73話 零落の兆し
新年、あけましておめでとうございます。
連載、再開いたします。
聖法歴1021年10月12日
二人の英傑が激突する。
戦いはいつものこと。
この二国の代理戦は、毎年の恒例行事である。
しかし、今年に限ってはいつもと様相が異なっていた。
というのも、激化する戦争の中で、たった二か月前に起こった世界を震撼させた出来事。
その余波が、ここにも表れていた。
ふた月前、たった一人の英傑が大小含む五つの国を滅ぼした。
国土すべてを焦土と化した訳でも、大量大虐殺を行った訳でもない。
ただ首都と複数の都市を落としただけ。
死者は数えるほどしかいないが、それでも影響は大きかった。
統制機能を失った国がまともに運営できるはずもなく、これ幸いと暗闘していた者たちが台頭したり、富の一極集中のため破綻を迎えたり、触らぬ神に祟りなしとばかりに地方が独立を宣言したりと、もはや国としての機能を失っていた。
不幸中の幸いは、聖法教会や世界異能評議会――賢人会の事前準備が行えたことだった。
混乱は必至だったが、思ったよりも酷いことにはならなかった。
それでも人々に与えた衝撃は大きなもので、ランクSがその気になれば国をも潰せると証明したことになる。
そういった背景により、今回の代理戦にはどちらもランクSの英傑を差し向けることになったのだった。
◆◆◆
対峙する二人の英傑は共にランクS-。
片方はフラクシヌス帝国の誇る「超人」タリオン・ルーガー。
輝く金髪を短く切り揃え、その銅色の瞳で相手を見据えていた。
もう一方はクエルクス貿易都市の「要塞」メリオラ・リンド。
魔道具技師の身でありながら戦場に立つ彼女は、深紅の腰まで届く癖っ毛を揺らし、静かにその黄色に相手を映す。
彼女が戦場に立つことは滅多にない。
いくら自ら作り出した魔道具を扱えると言っても、動きはほぼ素人。
そんな彼女がこの場にいるのは、偏に人手不足の所為だった。
本来この場に立つはずだった彼女の妹ティルザは、現在、北で発生した問題に駆り出されていた。
何もしなければ不戦敗するところを、そうはさせまいと声を上げた一部の重鎮によって、言葉巧みに戦場へと引きずり出されていたのだった。
メリオラは自身の作品をその身に纏い、準備は万端だった。
異名の「要塞」に違わず、いくつもの魔道具を鎧のように装着して。
対するタリオンも魔道具を身に付ける。
彼の魔道具は数えるほどだけ。
両腕に付けられた無骨な魔道具と、予備のいくつかが腰に携えられていた。
「これより、フラクシヌス帝国『超人』タリオン・ルーガー対、クエルクス貿易都市『要塞』メリオラ・リンドの対決を行う。双方、準備はよろしいか?」
「大丈夫です」
「おっけ~だよぉ」
二人の承諾が聞こえる。
職員が腕を高らかに天へと掲げた。
「――始め!」
勢いよく振り下ろされた手と共に、二人の英傑が激突した。
◆◆◆
開幕早々、眩い光が戦場を覆う。
両者から打ち出されたそれは、一瞬のせめぎ合いの後、他方を挫き飛来する。
「くっ!」
明らかに出力が劣る攻撃を繰り出したタリオンは、苦しい声を出してその場から飛び退く。
命中した場所は、減衰したにもかかわらず大きく抉れ、その威力のほどを示していた。
着地と同時に再び魔道具で攻撃をするタリオン。
彼の拳に合せて放たれる閃光は、彼の膨大な魔力を喰らって生み出された光の砲弾。
拳速に匹敵する凶弾は、メリオラの操る魔道具によって迎撃された。
一度でダメなら二度、三度、四度……と、矢継ぎ早に繰り出される。
雨あられと殺到する弾丸は、メリオラの周りを浮遊する小型魔道具が自動で撃ち落としていた。
彼女の目で追えない攻撃であっても、異なる魔力を検知した途端、作動するよう設計されていた。
動作速度は驚異的。
人間でさえ捉えられない人の多い魔力弾を悉く打ち砕き、彼女の身を守っていた。
お返しとばかりに手を動かすメリオラ。
その動きに合わせて、複数の魔道具が駆動する。
背中に取り付けられていたポットから誘導弾が放たれ、タリオンへ殺到する。
他にも、どこからともなく現れた機銃が彼をつけ狙う。
「ちょっ!?」
堪らずタリオンは逃げに徹する。
機銃の攻撃そのものはそこまで大きくはない。
誘導弾も、彼自身へはさしたる影響を与えないだろう。
それでも躱すのは、彼の持つ魔道具では耐え切れないと判断したため。
始めに見た光弾に匹敵するほどの攻撃だと直感したからに他ならなかった。
掃射は走って避ける。
誘導弾は逃げながら、一つ一つを腕の魔道具で迎撃していった。
絶え間なく続く攻撃の中、バチッと甲高い音が鳴る。
