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67話 ざわめく柳の風と声

聖法歴1021年8月11日



 ソール連邦のとある孤児院。

 いつもの穏やかな日常は、唐突に破られた。


 穏やかな昼下がり。

 外で遊ぶ子供たちの元に、大きな爆発音と粉塵(ふんじん)が飛び込んできた。

 それらはすべて黒い影に阻まれ彼らを護る。


「――全員建物の中へ避難をッ!」


 いち早く異変に気付いたディックが叫び、子供たちを中へと誘導する。

 食堂に集め、子供たちを確認する。

 全員揃っていることに僅かばかりの安堵を見せた。

 ドミニクも急ぎ連絡を取ろうとして失敗する。


「うそっ!? 外部と遮断されているわ!」

「なんだって!?」


 途端、嫌な想像が()き立てられる。

 それでもすぐさま判断を下したのは、流石、中隊長を務めていただけはあった。


「ドミニク、全員を地下へ。少しでも時間を稼ぐんだ」

「ディック、あなたはどうするの?」


 災害用のシェルターだったが、今はないよりマシだとばかりに誘導させる。

 ディックは提案しながらも険しい表情を外へと向ける。

 そんな彼の横顔を、ドミニクは苦しそうに見つめていた。


「……時間がない、()()()()()よ」


 ちらりと振り返った彼の顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。


「――っ、えぇ、分かったわ」


 もはや問答をしていられないと、ドミニクにも理解できた。

 刻一刻と迫る人の気配を前に、彼女は苦渋の決断を下すしかなかったのだ。

 子供たちを追い立てるよう誘導する彼女を尻目に、ディックは一人外へと繰り出した。


 扉をくぐった先には、見慣れぬ男女の姿があった。

 総勢三十人にも及ぶ人々は、誰も彼もが見知らぬ人ばかり。

 その手には剣やら魔道具やらが握られ、物々しい雰囲気を漂わせていた。

 彼らの中に一人だけ、見知った存在を発見する。


「……サンダリオ」

「なんだってこんなところにディックがいるんだ? お前、殺されたんじゃなかったのか?」


 相手もディックに気付いたようで、驚いた声を上げる。


「サンダリオ、お前の知り合いか?」

「顔見知りって程度ですぜ、メルチョさん。あいつは帝国軍の第三師団にいたはずの軍人で、確か中隊長とかだったと思いやす。なんで居るかは知らないっすけど」


 聞き終えたメルチョと呼ばれた男性がディックを見据える。

 そのまま尊大な態度で質問を投げかけた。


「お前に用はない。あるのはその中にいる()()()()だけだ」

「……なぜ、子供たちを狙うのですか? わざわざこんな僻地まで来て」

「お前が知る必要はない。失せろ」


 手を払い、どこかへ行けと告げるメルチョ。

 それでもなおディックは動かなかった。

 むしろ、眉間の(しわ)を深めて忠告を出す。


「……ここは、かの『()()()()()です。下手に手出しをしてはただでは済みませんよ?」


 ディックの言葉に突然笑い声を上げるメルチョたち。

 その異様な光景に、ディックは嫌な焦燥感に駆られた。

 僅かばかりの末、笑いが治まったメルチョが口角を吊り上げて言い放つ。


「――だからこそだよ。あれは()()()()()()()()()身動きが取れまい。それが己の庇護下にある子供たちであれば、尚のことだ」


 ディックは力強く拳を握りしめる。

 奥歯もギリッと無意識に鳴らした。

 そんな彼は、扉に立ち塞がるよう位置を変えると、最後通牒を出した。


「……今なら聞かなかったことにします。お引き取りを」

「我々に適うとでも? たかがランクB風情が?」


 実力を見抜いたメルチョが嘲笑う。

 確かにと、ディックも自嘲気味に口元を歪めた。


「考えを改める気はないと?」

「くどい」


 すげなく断り、武器を構えだすメルチョたち。

 それを前にしたディックは一度だけ目を瞑り、小さく息を吐きだした。


(――申し訳ございません、女王陛下)


 胸の内で謝罪を零すと、漆黒の瞳を露わにする。

 彼の体からは吸い込まれるような影が(にじ)み出していた。


「――残念ながら、ここは進入禁止です。お帰りは()()()()となります」


 急変した彼の雰囲気に、メルチョたちは思わずたじろぐ。


「えぇい、ただのハッタリだ! お前たち、かかれッ!!」


 号令と共に戦いの火蓋が切られた。



 ◆◆◆



 彼らの激突は、長時間に及んだ。

 多勢に無勢ながらも、小一時間は稼いで見せたディックはすでに満身創痍(そうい)だった。

 片腕は力なく垂れ下がり、額からは血を流す。

 服は所々破れ、下の皮膚には酷い火傷や裂傷が広がっていた。

 それでも未だに倒れることなく、彼の表情には鬼気迫るものがあった。

 メルチョたちはすでに半数が地に臥せ、息の音が止まっていた。

 一進一退の攻防に、彼らは歯噛みする思いだった。


 そんな綱渡りの均衡は、突然破られた。

 感じたことがないほどの()()()()()()が彼らを襲う。

 その場に立っていた者を無差別に呑み込み、全身から血という血が失せていく。

 堪らず失神する者も多数いた。

 意識を保っていた人たちも、続く声を最後に、意識が途絶えてしまう。


「――お前らか? ()()()()()()()に手を出そうとした輩は」


 答える暇は訪れなかった。

 昏い紫の眼が彼らを睥睨(へいげい)する。

 全員をひと舐めした途端、雷鳴が(ほとばし)る。

 遍く襲撃者はその一瞬で炭と化し、その存在を塵へと還した。

 目の前が開けると、なけなしの気力で立っていたディックが崩れ落ちる。

 その傍らにいつの間にか黒髪の少年が立ち、彼の背中を支えていた。


「……よか、った。間に合って――」


 それを最後に、ディックは力なく目を閉じた。

 全身から力が抜け、体が急に重く感じる。

 体温も徐々に失われており、脈拍はとうに止まっていた。


「……すまなかった。俺が遅かったばかりに」


 彼の体を抱き上げて、建物の中へと歩みを進める。

 少年の瞳は未だ紫炎に燃えたまま。

 ほの昏い魔力を纏い、静かに言葉を零す。


「ありがとう。そして――すまない。()()()()()()()には、もうできない」


 静かに眠る彼の体をドミニクに預けた少年は、その場から姿を消した。


 ――世界中に衝撃が走ったのは、それから間もなくのことだった。


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