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71話 ありえた過去、ありえない未来 -下-

すみません、やはり長くなりましたので分割します。

続き(-終-)は明日12時に投稿予定です。


なお、当初の予定より5割増しの文量になりました。

作中屈指のお話ですから、しょうがないとはいえ……。

ここ以外にもいくつか残っているんですけどね。

 神界の審議場。

 多くの神々が集う中、一つの議題について討論が行われていた。


「――地上界に派遣する神は一柱(ひとはしら)で十分であろう」

「いやいや何を言う。『化身(アバター)』とはいえ、仙人を下すほどの力があるのだぞ」

「だとしても、徒に神を下界に降ろしてみろ。世界にどんな影響を及ぼすか」

「それを言ったら、そんな化け物が地上界に巣食うほうがよっぽど()()だろう」


 各自が各々の主張を前に出す。

 大まかに分類すれば、積極的介入派と消極的介入派に分かれていた。

 世界に牙を剥いた少年は、立ちはだかる者を(ことごと)く下し、遂には行き着くところまで辿り着いてしまう。

 座して見守る段階はとうに過ぎ去った。

 もう神の介入なしには事態の収拾は図れない。

 今は、()()()()()()()()()()()()()について議論が交わされていた。


 このままでは埒が明かない。

 どちらの主張も一理あるだけに、時間だけが(はかな)く浪費される。

 その均衡を破ったのは、それまで静かに推移を見守っていた一番高い席に座る女神だった。


「――今回の一件、中級神一柱と下級神五柱を遣わすことにします。神選(じんせん)は後ほど通達します」


 彼女は創造神――神々を統べるトップにして最上級神の一柱だった。

 独断気味なその発言にも、他の神々は恭しく頭を下げて了承する。

 その場はそれで解散。

 後に残った彼女は、誰も居なくなると小さく息を零した。


「よっ、お疲れさん」

「……見ていたなら、手を貸してくれてもよかったじゃないですか」


 近づいてきた一柱の女神へ口を尖らせ見(とが)める。

 彼女は肩を(すく)めて口を開く。


「俺が口を挟んでもいいなら、直接出向いてぶっ飛ばすに一票だぞ?」

「やめてください。()()()()()()()()がそんなことをしたら、世界丸ごと壊れてしまうじゃないですか」

「じゃあしょうがない」


 あっけらかんと話す破壊神に創造神はため息をついた。

 そんな彼女の横へ勢いよく腰かける破壊神。


「つってもわからんな。相手の力量を踏まえたら、もちっと中級神が必要じゃないか? ()()()()下級神で許容量(キャパ)を圧迫するぐらいなら、はなから中級神だけで固めるぞ」


 椅子で船を漕ぎながら「それでもギリギリだがな」と零す破壊神に、創造神は伏し目がちな笑みを浮かべた。


「……中級神の()にだけは話しますが、“鍵”を持たせようと思いまして」


 告げられた内容に、破壊神は思わず椅子から転げ落ちそうになる。

 彼女の頭ではすでに神選は済み、確定事項のようだった。

 座り直して創造神をまじまじと見る。

 目尻を下げて物憂げな表情をする彼女は、語ったあくどい策とは裏腹に、心の底から申し訳なさそうだった。


「……お前って、たまに()()()()()()()考えるよな」

「これが最善なのです。我々にとっても、――()()()()()()


 彼女の深謀遠慮は破壊神には窺い知れない。

 それでも破壊神は彼女を詰め寄ったりはしなかった。

 あるのは信頼と、いざという時の切り札が残っているから。

 今まで一度も切ったことはないそれを、永遠に切ることはないと思いつつ。


「……ま、なるようになるか」


 彼女の独り言は、空気に溶けて消え去っていく。

 創造神の憂いと共に――。



 ◆◆◆



 地上界に六柱の神々が降り立った。

 彼ら彼女らは光り輝き、その神々しさを周囲へまき散らす。

 力ない者がそれを直視すれば卒倒し、下手したら昇天してしまうほどだった。

 そうならなかったのは、彼らが人気のない森の中に降り立ったから。周辺の半径百キロメートルに、人が誰も居なかったからだった。


「この先に()()()()がいるとのことです。皆、心してあたるように」


 弓を携えた男神が他五柱へ注意喚起する。

 中級神である彼の言葉に彼らがそれぞれ了解すると、手に自身の象徴たる武器を構えた。

 鎌を(つか)む男神に、杖を両手で握る女神、(つぼ)を持った男神と動物の角を握りしめた女神という一見武器に見えない物を持つ神もいれば、無手で拳を握る男神も存在した。

