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7話 「十傑」選定会議

聖法歴1020年5月13日



 ミスルト教国にある世界異能評議会――通称、賢人会の本部で、十人の役員たちが一堂に会していた。

 今日は十年に一度、世界屈指の英傑である称号――「十傑」を決める会議が行われるため、普段は滅多に揃うことのない役員たちが全員集う。



 ◆◆◆



 会議が始まる前、枢機卿としての仕事を片付けた私は執務室で一息つく。


「――セオドア様、そろそろお時間です」


 カップを傾けうとうとしていると、後ろで控えていたメイジーから声がかかる。


「ありがとう。ぼちぼち向かうとするよ」


 椅子から立ち上がり、法衣から着替える。

 入り口に控えていた側仕えが法衣を受け取り、(しわ)にならないようにと丁寧に壁に掛ける。

 そんな彼に軽く手を振り、執務室を後にした。



 ◆◆◆



 教会から評議会の本部は目と鼻の先だ。

 歩いて本部に入ると、廊下で偶々他の役員に出くわした。

 向こうも私に気付いて朗らかな挨拶を交わす。


「これはこれは、ルカン卿。本日は栄光ある会議に卿とご一緒できる僥倖(ぎょうこう)、神へと感謝いたします」

「ロドリゲス殿、此度のことは(ひとえ)に貴方の人徳と辣腕あってのこと。若輩者の私は末席で皆様の博学さを学ばせていただきます」

「なんのなんの! かの『使徒(しと)』様が何をおっしゃいますか! 齢十六歳にして『十傑』に選ばれ、今では聖法教会の枢機卿になられたお方が、謙遜するものではありませんぞ」

「過分な評価をありがとうございます。浅学ではありますが、少しでもお力になれればと」


 話しながらも歩みを進め、目的の会議室にたどり着いた。

 扉の前には警邏(けいら)が立ち、廊下にも歩哨がちらほら見受けられる。

 入り口で評議会の職員が身分証の提示を求めている。


「わたしは先に入りましょう。ルカン卿、お先に失礼。また後ほど」

「ええ、後ほど」


 ロドリゲス殿は護衛を引き連れて会議室へと向かう。

 私は一度、目の前の会議室を後にして、自分の本部役員室へと歩みを進めた。

 いくつか連絡や手紙が届いていたようでそれらに目を通す。


「へぇ……」


 懐かしい人からの滅多にない頼みごとに、思わず声が漏れる。


「如何しましたか?」

「いや、何でもない」


 普段は口を挟まないメイジーが(いぶか)しんだのか、声をかけてきた。

 首を振って答えると、それ以上は追及されることはなかった。

 一通り目を通し終えた私は会議室へ向かう。



 ◆◆◆



 入り口を通されると会議室の中はすでに大半が揃っているようで、席の空きが三つしかなかった。

 用意された席に着き、開始を待つ。

 定刻前には役員全員が揃い、扉の前にいた進行役の職員が入室する。


「――これより、第一三八回『十傑』選定会議を始めます。司会進行は私、ニコラスが勤めさせていただきます。はじめに選定方法につきまして――」


 初めて選定会議に出席する人のために、ニコラスが詳しく説明する。


 選定会議はあらかじめ用意された三十人程の候補者の中から二名選び、各役員が発表する形式のようだ。

 全員の発表の後に選ばれた英傑について、それぞれ議論していく。

 当人の戦闘力、名声、来歴……等を総合的に話し合われる。

 選定ルールは単純で、一に戦力、二に名声があるものを選ぶ。

 大罪人や指名手配を受けた人など、倫理を外れてなければ問題ないらしく、過去には素行の悪い英傑や問題児の英傑が選ばれたこともあるようだった。

 あとは暗黙のルールとして、「極力同じ国から二名出さないこと」、「同じ国から選ぶ場合は異なる組織に属した者を選ぶこと」、「似た系統の英傑を選ばないこと」が挙げられた。