慌ててタリオンが視線を落とすと、魔道具が悲鳴を上げていた。
「やばっ、オーバーフローしそうだ!」
猛攻を凌ぐためとはいえ、魔道具を酷使しすぎた。
彼の身に余る魔力を受け止めるため簡単な機構になってはいたが、それでも連続して、また休む間もなく稼働することは想定されていなかった。
焦るタリオンの元に、更なる問題が襲いかかる。
「げっ、殺意高すぎ!!」
目を放していた一瞬の隙に、メリオラが次の一手を切る。
機銃の代わりに現れたその砲塔は、砲身が長く、上下に口を開く。
電撃を纏うと、目が眩むほどの閃光と共に、極太のレーザーを射出した。
タリオンが逃げる暇はなかった。
自壊寸前の魔道具を酷使し、目一杯の魔力を込めた拳でその極彩色を打ち据えた。
激しい光が周囲へまき散らされる。
遅れて聞こえてきた轟音が、その凄まじさを物語っていた。
雄叫びと共に振り上げられた拳は、その光の奔流を空へと突き上げ、彼の無事を露わにする。
「おぉ~、すごいすごい! まさか高出力レーザーを真っ正面から破るだなんて、思ってもみなかったよ~!」
「じゃあなんでそんな攻撃したんですか……」
嘆息するタリオンは己の腕を確認する。
そこには見るも無残な姿になり果てた魔道具の残骸があるだけだった。
「んん~? きみはこれしきの事じゃやられないかなって。魔力密度的に、攻撃を届かせるなら、この数倍の出力はないとね」
あっけらかんと話すメリオラを尻目に、彼は予備の魔道具を装着する。
感触を確かめていると、おもむろに彼女が疑問を投げかけた。
「どうしてそんな魔道具に頼るんだい? きみの身の丈に合ってないでしょ」
「……これがないと、遠距離攻撃ができないからだよ」
少し不機嫌そうになりながら話すタリオンだったが、次の一言でいっそうその顔を歪めていた。
「なおさらでしょ。どう見てもきみの枷にしかなっていないし。魔道具に魔力を流せるなら、自分でどうにかできそうだけど」
「自分で解決できるなら、そもそも魔道具に頼っていない」
憤慨するタリオンは、感情に任せて魔道具による光弾を放つ。
鋭い一撃だったが、駆け引きもなく放たれたそれが彼女に届くはずもなく。
迎撃システムに落とされて終わりだった。
「甘いねぇ~。収束もそうだけど、魔力循環機構がお粗末だよ。……もっと最適化できるはずなのに、どうしてやらないんだろう?」
その小さな呟きは、タリオンの耳にも届く。
彼女としては単なる疑問だったのだが、彼にとっては仲間への侮辱に聞こえていた。
「馬鹿にするな!」
激高し、冷静な判断力を失っていた彼は、己の腕から発せられる音に気付いていなかった。
その場から走り出し、怒りのまま拳を振るう。
接近させまいとメリオラがスラスター装置を起動させ、彼から逃げる。
移動しながら展開された魔道具が彼を阻むも、一つ、また一つと沈黙させられていた。
「あ、やば」
いち早く異変に気付いたのは、奇しくも対峙していたメリオラのほうだった。
彼女は焦燥感を滲ませ、空間拡張された胸元の格納庫から次々と魔道具を取り出しながら、頭をフル回転させる。
そんな彼女は、解析魔法で状況をつぶさに把握していた。
彼女のこの魔法は、魔力で触れたモノの状態が分かる魔法だ。
一般的に魔力視と呼ばれている技術を魔法で行うそれは、魔力の有無に関わらず、対象の情報を読み取ることができていた。
それは人間に対しても例外ではない。
メリオラはこれによって、タリオンの事情を知ることなく彼の抱える問題を見抜いていた。
彼の場合、その魔力量が膨大すぎるあまり、魔法が扱い難くなっていた。
本来であれば十注げばいい魔法であっても、巨大な湖から直接注ぎ込む所為で細かな制御が効かず、上手く発現していないだけだった。
それを魔道具で補うと本人は話していたが、彼女にしてみれば贅沢な悩みにしか聞こえなかった。
彼女の妹であるティルザは、魔力を流すこと自体はできるのだが、あまりに無垢な魔力のため魔法として扱うことができず、一般的な魔道具もその魔力を認識できないでいた。
魔道具を扱えると話した人も、そこまでは予想していなかった。
結局、妹のために魔道具を作ると言い出した彼女の考えは間違っておらず、問題を解決するために、ほぼ専用と言っても過言ではない魔道具をメリオラは作り続けていたのだった。
そんな彼女の目には、今の彼の状態と、それに呼応するように内部融解を始める魔道具の危険性が手に取るように把握できていた。
それ故の焦りであり、彼を害する意図は一切なかった。
そうとは知らないタリオンは、彼女が漏らした言葉を弱音と受け取る。
このまま行けば、いずれ勝利を勝ち取れる!
