65話 狂った歯車は二度と戻らない
聖法歴1021年7月6日
ソール連邦にある連邦議会場の一室。
そこに多くの人々が集っていた。
中央のひと際大きな椅子には、最高議長のセヴランが腰かけている。
彼の両脇を軽いU字を描いて座る人々は、皆連邦議員を務める者たち。総勢二一名に及ぶ議員たちが集っていた。
月に一度の定例会議。いつも通りに議題を次々とこなしていた。
時には和やかな雰囲気の下、大した異議もなく進み、時には熱い議論を交わしながら互いを尊重しつつ声高に主張する。連邦議会のよくある一幕を繰り広げながら、順調に話し合われていった。
空気が変わったのは、とある議題となった瞬間。
どの議員も口を噤み、重苦しさを表に出す。まるで触れてはいけないタブーを犯すように。
避けては通れない話なのだが、互いに目線で牽制し合う。
頭の痛い思いをしつつ、最高議長のセヴランが仕方なしに話を進める。
「――皆も知っての通り、我が連邦軍の戦力は著しく損なわれたままだ。『冷林』という主力を失い早半年、立て直しもできておらぬ状況じゃ。軍人の離脱も相次ぎ、組織を保っていられるのも時間の問題じゃと思っておる」
彼の前置きに数人の議員が苦々しい表情をする。
彼らは当初、軍の地位を向上させようと躍起になり、それがすべて裏目に出た人たちだった。
下した要請そのものは、そこまでおかしなものではなかった。多少の難しさこそあれ、通常業務の一環で行えることもしばしばあった。
……問題だったのは、彼ら同士が連携を取らずに命令したことだった。
通常、任務の後には一定の休息を入れるのだが、その日数が足りなくなるほどの過密スケジュールとなってしまっていた。
人のいい「冷林」は、背景を知ってなお多少の条件を求めただけで全て引き受けていた。他の師団も似たり寄ったりだと。実際その通りだったのだが、彼は人一倍の仕事が割り振られ、そのすべてに応えていた。……無理を押してまで。
その結果殉職し、それが引き金となって軍の崩壊が始まったとなれば、あまりにも皮肉過ぎた。
「……そんな中でも我が国が未だ瓦解しておらぬのは、ある英傑のおかげじゃ」
言葉に出したセヴラン自身も、喉が重く感じ、続く話がうまく出ない。
他の議員たちも眉間に皺が寄り、中には血が滲むほど唇を噛みしめている者もいた。
ここだけ重力が数倍掛かっているかの如き息苦しさを醸し出す。
小さく深呼吸をしたセヴランが、話を続ける。
「――『悪鬼』のゼイン。彼の功績は計り知れぬ。彼奴が居なくば立ち行かなくなっていただろう」
「お言葉ですが議長、それは誤りというものです!」
突然の大声に視線が集まる。
目を向けるとそこには、手を上げながらセヴランに異を唱えた男性議員がいた。
「どうしてかね、オディロン?」
「確かに議長のおっしゃられたとおり、あれの功績は大きなものでしょう。しかし、同じかそれ以上に厄介ごとも呼び寄せています。彼の行動は目に余るものばかり。英傑殺しなんて、その最たるものです。――彼が居なければ軍を酷使することもなく、人徳に優れた英雄たちを失うこともなく、また今の状況に陥るようなこともなかったはずです」
オディロンの言に賛同の声がちらほらと上がる。
賛成まで行かずとも、一理あると頷く議員も多い。
この状況を生み出したのは「悪鬼」の所為ではないかと。彼を好き勝手させた代償を連邦が被っているのではないかと。
示し合わせた訳ではないが、口々に非難の声が上がる。
確かに今は彼に依存する部分も多い。
魔獣の掃討から治安維持に至るまで様々だ。
どれも信じられない速度で解決させていたが、反面、被害も大きなものとなっていた。
不幸中の幸いとして、人的被害が出ていないことだけが救いだったが、被害の規模は目も当てられない。家屋の一軒二軒潰れるのは当たり前、周囲を更地にされたことは数えきれない。修繕費用は彼個人から賄われているとはいえ、民衆の非難は殺到していた。