 このあたりは難しく、過去には守れないこともあったそうだ。

 そのときは一時期荒れたこともあったらしく、できれば守りたいルールだそうだ。


 ニコラスの説明が終わると、それぞれに候補者のリストが載った資料と選出用の紙が配られた。

 手渡された資料に目を落とすと、リストにはA-以上の英傑が並んでいた。

 リストには英傑の名前と能力、簡単な来歴が書かれており、その横には推薦理由も載っていた。

 すべて他薦によるものらしく、推薦者や組織の名前が理由の最後に並ぶ。

 資料を眺めていると、とある役員から声が上がった。


「皆様ご覧になられている途中かと思いますが、ここで一つ、不毛な議論を先に終わらせておきましょう」


 声の主を見るとロドリゲス殿のようで、他の役員たちは怪訝(けげん)そうな顔を浮かべていた。


「このリストをご覧になられた皆様であれば、恐らく二名は異論なく決まるかと思います」


 そこでロドリゲス殿は一拍置いて他の役員を見渡す。

 中には察した人もいるのか、彼の言葉に軽く頷く役員もいた。


「――その方々とは『軍勢(ぐんぜい)』シールズ殿と『使徒』ルカン殿のことです」


 ロドリゲス殿の言葉を肯定するように、拍手や感嘆の声が漏れる。

 しばらくの後、落ち着いたことを見計らって進行役のニコラスが決をとる。


「皆様異論がないということで、二名はエルム連合王国の『軍勢』レイフ・シールズとミスルト教国の『使徒』セオドア・ルカンでよろしいでしょうか」

「――失礼。一つお聞きしたいことがあります」


 最終決定が下る前に手を挙げる。


「何でしょうか」

「『十傑』選定会議に出席している人物が選ばれるのは問題ないのでしょうか。不正を疑われたり、評議会の権威に泥を塗ったりしないのですか」


 ふとした疑問だが、ここにいる以上必要な配慮だろう。


「なんのなんの! ルカン殿であれば何の問題ございません。むしろ、『十傑』に選ばれないほうが私たちの目が疑われるというものです!!」

「過去の事例から見ても問題ありません。むしろ役員になると『十傑』に選ばれ難いまであります。ご懸念通りのことを考慮して、一段厳しく選考されますので」


 ロドリゲス殿やニコラスの言葉に同調するように、周りの役員たちからも問題ないとの声が上がる。


「そこまでご期待いただけるのであれば、不肖ながら務めさせていただきます」


 立ち上がり軽く礼をすると、会議室は拍手に包まれた。

 席につくとニコラスが口を開いた。


「少々変則的ではありますが、先ほどの二名を除いた中から皆様の推薦をお願い致します」


 再び会議室に静寂が訪れる。

 改めてリストに目を通すと、英傑のランクは最低でもA-。

 見知った名前もちらほらと見受けられた。

 贔屓(ひいき)目を抜きにしても、実力も名声も十分な二人を選ぶ。

 役員全員が選び終わったのか、皆顔をあげる。


「――皆様、選び終えたようですので順に挙げていただきましょう」


 今回名前が挙がったのは六名。

 最も票数が多かった英傑から議論が始まる。

 選ばれたのはバーチ共和国の「守護(しゅご)」――私も一票投じた友人だ。


「――ランクA+とランクこそ低いが実力・名声ともに十分ではないか」

「私も同意見です。品行方正かつ騎士然とした振舞いで、大変人気があります。実力に関しても、過去大規模な魔獣災害をほぼ単騎で解決したほどです」

(わし)も異論ない」

「同じく」

「問題ないでしょう」


 一人の役員の意見を皮切りに、賛同の声が上がる。

 私も頷いて同意の意を示す。


「――特に反対意見もないようですので、三人目はバーチ共和国の『守護』セドリック・ダンスターと致します」


 同様に、今回名前の挙がった他五名も選ばれた。


「――イーレクス王国の『狂気(きょうき)』クレナ・ファーロウ、レルヒェ共和国の『重爆(じゅうばく)』ウォーレン・ホークス、クエルクス貿易都市の『要塞(ようさい)』メリオラ・リンド及びティルザ・リンド、フラクシヌス帝国の『超人(ちょうじん)』タリオン・ルーガーと致します」


