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77話 狂気の道化師 -後編-

すみません、詠唱が思いつかなすぎてだいぶ遅れました。

本当に申し訳ありません。

 目の前が霞み、息も絶え絶えなゼインは、()()()()を認識できなかった――。


 万を超える籠の鳥たちを無傷で解放し、毒花の魔の手から逃すために使用した魔力は計り知れず。

 流れる涙も止めどなく大地へ落ちていった。

 黒髪の少年が集めた魔力は、常人では一生かかっても使いきれないほど。あの「超人」と呼ばれる英傑すら凌駕するほどだった。

 そんな状態でなお、ギリギリ意識を保ってクレナたちの前に立っていられるのは、はっきりと言って常軌を逸していた。


 目の前の敵に注視していたからこそ、背後から迫る毒牙に気が付けなかった。

 ()()()()()()()()がその身に降りかかる。

 彼が視認していれば、きっと紫色に見えたそれは、音も空気の揺らぎもなくゼインへ襲い掛かる。

 体に触れた瞬間ようやく気付いたが、時すでに遅し。

 驚愕(きょうがく)に目を見開き、一度大きく身を振るわせた後、視界を暗転させて後ろへ倒れてしまった。



 ◆◆◆



 辺りに静寂が訪れる。

 小さく響いた倒れた音が、離れたクレナたちの元へも届く。

 それと同時に、彼女の手には、確かな感触も運ばれてきた。


「……ふふふっ、やったわ、やっと手に入れたわ! ()()()()が、わたしの手に! ――これで夢も最終段階よ!!」


 狂喜乱舞と嬉しさを爆発させたクレナが天を仰ぐ。

 その顔は既に勝利を確信し、己の野望がギラついていた。

 隣に影を纏って姿を現したジョサイアも、鋭い視線を緩めて長く深い息を吐く。

 彼の目からしても、目的の英傑は意識もなく、彼女の術中に()まっていた。

 完全に気を緩めた訳ではないが、相手の文句なしの沈黙が二人に安堵と脱力を(もたら)していた。


「……流石、最恐の英傑と呼ばれるだけはある。ここまで用意して、且つ私の影も併用してようやくその身に届くとは……。端から回復の暇を与えなかったのも大きい。万全の状態であれば、こちらがやられていただろう」