 彼らは全員下級神。

 それぞれがその()()()()()()()()で互いを呼び合っていた。


「先頭は俺でいいよな?」

「もしくは“角”のほうかだな。俺は鎌だから中衛を務める」

「私と左右分担でいいんじゃない? 向こうは自然と一体化してるって話だから、見落とす可能性を考えて」

「私は中衛から後衛を担当します。索敵は苦手なので、概ね“弓”と“杖”を守る形で」

「“壺”さん、よろしくお願いします。私、一応杖術もできますけど、皆さんに比べればまだまだですから」

「私は接近戦も大丈夫ですから、極力“杖”を守ること優先でお願いします。貴重な回復役は“壺”と“杖”が頼りですからね」


 戦いにおける役割を確認しつつ六柱は歩みを進める。

 周辺を警戒しながら着実に距離を詰めていった。


 しばらく経った頃、木々の開けた場所に出た。

 そこは広大な地面が剥き出しとなり、まばらに草の生える長閑な空間だった。

 そんな平原の反対側、森の続きがある手前に、目的の少年が木に背を預けて座っていた。

 彼はだらりと口を開け、力なく天を仰ぐ。

 ()()()()()()()()()姿()は、とても仙人を倒した強者の風貌ではない。

 そのうえ周囲には動物の気配はなく、虫すら寄り付いていなかった。

 あまりの異様な光景に、神々は己の目を疑った。


「……本当に彼であってるのかしら?」

「そのはずです……」


 “角”の神の(つぶや)きに、自信なさげな“弓”の神の声が響く。

 他の神々も警戒より困惑が勝っていた。それでも構えを解かないあたり、油断はない。

 とりあえず、問答は可能か確かめるため、彼らはじりじりと近寄る。

 慎重に一歩踏み出したところで反応は見られない。そのまま距離を詰める。

 当初の半分を切っても微動だにしない少年。

 まだ生きているのかと疑いそうになるぐらい、彼は無反応だった。

 命の息吹を彼ら全員が感じ取れるので死んでいないのは確かだったが、それでもぴくりとも動かないのは予想外すぎた。


 目と鼻の先、後数歩で触れられる距離になった頃、ようやく彼に動きがあった。

 僅かに指先が動いた後、ゆっくりと顔が下ろされる。

 少年の顔を正面から捉えられて初めて、神々は身震いした。

 彼の目は落ち窪み、命の灯を感じさせない。

 その目元から頬にかけて、何度も涙が伝った跡がこびりつき、元の色から変色していた。

 瞳は()()()()()()が渦巻き、光も何も映してはいなかった。


「これは……、何をどう過ごしたらここまで零落するのですか。……本当に生きているのですかね?」


 “弓”の神の嘆きを他の神々も似た心持ちで聞いていた。

 無意識に手に力が入る。

 握られた武器に呼応するように、少年の目が大きく見開いた。

 途端、彼らはその場から飛び退いた。


 周囲を渦巻く魔力は尋常ならざるほどで、木々を揺らす。

 風が吹き荒び、大地も戦慄(わなな)く。

 突然の豹変に目を白黒させるも、神々は即座に戦闘の構えを取る。

 ゆらりと立ち上がった少年からは涙がとめどなく溢れ落ち、地面に染みを作る。

 伏せられていた顔が持ち上がり、その顔を露わにした。

 少年からは表情が抜け落ちていた。

 それでも妖しく光る双眸が、拒絶を色濃く映す。

 神々はそんな少年を見据え、静かに腹を決めた。


 彼らの戦いは、唐突に幕を開けたのだった。



