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79話 決行と諦念

聖法歴1022年6月20日



 最終決戦を目前に控え、賢人会のとある一室に各国の責任者が集っていた。

 軍の元帥や防衛大臣、軍事顧問等、名だたる面々が揃う。

 その中には英傑も多く参加しており、特殊な事情がない限り、この場に居合わせていた。

 物々しい雰囲気に包まれる中、今回の発起人たる英傑セオドア・ルカンが皆の前に姿を現した。


「本日は皆さん、お集まりいただきありがとうございます。()()()()()()()()ことですし、早々に本題へ移らせていただきます」


 そう話すのには理由があった。


 今から二か月前、世界を震撼(しんかん)する声明が、聖法教会並びに世界異能評議会の連名でなされた。


 “――世界大戦の元凶たる犯罪組織「ゴエティア」に対し、各国は手を取り合い、一丸となって対処する”


 そう、この戦争を()()()()()()()()を彼らが示したのだ。

 この一報は世界で瞬く間に広がり、多くの混乱を巻き起こした。

 その混乱の一つが犯罪組織の台頭であり、今まで息を潜めていた彼らが、表立って攻勢を仕掛けてきたのだ。


 声明が発表された当時の世論は疑念に満ち、真に受けた人間は一握りだった。

 “今までの不祥事を隠す体のいいスケープゴートだ”、“矛先を逸らすためのでっち上げだ”と非難囂々(ごうごう)。暴動が起きる寸前だった。

 それらが一変したのは、実際に犯罪組織の構成員が捕まったから。

 晒し上げられた犯罪者たちの存在が大きかった。


 犯罪組織「ゴエティア」に関する情報は、最重要機密を除き、()()()()()()()()のが功を奏したのかもしれない。

 日に日に浮き彫りになる犯罪組織の輪郭が、彼らの気を急かしたのだった。

 その陰で暗躍する一人の少年には触れられずに……。


 隠し通せない、世論を掌握できないとみるや否や、「ゴエティア」は表からも攻撃を仕掛けてきた。

 声明を真に受けていなかった都市は大きな打撃を受け、その段になって初めて、世論のほぼすべてが賢人会を信じ、その矛先を犯罪組織へと向けた。

 そこからは話が速かった。

 国境の至る所で起きていた小競り合いは止み、自国の防衛を優先するようになった。

 犯罪組織の目的と思われる、戦力の低下を防ぐためにも。


 今なお続く激しい攻勢を前に、決戦を早めようと考えるのは至極当然のことだった。

 本来はもう少し戦力を整えてから挑むことを想定していたのだが、日程を前倒しにするため、今回の会議が催されたのだった。


「今回の目的は犯罪組織『ゴエティア』の壊滅。首謀者含め、徹底的に排除することが最終目標です」

「――その前に、一つ質問よろしいだろうか?」


 フラクシヌス帝国の元帥ミゲルが手を上げる。

 著名な彼を前に、誰もが息を()む。

 セオドアは優しく微笑みながら、彼に許可を出す。


「どうぞ」

「事前の資料で目的も目標も理解している。相手の構成員も、ある程度はな。――しかし、肝心の()()()()()()()()()()()()()のは如何なものか。作戦を遂行するにあたって、最も重要な要素だと思うのだがな」


 ミゲルの指摘は、この場に居合わせた全員が思うところだった。

 多くの情報が共有される中で、先に通達された話にも、今日配布された資料にも、その一点だけが載っていなかったのだ。

 同じ「十傑」であり、セオドアの親友として名高いセドリックにも視線が向けられるが、彼は静かに首を振るだけ。何も聞かされていないと答えていた。


「その件については追々話そうと思っていましたが、先にお伝えいたしましょう」


 セオドアの言葉で会場は静まり返る。

 皆が固唾を呑んで聞き入る中、彼はゆっくりと口を開く。


「目標の場所、そこは――()()教えられません」


 まさかの発言に騒然とする。

 困惑と怒号が飛び交い、会議の体を成さない。

 非難や憶測も漏れ聞こえ、収拾がつかなくなりかける。

 それを止めたのは、意外にも、質問を投げかけたミゲルだった。


「――ルカン卿、我々はここへ道化を聞きに来た訳ではないのだよ。今なお収まらぬテロ行為を止めるため、集ったのだ」

「それは重々承知していますよ。ですが、この中に()()()()()()()と言い切れますか? 私たちの動向を把握しているように動く彼らに対し、成す術ない状況ですから」


