営みの結果で訪れるのと、誰かの思惑によって訪れるのじゃ、まったくの意味が違うよ。あるべき姿を享受しないとね」

「フン、蒙昧(もうまい)な信者めが。――お前とは反りが合わん」

「奇遇だね。私も平行線だと思っていたところだよ」


 端から決裂は分かっていた。

 それでも問答を繰り返したのは、それぞれが準備の時間を稼ぐためだった。

 どちらもそのことは理解しつつ、表情には出さない。

 セオドアたちと悪魔側が準備を終えたのは、ほぼ同時だった。

 先手は打てなかったと嘆きながら、最後の会話を繰り広げた。


「それで、君の位階は何かな?」

「ちっ、忌々しい『盟約(呪い)』だ。――いいでしょう、冥途の土産に私の名を教えてあげようじゃない」


「ヴァッサゴ様の忠実な下僕(しもべ)にして、『ゴエティア』の幹部、正一位『烈魔(れつま)』のヴィネ。――お前たちに眠りを(もたら)す者だ、人類の守護者『使徒』よ」


 宣誓の後、ヴィネと名乗った小柄な女性は、その土気色の瞳を妖しく輝かせる。

 解き放たれた姿は、重々しい魔力を放つ獅子にも似た姿で――。先ほどまでの少女の見た目からはほど遠かった。

 感じたことないほどの重圧に、数人が息を詰まらせる。


「そう――。なら、私は君たちの行いを否定しよう。守護も願いも関係ない、()()()()によって」


 返答したセオドアからも魔力が(ほとばし)る。

 淡い白金色が精鋭部隊の面々を包み込んだ。

 皆に安らぎと活力を与えながら。


 二つ目の戦場が幕を開ける。

 激しい魔力の応酬を伴いながら――。



 ◆◆◆



 時は少しだけ遡る。


 戦場で、黒と紫が宙を舞い踊る。

 押しては返しを続け、どちらも容赦なく敵の牙城を崩そうとしていた。


「――ほう、我を前にして随分と()()()()()をするものだ。そんなに退屈なら、さっさと攻めてきたらどうだ?」

「お前もよそ見できるなら、もっと手数を増やしたらどうだ? あまりにも単調すぎて、寝てしまうところだったぞ」


 転移を見咎(みとが)めたヴァッサゴを、逆に(あお)り返すゼイン。

 どちらも余裕そうな態度を取りつつ、繰り出される魔法の数は際限なく増えていた。

 見た目はどちらも炎ではある。

 しかし、効果は雲泥の差だった。


 黒い炎は触れたものを溶かし、その原型を失わせていた。

 紫の炎は逆に触れたものを燃やし、更に大きな炎と化していた。

 互いが触れると相克したように消滅し合う。

 ただし、その一部が周囲へまき散らされ、異なる様相を呈していたのだった。


 そんな地獄絵図のような光景の中、ヴァッサゴが命令を下す。


「セーレ、お前も後ろの蛆虫(うじむし)共に送り込め」


 顔を正面に向けたまま言い放つ。

 しかし、返事は一向に返ってこない。

 業を煮やした彼が、眉をひそめて振り返った。


「セーレ、何か言ったらどうだ! ――セーレ?」


 ここへ来て、ヴァッサゴは異変に気付く。

 後ろに控えていた側近たちは、彼の命令でしきりに首を動かしていた。

