72話 ありえた過去、ありえない未来 -終-
投降、遅くなって申し訳ありません。
ちょっと諸々限界でして……。
後書きを一読いただけると幸いです。
白髪紫紺眼の少年がだらりと力なくその場に佇む。
僅かな紅を残した瞳は、虚ろにどこか遠くを向いていた。
荒れ果てた平原で、その少年はゆらりと体を動かす。
足取りは重く、まるで足を引きずるよう。
それもそのはず。
すでに神々との戦闘で満身創痍。身も心もボロボロだった。
一歩一歩で上体が揺れ、頭が振り子のように行ったり来たりしていた。
そんな少年が、ふと足を止める。
体は慣性に従って前後し、力の落ちた手がふらつく。
彼は振り返り、幽鬼のような目を虚空へ向けた。
――鉄紺の息吹が湧き上がる。
彼の瞳に似た、されど青みの強い紫が噴火の如く天を突く。
大気は逃げ去り、大地は恐れ慄き、空は泣き崩れる。
世界は再び絶望の呻きを上げた。
先ほどまでとは比にならない魔力の奔流が襲う。
周囲の薄暗さも相まって、酷い息苦しさを感じるようだった。
その中であってさえ、少年は表情を一つも変えることなく、目の前の光景を見据えていた。
渦巻く魔力と紫が、次第にその輪郭を浮き彫りにする。
「――あら、お出迎えはひとり? しけたものね」
妙齢の女性が空を闊歩する。
紺の長髪を空に流し、アメトリンの双眸を妖しく輝かせる。
すらりと長い手足を惜しげもなくさらし、その豊満な胸を持ち上げる。
彼女の妖艶さと神秘的な体を強調するドレスの影響か、男性は誘惑され、女性は羨むように視線を釘付けにされたことだろう。
そんな蠱惑的な雰囲気を醸し出す天女のような女性は、たった一人の生ける存在を睥睨する。
「どんな目的で私を呼び出したのか知らないけど、永きの封印を解いてくれたことだけは感謝しているわ」
すっと目を細め、その吸い寄せられるような紅い唇を撫でる。
「お礼に私の配下にしてあげてもいいわよ? もっとも、弱い子はいらないのだけれど」
みすぼらしい格好の少年を見て、嘲笑を浮かべる女性。
その瞳は冷たく光を失い、ごみ虫でも見るかのようだった。
忍び笑いも漏れる中、少年はまるで聞こえていないかのように無反応だった。
「……つまらないわ。反動でただの抜け殻になったのね。少しは遊べるおもちゃかと思ったのだけれど、人形遊びって退屈なのよね」
好き勝手言いながら顔を上げる。
ほっそりとした喉は白く、その艶めかしさに思わず息が漏れそうだった。
顔を持ち上げた彼女はぽつりと呟く。
「阿婆擦れでも殺ろうかしら? それとも、耄碌爺をその座から引き下ろすのでも良さそうね」
窄ませた目には憎悪が宿る。
積年の恨みを募らせ、怨嗟が漏れた。
ぴくり、と少年の指が動く。
ややあって彼の視線が上へと向かい、その女性を視界に捉えた。
下からの視線に気付いた女性が目だけ動かす。
「あら、まだ意識があったのね。あんまりにも弱々しいから気付かなかったわ」
鼻を鳴らして落とす彼女だったが、ふと、少年の内に秘めたものに気が付いた。
「へぇ、何かと思えば私の残滓を抱えていたのね。貧弱で希薄すぎて、話にならないけれど」
目を細めながらも得も言われぬ圧を放つ。
「――でも不愉快ね。封の血脈も一緒に宿すなんて、私に対する当てつけかしら?」
少年の存在を認識した途端、表情が抜け落ち冷酷さを滲ませる女性。
敵意をひしひしと向けられてもなお、少年はこゆるぎもしない。……すでに常人らしき感覚が失われていたのだから。
「配下に入れてあげようかと思ったのだけれど、こんな紛い物の寄せ集めなんていらないわ」
吐き捨てた後、女性は紅い口を引き裂く。
「でも私は優しいから、末席になら入れてあげてもいいわよ? ――皆の使い捨てのおもちゃとしてだけどね」
邪悪な笑みを浮かべた女性はそのすぐ後、表情を一変させることになる。
少年の魔力が爆発する。
空気を震わせ、周囲を魔力が渦巻く。
口は半開きのままわなわなと振動し、瞳からは静かな雨が降る。
