64話 似た者たちの枝分かれ
聖法歴1021年6月14日
二人の少年が対峙する。
片方は意気揚々と腕を鳴らして魔道具を身にまとう。
もう一方はだらりと力なく立ち、明後日の方角を向いていた。
彼らが戦うのはただの力比べ。
同年代の二人の優劣をつけたがる声と、一方への非難が多かったことが要因だった。
何とかこの場を用意したセオドアは、ため息しか出ない。
「……あまりこういうのは好きじゃないんだけどね。君が釈明してこなかったツケだよ、ゼイン」
「ふん」
鼻を鳴らしてそっぽを向くゼインは、億劫さを隠そうともしない。
「十傑」になってからというもの、彼は話題に事欠かなかった。
良くも悪くも注目される「十傑」という立場において、発表から一年と経たず手にかけた英傑の数が歴代最多を更新していた。中には冤罪や過大報道の面もあったが、その多くは彼自ら下したもの。戦争の最中であるから多少の生き死には許容されるとはいえ、流石に二桁越えは批判が相次いだ。
決め手は先日、とある報道局が暴露した映像。
それには、ゼインが悪魔と戦う姿が映し出されていたのだが、一方的なまでに圧倒する様子が記されていた。分かる人には戦闘の終盤だと理解できるのだが、その悪意ある切り取り方の所為で、あたかも彼が悪魔を虐げているかのような写され方をしていたのだった。
それを見た、何も知らない一般市民の反発が酷かった。一部の悪魔は他の人々と変わらぬ生活を送っていたため、彼らを擁護する機運が高まり、反対にゼインへの反感が溜まっていった。
元々、「重爆」ウォーレンを下したことで、ゼインの「十傑」としての素質を疑問視する声が上がった矢先の出来事だっただけに、排斥運動が過熱した。鎮静化を図ろうとしたものの、ゼインの素っ気ない態度が軟化することもなく、それがいっそう火に油を注いでいた。
結局、上手く収めることができず、制裁の意味合いが強い一騎打ちをする運びとなった。
民衆たちは、ゼインの相手である「超人」タリオンを応援する声で溢れかえる。
この場には報道陣以外はいないが、放送を見る人々は大半が彼を応援していた。
一部の理解ある人たちは、こんな茶番劇に辟易する。
「……言えないことが多いとはいえ、皆には困ったものだよ」
「さっき言ったように、見つけ次第俺は動く。その後のことは知らんからな」
嘆息するセオドアにゼインが言い放つ。
了解している旨を伝えつつ、ゼインもゼインだと心の中で嘆いていた。
そうこうしているうちにタリオンの準備が整う。
複数の魔道具を装着した彼が、二人の元へ歩み寄る。
ゼインはそんな相手に冷ややかな目を向けていた。
「準備も整ったようだし、そろそろ始めるよ」
ただ祭り上げられ、何も知らないタリオン。
彼はゼインと戦えることを心待ちにしていた。
同年代であり、当初は近接主体と考えられていたゼイン。
今でこそ強大な魔法も使うと知れ渡っているが、選出時点からタリオンと殴り合えるポテンシャルはあるとされていた。
そんな相手と掛け値なしに戦える。これほど自分の実力を測るのに最適な人もいないだろう。
また、元から「十傑」という立場同士が戦うこと自体珍しいのだ。
約半年前の帝国防衛軍第三師団壊滅後からよりいっそう関係が悪化したことで、なかなか親善試合をしようとは持ち掛けられなかった。
今回はセオドアの立会いの下、実戦に即した摸擬戦が執り行われる。
審判も彼。割って入るのも彼。見届けも彼。
いくつかのルールが設けられていたが、ある一言に集約していた。
“――命までは取るな”
これに尽きた。
「二人とも構えて」
セオドアが手を空へと掲げる。
二人が視線を交錯させる。
両者とも軽く構えを取ったところで、静かに振り下ろした。
「――始め!」
セオドアの澄んだ声が響き渡った。
◆◆◆
開始早々、タリオンが身体強化を発動する。
彼の身体強化は三段階。
今は様子見の一段階目だった。
「ふっ――!」
鋭いストレートが放たれる。
風切り音に合せて、圧縮された空気ごと前へ押し出す。
目にも止まらぬ拳をゼインは半身になって躱す。
そのまま体を捻って掌底を繰り出した。
「おぁっ!?」
僅かに体が揺らぎ、驚きの声を上げるタリオン。
いくら一段階目とはいえ、横に動かされたのは久しぶりだった。
すぐに体勢を立て直して挑みかかる。今度は腕に装着した魔道具で炎を生み出しながら。
赤の線が空を引く。
絶え間なく繰り返される軌跡は、唐突に止む。
タリオンの眼前に稲妻の網が生じる。
一瞬の出来事だった。
ゼインを捉えんと加速した間際だったので、急には止まれない。
己の身体強化を頼りに突っ込むタリオン。
抜けた先では、無傷の彼の足元に無数の残骸が散らばっていた。
「最初から魔道具が狙いだったのか!?」