 ジョサイアの独り言は、彼女に届くことはない。


 彼女の計画そのものは数年前から立てられていたものだが、実行に移すまでにいくらかの時間を要するものだった。


 “イーレクス王国を内部から支配し、クレナの望む楽園にする”――。


 それが、彼女の夢だった。


 目標達成を目前にしたところで、()()()()()が生じた。

 彼女の魔法で沈んだ王国だったが、それを邪魔する可能性のある英傑が現れたのだ。

 今から約二年半前、彼女と似た魔法を使う悪魔を捕らえた英傑が、彼女の危機感を()き立てた。

 人知れず静かに行われたはずの出来事だったが、()()()()()()()()()()()という形で、表に出てしまっていた。

 当時は魔力事故の影響として処理されたのだが、諜報(ちょうほう)も得意とするジョサイアによって、その全貌を把握することができていたのだ。

 それが、ゼインと「傀魔(かいま)」カーシモラルとの一件。

 その時から、クレナにとってゼインは排除するべき障害であり、彼女の()()となったのだった。


 それからは静かに爪を隠しながら、ゼインの情報を集めていた。

 曰く、近接主体の英傑である。

 曰く、強力な魔法を使う英傑である。

 曰く、他者の魔法が効かぬ英傑である。

 曰く、悪逆非道を尽くす英傑である――。


 彼の弱点や特性も、直接聞いた人間を除けば、彼女たちが一番知り得ているほどだった。

 そこから導き出した答えが今日の一件であり、二日前の襲撃でもあった。


 膨大な魔力を事前にある程度削っておくこと。

 そして何より、無辜(むこ)の民を人質に取り戦わせれば、向こうから勝手に魔力を使い潰してくれること。

 そこまですれば、最低でも殺めることができると踏んだクレナたちは、数か月の時間を掛けて手駒を増やし、あわよくば最強の存在も手にしようと目論んだのだった。


「全員逃げられたのは誤算だったけど、彼を支配下に置けたのなら十分だわ。彼一人だけでおつりはくるもの。数は、後からどうとでもなるわ」


 うっとりとした表情で哄笑(こうしょう)するクレナは、その赤い口を大きく持ち上げる。

 主の上機嫌な態度に、ジョサイアも目を細めて口元を緩めていた。


 そんな彼は、ふと、視界の端で()()()()を捉えた。

 周囲は激しい戦闘跡が広がり、無事な地面を探すほうが難しかった。

 動物一匹、鳥一羽もいないほど静まり返るこの場で、動くものなど――。

 そこまで考えて、向けていた顔を固まらせた。


 彼の視線の先では、操り人形のように()()()()()()()()()()()()()()()()姿()があった。

 上体を後ろへ反らし、腕が吊り上げられ、首は力なく後ろに垂れる。

 ゆっくりと、それでいて一回一回動きを止めながら持ち上げられる体の様子に、不気味さを禁じ得ない。


「……クレナ、君が動かしているのかね?」

「え? 何がかしら?」


 名を呼ばれ振り向いたクレナが、唖然(あぜん)とするジョサイアの視線を追って、その異変に気付いた。

 今は既に体を起こし、背中を丸めてだらりと前に手を投げていた。

 伏せられた顔は、流れ落ちる髪によって窺い知ることはできない。

 僅かに(のぞ)く口だけが、小さく開かれていると判断できた。


「どうして()()は動いているの?」

「えっ――」


 驚く声に呼応するように、()()()()()()()()()()()()()(ほとばし)る。

 重く、息苦しく、それでいて目の離せない、そんな魔力が。


 あらゆる負の感情をかき集めて、煮詰めたような胸糞(むなくそ)悪さ。

 それと相まって、湧き上がる忌避感が胸を掻き立てる。

 頭では否定しているはずなのに、体が言うことを聞かない。

 釘付けになる視線の先、重力を無視して逆立つ髪が、少年の表情を露わにした。


 それは虚ろな瞳。

 昏い紫紺は光を映さない。

 生気のない目は、ただ虚空を見つめ、彼女たちすら眼中になかった。

 僅かに開かれた口からは、何かが吐き出され、大気を煌めかせる。


 その一方で、少年を取り巻く魔力も光を放つ。

 (ほの)かに色づく魔力は、まるで金粉を散りばめたよう。

 暗い寒空の下、そこだけが別世界のように、神秘的な輝きに満ちていた。


「――っ!?」


 声を上げることもできず、息を呑む二人。

 彼を取り巻くほんの数メートルの領域が、亀のような歩みでじりじりと侵食を始めた。

