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66話 悪夢の前触れ

聖法歴1021年8月11日



 ゼインは久しぶりに執行官としてソール連邦南西部へ赴いていた。

 彼に同行するのは同じ第三課の面々。

 全部で四人が現着していた。

 ここへ出向いた理由は不可解な魔力波が検出されたためだった。


 当初、ゼイン一人で勝手に向かおうとしたところ、課長になったばかりのジョズに止められ、仕方なく指示に従った。

 形式上はジョズがゼインの上司であるのだが、実際のところは命令の行使はできない。そのため、仏頂面ながらも聞き入れた彼に、驚きと困惑が入り交じった表情を向けていた。


「とっとと調査を終えるぞ」


 だからこそ、到着してすぐ勝手に先を行くゼインの後ろを他の三人が大人しく歩いていた。


 しばらくすると、ふとゼインの足が止まる。

 (いぶか)しげに思う間もなく、彼らの目の前に()()一人の女性が現れた。


「毎回ちょっかい出してきて、お前らなんなんだ?」


 鋭く(にら)むゼインへ不敵に笑った彼女が返答する。


「――正一位『光魔(こうま)』のバティン、君の心臓、撃ち抜いてあげる」


 ジョズたちが驚く間もなく、二人の姿は()き消えた。

 耳に届いた音が、幕が上がったと告げていた。



 ◆◆◆



 二人の応酬は、音を置き去りにして進んでいた。

 バティンは指先に光をまとわせ、槍の如き突きを繰り出す。

 ゼインは(かわ)しつつ掌底や蹴撃を放ち、常に彼女の側を離れない。


 互いに一撃も食らわず避け続ける。

 彼女の体に触れられそうになると、(たちま)ち光の粒子となり攻撃がすり抜ける。

 反対に、ゼインの体を引き裂く光撃は、空間が捻じ曲がり彼の後方で弾け飛ぶ。

 そんな攻防が何度も繰り返される。

 二人は空中の至る所へと動き続けながら戦う。

 その様はまるで青空に瞬く花火のよう。

 何十発もの光が空を彩っていた。


 ゼインが大きく距離を取らないのは彼女を逃さないため。

 一度目の衝突からバティンの素早さに舌を巻き、ずっと食らいつくよう離れなかった。

 音のない応酬は、互いに地面を踏みしめたところで中断される。


「なかなかやるね、君」

「……」


 ゆるりと笑うバティンだったが、目は冷淡なまでの冷たさを宿していた。

 ゼインは赤い瞳を向けたまま微動だにしない。

 急に二人の姿が現れたことで驚きを露わにするジョズたち。


 すっとバティンが指を上げる。

 瞬く間に煌めく光が一閃した。

 彼らはそれに反応できなかった。

 眼前に迫る光を知覚することは叶わない。

 正確に心臓へ一直線するそれは、手を伸ばす距離まで近づいた途端、光の粒子をまき散らして四散する。


「あらまぁ」


 感嘆を漏らしつつ、視線をゼインに向ける。

 バティンは瞳が染め上がられた瞬間を目撃した。

 途端、真っ赤な月が弧を描く。

 迫りくる彼に指を向けながら、後ろへ軽く跳ぶ。

 光と熱がせめぎ合う。

 煌々と照らされるのを尻目に、二人は再び強烈な光を周囲へまき散らしていった。


 光の矢が降り注ぐ。

 視界を埋め尽くさんばかりのそれは、天へ打ち出される氷柱によって相殺される。

 氷原がその身を削って針を生む。

 空では砕けた氷が光りを乱反射させ、にわかに辺りを照らす。


 その一方で、今度は巨大な光の(つち)がゼインを襲う。

 横殴りに振られた鎚は、彼の体を()み込まんとする。

 一瞬だけ溜めた掌底で迎え撃つゼイン。

 激しい明滅の後、ハンマーは砕けるも飛び散った光が牙を剥く。

 取り囲んだ光が予兆なく(とげ)を突き出し、刺し貫かんとする。

 彼に届く前、稲妻が走り一掃した。

 視界が開けた先には、口角を吊り上げたバティンが指先に光を溜めていた。


「ぱぁん」


 紡がれた言葉とは裏腹に、膨大な光の奔流が迸る。

 地面スレスレで放たれた光線は、十メートル近い幅の帯を大地に刻む。

 それは数キロメートル先まで及び、遅れて木々や山の悲鳴が聞こえてきた。


「躱すだなんて、やるね。さすがモラクスを倒しただけはあるよ」

「――さっきからなんなんだお前は。中途半端に手を抜いて、かと思えば急に殺しにかかって。何がしたい?」

「ふふ、やっぱり気付くんだ」


 苛立つゼインをバティンは口元を隠して笑う。

 その態度にいっそう腹を立てた彼は、舌打ちをして忌々しげに睨む。


「それを言うなら君もそうでしょ? ()()()じゃ本気にはなれない? ちょっと傷つくなぁ」


 さして痛痒(つうよう)も感じていない様子でわざとらしく泣き崩れる。

 相手の意図が測れず、じっと見据えるゼイン。