 セオドアの指摘で顔を(しか)めるミゲル。

 彼の言及通り、最近では各国の「ゴエティア」への対応が後手に回ることが多くなっていた。

 民衆の信頼を得るためとはいえ、情報を詳らかにした弊害がここへ来て如実に表れる。

 当初から多くを開示していた所為で、秘密に対するハードルが上がってしまったのだ。

 流石に潜伏先や標的に関する情報等は、世間一般には公表していないが、同盟内には広く共有されていた。

 透明性を最初に謳った以上、一部の国だけとはいかなかったのだ。

 軍関係者の上層部だけとはいえ、すべての国が加入しているので人数は相当数になる。

 そのためか、作戦内容の一部が漏れる事態が頻発していたのだった。


「勿論、皆さんを疑っている訳ではありません。しかし、向こうが上手なのは事実ですから、直前まで周知を控えているのですよ」

「だが、決行日に大規模に移動すれば、いずれバレてしまうだろう。それはどうするつもりなのだ?」

「その件についても、対策はあります」


 ちらりと動かしたセオドアの視線を辿る一同。

 その先に居た一人の英傑を見て、その多くが顔を顰める。

 ミゲルも例外ではなく、眉間に深い皺を刻んでいた。


「……『悪鬼』ではないか。本当に信用していいものか、甚だ疑問だな」

「彼が本件の立役者ですからね。彼が犯罪組織を特定し、その構成員を捕まえ、白日の下に晒したね」


 初めて聞く人も多いのだろう。

 その顔には驚愕(きょうがく)や懐疑といった感情がありありと浮かんでいた。

 そんな混乱渦巻く空気の中、ミゲルは厳しい眼差しでセオドアを見つめる。


「だからと言って、今までの悪行が無くなる訳ではない。――はっきり言おう。彼は『十傑』に相応しくない」


 彼の意見に、多くの人々が面食らう。

 確かに内心では、似たようなことを考えたことはある。もしくはちょっとした話し合いや酒の席で、愚痴として零したことも。

 それでも本人を目の前にして、あろうことか多くの耳目を集める中、言い切るほどの胆力を持ち合わせた者は、彼以外いなかった。

 揺るがない強い意志を感じたセオドアは、苦笑交じりに眉を落とす。


「そういった意見も、多いのは承知の上ですが――」


 遠回しに告げようとしたセオドアの言葉が、一人の声によって遮られる。


「――だから言っただろう、()()()()()()()()と。俺一人で終わらせる」


 全員の視線が声の主に集中する。

 注目を集めてなお、周囲の反応を一切気にした様子もない彼は、冷たくセオドアを見据えていた。


「……ゼイン」

「こいつらは俺が気に食わないんだろ? なら、一緒に戦う理由もない。俺一人のほうがやりやすい」

