63話 雪原の二重奏
聖法歴1020年12月28日
雪が降り積もる昼下がり。
二人の男が対峙する。
片方は黒い髪を靡かせ、もう一方は真っ赤な髪が手に持った篝火の如く燃えていた。
……いや、赤髪の男は実際に炎で形作った剣を握りしめていた。
寒空の下、燃え滾る彼の周囲は雪が解け、水分まで飛んだ乾いた地面を露わにしていた。
「我の奇襲を躱すとは、なかなかやるではないか」
「――悪魔が何の用だ?」
刺す眼差しにも動じず、燃える剣をくるくると弄ぶ赤髪の男。
そんな態度に黒髪の男が舌打ちをする。
「……何の用かと聞いている、上級悪魔」
「ほう――」
名乗りもしていないのに自らの存在を言い当てられ、動きを止めた。
剣越しに目を細め、品定めをする。
にやりと笑うと、剣先を向けて愚弄した。
「――流石、人類の守護を買って出ているだけはあるな、『悪鬼』よ」
「そんなものになった覚えはない」
きっぱりと断る黒髪男――ゼインだったが、赤髪の男は鼻で笑う。
「そうか? 魔獣を倒し、犯罪者を捕らえ、他の英傑を下し実力を知らしめる。あまつさえ我々悪魔さえも狩るその行いは、人類の守護でなければ何と表現すればいい? よしんば富や名声を求めているのならば、まだ理解もできよう。しかし、お前は違うだろう? 愚民共に後ろ指差されようとも止めないその姿勢は、正気の沙汰ではない。はっきりと言って狂っているぞ」
「……」
男の言葉を受けても目の色を変えないゼイン。
そんな態度に肩透かしを食らいつつ、男はさらに言い募る。
「正直、お前の存在は我々の邪魔でしかない。ここいらで始末しておくべきだと、我は考えたのだ。……余計な――」
「――ほう、俺を殺せると?」
男の呟きは、ゼインの言葉でかき消された。
目を細める彼に肩を竦めて男は答える。
「もちろんだ。端からお前を舐めてかかった奴らは知らんが、我はそんな間抜けなことはしないからな」
「その割に、奇襲したようだが?」
「戦力を少しでも削るのは常套手段だろう? むしろ、やらないほうが侮っているとしか言いようがない」
今度はゼインが同意するように無言で肩を竦めた。
それを見た男は、持っていた剣を大地に突き刺し、その姿を変じる。
肌が赤くなり、その表面にびっしりと鱗が浮き彫りとなった。
瞳は縦に割れ、頭には捻じれた角が二本そびえたつ。
悪魔の姿へとなった男が、剣に手を添えて宣言する。
「――我は正一位『灼魔』のアイム。お前のその首、貰い受ける」
ゼインは僅かに眉を動かした程度で、動揺した様子はない。
戦いの狼煙は音もなく上がった。
◆◆◆
予備動作もなくゼインが飛び退く。
すぐその後を赤熱した二振りの剣が通り過ぎる。
「剣は増えるのか……」
「誰も一振りとは言っていないだろう」
言葉と共に剣が投げられる。
瞬く間に蛇へと変わり、大口を開けて襲いかかった。
軽く目を瞑り、ゆっくりと見開く。
その双眸は赤紫に染まっていた。
パキッ――。
焼け焦がす熱が、凍え固まり大地に落ちた。
ゼインの周囲を冷気が包む。
寒空の下が温かく感じるほど、凍てつき震える。
「ほう――」
鋭い眼差しを向けるアイム。
彼の周りは常夏の空気が漂い、冬を象徴する雪が消え、周囲の枯れ木が燻っていた。
対極的な二人から、次々と魔法が繰り出される。
ゼインが片腕だけ上げ、氷柱や吹雪、氷のリボンを操る。
アイムは剣を掲げ、炎球や熱波、炎の鞭を振るう。
激突の度、蒸気が発生するも、次の魔法の余波で吹き飛ばされてしまう。