滾々と湧き上がる魔力を前にして、女性が目を丸くした。
「意外。ちょっとはできるみたいね」
でも残念、と見下した目を浮かべて言葉を吐きだす。
「――その程度じゃ、ダンスの相手は務まらないわよ?」
彼女の瞳が妖艶な紫色に瞬いた。
◆◆◆
女性が人差し指を空へ向ける。
その白磁の喉から凛とした声が鳴った。
「――『力の恒星(Gushing Chaos Power)』」
空に暗黒の太陽が現れる。
周囲を蝕み急速に広がったそれは、数十メートルまで大きくなると黒炎を滾らせながらゆっくりとその場で回転する。
途端、女性の魔力が際限なく上がる。
「ふふっ、これで貴方に勝ち目は無くなったわ。ちょっとは余所から拝借できるようだけれど、その程度じゃ無尽蔵に噴き出す魔力の前では微々たるものよ。貴方の敗因は、さっさと私に手を掛けなかったことよ」
得意満面に高説垂れながら、「だとしても、貴方じゃ私を傷つけられないでしょうけど」と嘲弄する。
「ついでに私の下僕たちの相手でもしていなさい」
今度は背後へ指を向け、朗々と紡ぐ。
「――『寵愛の軛(Obsession with You)』」
大地を埋め尽くさんばかりに紫炎が灯る。
揺らめくそれらは万を越し、彼女の元へ侍っているよう。
そのまま指をひと回しする。
「――『模造の器(Imitation of the Formless)』」
炎が徐々に輪郭を露わにし、人型を形作る。
それはすべて過去の偉人。
大なり小なりその時代に名を馳せた屈強な戦士たちだった。
その中にあって、一人だけ目を引く存在があった。
空に浮かぶ女性にどこか面影がある青年。
生気のない瞳をしていたが、彼こそが始まりの存在――英雄である息子その人だった。
彼は長剣を携え、万の軍勢の先頭で彼らを統べていた。
その風格は歴戦の戦士そのものだった。
「そういえば、これもちゃんと見せたほうがいいわよね。貴方の持つ紛い物じゃない、本物の権能を」
そう言って女性は指で横に一線描く。
そのまま赤い口を歪めて唄った。
「――『改変の理(Reconstructing the Theory)』」
彼女の足元に紺の領域が広がる。
同心円状に伸びたそれは、地面に転がる障害物の一切合切を魔素へと変換し、己が領土を獲得する。
大地を蝕みながら少年へと迫り、その目前で停止した。
「これが本来の使い方よ? いらないものは魔素に還して、欲しいものは好き勝手に変える。貴方の貧相な残り香じゃできないでしょうけどね」
口に手をあてて嗤う。
その間にも少年は魔力を滾らせ、大粒の涙を止めどなく流す。
幽鬼のような瞳が女性を睨めつける。
「……その瞳が気に入らないわね。反抗的で、まだちっぽけな希望があるとでも思っている、そんな瞳。……まったく躾のなっていない、襤褸切れの分際で」
不愉快さを隠しもせず、女性が毒突く。
そのまま勢いよく指を下に向け、最後の権能を吐き出した。
「――『腐呪の泥(Virulence of Mad)』」
地面をすり抜けるように紫の汚泥が湧き出し、コポコポと空気を冒す。
焼け爛れる音も響き、その牙が露わとなった。
都合五つの権能を携えた女性――「偽神」と少年は対峙する。
彼の手には力が籠り、半身だけ構えを取る。
「――さぁ、踊り狂いなさい!」
優美な声と共に、狂宴の幕が上がる。
◆◆◆
空から紅炎が降り注ぐ。
「偽神」の頭上を浮かぶ黒炎に負けず劣らず、その熱と大きさで軍勢へと迫る。
泥が天を突く。
傘となった泥は、焼け爛れる音を伴って盛大にまき散らされた。
それらは地面に落ちることなくすべて魔素へ還っていった。
何もない大地を凍風が走る。
蠢く泥を氷で染め、その勢いを衰えることなく軍勢へと迫った。
青年が大きく掲げた長剣を振り下ろすと二つに引き裂かれたものの、彼の後ろ以外の軍勢を霜が呑み込み、煌めく像を生み出していた。
「驚いたわ、領域内でもそれほどの威力を保てるだなんて。……紛い物の癖にね」