「――ほう。まるで我々が足手まといのような口ぶりだな。たかが数年表舞台に上がっただけの青二才が、大口を叩くものだ」


 ゼインの物言いにミゲルが噛みつく。

 その声で初めて相手を認識したように、一瞥だけしたゼイン。

 鼻を鳴らして偉そうに語る彼を切り捨てた。


「指揮するだけしか能のない木偶の坊が。お前自身、さして強くない癖に、いっちょまえを吐くな」

「統括も一つの才だ。前に出て戦うだけが戦場ではないのだよ」

「だとしても、切り捨てることでしか救えないのなら、俺には雑音でしかない。無価値な能力だ」


 互いに一歩も引かず、口撃を続ける両者。


「君のような輪を乱す者がいるから戦争は終わらぬのだ。独善の行きつく先は、排他と破滅だ」

「だからどうした。弱い奴の馴れ合いなんて、腐って落ちるだけだ。それよりも、恐怖で支配したほうが幾分マシだ」

「――二人とも、その辺で」


 激化する口論をセオドアが一喝した。

 大気をバチバチと鳴らし、二人へ魔力の圧を掛ける。

 ミゲルは僅かに眉を動かすだけ。ゼインに至っては、そよ風を受けたように鼻を鳴らしていた。


「それぞれの主張はあると思いますが、この場では控えてください。それと、今回の作戦に関しては、ゼインが一番のキーマンです。彼と私だけが、()()()()()()()()()()()()からね」


 最後の一言で、苦虫を噛み潰した表情がそこかしこで見受けられた。

 自分たちの手綱を、あろうことか「悪鬼」を忌み嫌われる人間が握っていると、遺憾を露わにして。


「それは……、相手が拠点を放棄した場合はどうするのだ?」

「その場合でもゼインが次の場所を特定します。――彼が相手の足跡を追えますので」


 決して逃げられることはないと言い切るセオドア。

 人望厚い彼の言葉であっても、その話をすんなり受け入れられる人間は少なかった。

 ふと、一人の男性が挙手をする。


「すまない、発言してもよいだろうか」

「どうぞ、セドリック」

「ゼイン少年の能力について、一つ客観的な情報を提供したい。彼の情報収集能力に関しては、我々の想像の遥か上を行く。無論、ある程度の回数制限はあるだろうが、()()()()()()()()大陸の端から端まで調べることぐらい訳ないことだ。そこから特定の人物を見つけることも、不可能ではないだろう」

「そう言える根拠とは?」


 セドリックの話を聞いたミゲルが疑問を呈す。


「昨年十二月末にあった異常な魔力波。その他にも一〇二〇年十月やその一年前の六月に起きた異常は、すべてゼイン少年によるものだからだ。十月の件に関しては、その犯人を瞬時に特定し、襲撃したのも確認が取れている。事後確認だが、アケル公国の『堕墜(だつい)』カメル殿もその場に居合わせたと聞き及んでいる」