 ◆◆◆



 先手は少年からだった。

 神々の視線の先から消え失せ、彼らの中心へと姿を見せる。

 声を上げる間もなく、鎌の横薙ぎの一閃が放たれた。

 その刃は空を裂き、風を切る。

 現れた時と同様、瞬きの間に少年の姿は離れていた。


「……神出鬼没とは聞いていたが、こういうことだったのか」


 “拳”の神の意見に、誰もが同意する。

 少年が行ったのは、転移ないし空間跳躍だった。恐ろしく魔力や空間の揺らぎが小さく、注意していても気付けないほどだったが。


 そんな彼の元へ水と矢が殺到する。

 足元からは水が、視界の外、頭上からは矢がそれぞれ挟み込むよう迫っていた。

 躱した先を狙おうとして、その目論見は外れた。

 少年はどちらも振り返らず、それらの攻撃を空間魔法で()き止めた。

 巻き起こる轟音と衝撃。

 一瞬動きが止まった神々だったが、何事もなかったかのように走り出す。


 神速で迫り、その拳が向けられる。

 軽く体を捻って避けた少年の首筋へ、今度は角が突き立てられた。

 見えない障壁に阻まれ動きを止めた“角”の神。

 彼女のその横っ腹に、少年の掌底(しょうてい)が迫りくる。

 全身に悪寒が走る。

 ()()()()()()()()()()()()と本能的に理解するも、彼のあまりのスピードに回避が間に合わない。

 そこへ凶刃が割って入り、彼の手が引っ込められた。

 同時に、炎と矢が少年の体を追い立てる。

 またしても一瞥することなく彼は神々から距離を取った。


「ありがとう、助かったわ」

「いえいえ、お互い様です。……それにしても彼、本当に人間ですか? 我々の神速に対応できているうえ、下手したらそれを使えますよね」

「まったく、こんなんじゃ『偽神』の再来になっちまうぞ」


 悪態をつく彼らだったが、それも仕方のないことだった。

 本来、神速というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()到達できない領域の素早さだった。光すら凌駕する速度であるからして、生物が出せるような代物ではなかった。

 そんな彼らの動きを捉え、あまつさえ反撃するような相手は、常識の埒外といっても過言ではない。そこまでの存在は、彼らの知る中では『偽神』と呼ばれた女性以外存在しえなかった。

 目の前の少年は彼女とは別ベクトルの大変さだったが、深刻さで言えば似たり寄ったり。()()()()()()()()()()()()()は、たとえ直接的な害がなくとも留まることが許されないのだった。


「……早々に権能を使う必要があるかもしれませんね」


 “弓”の神が零すと、彼らの表情が険しくなる。

 できれば使わずに倒しきりたいところだったが、目の前の少年をそう易々と傷つけられないことは、短い攻防の間で理解していた。


「世界の影響を考えれば、避けたいのですけどね」

「そうは問屋が卸さないだろう。むしろ、さっさと切って俺たちの影響を少しでも抑えたほうがいいんじゃないか?」

「かもしれませんね。神という存在は、地上界には()ですから」


 少年を(にら)みつけながら、言葉を交わす神々。

 まだ彼の攻撃をあまり見ていないが、たった一度だけで身を震わせたほどだ。対象にされた彼女は言うまでもなく、傍から見ていた他の神々も大なり小なりその危険性を肌で感じていた。