今度は純粋に目をぱちくりとさせた彼女は、未だ侮る発言をしながらも、その目は僅かにひそめられていた。
魔力が迸り、氷が融解する。固まっていた像たちがすぐさま動き出す。
お返しとばかりに魔法が少年へと浴びせられた。
最低でも上級魔法に匹敵するそれらは、色彩豊かに空を駆ける。
少年が地を蹴り彼らへ挑みかかる。
置き去りにした魔法の数々は、闇夜を照らす稲妻によって悉くを打ち落とされていた。
改理の領域に入ってもなおその形を留める少年に、今度こそ「偽神」は驚愕を見せた。
「ありえないわ! どうして平然としているのよ!?」
彼女の悲痛な叫びは、剣戟の中へ消えていく。
軍勢へ肉薄した少年が凍気纏った掌底を放つ。
射線上の傀儡が凍てつき、物言わぬ氷像と化す。
続く炎を伴った第二射は、剣を持った青白い青年によって止められた。
音もなく首を刎ねる一撃を放つ青年。
首を傾けて躱した少年が、身を低くして対峙する。
僅かに切り飛ばされて白髪が、雪のように溶けていった。
一瞬の視線の交錯。
二人は無音のまま突撃し、その掌と剣を無数に打ち合わせる。
突き、捻り、受け流す。
時折蹴りも織り交ぜながら、緩急つけて飛び回る。
対する青年も、まるで剣に意思が宿ったような変幻自在の攻防を繰り出していた。
あまりにも速すぎる二人のせめぎ合い。
下僕である死者の軍勢はおろか、その主である彼女でさえ目で追えないほどだった。
そんな二人の錯綜は依然として終わらない。
少年が紅い紫紺を引きながら空中に幾何学模様を描きつつ、紅蓮や稲妻、凍結を振り撒く。
掌底に這わせるのは先ほどまでと同じ。だが、今度は無数の針も生み出し、青年を串刺しにせんとした。
対する青年は、白銀を迸らせてそのすべてを打ち捨てる。
刀身で切る、払う、突くは当たり前。柄や鞘、時には蹴りやタックルすら使って攻撃を仕掛けていた。
夕闇の中、二つの光が空を彩る。
その光景はまるで、星々の円舞のよう。
飛び交う無数の光は、妖精たちが調べを奏でているようだった。
そんな幻想的にも見える光景に、無粋な横やりが入った。
「いい加減に倒しなさい!」
狂乱したような甲高い声に合せて、紫の泥が空を覆う。
辺り一面泥沼と化すほどのそれは、彼ら二人を巨大なドームに呑み込み、圧壊してその物量を持って押し潰す。
混濁する光を前に、巨大な紫炎が灯った。
突然響き渡る轟音。
生み落ちた泥の檻に匹敵するほどの大爆発が巻き起こり、有象無象を吹き飛ばす。
死せる従僕たちも例外ではなく、その数を減じる。
吹き荒ぶ風の中心、白髪をかき乱しながら、少年は慟哭するように顔を伏せていた。
両手は下に向けられ、その掌からは微かな紫炎を立ち昇らせていた。
「さっきからなんなのよ!? そのズタ袋のどこにそんな力があるっていうの!!」
ヒステリックを起こした彼女が、その柳眉を逆立てる。
傷こそつけられていなかったが、綺麗なドレスは埃が付着し、彼女の美しさを損ねていた。
「そもそも! 神格はおろか、神性すら持ち合わせていない劣種ごときが、どうして権能と張り合えるのよ! そんなの、世の理として間違っているわ!!」
口角泡を飛ばす彼女だったが、少年はそんな彼女を見向きもしていない。
端から彼の視界には、長剣を持った青年しか映っていなかった。
「舐めた真似を……。――いいわよ、そっちがその気なら、私にも考えがあるわ」
顔を引き攣らせた「偽神」は、据わった目で少年を射抜く。
鋭く指を動かすと、泥と黒炎が溢れ蠢く。
亡者の群れが形を失い、焔となって青年へ殺到した。
夥しい紫がその胸に埋められ、妖しく脈動する。
その間にも、泥と黒炎が彼の持つ長剣に似通った器に籠められ、紫紺と漆黒の剣を生み出す。
藻掻き苦しむ青年。
声すら上げられず、表情すら変えられない。
それでもなお責め苦は続けられ、とうとう激しく身震いした後、こと切れたように項垂れる。
そんな彼の両脇に、二振りの禍々しい剣が突き刺さる。