 それは、本来居るはずの相手を探して、散らばった悪魔の顔を確認するための行動だった。

 魔力視も併用しているはずなのに、お目当ての人物が見当たらない。

 なぜと思った矢先、鼻につく(あざけ)り声が聞こえてきた。


「なんだ、手下に()()()()()のか。お前、案外人望がないんだな」

「――貴様、セーレをどこにやった!」

「さあ? 部下の居場所すら分からないなんて、だから人望なくすんだよ」

「よくも、いけしゃあしゃあと!!」


 怒髪天を衝く勢いで食ってかかるヴァッサゴだったが、迫りくる紫炎を前にたたらを踏んでしまう。

 そのまま憎らしく(にら)みつけるも、ゼインは涼しい顔をしていた。


「ほら、そうこうしているうちにまた手駒が減ってるぞ。さっさと本気を出したらどうだ?」

「クソッ――!」


 悪態をつき、顔を(ゆが)めるヴァッサゴ。

 実力はまだまだ序の口とはいえ、こうも馬鹿にされたままでは腹の虫が治まらなかった。


 今まで魔法の応酬をしていたのは、特に意味があった訳ではない。

 どちらともなく始めた所為で、最初に手を引いたほうが負けだと思っていたに過ぎない。

 それはゼインも同じこと。

 ただし彼の場合、他の理由もあったのだが。


 屈辱に顔を赤くしながらも、ヴァッサゴは一時の恥を捨てることにした。


「――皆の者、あの憎き異分子へ攻撃を仕掛けろ。誰が手を掛けても構わない。あのにやけ面に絶望を与えられるのなら、何をしても構わん」


「「「はっ!」」」


 後ろに控えていた悪魔たちが礼を取り、表情を引き締めた。

 ゼインも再び魔力を迸らせ、魔力回復を行った。


 先ほどまでの炎の乱舞が止む。

 それも束の間の話。

 今度は炎のみならず、氷、嵐、地、闇……、と様々な魔法がゼインへ殺到した。

 それらを軽く一瞥すると、彼は魔法ですべて相殺していく。

 紫炎、紫氷、紫雷と、三種類の紫紺を放つ。

 幾重にも連なる魔法が襲い掛かるも、(ことごと)くがゼインへ届かず、離れた場所で散っていった。


 迫りくるのは魔法だけではない。

 悪魔たち本人や、どこからともなく現れた()()が襲い掛かる。

 突然の登場に眉をぴくりと動かしたゼインは、強襲する剣や拳を障壁で防ぎつつ、変わった闖入者(ちんにゅうしゃ)たちに視線を向けた。

 見た目は魔境にいる魔獣となんら変わりない。

 自分たちの領域を侵した侵入者を排除するため、束となって攻め入る。

 種類も大きさもまばらな魔獣たちは、障壁や紫の魔法によってその身を砕かれていく。

 合間を縫って迫る悪魔に対しても、同様に魔法で対処しながら。


 魔法も悪魔も魔獣も、矢継ぎ早にゼインへ向けられた。

 始まってからずっと同じ場所に佇みながら。


 悪魔たちの猛攻を凌いでいたゼインが、ふと、何かに気付いて顔を動かす。


「――あぁ、()()はお前の仕業だったんだな」


 低い声が紡がれる。

 見開かれた瞳が射貫くのは、一人の女性悪魔。

 彼女は思わず身を震わせ、一瞬だけ足を止めてしまう。

 それが不味かった。