 “弓”の神の言う通り、権能の行使は急いだほうがいいと誰もが強迫観念に似た何かに囚われる。

 その考えが間違っていないと確信したのは、少年の次の攻撃を目撃した後だった。


 ――彼らは自分たちの乗った船が泥船とは気付かず、そのまま先へと進んでしまったのだった。



 ◆◆◆



 神々の攻撃が錯綜する。

 当初の役割通り、“拳”と“角”の神が少年と肉薄する。

 互いに違いに攻撃を繰り出し、“鎌”の神も時折加わりながら、常に誰かが少年の気を引く形を取っていた。

 その合間に水や炎、矢が牙を剥く。

 それぞれの攻撃には、先ほどまでとは違い金の粒子が尾を引いていた。

 権能を使った訳ではなく、神々が神力――神々だけが持つ魔力に似た力を解き放った証拠だった。

 色は()()()()()()()。それが神々の証だった。


 事ここに至っては、少年は防戦を強いられる。

 威力は先ほどの比ではない。

 一つ一つが致死レベルの一撃。それが雨のように降り注ぐのだ。

 並の相手なら、それで決着がついていた。

 まだ傷一つ負わず、魔法を駆使して防ぐ少年が異常だった。


 神々の顔には若干の焦りが生じる。

 決着を早めるために神力を解放したが、世界への影響が大きすぎるのだ。

 引き伸ばせば引き伸ばすだけ不利になるのは、少年ではなく彼ら神々のほうだった。


 そんな状況に、一つの転機が訪れた。

 神速の攻防を繰り返していた“角”の神の一撃が、少年の脇腹に突き刺さったのだ。


「やった――!」


 思わず声を上げ歓喜する彼女。

 そのまま手を離し、新たな角を生み出したところで足を止めた。

 少年から溢れ出ていた魔力の質が、これまで以上に()()()()()()()()ものへと変化する。

 何をするのかと考える暇もなく、突然目の前が紫紺に染まった。


「ぐあっ――」

「くっ――」

「きゃっ――」


 近くにいた“拳”、“鎌”、“角”の三柱はその攻撃が直撃する。

 離れたところにいたはずの他の三柱へも牙を剥き、彼らの姿を()み込んだ。


「大丈夫ですか――!?」


 “弓”の神の声が轟く。

 “壺”の神によって大部分は堰き止められたが、一部がその水の防壁を突き破り、彼らの体を紫の炎が焼きまわった。

 一部だけでもかなりの激痛が走る。

 苦悶に顔を(ゆが)めながらも、少年の近くにいた三柱を気遣うのだった。

 全身火だるまになりながら、彼らは少年から距離を取る。

 一部は自力で消し止めていたが、未だ炎が彼らを包む。

 びっしりと脂汗を()きながらも武器は手放さず、少年を睨みつけていた。


「……なんて威力だ。ノーモーションで放つにしては強すぎだろう」

「ほんとにだ。せいぜい目くらましかと思って食らっちまったぜ」

「……私、目を片方やられたみたい。気付かなかったけど、あの炎の中に氷も混じっていたのね」


 水を突き破った正体はそれかと、“弓”の神は(ほぞ)を噛む。

 恐らくは氷の中に閉じ込められていた炎が、壁を越えた先で弾けたのだと推察していた。

 考え込む彼を余所に、“壺”の神が苦々しげに口を開いた。


「……この火傷、()()()()()では回復できなそうです。――私の権能を切ります。申し訳ないですが」

「いえ、謝る必要はありません。三柱が崩されれば一巻の終わりですから。……私も回復させられませんし」


 “杖”の神が謝る“壺”の神を慰める。

 二柱でも通常手段で回復できないとあり、改めて少年の規格外さに舌を巻く一同。


「……あれで権能すら持ち得てないのが信じられないぐらいだぜ。下手な神よりも強いぞ、あいつ」


 嘆息する“鎌”の神に皆、神妙な面持ちになる。

 その間に、呼吸を整えた“壺”の神が朗々と言葉を紡ぐ。


「――『永劫の活力(Abundance and Prosperity)』」


 手にした壺を逆さにする。

 (たちま)ち中から黄金の水が溢れ出し、辺り一面へと広がっていく。

 側に立つ神々に白金の粒子が降り注ぎ、その傷がみるみる癒えていく。

 火傷も“角”の神の目も元に戻り、神力もその内から湧き上がっていた。