じっと沈黙していた青年だったが、急に勢いよく顔を上げると、目や口から紫炎をまき散らしながら少年を睨みつける。
手にした長剣を放り出し、突き刺さった呪われた剣に手を掛け抜き取った。
不協和音が鳴り響く。
二色の剣を手に、青年が少年へと襲いかかった。
……その瞳は、泣いているかのように歪んでいた。
◆◆◆
紫と黒の凶刃。
先ほどのせめぎ合いは一切なく、ひたすら青年の攻撃が繰り出されていた。
空を駆け巡る閃光は空間すら引き裂けそうなほど鋭く、衝撃は乱立した所為で互いに打ち消し合っていた。
そんな一方的な中にあってさえ、未だ少年を屠ることは叶わなかった。
防戦を強いられる彼の体には、無数の切り傷や火傷、呪いに侵された紫痕が刻まれていた。
常人であれば……いや、神々でさえあっても、そんな状況で生きていられるほど生易しいものではなかった。
切り傷からは血が流れ、その体力を奪い、火傷からはその魔力を奪う。
紫痕に至ってはその精神すら蝕み、着実に死への刻限を告げていた。
「ふふっ、これでようやく目障りな餓鬼を葬れるのね」
喜色満面に仄暗さを吐露する「偽神」は、その時を今か今かと待ち侘びる。
彼女の視線の先には、見るも無残な姿となり果てた少年の姿があった。
◆◆◆
体に激痛を感じながら、少年はどこか遠い出来事のような感覚に陥っていた。
なぜ戦っているのかも解らず、なぜ生きているのかも不明なまま――。
ただ反射的に体を動かし、致命傷を避けようと懸命に藻掻いていた。
ふと、どこからか声が聞こえた。
すでに視界は澱みきっており、光の明暗ぐらいしか認識できていない。
相手を認識しているのも、その類稀なる魔力視によってだけだった。
そのはずなのに、声のほうを振り返ると、そこには懐かしき姿の少女が二人――。
居るはずのない幻影に、自分はもう死んだのかと錯覚したほどだった。
「……あぁ、ようやく終わったのか」
「何言ってるの? まだまだじゃない!」
一人納得して呟く彼の耳に、しっかりとした言葉が届く。
「えっ……?」
「そうだよ、お兄ちゃん。ここまで頑張ったんだから、諦めちゃダメだよ」
聞き間違いかと思った。
その声は、彼が求めて――その手から零れ落ちたはずのものだったから。
彼女たちの顔は見えない。
輪郭がはっきりとしているのに、どこか靄が掛けられているかのようだった。
だからこそ、自分が死の間際に見せる都合のいい幻影なのだと。
それを否定するよう、二人の少女が彼の元へと近づく。
その小さな手が彼の胸に触れると、自分の確かな鼓動が感じられた。
「――さぁ、最後のひと踏ん張り! 『――』なら絶対できるよ!」
「いつも私たちのためにありがと、お兄ちゃん。……だからね、終わったら三人で――」
二人の姿がぼやける。
「待て!! ――まって!!」
手を伸ばすも、ただ空を切るだけ。二人にはどうしても届かない。
その輪郭が朧げになる中、二つの光が輝く。
――鮮やかな青と淡い青。
その輝きは、どこか優しげに微笑んでいるようだった。
◆◆◆
二振りの凶刃が、少年の胸目がけて突き立てられる。
間髪入れず、その刃が体を突き抜けた。
「――よくやったわ! これでようやく次に行けるのね!!」
歓喜に打ち震える「偽神」。
彼女の目には、剣に貫かれて動きを止めた少年の姿が映っていた。
いつの間にか空高くまで戦場を移していた彼らを見上げる。
少々権能の消耗が激しかったものの、彼女にとっては些細なこと。時間さえあれば、この程度問題にならなかった。
喜び勇んで従僕を消そうとして、はたと気付く。
……頭上に浮かぶ青年が戻せないことに。
「どういうことかしら?」
その答えは、すぐさまやって来た。
「~~~~ッ!!!」
声にならない叫びを上げて、青年の体が紫炎に包まれる。
驚く間もなく形が崩れ、弾け飛ぶ。
「えっ?」
固まる彼女の先には、紫紺に目を輝かせた少年が怒気を纏って佇む姿があった。
「ど、どういうこと!? 確かに心臓を剣が貫いたんじゃ!!」
胸に突き刺さる剣を無造作に抜き去る少年。