問答するも、ゼインはだんまりを決め込む。
あくまで補助のためとはいえ、ほとんど活躍する場面もなく壊れた数々を見つめ、仲間に心の内で謝罪した。
「お前がまだ余裕なら、もう一段階上げる」
静かに宣言し、タリオンがその場に佇み集中しだす。
その様子に呆れ顔のゼインは、ちらりとセオドアへ視線を送る。
彼は小さく首を振り、意向を伝える。
腕を組みだしたゼインは冷めた目でタリオンを見ていた。
対するタリオンは目を瞑り、魔力操作に集中していた。
棒立ちなのは、彼の頑丈さ故の行動だった。
体から溢れ出る余剰魔力が一種の魔法障壁の如く機能し、生半可な攻撃を受け付けない。
身体強化の二段階目になると、先ほどまで着けていた魔道具が耐えきれないため使っていなかった。今は奇しくも着の身着のままの状態だったため、迷わず二段階目へ移れていた。
沈黙の数十秒。
タリオンの周囲が徐々に魔力の渦で吹き荒れる。
風に合せて互いの髪が揺れる。
目を開いた彼の体には薄っすらと靄が立ち込めていた。
「待たせたね」
鋭く睨むタリオンと無表情なゼイン。
両者は同時に動き出した。
◆◆◆
タリオンの拳は、先ほどとは比にならない威力だった。
牽制のジャブでも、一段階目のストレートを凌駕していた。
拳が通り抜けた後に音が鳴り響く。
その衝撃が遅れて辺りへまき散らされていた。
そんな桁違いに変わったタリオンの攻撃を、ゼインは変わらず避け続けていた。
先ほどとは違い、横にずれたり上へ躱したり後退したりと動きは大きくなっていたが。
彼の攻撃を回避しながら魔法を放つ。
炎、氷、雷と、三色の針がタリオンを襲う。
一メートル大のそれが無数に迫るも、タリオンは痛痒を感じていない。
最初こそ驚いて腕で防いでいたが、彼の体に傷一つ付けられないと確信すると、一切を無視して詰め寄っていた。
ゼインは魔法を放ちつつ、掌底も加えていた。
脇腹、鳩尾、肩に腿――。
場所を変えて何かを探るよう繰り出される。
痛みはないものの、一段階目同様タリオンの動きが阻害されていた。
吹き飛ばすほどではないが、勢いを削がれ体が一瞬停止する、そんな威力は兼ね揃えていた。
傍からでは早すぎて見えない攻防。
報道陣はぽかんと口を開け、追えない戦いを勘任せに映そうとする。
この場で唯一、二人の姿を捉えているセオドアは、あまりの力量差に思わずため息が漏れた。
「……あまり苛めないで欲しいんだけどね」
彼の言葉は届かない。
心配するセオドアを余所に、激しいせめぎ合いは続く。
一発ももらわないゼインと、何度も打ち据えられても動じないタリオン。
互いに消耗も傷も見当たらない。
それでも表情は両極端だった。
ゼインは始めから一貫して無表情。
タリオンは当たらない現実に焦燥の色が浮かんでいた。
「くっ――! 速さはそれほど変わんないのに、どうして当たらないんだ!?」
「お前の技量が足りてないんだろ。速いだけじゃ勝てないと習わなかったのか?」
歯噛みするタリオンをゼインが煽る。
本人にそんな気はないのだろうが、煽っているとしか思えなかった。
ゼインの言葉でより皺を寄せる。
会話をしつつも攻撃の手は一向に緩めない。
「そもそも、魔力操作が覚束ないから弱いんだ。魔道具なんて邪魔な物に頼っているうちは、望むべくもない」
「皆の努力を馬鹿にするなッ!」
怒れるタリオンだったが、攻撃が単調になり、余計ゼインとの差が浮き彫りになる。
拳速が上がるもゼインには届かず。
虚しい風切り音が響き渡っていた。
◆◆◆
終わりは唐突に訪れた。
がむしゃらに食らいついていたタリオンの拳が止まる。
その先では、掌で受け止めたゼインが棒立ちになり、明後日の方向へ顔を向けていた。
「何を――」
タリオンの問いかけは途切れた。
質問の最中、拳に伝わる感触が消え、目の前から少年の姿も消え失せていた。
「は……?」
困惑する彼の元にセオドアが歩み寄る。
「あー、中途半端になっちゃったね。なんでもゼインは、急用ができたとか言ってどこかへ行っちゃったよ」
「急用って……、戦いより優先される用事なんですか? というか、勝負はどうなるんですか?」
混乱のままタリオンが疑問を口にする。
セオドアも苦笑気味にすらすらと答えた。
「彼の中の優先順位はそうみたい。勝負については君の勝利かな。ゼインの棄権ってことで」
「……」
釈然としないタリオンだったが、これ以上言い募ったところで意味がないと悟っていた。セオドアもまたゼインの気まぐれの被害者なのだから、と。
「ひとまず向こうに戻ろうか」
「……そうですね」
胸に燻ったものを残しつつ、二人は民衆の元へと歩いていく。
こうして二人の少年の戦いは、煮え切らないまま幕を閉じた。
傍から見ると完全道化師なタリオン君。
悪い子じゃないんですけどね……。