「ありがとう」

「いえいえ、お安い御用ですよ」

「本当なら相手に弱体化が入るんだろうが……」


 疲れもなにもかもが取り除かれた“拳”の神が少年へと視線を向ける。

 彼はその場に佇み、腹部に刺さった角を放り捨てていた。

 その下に本来開いているはずの穴は無く、すでに治ったような傷跡があるだけ。

 穴の開いた服と血の(にじ)みが夢でなかったと物語っていたが、“壺”の神が生み出した黄金の水には痛痒(つうよう)も感じていない様子だった。


「……本当に厄介な。長引かせるだけ不利だな」


 口元に手をあてた“鎌”の神が、自分も権能を使用すると告げる。


「なら、俺もだな。美味しいとこだけもらう形になるが」

「じゃあ私も。どっちが先に攻撃を当てるか、勝負よ」


 “拳”の神に引き続き“角”の神も権能を行使すると言い出した。

 軽口を叩く二柱だったが、実際は誰かが届けばいいと考えていた。それだけ彼に触れるのが難しいと理解していたからだった。


「であれば、私たちは二の矢として準備しておきましょう。皆が空回りした保険として」

「おいおい、そりゃないぜ。俺たちの見せ場がなくなっちまう」

「わ、私も、一応準備はしておきますね……。信じていない訳じゃないですけど、念には念を入れて……」

「そうね、お願いするわ。そっちのほうが思い切りやれそうだからね」


 茶化す“鎌”の神と“杖”の神を励ます“角”の神。

 権能の維持をしている“壺”の神は、ゆるりと微笑み彼らを激励していた。


 気を引き締めて三柱が少年を見据える。

 集中しながら各々がその権能を行使した。


「――『三たびの落日(Struggling Again and Again)』」

「――『戦場の一等星(Undefeated Whirlwind)』」

「――『犠牲か救済か(Branching of Prophecy)』」


 三柱の神力が(ほとばし)る。

 “鎌”の神には黄金の大鎌が握られ、彼の頭上に大小さまざまな鎌たちが飛び交う。

 “拳”の神の両手の拳は(まばゆ)いほどの輝きを放ち、黄金の光が溢れていた。

 “角”の神は黄金の粒子でできた短角と長角を握りしめ、その切っ先を正面へと向けていた。

 それぞれの準備が整うと、誰ともなく地を蹴り少年へと迫った。


 始めは鎌の乱舞。

 飛び交う鎌が四方八方から殺到する。

 避けたとしても、その軌跡に残る黄金の線が彼の身を切り刻む。

 次第に減っていく逃げ場をさらに追い立てるよう、“鎌”の神がその大鎌で横薙ぎの一閃を繰り出した。

 飛翔する鎌同様、大きく振るった大鎌が目まぐるしく回転しながら少年を(むしば)む。

 引き裂く寸前、再び噴き出した紫紺の氷に阻まれ、彼には一歩及ばない。

 それでも“鎌”の神はにやりと笑う。

 少年の背後には、神速で迫る“拳”の神と“角”の神の姿があった。


「――もらった!!」

「――ここよ!!」


 二柱の権能が炸裂する。

 どちらも一撃必殺型の権能。

 “鎌”の神ほどの汎用性はなかったが、その威力と速度、何より突破力が群を抜いていた。

 消費を抑えて乱打にもできたが、それよりも少年が足を止めた一瞬の隙に、すべてを出し切るとばかりに神力を注ぎ込む。

 確実に捉えたと思ったその一撃は、紫雷を迸らせた少年の掌底によって阻まれた。


「なっ!?」

「うそでしょ!?」


 二柱の攻撃を両手で――都合、片方の(てのひら)でそれぞれを押し留める。

 渾身(こんしん)の一撃だったはずなのに、それすら彼には届かないのかと愕然(がくぜん)としていた。

 奥歯を噛みしめる音がした。

 すでに三柱とも権能を使い切り、これ以上の手は残されていない。

 せめぎ合う現状を打開するには、一歩足りなかった。


「――『正義は表裏一体(The Flow of Time is Cruel)』」


 そんな中、鈴の音のような声が響き渡る。

 ちらりと視線を向けた先では、“杖”の神が瞑目(めいもく)しながら杖を目の前で握りしめ、淡く金の粒子を昇らせていた。

