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61話 囚われたもの

聖法歴1021年2月25日



 戦場で一人の女性が駆け巡る。

 走っては立ち止まり、走っては立ち止まりを繰り返す。

 彼女の行く先にはいつも倒れた兵士の姿があった。

 身を屈め、手をかざし、魔力を流す。

 仄かな(みどり)色に包まれ、たちまち傷が塞がっていく。


 彼女はグレタ・ヘンライン。

 レルヒェ共和国の英傑「翠癒(すいゆ)」であった。



 ◆◆◆



 グレタは今、目の前の現状に頭を悩ませる。

 そこには四人の男女が一人相手に苦戦を強いられていた。

 彼らはグレタの護衛である。

 回復の腕こそ他の追随を許さぬ彼女であったが、こと戦闘に関してはそれほど優れていない。足止めや時間稼ぎは得意だが、今対峙する相手に有効かと言われれば、まったくもって意味を成さないと彼女は断言できた。


「……どうしよう」


 悩むそばから一人脱落する。

 遠隔で回復させるとすぐに戦線へ戻るが、精神的疲労は計り知れない。

 もうこれが何度目なのか、グレタ本人にも分からないぐらいだったから。

 全員二桁は癒したことだけは確かだった。


 彼女たちの相手は黒髪赤目の少年。

 彼はほぼその場に(たたず)むだけで、彼女たちを圧倒する。

 三色の魔法を放ち、誰も寄せ付けない。

 一発一発が上級魔法に匹敵する一撃だ。生半可な攻撃は砕かれ、回避したところで周囲に大きな傷跡を残して足場を削られていく。

 そんな魔法が間髪を入れずに襲ってくる。

 許可証(ライセンス)ランクB+やB-の彼ら彼女らには荷が重すぎた。


 事の発端はごく一般的な遭遇戦。

 前線を哨戒中の森での出来事だった。


 護衛の一人がその少年を見つけ、先んじて仕掛けた。

 見た目が十二、三であっても容赦はない。

 迷子という可能性は……限りなく低い。

 ここはどの人里からも離れていた。普通に歩けば五日以上掛かる。

 そのうえ、レルヒェ軍に少年兵は配備されていなかった。

 導き出される答えは、その少年が敵国の人物だということだった。


 その護衛は始め、軽く驚かせて動きを止めたところを確保しようと考えていた。そのため狙いは彼の足元。速度こそあれど威力は大したことなかった。

 目論見が外れたと分かったのは、護衛が動き出した後だった。


 迫る風に振り向かず、その少年は背後に回った男性を無言のまま炎で巻く。

 漏れる悲鳴と苦悶(くもん)の声。

 慌てて他の護衛たちが手を出すのも、そう時間が掛からなかった。


 後は一方的な消耗戦となる。

 棒立ちの少年相手に果敢に挑むも、(はかな)く散っていく。

 倒れては起き上がり、倒れては起き上がり。

 護衛の面々には疲労や焦燥がありありと浮かび、少年の顔には汗一つなく淡々とした振舞いで彼らを捌いていた。


 明らかな劣勢。

 撤退しようにも、背を向けて無事去れるほど少年は甘くないだろう。

 魔力はまだ持つが、その前に護衛たちの限界を迎えそうだった。


 グレタは静かに息を吐く。

 一度ゆっくりと目を閉じる。

 ぱちりと開くと、決意を固めた表情を浮かべ、少年に見えるよう大きく両手を開いた。


「私たちの負けです。()()()()()()()()()ので、彼らは見逃して頂けませんか?」


 紡がれた彼女の言葉に護衛たちは驚きを隠せない。

 少年はすっと目を細め、彼女を見据える。

 黙って視線を交わらせていた二人だったが、おもむろに少年が口を開いた。


「――いいだろう」


 聞こえてきた少年特有の高めの声。

 気付いたときには景色が反転し、グレタが護衛たちの真正面に来ていた。

 驚く間もなく少年の次なる声が聞こえてきた。


「ほら、お前たちはもうどっか行っていいぞ」


 眼中にないと言わんばかりの物言いに、護衛たちは苦々しげに少年を睨みつける。

 なかなか動き出さない彼らへ、行動を促そうとしたグレタが口を開く。


「私は大丈夫で――」


 しかし、間が悪いことに彼女と少年がその場から姿を消したことで、言葉は途切れてしまった。

 慌てふためく護衛たち。

 彼らの気持ちを置き去りにして、戦いとも呼べない戦闘は幕を閉じた。

 荒れ果てた戦闘痕だけ残して――。



 ◆◆◆



 グレタが護衛の彼らと再び顔を合わせたのは、それからおよそ一週間後のことだった。

 レルヒェ共和国の心臓部とも呼ばれる彼女の返還を求める声が大きかったからだ。

 レルヒェ政府は彼女の失う損失のほうが大きいと、かなり不利な条件を提示し、身柄の確保に専念した。

 その甲斐あってか、一週間という異例の速さで釈放されたのだった。


「ご無事でしたか!? 何か酷い扱いや傷はありませんか!?」


 護衛の女性がグレタへ詰め寄る。


「大丈夫です。向こうでも手厚い歓迎を受けましたし、害されることもありませんでした」


 一瞬、意味深にとらえた護衛たちだったが、続く言葉でほっと胸を撫でおろす。


「それに、ああ見えて彼は紳士的でしたから。意図のよく分からない質問ばかりされましたけど、他は虜囚とは思えぬ扱いでした。三食ご馳走に、無聊(ぶりょう)を慰める本や遊び、疲れを癒すマッサージなんかも手配してくれましたから」


 ちょっとした余暇のようでした、と何かと忙しい彼女が寛げたと知り、目を丸くする一同。


「……その、質問はどのようなことを問われたのですか?」

「レルヒェに限らず、ここ最近で怪しい人物や見慣れない人物、後はいきなり台頭してきた人物はいないかというような質問ばかりでしたね。軍事方面や我が国の情勢についてはほぼなく、むしろ無頓着までありました。……私の所感ですけど、()()()()()()()()しかしていなかったと思います。あまりこちらに興味無さそうでしたから」


 レルヒェ政府の提示した条件が、()()()()()()()()()()まれたことがグレタの言葉を裏付ける。

 当初、政府はどれだけ(むし)り取られるのかと戦々恐々しながら交渉に臨んだ。

 始めに提示した条件は、いわば相手の反応を見るための牽制だった。

 にもかかわらず、なぜか一度の拒否なくまるっと呑んだ相手側の対応に、罠か何かと疑ったぐらいだ。

 結局、どれだけ考えても相手の意図が(つか)めず、グレタ返還の日を迎えたのだった。


「一度精密検査を行わせて頂きます。何か、魔法が隠されている可能性もありますから」

「はい、元よりそのつもりです。私の感覚では捉えきれない何かがあるかもしれませんからね」


 そう口に出しつつ、大丈夫だろうなとグレタは内心で呟く。


(……彼、噂と違って優しすぎましたからね)


 ここ一週間の出来事を思い浮かべながら、レルヒェ共和国へと帰るグレタ。


 検査結果は、彼女の予想通り異常なし。

 彼女に何か細工された痕跡も、何一つとして見つからなかった。


 ……その結果に、レルヒェ政府は再び頭を悩ませるのだった。


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