仲間たちの正当性を証明できる!
そればかりが頭を支配し、彼女の視線や自分の武器の具合に意識が回っていなかった。
めくるめく攻防。
怒涛のラッシュに、いくつものブリキが飛び散る。
壊されても壊されてもめげないメリオラが、僅かに口角を上げた。
「もらったぁ!」
嬉しそうな明るい声に合せて、タリオンの四肢が地に縫い付けられた。
彼に伸びる不格好な鎖は、今まで壊された魔道具で出来たもの。
死角に置き去りにされた残骸が、再び組み合わさり、一つの魔道具を形成していたのだった。
突然の拘束に目を白黒させるタリオン。
そんな彼に構わず、メリオラが勢い込んで近づいていた。
――このままでは負ける。
焦った彼は、その鎖を食い破らんと魔力を活性化させる。
急ぐメリオラ。
伸ばされた手が彼に到達した。
それとほぼ同時に、タリオンが拘束から抜け出しその腕を振り上げた。
「えっ……?」
思わず固まるタリオン。
彼は、目の前の事実を受け入れられなかった。
「よかったぁ、間に合って。危うく暴走しかけたんだよぉ……」
ふっと微笑む女性は、優しく彼の腕に触れたまま。
千切れた魔道具の残骸が彼女の体に深々と刺さり、大量の血を流させていた。
「はっ――、そんなことより早く傷の手当てをしないと!!」
一瞬呆然としていたが、すぐさま我に返り、倒れかけていたメリオラを支える。
急いで回復魔法使いの元へと連れ出そうとして、彼女の手にそれを遮られた。
「……もう、手遅れだよぉ。それに、今来てる人じゃ、重傷を治せないしねぇ」
「それでも何もしないよりは――!!」
「さいごに、伝言、頼めるかなぁ?」
走り出そうとして、彼女の言葉で足を止めた。
たとえ本人にその気がなかったとはいえ、タリオンの手で命を落とす事実は変わらない。
贖罪のためか、自責の念かは彼にしか分からなかったが、それでもメリオラの言葉だけは聞き届けないと、と彼女に向き直る。
真剣な、それでいて泣きそうな少年の顔へ、申し訳なさそうに微笑みかける。
「……伝言の前にね、きみに言っておきたいんだけど」
「そんなことはいいから!!」
「聞いてよね。……わたしのことで気に病まないでね。これは単なる事故だからさぁ。きみは悪くないよ」
告げられた内容に言葉を詰まらせるタリオン。
実際はそうだとしても、彼には受け入れ難い話だった。
「ティルザがあれこれ言うかもしれないけど、気にしないで。きみはきみの思うままに生きてくれると、お姉さんとしては助かるかなぁ。……きみに想われるより、妹に想われたいからねぇ」
まるで恋人との語らいを話すかのように、慈愛に満ちた瞳をしていた。
なんとなく、言いたいことが理解できたタリオンは、どういう顔をすればいいのかと表情を曇らせる。
そんな彼をくすりと笑い、最後の言葉を紡ぐ。
「……ティルザに、『死後の世界でまた会おう』って伝えてくれないかなぁ? そのときは、いっぱいの土産話と一緒にって。家族とかの話も、聞けたらならぁ……」
「分かった、伝えるよ」
神妙な顔で頷く彼を見たメリオラは、満足そうに笑いその目を閉じた。
次第に息遣いは薄くなり、その脈動は聞こえなくなる。
眠る彼女はきらりと一筋の涙を溢した。
タリオンは一度、瞑目して祈りを捧げると、大事そうに彼女の体を持ち上げた。
こうして、二人の英傑の戦いは幕を閉じた。
哀しい結末を添えて……。