「たらればを議論したところで不毛であろう。今は軍備の立て直しについて、建設的な対処を考えねばならぬ」
「――その前に、責任の所在をはっきりとさせましょう」
オディロンが詰問するような眼差しを向ける。
この地位にしがみついている訳ではないセヴランだったが、今、この状況下で最高議長を辞任するのは悪手だと考えていた。
どう考えても混乱は必須。世界情勢も不安定な中で選挙をするなど正気の沙汰ではないとの思いだった。
「……責任については、わしがまとめて取る。しかし、それは情勢が落ち着いてからじゃ。今、民衆を徒に混乱させるのは得策ではない」
「言い逃れですか? いつ情勢が落ち着くとも分からぬ状況なのに、それを待てと? それこそ国民が納得しないでしょう。今必要なのは、明瞭な説明と明確な原因の排除です」
セヴランの提案を切り捨てたオディロンは、他の議員たちへと演説を続けた。
「――国民は真実を知りたがっています! なぜ社会不安が渦巻いているのか! なぜこの国は苦しい状況に追いやられたのか! なぜ一人の少年にすべてを託さねばならないのか! ――なぜ人殺しがのうのうと街を闊歩できているのか、と!!」
どれもこれも、「悪鬼」が引き起こしたと言わんばかりの主張。間違いだと否定できるほど、彼の行いは清廉潔白ではなかった。
「……」
セヴランが内心歯噛みする中、オディロンの言葉が続く。
「それらを詳らかにするために、今回は小さなゲストをお呼びしております」
優雅に一礼した彼は、控えていた秘書に指示を出す。
皆の顔には、もしやと驚きと期待が刻まれていた。
それもそのはず。
槍玉にあがった少年は、客員議員という立場ながら、これまで一度も会議に出席したことがない。オディロンの物言いは、そんな彼がここへ来ると述べたも同然だった。
セヴランの表情も一瞬だけ驚愕に染まる。
(……わしは何も聞いておらんぞ! 客員議員とはいえ、参考人召喚は議長へ話を通すのが一般的じゃというのに……)
内心悪態をつきつつ、平静を装う。
何人かに目撃されてしまったが、それでも取り繕っていた。
少しの時間をおき、扉が開かれた。
部屋へ足を踏み入れた黒髪の少年は、その赤い瞳を妖しく光らせた。
◆◆◆
「――さぁ! 手始めに、何を考えてこれまで大それたことをしでかしたのか、聞いてみようじゃあないですか!」
オディロンが声高に問い詰めるように話し出す。
彼の目はギラギラと濁り輝いていた。
そんな視線を尻目に、ゼインはセヴランを見据えていた。
じっと見つめられて居心地が悪そうに身をよじるセヴラン。
己の耳を疑ったのは、そのすぐ後だった。
「――なぜこんなところに悪魔がいる?」
冷たく言い放たれた言葉に、会議室の空気が凍る。
この場の誰もが時間を止められたように身じろぎ一つしない。
目を見開いたセヴランが思わず尋ね返した。
「悪魔が、いると? それは、この場にということかのう?」
「そうだ。耄碌したのか爺」
口汚い言葉が気にならないぐらいの衝撃だった。
目を何度も瞬かせ、考えを巡らせる。
セヴランが知る限り、連邦議員を務めていた悪魔はオーギュストだけだ。
過去遡れば片手で足りるぐらいはいたが、それも昔のこと。今現在、いるはずのない人達だった。
「……それは、誰のことかね?」
「あいつとあいつとあいつ。あとそいつもだな」
順番に指差すゼイン。
向けられたのはオディロンをはじめとした四人の議員たちだった。
ゼインの実力を知るセヴランは訝しげな視線を四人へ向ける。
他の議員たちからも疑るような目が向けられていた。
「何を根拠にそんなことをおっしゃるのか、理解できませんね。言いがかりも甚だしい」
「――俺に偽装は通じない。その臓物をぶちまければ、本性を露わすか?」