そこには穴は開いておらず、傷跡一つなかった。
「無傷!? ――まさか、魔法で何かしたっていうの!?」
権能を込めた一撃をただの魔法で防がれていたなど、彼女の理解の外だった。
少年の姿がブレる。
瞬きの後、彼は「偽神」の胸を貫いていた。
慌てて飛び退く彼女。
紫炎で傷を塞ぎながら、忌々しげに少年を睨みつける。
「紛い物の癖に、この私に傷をつけるっていうの! 許せないわ!!」
怒りの形相で指を振り、攻撃を仕掛ける。
泥は少年を食らわんとし、黒炎がその息吹を差し向ける。
半透明の剣が無数に生まれ、その半数に紫炎が宿って少年へと襲いかかった。
それら一切を、少年は打ち落とす。
一度にすべてを砕くことはできなかったが、それでも着実に、一つ一つを迎撃する。
その光景を目の当たりにして、「偽神」は苦悩に顔を歪めた。
権能で無尽蔵に魔力が湧くとはいえ、回復は一定だ。
それを上回る速度で打ち破られれば、彼女には為す術なかった。
「神格も神性すらない分際で、神に勝とうだなんて――!!」
彼女の金切り声はそこで止んだ。
両目を見開いた少年が肉薄し、掌底を放つ。
彼女の身を守っていたすべてを打ち砕き、再び胸を抉る。
「こふっ――」
吐血し、力なく四肢が放り出された。
その紫と黄色の瞳が弱々しく少年を見つめる。
「う、そ……でしょ? 只人の、ままで、神を屠るだなんて――」
その言葉を最期に、彼女の肉体は紫炎に巻かれて燃え尽きた。
彼女を構成する悉くを消し去って――。
滂沱の涙を流す少年は、おもむろに空を見上げるのだった。
◆◆◆
天から光が差し込む。
白金に輝くそれが、ふわふわと彼の目の前へ姿を現した。
「――お疲れ様です、人の子よ」
鈴の転がるような声と共に、女性を形取る。
その女性は、プラチナブロンドの髪をさらりと流し、流麗な礼を取る。
「この度は申し訳ありませんでした。貴方様のお手を煩わせて、こちらの事情に付き合わせてしまい」
「……?」
虚ろな瞳の少年は、僅かに首を倒して意思表示する。
そんな様子を痛ましそうに見つめながら、女性が口を開いた。
「私は創造神を務めている者です。貴方様の処遇にかこつけて、『偽神』の処分を任せたのです」
「……」
説明されて、少年はようやく理解した。
ただし、ほぼ条件反射で向かってきた敵を倒していた彼にとって、その事実はどうでもよさそうだったが。
「お詫びと言ってはなんですが、静かな場所で眠りませんか?」
「……?」
またしても理解が及ばず首を倒す少年。
創造神は後ろめたさを醸して説明する。
「……正直なところを申しますと、今の貴方様の存在は非常に歪で厄介なのです。神へ至れる資格を持たぬまま、権能や神々に対抗する術を身に付けていて。そのうえ仙人でもありませんから、どこでも扱いに困ってしまうのです」
殺す訳にもいかないと、暗に敵対するつもりはないと告げる。
敵対するのであれば、たとえ目の前にいる彼女が「化身」のままであろうと殺すつもりであった少年だったが、嘘偽りのない言葉だと理解し、手から力を抜く。
険の取れた雰囲気を察した彼女は、慈愛に満ちた目を向けながら、思いもよらぬ提案をした。
「そこで先ほどの提案に戻るのですが、『偽神』を封印していた場所で、誰にも邪魔されることなく夢を見続けるというのはどうでしょう。――介添えに、少女を二人付けるつもりです」
言葉の意味を理解した少年は、限界まで目を見開き、瞳を輝かせていた。
震える口元。揺れる瞳。戦慄く肩。
少年は、一も二もなく首を小さく振っていた。
「……ありがとうございます。眠る準備が整い次第、連れてきますから」
儚く笑った創造神は、大きな柏手を打つ。
すると、戦場跡地の大地が隆起し、祠が生まれる。
「後は貴方様の魔力を流すだけです。お願いできますか?」
彼女の言葉に素直に従った少年は、その祠にゆっくりと近づき、魔力を流す。
忽ち紅と紫に染まる。
「中の環境は好きに整えてくださって構いませんからね。――では、二人を呼びますね」