何度も何度もぶつかり合い、視界が晴れては曇りと大忙し。
様子見はここまで。
アイムが突然、巨大な火車を生み出す。
大きさは優に十メートルにも及ぶ。
それがアイムの合図一つで、五つも迫りくる。
ゼインはそれを一瞥しただけで再びアイムへ視線を戻す。
火車は次第に動きを止め、ゼインの前で氷のオブジェと化した。
砕氷が陽光を受けキラキラと散る。
目を細めたアイムの頭上に陰が落ちる。
驚いて見上げると、氷山が彼を押し潰さんと降りかかる。
剣を大きく振りかぶる。
一閃した軌跡をなぞって炎が走り、氷を両断した。
地響きを立てて落ちる氷山。
それに構わず、彼は剣を大地に突き立て、魔力を込める。
数秒後、ゆだるような音と共に地面から炎が噴出する。
無作為にも見える炎の間欠泉は、ゼインを取り囲むよう次々と溢れ出る。
赤熱した大地が、ゆっくりと溶岩と黒い岩石を生み出していく。
ゆらゆらと流れる波がそれらを呑み込み、突然、全てを覆い尽くさんと四方八方から攻め立てる。
ちょうど炎の目隠しでその様子を遮られていたゼインだったが、迫りくる溶岩流に身じろぎもしない。
ただ一度、周囲をぐるりと見渡すと、足元を数度叩いた。
たちまち巻き起こる爆発。
瓦礫も木々も吹き飛ばし、辺り一面には煙が立ち込めた。
◆◆◆
突然、ゼインの背後に凶刃が迫る。
身を翻して横へ躱すと、お返しに蹴撃を放つ。
空を切った後も、足元から氷の棘を出して追撃する。
砕ける音が木霊する。
頻繁に繰り返されるその音は、風と共に止む。
「――ぐっ!」
苦悶の声を上げたアイム。
寸でのところで剣を間に挟んだが、彼の身代わりとなって砕けていた。
危うく一度で決着が決まっていたと冷や汗を流す。
掌底を放ったゼインは再び動き出す。
アイムを打ち据えるため、絶え間なく掌底と蹴撃を繰り出していった。
彼は再び生み出した炎の剣でそれを捌く。
いなし、飛び退き、時には反撃し。
刹那の攻防に応戦し、必死に食い下がっていった。
鉄をも溶かす灼熱の防壁と強力な魔法によって、容易に接近を許さないアイムであったが、ゼインの前ではほぼ無意味に等しかった。
彼を守る熱気は意に介さず、魔法に至ってはほぼ同等の威力を誇っていた。
上級魔法数発分の攻撃であっても、環境を変えるほどの魔法であっても、その一切合切を打ち砕かれる。
元から魔法に特化していた分、アイムは近接を苦手としていた。
そんな彼に終わりが来るのも必然だった。
突然体の動きが鈍ったと思った途端、腹に大穴が開いていた。
「ごふッ――」
吐血し何が起こったのかと視線を巡らせる。
そこには、左腕や右足に絡みついた氷の姿があった。
動きを止めた瞬間、ゼインが掌底を放ち、アイムに風穴を開けたのだった。
たった一撃で貫けるほど生易しい硬さではないのだが、彼にはお構いなし。
歪んだ口元を浮かべ、その一撃を称賛する。
「……お見事、なり」
「――じゃあな」
その言葉を最後に、アイムの意識は潰えたのだった。
◆◆◆
ゼインは捻じれた角を手に、その場を確認する。
「……あいつ、派手にやりすぎだろ」
彼の目には、地面が波打ち、ひび割れ、草木の一本もない荒れ果てた大地が映っていた。
この場所が少し前まで森だったとは、誰も思わないだろう。
辛うじて、数百メートル離れた場所に倒木があるのを見て納得するぐらいか。
「とりあえず証拠も手に入れたことだし、後でオーギュストにでも渡しておくか」
角を片手にゼインはその場を後にする。
降り注いでいた雪が、忘れた頃にそっと積もっていった。




