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75話 戦争の在り方

聖法歴1021年12月22日



 この日、ソール連邦にいくつもの巨大な魔法が降る。

 それはほぼ同時に、国境付近を守る砦や都市で多くの者に目撃された。

 寒空の下、誰もが空を見上げて。

 目の当たりにした人たちは皆、似たようなことを口にする。

 “理解が追い付かなかった。今日で人生終わりだと思った”と――。



 ◆◆◆



 事の発端は、一つの警報が鳴り響いたからだ。

 それは、南に位置するとある砦からの救援要請であった。

 宣戦布告もなく唐突に襲撃されたその砦は、混乱渦巻く中、自分たちの手に負えないと早々に信号を連邦軍本部へ送信していた。

 受け取った側も、大慌てで支援部隊を送ろうとする。

 想定されていない事態とはいえ、直接襲撃を受けていないので冷静さは保てていた。

 早速関係各所に連絡を取り、連携しようとした矢先、思いがけない事態に発展した。


「今度は西の前線からも救援要請が!」

「こちらは東のラケナリアからです!」

「こっちは北のロウバイから! どこも襲撃を受けています!!」


 ほぼ同時に(もたら)された報告。

 受け取った本部は、自分たちが袋叩きにあっているのだと、ここへ来て把握したのだった。


「クソッ、まさか周辺諸国が手を組んで我々を排そうとするなんて――。これも全部、()()()()()()()の所為だッ!」

「上官、愚痴は後です。今は襲撃に対応しませんと」


 苦々しく吐き捨てた上司を(たしな)める副官。

 それでも内心では皆、思っていたことだっただけに、誰もが彼の言葉を非難しない。

 そのまま上官の彼は、伝令士に命令を出す。


「……元凶に、『悪鬼』に連絡を出せ。“火の粉を払え”とな」

「ハッ!」


 敬礼し、すぐさまチャンネルを切り替える。

 通信先は彼の住まう街パルミエだった。

 いくつかやり取りを交わした後、通信を切る。

 後は相手側の報告を待つばかりである。


 十数分後、再び連絡を取り合った伝令士は、思わず大声を漏らした。


「は? 既にいない?? どこかへ行った!?」


 注目を集めたものの、彼にはそんなことも気にならなかった。

 続く言葉があまりも衝撃すぎたからだった。


「……う、そだろ。“()()()()()()”って。そんな連絡、一つも届いてないんだが」


 困惑を余所に、本部の通信機が慌ただしく声を上げる。

 他の伝令士が対応すると、皆が皆、驚愕(きょうがく)と困惑をない交ぜにした。


「救援要請の取り消し……?」


 言い方に違いはあったが、どこもかしこもその一言に尽きた。

 別の混乱が本部を襲う。

 情報が足りないと連絡を取り合うも、向こう側も当惑していて要領を得ない。

 そんな中、更なる爆弾が投下された。


「ありえない……。どんな化け物なのだ」


 上官が狼狽(うろた)える。

 彼の元に上がってきた報告は、すべて()()()()。“襲撃を受けていた”と過去について語られたものばかりだった。

 本部に静寂が訪れる。

 先ほどまで鳴り響いていた音が嘘のよう。

 知らぬ間に始まり、彼らの介入なく終わった激突は、たった一人の英傑によって収められたとの事実だけ残して――。


 事の次第は、少しばかり前に遡る。

 奇しくも、上官が連絡を出せと命令した場所へと。



 ◆◆◆



 その日は一段と暗い雲が広がっていた。

 普段は森の中にいるゼインも、ちょっとした用向きで孤児院を訪れていた。

 八月の一件以降、あまり寄り付かなくなった彼。

 原因は、そこに住まう()()()()()()()だった。


 本人は普段と変わらぬつもりでいるのだが、得も言われぬ圧を周囲に振り撒いていた。

 それは、戦闘を生業にする人にしか分からない、一種の()()のようなもの。

 目にしただけで生理的な拒絶が湧き上がるそれは、魔法を習っていた子供たちであっても感じていた。

 まだ経験の浅い十歳に満たない子でも感じていたのだ、大人ではほぼ全員がその圧力を感じざるを得なかった。

 また、皮肉なことに、幼い子供であってもその圧をそれとなしに察知していた。

 元々危機感知能力の高い子供であるからか、この一年、少しばかり避けられ気味だった。

 それが顔を合わせた途端、逃げられるようになったのは、その一件以降からだった。

 生存本能で恐れを抱いた幼子たちは、めっきり彼の前に姿を見せなくなっていた。

 避けられる理由を知ったゼインは、孤児院から足を遠退かせていたのだった。


 そんな彼が、その日は珍しく孤児院を訪れる。

 理由は、人手が減って忙しくするドミニクに会いに来たためだった。


「……ごめんね、大変な時に」

「別に。お前のほうが大変だろ? 人もいなくなって」

「あはは、そこは子供たちがお手伝いしてくれるから、なんとかなっているわ」


 苦笑するドミニクの表情には疲労が浮かぶ。

 無理をしているのは明白だったが、かといって、彼がしてあげられることは何もない。

 人手を増やそうにも、彼の悪名でなかなか人が集まらない現状、解決策が見つからなかった。


「……まぁいい。お互い時間もないことだし、手短に――」


 話そうとして、ゼインの動きが止まる。

 おもむろに空を見上げ、その目を鋭くした。


「ゼイン君……? どうしたのかしら?」

()()()()()()め。いつもちょっかいばかり掛けて、何がしたいんだか」

「えっと、どういうこと?」


 首を傾げるドミニクを尻目に、彼は「邪魔者共を排除してくる」とだけ言い残し、その場から消え去る。

 念のためと、孤児院の周囲を障壁で囲って。

 それだけで何が起きたのか察したドミニクは、その表情を引き締めて子供たちの元へと駆ける。彼らと出会ったら、いつもの笑顔を浮かべて勘づかれないようにと心に決めて。

 その数十分後、彼女の元に軍人が訪れるのだが、この時の彼女は知る由もなかった。

 ただ、目の前で消えた少年へ心配の声を漏らしながら。


「……無理しないといいんだけど」


 優しい彼に気を揉みながら、彼女は子供たちの日常を守る。

 数人の()()()()少年少女たちへ口止めをしながら。



 ◆◆◆



 ソール連邦の南に位置するソフォラでは、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 国境付近にあるその砦では、開始して早十数分が経った今でも、轟音をまき散らしていた。