胸に手を掲げた創造神が、小さく手を二度鳴らす。
先ほど彼女が現れた時同様、天から光が差し込む。
今度降って来た光は、彼女よりも小さく弱々しかったが、白金に包まれたどこか見覚えのある色をしていた。
「――ぁァ」
しわがれた声が喉を突く。
打ち震える手が、空へと向かう。
それらを優しく、されどしっかりとつかんだ少年は、胸に抱き身を屈める。
「後は中に入れば会えますからね。皆さんが着いたのち、誰にも邪魔されぬよう封印しますから」
こくんと頷いた彼は、ゆらゆらと祠の中へと入って行った。
それを見守ると、再び大きく柏手を鳴らした。
風景に溶け込むように、ふっと消えたそれを確認すると、創造神はゆっくりとため息をついた。
◆◆◆
「お疲れ~。緊張したぁ~?」
間の抜けた声がどこからか聞こえてくる。
それに慌てることなく、顔を上げた創造神が苦笑する。
「そうですね。断られたらどうしようかと思いましたよ」
「大丈夫、大丈夫~。そのために直前で夢を見せたんだし、そうじゃなくても彼が断る理由なんてないんだからさ~」
返事を返しながら、どこからともなくふわふわと浮かんだ女性が現れた。
彼女はだらしなく寝そべった状態で創造神の隣に降り立った。
「それはそうと、よろしかったのですか? またこの地に縛り付けられる形となってしまって」
「大丈夫~。きーちゃんと違って、あたしは寝るの得意だから~」
欠伸を噛み殺しながら話す様は、とても説得力があった。
「それは頼もしいような……心配なような、複雑な気持ちです。……えぇと、今はなんとお呼びすればよろしいですか?」
「んん~? 好きに呼んでいいよぅ~」
名前を呼ぼうとして創造神は言葉に詰まる。
彼女に尋ねたものの、当人は気にした様子もなく手をひらひらとさせていた。
「では、“ツアさん”と呼ばせていただきますね。いくらツアさんでも、寝っぱなしは体に悪いのではないですか?」
「そんなことないよぉ~。万年寝てても余裕余裕~」
「……恐ろしいですね」
「あ、間に合った?」
あまりの非常識っぷりに恐れ慄いていると、またしても来客が訪れた。
「おひさぁ~、なーちゃん」
「おっひさー、つーちゃん!」
知り合いらしく、呑気に手を振る二人の女性。
近づいてハイタッチまでする彼女たちに、創造神が口を挟む。
「ヴェロニカさんもいらしたのですね」
「そうだねー、一応、経過報告も兼ねてね」
そう言いながら振り返ったヴェロニカは、悪戯っぽく金の瞳を輝かせた。
「報告ってヨグじいに~?」
「いや、二人に。『盟約』の関係者には一言告げておけって、ハンが」
「あちゃ~、どこまでもお節介だねぇ~、彼」
嘆息しながらもちらりと視線を向けるツアは、ややあって肩を竦めた。
「何か問題でもありましたか?」
「いや、特には? ただ、落ち込んでたニョグちゃんを慰めるため、胡琳たちを蘇らせておいたってくらい?」
「……彼女に甘すぎませんか?」
非難するような眼差しでヴェロニカを見つめる創造神。
一切の痛痒を感じた様子もなく、彼女はあっけらかんと語る。
「相手が悪すぎたからねぇ。いくら仙人って言っても、ニョグちゃんは格上相手の経験が少なすぎたから」
「だねぇ~。にょーちゃんが元気じゃないと、あたしはすやすや眠れないしね~」
「はぁ……、そういうところが甘いと思うのですが。私たちも五柱失っているんですよ?」
ため息をつく創造神は、意味ないとは思いつつも抗議をする。
「そっちは神でしょ? 元人間もいるだろうけど、役割の違いだって。ただでさえこっちは人手が足りないんだし」
「でしたら、貴女が手を貸せばよかったのではないですか? 縛りはないのでしょう?」
「いやいや。それこそ破壊神とおんなじ結果しか得られないよ? それでもいいなら構わないけど」
「ごめんなさい、勘弁してください。貴女に暴れられたら世界の再生どころじゃなくなりますから」
意地悪そうにニヤニヤと笑いながら詰め寄るヴェロニカに、創造神は白旗を上げた。