 音もなく、瞬きのスピードで接近した魔法にその身を貫かれ、遥か彼方へと飛ばされていった。


「――シトリー!!」


 近くにいた悪魔が行き先を振り返るも、既に姿を捉えることはできなかった。

 いくら中級悪魔とはいえ、こうも一方的な現実に驚きを禁じ得ない。

 一瞬の気の迷いが命取りだと理解するには十分すぎた。

 この場に残っていた人魔たちは、あまりに隔絶した実力差に恐れ戦く。

 近場で足を止めた者は、(すべか)らくその命を潰えさせる。

 恐怖で背を向けた物は、悉く塵も残さず消えていった。


「……何が英傑だ。これじゃ、()()()()()()()分からんぞ」


 果敢に攻め込む悪魔が毒を吐く。

 既に用意していた魔獣は底を突いた。

 元人間相手にも慈悲を見せないゼインの姿に、人質作戦は無意味だと悟る。

 早々に彼らに見切りをつけ、純正悪魔たちは真の姿を露わにしようとした。


 数人が距離を取り、魔力を巡らせる。

 離れていても魔法が飛んでくるので、動きを止めぬまま準備を進めていた。

 そんな矢先、またしても悪魔たちに衝撃が襲った。


「なっ!? 今度はヴィネにフラウロス、クロケルが(さら)われたぞ!」

「転移使いを敵に回すと厄介すぎる!」

「というか、あれがそもそもおかしいだろ! たった一人で収容と分断と足止めをこなしているんだぞ! そのうえ俺たち十数人を相手取るとか、頭おかしいだろ!」

「口より先に手を動かしなさい! さっさと”変身”するのよ!」


 ()()()()()姿()は、地上界ではかなり燃費の悪い形態だった。

 強靭(きょうじん)な肉体と膨大な魔力を解放するその姿は、如何に莫大な魔力量を誇る悪魔といえど、常に保っていられないほどだ。

 だからこそ、地上界では人間の姿を取っているのだが、その姿では本来の力の一部しか発揮できない。

 振るえる能力は個人差があるものの、おおよそ()()()()

 元の力が強ければ強いほど、発揮できる力は抑えられる傾向があった。

 そんな悪魔たちが都合十四人、この場に集まっていた。

 全員が中級悪魔以上だった。


「向こうも始まったみたいだな」

「いつまで余裕な態度をしていられるかな?」


 よそ見をするゼインに、ヴァッサゴが冷たく言い放つ。

 ゆっくりと彼へ顔を向けると、ゼインは冷たく言葉を吐き出した。


「お前らを()()()()始末するまでだ。指をくわえて見てないで、さっさとかかってきたらどうだ」

「――ふっ、()()()()()()()を知りもしないで、よくもまぁ大口を叩けるものだ。後悔しても、既に遅いがな」


 嘲笑するヴァッサゴの視線の先には、不気味な獣の姿をとる悪魔の数々が存在していた。

 (ひょう)(わに)、馬や(からす)等の動物をベースにしたまま、他の生き物や道具をその体から生やしていた。

 あまりの奇怪さに、ゼインは眉を動かす。


「誠の姿が、多少()()()()()()()()()()()()()()()だと思ったか? それはただの仮初めの姿。魔界で過ごすうえでの基本形態でしかない。本来の姿は、更に屈強で秀逸なのだよ!」