 得も言われぬ焦燥感に駆られるものの、指一本動かせずに状況を見つめるばかり。


 ――触れてはいけない怪物を呼び起こしたのではないか。


 そんな思いを胸によぎらせて……。



 ◆◆◆



 盲目の少年は、周囲の状況を何一つとして把握していなかった。

 あるのは、ただこみ上げる感情の渦だけ。

 複雑怪奇に絡まった感情が、彼の胸を衝いていた。

 恐怖、混乱、悲哀、狂気、苦痛、そして、僅かばかりの()()――。

 それだけが彼を支え、他の渦巻く感情をなんとか耐え凌いでいた。


 周囲の変化にも気付かず、ただ一人、孤独の中で。


 そんな彼の元へ、()()()()()()が一つ。

 小さなその背中は、この場に現れ少年の姿を捉えた途端、脇目も振らず走り出す。

 帯同者の制止も聞かずに。


「あ、ちょっと! 今の彼に近寄ったら危ないですよー!!」


 藍色の髪を(なび)かせ手を伸ばすも、足は止めたまま。

 たとえ彼女であっても、容易に近づけない状態だった。

 理性よりも感情で動いた少女。

 彼女を止める術を持ち得ていなかった。

 心配そうに見つめる金の瞳を持った女性は、直後、目の前で起こった光景に驚愕を浮かべた。


「うっそ! ()()()()から戻してくるだなんて……。流石ニネットちゃん」


 小さく(つぶや)かれた言葉は、誰に向けるでもなく。

 ただ、世界中へと溢れていた魔力が止まったことに安堵していた。


 少女ニネットの行動は至極単純だった。

 金色に満ちた領域に、一切の躊躇(ちゅうちょ)なく足を踏み入れ、少年の体に()()()()()()()だった。

 本来であれば、侵入した一切合切を無差別に黄金の粒子に還すその空間。

 その中であっても、彼女だけはその身体を保ち、彼に触れることができたのだった。


 少女(ニネット)の温もりが少年(ゼイン)を襲う。

 虚無を浮かべていた顔に息吹が戻り、眼に光が宿る。


「ニネット……? どうしてここに?」

「お兄ちゃん!! よかった……!」


 いつの間にか光が消え、彼から発せられていた圧も霧散する。

 澄んだ紫紺の瞳を下に向け、桃色の少女を見つめるゼイン。

 訳も分からず困惑したのも一瞬で、すぐさま見知った魔力に気付く。


「ヴェロニカ? もしかして、あいつがニネットをここに……? でも、どうして……」

「お兄ちゃん、さっきまで変だったんだよ!? 心配したんだから!!」


 涙ながらに告げられても、彼の混乱は収まらない。

 先ほどまでの状況を、彼は一つも把握していなかったからだ。

 周囲を見渡せば、ゼインの周囲は奇妙な形で大地が(えぐ)れ、遥か前方には敵対していたクレナとジョサイアが唖然として立ち尽くしていた。


「嘘よ、嘘よ嘘ようそよッ!! さっきまではちゃんと()()()()()()()()()じゃない! どうして急に元に戻っているのよ!!」


 声を荒げて発狂するクレナは、信じられないと憤慨する。

 隣にいたジョサイアも同様で、眉をひそめ険しい表情のまま、両手の短剣を握りしめる。

 あの光景を目の当たりにしても、未だ敵対する姿勢を見せるジョサイア。

 それは偏に隣のクレナのためだったが、その行動でゼインが再び彼らを(にら)みつけた。


「ヴェロニカ、ニネットを頼む」

「はいはい、分かりましたよ」


 音もなく近づいていた彼女へ、驚く素振りもなく少女を託すゼイン。

 可愛くないとぞんざいな返事をしながらも、ヴェロニカはニネットの肩を抱く。


「手伝いは要りますか?」

「いらん。俺だけで決着をつける」

「無理はしないでね……」


 ニネットの言葉に、小さく首を引く。

 そのまま数歩前へと躍り出た。


 対峙するクレナとジョサイアも、二言三言、言葉を交わす。


「……クレナ、()()()()の準備を。私が時間を稼ぐ」

「――くっ、仕方ないわね」


 顔を(ゆが)めて(ほぞ)を噛みながらも、クレナは懐へ手を忍ばせて準備を始めた。

 それを隠すよう、ジョサイアが歩み出る。


 二人の英傑の視線が交錯する。

 片方は深い紫の双眸を細め、頬から涙を伝わせて。

 もう一方は漆黒の瞳を据え、映る光を拒絶して。

 互いが守りたいものを背に、その手に力を込めた。


 合図はなく、けれど動き出しは同時だった。


 紫と黒の輪舞曲(ロンド)が始まる。



 ◆◆◆



 初手からどちらも全力だった。