それでもにやけ顔は止まらない。
「え~? でもなぁ、やってみようかな~」
「ほんっとうにやめてください! 私、泣きますよ?」
「あはは、冗談だって。むしろ、やーちゃんに泣かれたほうが困るから」
「……あまりその名は好きじゃないのですけどね」
互いに白旗を上げたところで、そろそろ時間だとヴェロニカが零す。
「んじゃ、つーちゃんも引き続きよろしくねー! 私も今まで通りやるから」
「ん~。了解~」
「私も戻ります」
それぞれが別れを告げる前、創造神が最後のひと仕事をする。
胸の前に手を上げると、三度目の柏手を打つ。
すると、荒れ果てた戦場に小さな芽が飛び出す。
それを皮切りに、辺り一帯を新たな芽吹きが覆い、すぐさま花開いた。
「綺麗ですね~」
「ほんと~」
「このくらいの手向けはいいでしょう。――彼らの健やかな夢を祝福して」
咲き乱れる光景を見守った三人は、それぞれの持ち場へと去っていく。
その場には、白い花の絨毯が広がっていた。
◆◆◆
“もしも”の未来を見終えたニネットは、唇を噛みしめたまま無言だった。
彼女の顔には悲愴さがありありと浮かび、言葉を失う。
「聡い君ならもう分かったと思うけど、これが君たちを失った彼の行く末だよ」
「……お兄ちゃん」
呟かれる言葉は、よりいっそう物悲しさを漂わせる。
そんな彼女へ、伝えるべきことを話しておく。
「だからこそ、君たちは何においても生きていなくちゃいけない。他の何を犠牲にしてでもね。……酷な話だとは思うけど」
「……なら、これをお兄ちゃんにも説明しないと――」
少女の提案を小さく首を振りながら切って捨てる。
「残念だけど、それは適わないんだ。さっきも言った通り、未来が変わってしまうからね。知ってもいい人とダメな人がいるんだけど、君の知り合いでは最後に名前を出した人――私と共通の知り合いだけだね」
「……ヴェロニカさん?」
無言を貫く。
それでも彼女には伝わったようで、幾分か顔色が戻る。
一人で抱え込むには大きすぎるのは承知の上。それでもこのタイミング以外では、彼女に伝えることが叶わないからだった。
「理由を知らないと君も納得しないだろうから話せる範囲で教えるけど、今の彼って全然本気を出せていないんだ」
「えっ!? あんなに強いのに!?」
「もちろん。だってさっきも見ただろう? 彼の本気の姿を」
指摘されて気付いたようだった。
――彼自身、あれで全力を出しているつもりなのだと。
……やはり賢くて話が早い。おかげで助かるっているよ。
そんな彼女へ、指を立てながら簡潔に説明する。
「君の役目は三つ。一つは死なないこと。理由は言うまでもないね? 二つ、彼に本気を出させないこと。これは直接何かする必要はない。ただ今日のことを話さなければ問題ないからね。一人で抱えきれなくなったら彼女を頼るといい。きっと力になってくれるから」
ニネットは真剣な面持ちで、自身の心の内に書き留めていた。
本来なら、もう少し説明しておきたいところだが、そろそろ刻限が近づいてきていた。
口早に告げる様子から、彼女も勘づいたらしく余計なことは聞いて来なかった。
「……ねぇ、最後は?」
「そうだね。ちょっとだけ説明が長くなるんだけど、一言で言えば――」
告げられた三つ目の役割に目を見開くニネット。
揺れる瞳がどこかいじらしかった。
そんな彼女に、色々と注意点を伝えておく。
熱心に聞き入る少女は、とても頼もしく――。
英雄の凱旋間際まで、伝えられるだけの知識を授けるのだった。
-連絡-
過去編につきまして、2週間ほどお休みを頂きたいと思います。
理由は、今週分が大変すぎてキャパオーバーでして、体をしっかり休めたいと思ったためです。
異世界編は変わらず毎日投稿予定ですので、ご心配なく。
次回は1/5(月)の12時予定です。
そこからは、今まで通り月・水・金投稿を頑張ります。
完結は近いですが、今後とも、拙作をよろしくお願いいたします。