 全身で集中していた彼女がカッと目を見開き、その杖を地面へ勢いよく突き立てる。

 杖の先端の皿が鳴り響き、少年の頭上に巨大なギロチンと鉄鎚(てっつい)が生まれ出でる。


「――みなさん、避けてください!」


 振り下ろされる凶刃と鉄鎚を前に、三柱がその場から飛び退く。

 間髪入れず叩きつけられたそれらは、土煙と衝撃波をまき散らす。

 あまりの破壊力に、星そのものが壊れるのではと心配になるほどだった。


「……どう、ですかね?」

「なんとも言えないです。これで決着がついてくれると助かるのですが……」


 未だ警戒を怠らない“弓”の神が、弦を引き絞りながら静かに少年のいた場所を見据える。

 他の四柱も、離れたところで結果を見守っていた。


「これで傷一つないとか言われたら、泣きそうなんだが」

「流石にそれは……と言いたいですが、ありえそうなのがなんとも……」

「バカッ! それはフラグって言って、負けるときの決まり文句だぞ!」

「そもそも、権能相手に只人が抗えるって時点でおかしいわよね」


 やいのやいのと騒ぎながらも、その眼差しは一点を見つめたまま。

 誰も警戒を解いていなかった。


 ……だというのに、次の一手には誰も気づくことができなかった。


 煙の奥で、昏い()()()()が揺れていた。



 ◆◆◆



 それに気付いたのは、無念にも、遠く離れたところにいた“弓”の神だった。

 暗闇の奥、僅かに何かが動いた気がした。

 すぐさま弓を構えて一射するも、時すでに遅し。

 霧を晴らした先には誰もおらず。

 どよめく声が他の神々の元から上がっていた。


「――はっ、“壺”さん!?」


 “杖”の悲痛な叫び声が上がる。

 二柱の視線の先では、傷だらけの少年が“壺”の神を背後から貫き、見下ろしている姿があった。


「くっ、遅すぎましたか!」


 慌てて再び矢を放つも、障壁に阻まれて彼には届かない。

 側に居た他の三柱も同様で、その拳や角、鎌を振るっても誰も彼の元へは辿り着けなかった。

 威力が足りないと理解するや否や、“弓”の神は自身の権能の一つを行使する。


「――『知恵の泉(For Whom is Knowledge)』!」


 天高く黄金の矢を一射する。

 忽ち色とりどりの矢が少年へと降り注いだ。

 ありとあらゆる属性を付与された矢が、雨の如く降りしきる。

 その間にも“壺”の神は吐血し、地に臥していた。

 引き抜いた右手を見つめる少年。

 無造作に開いたり閉じたりする彼は、魔法の雨には一切目もくれず、その場に佇んでいた。


「先ほどよりも障壁が強固になっている!? この短時間で何があったというのですか!?」


 “弓”の神の慟哭(どうこく)は、虚しく阻まれる雨の音にかき消された。

 すでに命運尽きた“壺”の神が、黄金の粒子となってその体が弾け飛ぶ。

 それはゆっくりと天へと昇り、彼を()()()()()()()()()()


「う、そ……、神を倒した……?」


 呆然とする“杖”の神を叱咤(しった)する。


「呆けている場合ではありません! このままでは全滅です!」


 我に返り、杖を握りしめる。

 “壺”の神が消え去った現場でも、未だ諦めることなく三柱が戦っていた。


 彼女たちの権能は悉く潰えてしまった。

 この絶望の状況にあって、残された希望は“弓”の神の残りの権能だけだった。

 その権能効果は、この場に居合わせた神々は知っていた。

 あまりにも()()()()()()()()()()のため、使うつもりはないと初めに公言していたが、こんな状況下においてはそうも言っていられない。

 世界への影響が計り知れない権能ではあるが、ここで行使しなければ待つのは全滅だけだ。

 神々が倒されたところで、神格が傷つけられなければ本当の意味で死ぬことはない。

 数万年もすれば(よみがえ)るとはいえ、誰もやられたくはなかった。

 目を(つむ)っていた“弓”の神は、覚悟を決めて(まぶた)を上げる。

 弦に触れ、いざ放たんと少年を振り向いたところで、目に飛び込んできた光景に思わず()()()()()()