 ゼインはその掌に紫炎を纏わせ、空を穿(うが)つ。

 ジョサイアは短剣に闇を混ぜて、地を裂く。

 突き出しと切り上げがピタリと衝突した。


 衝撃の余波が辺りへ降りかかる。

 大気は震え、大地は揺れ動き、大きく(ひび)割れる。

 周囲の被害をお構いなしに、二人は次から次へと攻撃を繰り出した。


 どちらも特定の足場を必要としない、速度重視の戦闘スタイルだ。

 地を駆け、空を駆け、戦場は目まぐるしく移り変わる。

 炎の砲撃が訪れたと思えば、影の斬撃が自由に飛び回る。

 氷の華が咲けば、闇の雨が降る。

 雷の(はさみ)が空間を切り裂けば、黒の(あぎと)が大気を食らう。

 一進一退の攻防が、荒れ果てた戦場の至る所で散見された。


 あまりの速さに、目で追えたのはヴェロニカだけ。

 ニネットはおろか、ランクS-のクレナでさえ、数手遅れた魔法しか捉えられていなかった。


 音は反響し、ぶつかり合い、時には増幅し合い。

 遅れて届く頃には、元の原形を留めないほどの轟音となっていた。

 状況が全く読めないニネットは、無意識に手を強く握りしめていた。


「大丈夫ですよ、ゼインなら」

「本当?」

「本当、本当。今の彼を止められる人なんて、いないんじゃないですかねぇ」


 安心させるためなのか、軽い口調で答えるヴェロニカ。

 その声を信じ、祈るように手を組み合わせるニネット。


「どうか、無事でありますように」


 少女の呟きは、戦闘の音でかき消された。

 それでも声援に応えたように、遠くの戦場で大きな火柱が立ち昇った。


 互角の戦いに見えたせめぎ合いは、徐々に天秤が傾いていく。

 長時間戦っていたにもかかわらず、意気万全といった様子のゼインに対し、これまでの戦闘の疲労が抜けきらないジョサイア。

 結果は火を見るよりも明らかだった。


 ゼインの凶掌がジョサイアの体を捉える。

 すんでのところで身を捻ったものの、脇腹を深々と抉られ、動きが鈍りだす。

 しばしの間、気合で耐え凌いでいたジョサイアだったが、それも限界に達する。

 一瞬の隙を突いて放たれた掌底に、その胸を鋭く貫かれたのだった。


「ごふっ――」


 大量に吐血するジョサイア。

 絶体絶命の窮地に於いてなお、その目は諦めていなかった。


「終わりだ、観念しろ」


 無慈悲にもその腕を引き戻すゼイン。

 (たちま)(おびただ)しい血がまき散らされ、ジョサイアの体力が擦り減っていく。

 命の灯が僅かとなっても、彼は不敵な笑みを浮かべた。


「……残念だったな。私の役目は時間稼ぎ。それも、もう十分だ」


 勝ちを告げ、空を見上げるジョサイア。

 その視線の向こうには、暗雲を掻き分けて現れる巨大な飛行物体の姿があった。


「なんだ、あれは?」

「――人造天使。()()()()()()だ」


 空に浮かぶのは、都市を丸々押し潰せそうなほど大きく無骨な存在。

 感じる魔力は途方もないほどを内に秘めていた。膨大な魔力量を誇る「超人」が()()()()()()()()()()に。


「MOOOVA!」


 その巨躯(きょく)は鈍色に輝き、目を伏せ涙を堪えたような表情をしている。

 背中には巨大な二対の羽があり、言われれば、確かに天使と思えなくもない姿をしていた。


「ふ~ん。あれが、お前らの奥の手か……」

「ふふふ、わたしのものにならないなら、そのまま消えてしまえばいいのよ!!」


 発狂したように叫ぶクレナの声が木霊する。

 目は血走り、けれど血の気を失った顔を見せる。

 体はふらついて、正気の沙汰とは思えないほどだった。


 そんな彼女を一瞥したゼインは、静かに右腕を握る。

 右手は地面へと向けられ、腰も少しだけ落として顔を伏せた。

 何をするのかと思った矢先、彼が朗々と言葉を紡ぐ。


「『静かに凪ぐ 空は澄み、水面は銀鏡 映すは内、昔日の灯も宿していった

  あるのは鐘堂 その音を深く打ち鳴らす

  受け入れるは、その身を委ね、悠久を添い遂げる』」


 ゼインらしからぬ行動。

 長々とした詠唱を歩む声は、明瞭快活でいて、どこか悲しげで……。

 紡ぎ終えた彼の目に、いくつもの涙が浮かんでいた。


 途端、彼の右手に魔力が集う。

 赤紫と紫紺が絡み合い、時折空色が顔を覗かせる。

 高まる魔力と輝く右手。

 渦巻く魔力が周囲を圧倒する。


 握る手に力が入る。

 奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