 襲うのは黒衣を身に纏った八人の男女。

 遠くからではその素性を窺い知ることができない彼らは、決して多い訳ではないにも関わらず、その砦を攻略していた。

 彼らの放つ一発一発の魔法はすべて()()()()()()()()()ほどの威力を持ち、あまりの爆撃に、堅牢(けんろう)なはずの砦がすでに半壊寸前だった。

 救援は既に送った。

 後は時間さえ稼げればどうにかなると、その場に詰めていた連邦軍人たちは考えていた。


 そんな矢先の出来事だった。

 突然、両者を隔てる巨大な障壁が生まれる。

 警戒を露わにする中、軍人たちには見覚えのある人物が姿を現した。


「お前たち、何者だ?」


 色々な意味で有名人となった少年ゼインが、黒衣の相手と対峙する。

 その目からは涙が零れ、瞳は紫紺に染まっていた。

 相手は身を強張らせ、返答に窮する。

 そんな彼らの存在をゼインは見咎(みとが)める。


「ん? というか、なんだお前ら。悪魔かと思ったが、どこか()()()()がするな」

「――っ、お前たち、問答無用だ! 打て打て打て!!」


 リーダーらしき男の声が上がる。

 それに呼応した他の面々が魔法を放つ。

 飛び掛かるそれらを前に、ゼインは更に目を細めた。


「――そうか。後でじっくりと()()()()()()()としよう」


 そう口にした途端、彼らの視界が闇に包まれる。

 何が起こったかと思う間もなく、一人、また一人と昏倒していった。

 最後の一人、リーダーの男が目にしたのは、暗闇の中に灯る紫の炎。

 それを最後に、意識が遠のいていった。


 跡形もなく目の前から消えた八人の行方を、砦の軍人たちは訳も分からぬままゼインへ尋ねる。


「そいつらなら、俺が身柄を確保した。後で情報はくれてやる。今は気にするな」


 それだけ言い残すと、現れた時同様、忽然と姿を消した。

 残る戦闘の跡は、なんとも寒々しく。

 軍人たちは困惑のまま、後始末に奔走するのだった。



 ◆◆◆



 所変わってソール連邦の西。

 その戦場に巨大な氷華が咲く。

 突然の襲撃にも驚いたが、それを上回るほどの巨大な氷塊が空から飛翔して来たのだった。

 ここでも黒衣の敵が数人襲っていたのだが、彼らの放った魔法共々、その氷獄に閉じ込めた。

 唖然(あぜん)とする一同。

 それもそのはず。

 咲き誇る氷は砦の数倍の大きさがあったのだから。

 明らかなオーバーキルに、味方であるはずの軍人たちの顔が引き()る。

 そんな彼らを置き去りにして、再びゼインは戦場を移動した。


 次は東。

 そこでは紅蓮の滝が落ちる。

 すべてを焼き尽くすほどの熱量で、相手の魔法を消し去る。

 襲撃者諸共()み込んだそれは、消し炭にする前に再びゼインの手で牢獄へと放り込まれた。

 勿論、今まで捕らえた黒衣の連中と同じ、異空間という檻の中へ。

 そして味方へ何も告げず、その場を後にする。


 今度は北の街。

 雷鳴轟く雨が降りしきる。

 目にも止まらぬ速さで刺し穿(うが)ち、魔法を(ことごと)く打ち砕く。

 堪らず逃げ惑う実行犯を、一人残らず(さら)っていった。

 そのまま次へ転移するのだった。


 そんな光景が、ソール連邦の至る所で散見された。

 本来であれば、同時多発的に発生した襲撃で壊滅的な打撃を受けるはずだったソール連邦。

 始めの襲撃から、僅か一時間の間に起きた出来事にも関わらず、被害は軽微なもの。

 いくつかの砦が半壊間際だったとはいえ、全体を通してみれば浅い傷だった。

 襲撃の規模に反してこれだけの被害に抑えられたのは、偏に厄介者扱いされる英傑によるものだった。

 涙を流すその姿は、どこか苦しく、しかし、それ以上に(おび)えが勝ってしまう。

 称賛され、受け入れられてもいいはずなのに、排他的な扱いを受ける英傑。

 それを本人が気にも留めないのも問題ではあった。


 そんな、(いびつ)な英雄が闇の中で襲撃者を尋問する。


「――なるほど、お前らは()()()か」


 その瞳に光はなく、紫が(ほの)暗く揺れる。

 口も利けぬほどの恐怖に苛まれた襲撃者たちは、指一本たりとも動かせぬ体を震わせることすらできなかった。

 彼らの最期を見た者はいない。


 寒空の元へ帰ったゼインが、一人、遠くを見据えながら(つぶや)く。


「……舐めた真似を。この礼はすぐに返してやる」


 届くとも知れぬ宣戦布告を叩きつけ、彼は一度、(きびす)を返す。

 来たるべき戦いに向けて、束の間の平穏を相手に享受させながら――。


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