 二人で一つの称号を持つリンド姉妹も選ばれた。

 後から聞いたところ、この場合の「十傑」は十一人になるそうだ。

 残りは三枠。

 話し合いが続く。



 ◆◆◆



「――他にもランクSはいなかったか?」


 とある役員が疑問を零した。


「三人ほどいるが、一人は辞退、二人は消息不明だ」

「消息不明? どういうことだ」

「随分と連絡がつかないらしい。片方は放浪癖のある『堕墜(だつい)』、もう一方は『行燈(あんどん)』。こっちは二か月前に辺境に行ったきり、行方が分からないそうだ」

「『無影(むえい)』からは辞退する旨の連絡が入ったそうね」

「と、なると他から選ぶわけか……」


 会話を受けて皆一様に資料へと目を落とす。

 しばらく沈黙が流れていたが、とある役員がおもむろに口を開いた。


「まだ挙がってない国はどこだったかな?」

「――アケル公国、エペヌム王国、ティロ共和国、シプレス王国、ソール連邦、ファーグス諸島国、ヒバノ島国、マグノリア自治区……あとは小国群で英傑がほぼいないわね」


 隣の役員が親切に国を挙げていく。


「アケルとティロは除外、か?」

「『慈雨(じう)』はどうかしら?」

「……いや、『堕墜』を差し置いて選ばれたくないと言われそうだ」

「ティロも『行燈』以外は特にパッとしないしのう」

「現在のエペヌムはそもそもA以上の英傑がおりませんで」

「挙がってない国で著名な英傑を考えたほうが、よろしいかもしれませんね」


 聞いていた他の役員たちも異論なく、感心したように頷く人もいた。

 方針が決まると、口々に英傑を挙げていく。


「シプレスは『蒼焔(そうえん)』ですかね?」

「うむ。ファーグスは『不捉(ふそく)』であろう」

「ソールは『冷林(れいりん)』だな」

「マグノリアは『災嵐(さいらん)』か?」

「いや、『災嵐』は限定条件付きという理由でいつも辞退していますね。他となると……最近現れたという『孤絶(こぜつ)』ですかね」

「『孤絶』? 知らんなぁ。最近のマグノリアだと『魔女』と呼ばれている英傑なら知っているが……」

「その人ですよ。二つ名が『孤絶』。恰好や雰囲気からよく魔女とも呼ばれますけど――」

「ヒバノは『神閃(しんせん)』かしら?」

「残念ですが、『神閃』は亡くなっております。ここ一か月ほどのことですが――」

「えっ、彼女が!? 知らなかったわ……」

「戦いの最中、不埒(ふらち)な横やりを受けて命を落としたそうです」


 名前の挙がった英傑を手元の資料で探す。

 確認していると、一人載ってないことに気付いた。


「――ソールの『冷林』ですが、今回の候補にいらっしゃらないみたいですよ」

「何? ……本当だ。ソールはいつも一人だったから、てっきり載っているものとばかり」

「代わりにいる英傑は――『悪鬼(あっき)』? 『悪鬼』ってあの『悪鬼』かぁ?」

「何か知っているの?」


 ソールの英傑を見た役員が素っ頓狂な声をあげる。

 不思議がった他の役員が水を向ける。

 全員の注目が集まっているのを自覚したその男は、咳ばらいを一つして神妙に話し出した。


「……本当か眉唾か定かではないが、かの『無双(むそう)』を殺した張本人らしい」

「なんですって!?」

「本当のようじゃぞ。それも真正面から正々堂々と戦い、勝ったそうじゃ」

「――信じられません。資料によればまだ十二歳ですよね」

「ってことは『無双』を下したのは十一歳ってことか……」

「情報を追加しますと、先の『神閃』。彼女の亡くなった原因の一つに『悪鬼』と戦ったためであると聞き及んでおります」

「『神閃』も!? 近接戦闘最強格の彼女と戦ったというのか!」

「ええ。それも終始『悪鬼』が優勢で事が進んだとか」

「……化け物か」


 手元の資料には載っていない信じられない来歴を聞き、一同言葉を失う。


「待ってください! おかしくないですか? 規定では許可証(ライセンス)は十二歳以上でないと認可がおりないですよね。不正じゃないんですか?」


 比較的若い役員が声高に訴える。

 事情を知らない幾人かはその言葉に共感したようで、他の役員たちに目を向ける。


