78話 真実はいつも残酷
聖法歴1022年2月11日
ミスルト教国首都ヴィクスム。
私は賢人会本部の執務室に居た。
世界の命運を左右すると言っても過言ではない会議を目前に控え、最後の確認作業に追われる。
手元の資料には、各国から選りすぐりの戦力が列挙されていた。
中には英傑たちの名もある。
それにも関わらず、私は盛大なため息をついてしまう。
「どうかされましたか?」
「いや、この資料がね」
「――あぁ、人選の件ですか」
軽く掲げただけで、私が何を見ているのか理解したメイジーが、その表情を曇らせる。
彼女も私同様、想像以上の集まりの悪さに嘆いていたようだった。
「敵が判明した訳だけど、各国政府の腰が重くてね」
「それは仕方がないことです。ここ数年で、どの国も戦力を減らしすぎましたから」
「そうだね。『十傑』も四人を失ってしまったし、残る英傑も後十八人。出し渋るのも、仕方がないのかもしれないけどね」
答えながら別の資料に目を落とす。
そこには英傑の名前の横に、いくつものバツ印が並ぶ。
それは、今確認されている生存の有無を示していた。
「ヒバノ島国、エペヌム王国、ティロ共和国は一人も居ませんからね」
「シプレス王国は事実上解体してそれどころじゃないし、イーレクス王国も先の一件の影響で、一人だけ残っていた『崩牙』のシンディーも英傑の地位を返上した。その二つもゼロだよ」
「おや、そうだったのですか。それで言いましたら、クエルクス貿易都市も怪しくありませんか?」
彼女は私の言葉でもう一か所の候補を挙げた。
「そっちはまだ保留してもらっているよ。ティルザには申し訳ないけど、今『十傑』の看板を下ろされたら、他国にも影響が出かねないからね」
彼女の姉メリオラが亡くなったことで、心身に不調をきたしていたティルザ。
元から姉の作り出す魔道具ありきなところがあるからと、以前から英傑の称号を返上したい旨は聞いていた。
けど、時期悪く「狂気」クレナが「悪鬼」ゼインに喧嘩を売ったことで、状況が一変してしまった。
その一件で芋づる式に諸悪の根源を見つけられたのだけど、逆に私たち「十傑」の存在が危うくなってしまった。
今、ティルザも抜けてしまうと最終決戦に支障が出る恐れがあるため、どうにか返事を差し止めている状況だった。
「残る英傑は、各国とも二、三人ですか」
「概ねそうかな。エルム連合王国は『燎原』ウェンディだけ、アケル公国は『慈雨』ミレイアの死亡が確認されたから、『堕墜』カメルだけだし、レルヒェ共和国も『失潤』ビアンカのみ。ソール連邦もゼイン一人だね」
「マグノリア自治区は『孤絶』のキエラ様と、『災嵐』のセヴェリーノ様ですか」
「『飢饉』のクレトも悪魔に乗っ取られていたみたいで、先日死亡が確認されたよ。うちも『王座』メレディスが似た手口でやられたから、私と君だけだよ」
メイジーが指折り数えながら静かに目を伏せる。
メレディスは支援役として確実にいて欲しかったんだけど、残念ながら、死の呼び声に呼ばれてしまった。
「支援役ですと、バーチ共和国『澄鈴』のクラリス様がいらっしゃいますよ。彼女は最近英傑になったばかりですが」
「あの国は死者が出なくてよかったよ。『守護』セドリックと『碧靂』ベサニーもいるから三人だしね」
「それでしたら、ファーグス諸島国もでしょう。あそこには『十傑』でもある『不捉』のマヤ様と『幻霧』ファム様、『水鏡』メイナード様がいらっしゃいますから」
「確かにそうだ。それならフラクシヌス帝国も四人になるかな? 『双璧』の二人を一緒くたにカウントすればだけど」
彼らも「要塞」姉妹同様、二人で一つの異名を持っていた。
ただ彼らの場合、個人でもランクA-の実力を持っているから、二人で一つの英傑というよりは、同じ異名を持つ二人の英傑って扱いが近いと思う。
「ヴァージル様とジェイミー様ですね。他にも『超人』のタリオン様、『剛腕』のゲオルグ様、『千風』のミルドレット様がいらっしゃいますから、実質五名の英傑を有していることになりますか」
最大数の英傑を保有していても、国土の広さを考えれば、むしろ足りない可能性すらあった。
「こうして見ますと、『十傑』が発表される前と比べ、半数以上の英傑が失われたのですね……」
しみじみと語るメイジーの顔には愁いが浮かぶ。
私もやるせなさは感じていた。
いくら彼が居るとはいえ、あまりにも少なすぎるだろうと。
英傑すべてを差し向けるぐらいの気概でいたのだけれど、半数以上の国が、戦力の分散を選んでいた。
これは、彼への――ゼインへの当てつけなのかもしれない。
数多の英傑を殺したとされる、彼に対しての。
「なんともはや、この期に及んでまで足の引っ張り合いとはね。思った以上に溝は深いのかもしれないね」
「そうですね。……見限られないといいのですけど」
直接名前を口にしなかったけど、誰を指しているのかは明白だった。
メイジーも私と似た心配をする。
その気持ちには同感だ。
私も、昨日までは同じ感想を抱いていたのだから。
顔を上げながら、苦笑交じりに答えた。
「心配には及ばないよ。ゼインからは、色よい返事がもらえたからね」
それだけに、他国の反応がどうにもやりきれず、彼との温度差が非常に虚しく映る。
会議を行う前から、各国の本気度が手に取るように分かった。
真に受けている国は、バーチ共和国とソール連邦の二国のみ。
他は日和見を決め込んでいた。
この後控える会議を前に、頭の痛い思いだった。
嘆く私たちだったけど、時間が来たので執務室を後にする。
各国首脳との会議はもう間もなくだった。
その場で元凶の――犯罪組織「ゴエティア」の打倒について話し合うつもりだ。
戦力の増強についても、合わせて説得するつもりで。
どれだけ効果があるのか分からないけど、少しでも彼の負担が減らせるのであれば、私は尽力する。
そう、胸に掲げて歩みを進めるのだった。