「は……?」


 あまりの常識外れな状況に、間抜けな声が零れた。

 彼の視線の先では、奮闘していた“拳”の神が心臓を貫かれ、そのまま息を引き取る姿が目に映った。


「うそ!?」

「“拳”が死んだ!?」


 “角”の神も“鎌”の神も事態が呑み込めず、その場で足を止める。

 本来ならば先ほどの“壺”の神のように、黄金の粒子となってその身が還るはずであった。そのはずなのに、少年に貫かれた“拳”の神は力なく地に堕ち、()()()()()()()()()のだった。


「……え? ()()()()()のに、神殺しをした……?」


 “杖”の神の言葉が、少年の行動を端的に言い表していた。

 付け加えるならば、それでいて神格も神性も手に入れたはおらず、権能すら持ち得ていなかった。

 あるのは()()()の「改変の理」だけ。――たった、それだけだった。


「――っ、不味いです! 皆、この場から撤退してください! 自分が生き残ることを優先して!」


 叫びながら、“弓”の神は矢を番える。


 ――自分はその場に留まりながら。


 彼の言葉で動き出した他の神々だったが、背後を見せた瞬間、少年の魔の手が伸びてきた。

 次は“鎌”の神へ。

 逃げ惑う彼を先回りした少年が、その狂掌で一息に(ほふ)る。

 辿った結末は、“拳”の神と同様だった。

 “弓”の神は歯ぎしりしながらも、最後の権能を行使する。


「――『願わくば……(Pleading for Death Together)』!!」


 これは溜めに()()()()()()()を要する権能だった。

 それに見合った効果もあるのだが、今はそれよりも少年の目を釘付けにするためその権能を使い捨てた。

 そんな彼の思惑とは裏腹に、少年は“弓”の神を見向きもしない。


「くそっ――!!」


 ゆっくりと振り絞る矢をもどかしく思いながら、彼は悪態をつく。

 その最中にも、彼の目には“角”の神が倒れる姿が飛び込む。

 またしても命が潰え、天界へ戻ることすら叶わぬ。


 せめて一柱だけでも――!


 彼の願いは、儚くも崩れ去る。

 弦を最後まで引き絞った瞬間、最後の“杖”の神が少年によってその存在を抹消されてしまう。


「――彼ら彼女らの敵! 最後の手向けです!!」


 憤怒に歪んだ“弓”の神の形相からは、もの悲しさも一緒に噴き出していた。

 渾身の一撃を放つ。

 必殺必中の凶矢は、射抜いた相手を確実に死たらしめる一撃だった。

 神速を超えて、黄金の尾を引き少年へと迫る。

 無数の軌道を描いたその矢は……寸でのところで押し留められた。


「なっ!?」


 あまりの不条理に言葉を失う“弓”の神。

 確かに少年には届いていた。

 数々の障壁を打ち破り、進行を阻む炎や氷、雷をものともせず。

 彼の胸に突き立てられたその刃は、()――矢の軸部分を掴まれて動きを止められてしまった。

 握るその手には紫炎が溢れ、何かをしたのは明白だった。


「……まさか改理の権能で、()()()()()()()……?」


 彼の呟きは、的を射ていた。

 呆然と立ち尽くす彼の目の前に、少年が突然現れた。

 “弓”の神が反応するよりも早く、その胸は貫かれ、体の内側から神力が根こそぎ零れ落ちる。

 急速に(くら)む視界の中、彼はただ一言、残して消えた。


「……”ジボール”」


 天界に還ることなく、その生涯を終えたのだった。



 ◆◆◆



 ――()()が胎動する。


 陽は堕ち、闇の帳が訪れる。

 目覚めの時は、もう間もなくだった。


権能の表記、本当はルビ扱いにしたいのですが、調整が難しくて断念しました。

英文字って10文字制限厳しすぎますね。


次回は、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、そういうことです。



一言メモ

神の位は権能の数で決まります。

 下級神 1個

 中級神 2~3個

 上級神 4~5個

最上級神 6個以上

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