軽い威圧が放たれる。
思わずたじろぐオディロンだったが、すぐさま取り繕って弁明する。
「……なんとも野蛮な行為ですね。そういった言動が我が連邦の品位を貶めるのですよ?」
「そうか? 連邦の心配をする前に、お前自身を心配したらどうだ?」
ゼインは目だけで周囲を見ることを促す。
不思議がったオディロンが両脇を振り返ると、すぐに表情が凍り付く。
「お前たち以外は顔を青くしているんだがな。どうして魔法を使えないとされているお前らが平然としているんだ?」
ゼインの言う通り、連邦議員では本人も戦える人材というのは珍しいことだった。現に、オーギュストやゼインを除けば現役では一人しかおらず、それも反対側のテーブルに座っていた。
魔力を伴った威圧は耐性のない者には酷く効く。けろりとしていられるのは異常だった。
「……くっ。――それだとしても、悪魔が在籍してはいけないというルールはないはずだ! なぜ我々が非難されなければならない!」
開き直ったオディロンだったが、次の一言が決定的となった。
「――なら、お前の位階はなんだ? 真っ当な悪魔なら名乗れるだろ?」
「……位階というのは神聖なもの。みだりに人へ教えるものでは――」
「お前の位階はなんだ? それが言えないのならば、俺はお前らを排除するぞ」
転移で引き寄せた物を見せつけながら宣言するゼイン。
それを見た途端、オディロンの顔が歪む。
「……チッ、オーギュストめ。余計な物を作りやがって」
忌々しげに吐き出した彼は、一縷の望みにかけて言葉を紡ぐ。
「……従二位『擬態』のオセだ」
「――あぁ、お前が陰で糸を引いていた奴だな」
ゼインの言葉を聞いた途端、動き出す悪魔たち。
しかし、一歩も動かぬところで身動きが取れなくなってしまった。
「――ちょうど色々と聞きたいと思っていたんだ。少しは付き合ってくれるよな?」
瞳孔も開いて冷たい目を向けるゼインに、オセたちは恐怖しか抱かなかった。
声も出せず、指一本すら動かせぬ彼らは、瞬く間にその場から消え去る。
ゼインがどこかへ移送したというのは、セヴラン含め、意識を保っていた議員たちは理解できた。
無言でおどろおどろしい雰囲気を放つゼインがセヴランに向き直る。
彼が口を開く前、セヴランは思わず言い訳がましい弁明をしてしまう。
「……わしらは知らなかったんじゃ。まさか悪魔が紛れているとは思わず。……見つけ出してくれて、感謝しておる」
「――で、俺を呼び出した理由は何だ?」
彼の質問で頭が真っ白になる。
ぽかんと口を開けたまま、言葉が出てこない。
視線だけ彷徨わせていると、すべて把握したかのようにゼインが鼻を鳴らす。
「……さっきの奴の捏造か。――まぁいい。用件がないなら俺は帰る」
「――待ってくれ!」
思わず引き留めてしまったセヴランだったが、言葉に詰まる。
何か声を掛けるべきだと理解しつつも頭が働かない。
いつもの冴えわたる頭脳は、突然の衝撃でフリーズしてしまっていた。
痛いほどの沈黙。
ようやく紡がれた言葉は、何とも貧相なものだった。
「……わしは、お主の味方じゃ。わしらは、お主を害するつもりは一切ない…………」
「ん」
声が途切れるまで待っていたゼインだったが、続くものがないと分かると、無感情に一言発しただけ。その瞳には光も何も宿っていなかった。
振り返っていた顔を戻すと、ゼインはその場を去る。
残されたのは、息を潜めた小さな息づかいだけだった。
大きく息を吐いて椅子に崩れ落ちるセヴラン。
その表情には、くっきりと疲労と憂鬱が浮かび上がっていた。
「……なぜ居なくなったんじゃ、オーギュストよ」
彼の悲痛な心の叫びは、静かな部屋に木霊した。
すみません、悪魔の位階間違っていました。
誤 憑依
正 擬態
「憑依」は別の悪魔でした。
ちょうどリストのすぐ下に居まして、目が滑ってしまいました。