 泣き落としが効かないと分かるや否や、すっと立ち直りため息をつく。


「僕が()()()()()()()誰も相手にならないからね。君だって、もう追い付けないんじゃない?」


 バティンの指摘は的確だった。

 彼女の攻撃はあまりにも速すぎたのだ。

 今は何とか凌げている攻撃も、次第に速度を増していく中で対応が追い付かなくなっていた。

 ゼインは()()()()()()()ギリギリ食い下がっていたが、視力ではほぼ捉えきれない領域になっていた。

 攻防の最中でそれを感じ取ったバティンは、相手の限界付近で速度上昇を止め、弄ぶかのように魔法を繰り出していたのだった。


 僅かに眉間に(しわ)を寄せる。

 無言のままだったが、答えを告げたも同然だった。


「せっかくの()()()()なんだから、すぐ壊しちゃうのはもったいないでしょ?」

「そうか……」


 ぽつりと呟いたゼインはジョズたちの元へ転移する。

 その行動を不思議がりながらも静かに見守るバティン。

 ジョズたちも困惑しながら目だけで彼に問うていた。


「十秒稼いでくれ。それであれを始末できる」

「――え?」


 突然のお願いに言葉を詰まらせる。


「へぇ~、僕相手に()()()? そんなことができるとでも?」


 笑みを深めるバティンだったが、その目は冷え切っていた。

 ごみを見るかのように細められ、威圧を放つ。

 その態度で反射的に構えを取るジョズたち。

 ゼインは背を向けたまま瞳を閉じていた。


「あはは! やる気なんだね。でも残念。――君たちじゃ、一秒だって稼げないよ」


 底冷えするような声が隣から聞こえた。

 僅かに視線を向けると、能面のような表情で(たたず)むバティンがそこにはいた。

 無慈悲にも光を伴った指を向けられ、今にも解き放たれようとしていた。

 その刹那がいやに長く感じるジョズたち。

 すべてがスローに見える中、ふと、彼らの耳を聞き馴染みのある声がくすぐった。


「――誰が()鹿()()()()必要な時間を告げると?」


 途端、彼女の体が吹き飛んだ。

 放たれた光線は彼らの横を過ぎ去る。

 遅れて吹き荒ぶ風に晒され、耐え忍ぶ。

 衝撃の後、ゆっくりと顔をそちらに向けると、明滅する光を伴ったゼインが立っていたのだった。



 ◆◆◆



「……ゼイン、何をしたのですか?」

「ん? あぁ、単に雷の魔力を()()()()()()()だけだ。これで諸々の速度が跳ね上がる」

「はい……?」


 言葉の意味を飲み込めないジョズたちだったが、そんな彼らを余所にゼインは動き出した。


「あはっ! 攻撃をもらったのなんて、何百年ぶりだろう!!」


 狂気に歪んだ笑顔を見せるバティンがゼインへ肉薄する。

 手刀を突き出し、ゼインが彼女の腕を握りしめていた。


「お前の望み通り、少しは本気を出してやろう」


 そう言って再び瞼を閉じたゼインが勢いよく目を見開く。

 その双眸は紫紺に染まり、周囲を重苦しい空気漂わせる。


「――あははっ!! 楽しくあそぼっ!!」

「勝手に遊んでろ」


 忽ち姿を消す二人。

 ジョズたちにはもう、彼らの行方を追うこともできない。

 ゼインの頬から落ちた一筋の滴が、ゆっくりと地面へ落ちていく。

 地に触れ水飛沫を上げたところで、遅れてきた音が彼らへ降り注ぐ。

 周囲は抉れ、荒れ果て、地形も変わる。

 次に見た光景は、バティンの腹を突き破るゼインの姿だった。

 彼の掌底には紫炎が浮かび、貫かれた彼女の顔には恍惚(こうこつ)とした笑みが浮かんでいた。


「――ふふふ、愉しかったよ、ゼイン君。もっと君と交わっていたかったな」

「俺はごめんだ。お前なんか、相手していても疲れるだけだ」

「いけずだなぁ」


 引き抜かれたところから、(おびただ)しい血がまき散らされる。

 地に横たわるバティンは、口を尖らせつつ、「最後にご褒美を上げるよ」と言って言葉を紡ぐ。


「僕の役目は足止めさ。――ゼイン君、()()()()()()にいてもいいのかな?」

「は? それはどういう――」


 彼の言葉はそこで途切れた。

 弾かれたようにどこか一方へ顔を向けたゼインが、その両目を細める。

 ややあって見開かれた瞳は、いっそうの昏さを増していた。


「――ちっ、クソが!!」


 それだけ言い残すと、彼は忽然と姿を消した。

 困惑するジョズたちを余所に、まだ息のあるバティンが呟く。


「……間に合うといいね、()()()()


 満足げに微笑みながら空を見上げるバティン。

 青空はすでに(かげ)っていた。


ついにここまで来ましたね……。

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