「――()()()()により許可証取得の前倒しが行われたらしい。事情については私は知らない」

「儂も事情までは知らんのう」

「私も存じ上げません」


 顔を向けられた役員たちも、事情までは知らないと口を揃える。

 最後に私に視線が集まる。


「……私も詳しくは存じません。ただ、規定年齢よりも前に、戦闘せざるを得ない状況があったとだけ聞き及んでおります」

「――なるほど」


 これだけで大抵の人は察した様子だ。

 察せなかった人々も深くは聞いてこなかった。

 重い沈黙が広がる。


「――では、候補としましてはシプレス王国の『蒼焔』、ファーグス諸島国の『不捉』、マグノリア自治区の『孤絶』、ソール連邦の『悪鬼』ということでよろしいでしょうか」


 進行役のニコラスが沈黙を破って話を進める。


「その中では『蒼焔』と『不捉』の実力が劣る、か?」

「『孤絶』と『悪鬼』は最近すぎて名声がなさすぎないか?」

「能力を考えればその二人は十分すぎるだろう」

「『不捉』の活動周期は問題ないのかのう」

「彼女は二年前に目が覚めたので問題ないと思いますわ」

「全体的に『蒼焔』は実力も名声もこじんまりしてる気がします」

「確かに。ランクA+としては十分すぎるが、他と比べるとどうしても見劣りしてしまうな」

「同じランクA+だと相性もありますが、『剛腕(ごうわん)』や『冷林』、『碧靂(へきれき)』のほうが……って気がしますしね」

「そうね。どこか尖った能力がある訳じゃないから、優秀なんだけどね」

「――決まりだな」


 最後の言葉を合図に、役員全員の視線がニコラスに集まる。


「――では、残りの三名はファーグス諸島国の『不捉』マヤ・モーフェス、マグノリア自治区の『孤絶』キエラ、ソール連邦の『悪鬼』ゼインでよろしいでしょうか」


「異議なし」

「うむ」

「ええ」

「問題ないです」

「異論ございません」

「大丈夫」

「問題なし」

「はい」

「うん」

「よろしいかと」


 それぞれがニコラスの言葉に肯定を示した。

 私も大きく頷いて同意の言葉を述べた。


「異論はないようですので、今期の『十傑』は計十一名の英傑で執り行います。なお、発表は七月一日となりますので、それまでは皆さま口を(つぐ)んでいただきますようお願い致します」


 ニコラスの注意に皆、頷きをもって返す。


「――これにて第一三八回『十傑』選定会議を終了させていただきます。皆様、長時間お付き合いいただきありがとうございました」


 ニコラスが一礼すると拍手が沸き起こる。

 拍手が落ち着くと、皆思い思いに席を立ち退室していった。



 ◆◆◆



 私は部屋から退出し、別室で待っていたメイジーと合流する。


「――如何でしたか?」


 いつもと変わらぬ調子でメイジーが問いかけてくる。


「なかなか有意義で、貴重な体験だったよ」


 何の気なしに答える。

 思いがけないことに、さほど労せずして()()()を達せられた。

 あまり褒められたことではないだろうが、彼のことだ。きっと悪いことにはならない。


「それは僥倖ですね」


 普段通り答えたつもりでも、彼女にはお見通しのようだ。

 少しだけ肩を(すく)めるだけで彼女の言葉には答えず、そのまま教会へと足を向けた。



 ◆◆◆



第一三八期「十傑」

「使徒」 セオドア・ルカン ミスルト教国所属 ランクS+

「軍勢」 レイフ・シールズ エルム連合王国所属 ランクS+

「守護」 セドリック・ダンスター バーチ共和国所属 ランクA+

「狂気」 クレナ・ファーロウ イーレクス王国所属 ランクS-

「重爆」 ウォーレン・ホークス レルヒェ共和国所属 ランクS-

「要塞」 メリオラ・リンド

     ティルザ・リンド クエルクス貿易都市所属 ランクS- 

「超人」 タリオン・ルーガー フラクシヌス帝国所属 ランクS-

「不捉」 マヤ・モーフェス ファーグス諸島国所属 ランクA+

「孤絶」 キエラ 無所属(マグノリア自治区) ランクA+

「悪鬼」 ゼイン ソール連邦所属 ランクA-


以上、十一名


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