 ヴァッサゴを除くすべての悪魔が、その身をこの世ならざる獣へと変じた。

 大きさは人それぞれ。

 大きくなった者もいれば、逆に小さくなった者もいた。

 共通するのは、誰もが魔力を数倍に膨れ上がらせ、おどろおどろしい空気を放っていることだった。


 そんな真の悪魔たちを前にして、ゼインは少しだけ()()()()を見上げる。

 現実逃避しているようにも見えるその行動は、軽く数回足を鳴らした後には止んでいた。

 そのまま何事もなかったかのように悪魔たちを見据えるゼイン。

 瞳からは、止めどなく涙が零れ落ちていた。


「――御託はいい。どれだけ言葉を重ねたとして、お前たちの末路は変わらないんだからな」

「そうか、貴様の未来も変わらぬよ。――死という未来はな!」


 ヴァッサゴの叫びに呼応して、真の悪魔たちが一斉に動き出す。

 ゼインもすぐさま腰を落とし、そのかぎ爪のように歪んだ手へ力を込めて構えを取る。

 そのまま魔力を迸らせ、歯を食いしばる。


 第二ラウンドの鐘の音が響き渡るのだった。



 ◆◆◆



 時を同じくして、イーレクス王国南西部。


 ここでも二つの陣営の衝突が行われていた。

 互いに万近い軍勢が、いくつもの塊に分かれてぶつかり合っていた。


 各国から集まった烏合の衆だけに、細かな連携は取れないと踏んだ総指揮官(セドリック)が、国単位で作戦行動するべしと命令を出していた。

 決まっているのは、“生産拠点”を取り囲むようにぐるりと配備された行軍位置と、主要人物並びに重要資料の確保、それから開戦のタイミングのみだった。

 隣の部隊同士、協力し合うもよし、邪魔しないよう独自に動くもよしとしたのである。

 それが功を奏したのか、目立った混乱は見られず、一進一退の攻防が繰り広げられていた。


 戦場で目立つ場所はいくつかあった。

 一つは「不捉(ふそく)」マヤ・モーフェスが戦っている場所。

 補佐の「幻霧(げんむ)」ファム・フォグルと一緒に、彼女の生み出した霧の中、人魔の数を着々と減らしながら戦線を押し上げていた。

 霧の範囲はそこまで広くないものの、数十メートルを覆い隠しながら突き進み、他よりも頭一つ抜きんでた戦果を挙げていた。


 一つは「超人(ちょうじん)」タリオン・ルーガーが戦う場所。

 いくつかの魔道具を併用しながら、休みなく動きまわり、障害を悉く打ち砕いていく。

 敵の生死不問とされているからか、その拳には迷いがなく、目の前の人魔をバタバタとなぎ倒して進んでいた。


 その少し離れた場所でも、目立った動きがある。

 フラクシヌス帝国の英傑、ランクA-「千風(せんぷう)」ミルドレット・スプーナーが、その異名に相応しい数多の風を操りながら、道を切り開く。

 まるで草木を刈るように、敵を刈り取っていた。


 もう一つは「守護(しゅご)」セドリック・ダンスター率いる騎士団の場所。

 副官であり、ランクA-の英傑でもある「澄鈴(せいりん)」クラリス・ディレイニーの支援魔法によって、突き進む。

 一つの巨大な生き物のように、障害を蹴破っていった。


 他でも善戦している場所はいくつもある。

 ゼインのお膝元であるソール連邦軍も奮闘していた。

 中でも、第二師団副団長のカイラ・ステファンが、季節違いの冷ややかな風を操って敵を切り伏せていく。

 ミゲル・マジスター率いる帝国軍も、英傑たちに負けず劣らずの快進撃を繰り広げる。

 聖法教会の騎士やミスルト教国の警邏隊を率いる「怜利(れいり)」メイジー・フォレットも。

 どの国の軍も、被害を出しつつ着実に歩みを進める。

 ゆっくりとではあるものの、少しずつ包囲網を縮めていった。


 そんな矢先、空から突然、()()()()()が降り注ぐ。

 狙い澄ましたように、“生産拠点”周辺全域にわたって重点的に。

 予想外の出来事に、敵味方問わず驚愕(きょうがく)を浮かべていた。

 そんな彼らを無視して、第二陣が再び迫りくる。

 今度は更に広範囲に、先ほどよりも強力な魔法が容赦なく落ちてきた。


「ちょっ!?」


 タリオンが思わず声を上げる。

 それもそのはず。

 敵の掃討をしているのかと思いきや、その魔法は一番突出していた彼に構わず降ってきたのだ。

 始めに食らったのは灼熱の業炎。

 それで身に着けていた魔道具は全て壊れてしまった。

 嘆く間もなく、今度は雷鳴が轟く。

 あまりの衝撃に大地は抉れ、大きく陥没していた。

 次は極寒の冷気。白煙が視界を覆い、瞬く間に一面を銀世界へと化す。


「ゼイン! 見境なさすぎだろ!!」


 一瞬にして壊滅した悪魔軍の中、無傷で立ち尽くすタリオンが吠える。

 証拠はないものの、確信をもって遥か遠くに居るはずの少年へ向けて、抗議の声を上げていた。

 それが本人に届くはずもなく……。


 この一件は、多くの人々には謎の魔法攻撃として、強く脳裏に刻まれることとなった。



 ◆◆◆



「……はぁ、なんともはや。君はどこまで()()()()()なんだ」


 静寂が訪れた戦場で、セドリックは空を見上げながら独り言ちる。

 魔法が降り注いだ当初はなぜ……? と思ったものの、残党狩りをし、残された資料に目を通したことで、彼の行動が理解できた。

 それを知るのはほんの一握りだけ。

 “悪魔”の力についてよく知る者のみだった。


 事後処理に奔走する人々を尻目に、彼は遠くの戦場へ思いを馳せる。


「……無理をしていなければ良いのだが」


 小さな願いと共に。


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