 発言で名前の出たカメルにも目が向けられた。

 彼は、やれやれといった仕草で立ち上がると、セドリックの証言を肯定する。


「彼の言は本当だよ~。そうじゃなくても、『穴倉友の会』会長として、人探しは得意だと証言するよ~。()()()()()を容易く見つけちゃうくらいだからね~」


 あんまりな証明方法だったが、「穴倉友の会」はそこそこ知名度があったため、その会長たるカメルを見つけたことで説得力が増していた。

 なお、彼が会長だという衝撃も大きかったのだが。


「……あんな道楽集団の長が、ランクS-の英傑だったとはな」

「人には言えない裏の顔っていうのもあるんだよ~。その点、白うさぎちゃんは裏の顔が善人過ぎるんだけどね~」


 よく分からない説得力が、カメルにはあった。

 彼も表ではちゃらんぽらんな放浪癖のある英傑として知られているが、その実、業務成績は群を抜いて高い。

 陰口を叩かれることも多いが、仕事ぶりは真面目な人という認識が広がっているからかもしれない。


 話題の中心たるゼインは、仏頂面でいたが否定も肯定もしない。

 どこか面白くなさそうに「……余計なことを」と呟くだけ。

 そんな態度が、二人の弁明に真実味を帯びさせる。

 彼が行方を追えると周囲が考え始めた頃、セオドアが口を開く。


「今回の作戦目標は()()。首魁の確保と悪魔の“生産拠点”の壊滅です」


 生産拠点とは、「ゴエティア」の構成員である中級悪魔の量産工場のこと。

 ()()()()()()――人魔を生み出す元凶だった。


 被害が甚大になった理由の一つに、この人魔の存在が挙げられた。

 上級魔法をぽんぽんと放つそいつらが、少なくなった各国の戦力を更に窮地に追いやっていた。

 そう簡単に量産できないと考えられていたが、倒しても倒してもキリがない状況に苦戦を強いられていた。

 その最も憂慮すべき拠点の位置が既に割れていると、セオドアは話す。


「――待ちたまえ。今、戦力を二分すると聞こえたのだが」

「そのつもりです。各国には戦力を均等に分けてもらい、決戦に臨んでもらうつもりです。もちろん、『十傑』も半分にするつもりです」


 思わぬ発言に多くの人々が驚きを露わにした。


「分け方としては、生産拠点襲撃にセドリックとタリオン、マヤが、本拠地襲撃に私とゼイン、ティルザであたるつもりです」


 戦力の分散の仕方としては、少々不均一にも思えた。

 しかし、ゼインの制止役を務められるのがセオドアしかいない状況では、どうしたってこうなってしまう。

 ティルザ一人を動かしたところで覆るほどでもなかった。


「なぜそう分配するのだ。目標は逆でもいいだろうに。もしくは、一か所ずつ対処しても問題なかろう」

「流石に首謀者を逃がす訳にはいきませんから。それと、一か所ずつでは敵に猶予を与えるだけです。被害を最小限に抑えるなら、同時に叩かないと」

「だが――」

「俺もセオドアさんの意見に賛成です」


 なおも言い募ろうとしたミゲルの発言を、同じ帝国出身であるタリオンが阻んだ。


「……タリオン。君は――」

「ミゲルさんが何を考えているのか俺には分からないですけど、これが()()()()ですよ。対象が逆だと、ゼインが暴れかねないですから」

「……」


 顔を(ゆが)め、忌々しそうにまたしても名の上がったゼインを睨むミゲル。

 彼としては、自分たちの国の利益を考え、タリオンの活躍の場を作りたかったのだろうが、それを本人が拒んだ形だった。

 タリオン自身は特にそんな意識はしていなかったが、形式上はそう見えた。


「本人もこう言っていますしね」

「フン――」


 ミゲルが不機嫌そうにそっぽを向く。

 それ以降、突っかかることは無くなった。


 彼が沈黙すると、いくつかの作戦内容が告げられる。

 それぞれの事柄に質問はあったが、先ほどのような言い争いは起きなかった。



 ◆◆◆



「――決行は十日後です。それまで皆さんは準備をお願いします」


 その言葉で会議は締めくくられた。


 皆が三々五々去る中で、一人ぽつんと座るゼインが残る。

 部屋の中には、彼とセオドアだけが居た。

 静かに近寄ると、セオドアが口を開く。


()()()()()かい?」

「今のところ、めぼしい奴が何人かいた程度で確証はない」


 彼の言葉を聞いて、セオドアは嘆息する。


「はぁ……。まさかとは思ったけど、本当に裏切者が居るなんてね」


 望んでいた訳ではないが、ゼインの口ぶりから、ほぼ確定だと判断したセオドアは、残念そうに目を細めた。

 彼としては、この会議に集まった人たちを疑いたくなかったのだろう。

 それでもこうしてゼインに確認するぐらい、漏洩の問題が大きかったのだ。


「向こうに動きはあると思うかい?」


 あくまで所感を聞くため、そんな質問を投げかけたセオドア。

 そっぽを向いていたゼインが視線だけ、隣に立つ彼へと向ける。


「あったとしても関係ない。()()()()()()()()()()を放つあいつらに、逃げ場はもうないからな」


 その言葉は頼もしくもあり、哀しくもあった。

 複雑な心境のまま、セオドアがぽつりと呟いた。


「……どこまでも、彼には助けられているよ」


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