 およそ一分にわたる魔力集中。

 その間、誰一人として言葉を発せないほどの魅力があった。


 準備が整うと、ゼインは勢いよく顔を上げた。

 その瞳は僅かに黄色が混ざり――。

 人造天使を見据え、空へと跳び上がった。


「失せろ、ロートルが!」


 光の速さで肉薄し、その右手で掌底を放つ。

 紫の飛跡が空に燦然(さんぜん)と輝く。

 鋭く穿たれた右掌は、勢いを保ったまま、その巨体を貫いた。


「……MO……VA……!」


 顔から一閃された人造天使は、鈍い断末魔を上げて二つに割れる。

 一切の攻撃指示を受けることなく、そのまま巨体が地に落ち物言わぬ瓦礫(がれき)となり果てたのだった。


「う、そ……。わたしの、わたしたちの、ゆめが……」

「他人を(おとし)めようとしたツケだ。夢なら、自分の力で(つか)め」


 人造天使の機能が停止するや否や、クレナに近づいてその頭を鷲掴みにするゼイン。

 そんなことは気にも留めないとばかりに、彼女はうわ言を呟いていた。


「気でも触れたか。……まぁいい。これ以上、下手なことができないようにすればな」


 勝手に納得して、掴んだ左手から紫炎を立ち昇らせた。


「あ……、あぁ、あああああ……!」


 慟哭(どうこく)するクレナの瞳に最後に映ったのは、崩れ落ちた残骸と、一人の人物。

 血溜りに臥す、黒髪の男性だった。


「……ジョサ――」


 名を呼び終えることなく、声が失われた。

 その場に残ったのは、元クレナだという()()()()()()だった。


「殺さないのですか?」

「このほうが苦しむだろ。殺すかどうかはセオドアに任せればいい」

「ふ~ん」


 意味ありげな視線を向けるヴェロニカだったが、それ以上は何も追及しなかった。


「ま、更生すれば問題ないですしね。――それよりその腕、大丈夫なんですか?」


 教育に良くないと、ニネットは少し離れた場所で待機させていた。

 だからこそ、ゼインの右腕が傷だらけだと、彼女はまだ知らなかった。

 気付かれれば騒がれるのは必至だ。

 その前にと、ヴェロニカが尋ねたのだった。


「そのうち治るだろ。ニネットには内緒だぞ」

「分かってますよ。……でもそうですね。このままだと、色々と支障がありそうですから、()()()()()()サービスしときますよ」


 そう言って彼女は小さく手を振る。

 どこからともなく現れた影が、ゼインの右腕を覆い隠した。

 すぐさま離れた影だったが、なくなった頃にはその腕は完治しており、傷跡一つ残っていなかった。

 驚愕に染まるゼイン。


「何をした……?」

「見ての通り、治してあげただけですよ」

「それは――」


 聞き返そうとして、途中で言葉を止めた。

 彼女を振り向いたゼインは、その熱を全く感じない黄金の瞳を見て、小さく頭を振った。


「なんでもない。……治してくれて、ありがとう」

「どういたしまして!」


 いつもの調子に戻ったヴェロニカに、ゼインは浅く息を吐いた。


「後のことはこっちでやっておきますから、ゼインはニネットと一緒に帰ってください。彼女、凄く心配していたんですよ?」

「……説教は、勘弁なんだが」


 顔を(しか)めるゼインに、ヴェロニカは悪戯っぽく笑う。


「まぁまぁそう言わずに。元はと言えば、貴方がちゃんと説明しないのが悪いんですよ」

「……」


 むくれっ面をするゼインだったが、言い返すことはできなかった。

 結局、彼女の意見に従う他なく、先ほどまでの威勢はどこへやら。しょぼくれた背中でニネットの元へと向かうのだった。



 ◆◆◆



 いくつかの荷物をまとめたゼインが、ニネットを伴ってこの場を去る。

 残されたのはヴェロニカだけだった。

 二人が居なくなったのを確認すると、彼女は一度、大きく伸びをした。


「ん~、はぁ……。本当は()()、見せるつもりはなかったんですけどねぇ。私も絆されたんですかね?」


 答えの返ってこない質問を零し、彼女は仕事に取り掛かる。


「まぁでも、このぐらいは良しとしますか。――()()()()()()()()もありましたし」


 彼女は指一本動かしただけで、この場の惨状がすべて消え失せる。

 そのままどこかへと歩き去っていった。


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