6話 民間伝承「彷徨う人喰い鬼」
本編とは直接関係ない与太話です。
昔々のとある村の出来事。
その村には、村の誰からも嫌われているとある男が住んでいました。
その男は成人を過ぎた年頃であるのに、体はやせ細り、枯れ木のような筋張った手足、老人のような白い髪、血走ったような赤い目をしておりました。
男の額には、幼少期の事故で骨が変形してできた小さく尖った角のようなものが、村人たちはその薄気味悪い男を「悪鬼」と呼び、忌み嫌っておりました。
◆◆◆
とある日。
男がいつものように川へ水を汲みに出かけると、道の途中でいたずら好きの子供たちと出会いました。
子供たちは大人たちからその男と関わることがないようにと言い含められていましたが、男のそのみすぼらしく弱々しい姿から、見下して親の忠告を聞かずにいたずらすることに決めます。
子供たちは川で水を汲む男の後ろから静かに忍び寄ると、一斉に男へ向けて石を投げつけました。
次々と投げられた石は男の体にいくつも当たり、運悪く頭に当たると男はそのまま川へと落ちてしまいます。
その様子をケラケラと笑いながら見ていた子供たちは、そのまま男を見向きもせずにその場を後にしてしまいました。
川に落とされた男は水の中に沈んだまま浮かび上がってくることは無く、日が落ちても姿を現しませんでした。
◆◆◆
その夜。
皆が寝静まった頃。
どこからともなく、ひた、ひた、と裸足で歩く音が響き渡ります。
折悪く、ひとり起きていた村一番のわんぱくで知られる男の子が、興味を惹かれて外へ出ると、そこには誰もいませんでした。
不思議に思った男の子は人を探して辺りをうろうろしていると、またどこからともなく、ひた、ひた、と先ほどの音が聞こえてきました。
さすがに不気味に思った男の子は、急いでお家に帰ろうと踵を返すと、そこには長く乱れた白髪をした赤目の鬼が立っていました。
男の子は恐怖のあまり大声で叫びます。
しかし、なぜか周りの家からは誰一人として姿を現しませんでした。
パニックになって逃げだす男の子。
後ろから、ひた、ひた、とゆっくりとした足取りで追いかける鬼。
走れど走れど鬼との距離は離れず、ついに男の子は鬼に捕まってしまいました。
男の子は、助けを叫びながらもがいくも、ゆっくりと鬼の手によって闇の中へと引きずり込まれて消えていきました。
◆◆◆
明くる日。
男の子がいなくなったことに気付いた両親が村人たちの手を借りて総出で探すも、男の子の履物が村外れで一つ見つかっただけで行方はわからず仕舞い。
陽が落ちてきて一旦切り上げることになりました。
そして迎えた次の日
またしても一人、子供がいなくなってしまいました。
村人たちはこの怪奇現象に恐怖を覚え、子供たちに夜勝手に出歩かないよう厳命しました。
また、夜に警邏をすることにして、子供たちを守ろうとしました。
しかし、大人たちの奮闘むなしく、夜にまた一人、子供がいなくなっていました。
夜の警邏を増やしてもダメ。
子供を一か所にまとめてもダメ。
村を柵で囲ってもダメ――。
来る日も来る日も夜な夜な子供が一人ずつ行方知れずとなってしまった。
そんなある日。
旅の僧侶が村を訪れました。
村人たちは藁にも縋る思いで僧侶に事の経緯を説明すると、あろうことか、この村には悪霊が憑いていると告げました。
村人たちは大慌て。
村を捨てるかという話が出たところで、僧侶が悪霊退治を申し出ました。
村人たちは縋るように僧侶の申し出に感謝し、出来ることは何でも協力すると申しました。
◆◆◆
その夜。
皆が寝静まった頃。
どこからともなく、ひた、ひた、と裸足の足音が響く。
その音に導かれるように、一人の子供が外をふらつきます。
いつものように闇の中に呑まれるところで、僧侶が姿を現し、闇の中に隠れていた鬼を錫杖で殴りました。
響き渡る悲鳴。
騒ぎを聞きつけた村人たちは、灯りを手に皆飛び起きてきました。
慌てた鬼は村から逃げ出します。
その後を追いかける僧侶。
随分と離れた森の中、岩が剥き出しの洞窟の中に鬼は逃げていきました。
慎重に僧侶が中に入ると、そこには無数の骨が落ちていました。
手に取ってよく見ると、それは人間の骨のようで、連れさられた子供たちの成れの果てでした。
鬼と対峙する僧侶。
鬼は驚き、更に逃げようとしましたが、そこは既に袋小路。
僧侶が念仏を唱え、錫杖を突き刺すと、鬼はつんざく悲鳴を上げて靄のように消えてしまいました。
残されたのは鬼の角と子供たちの骨。
陽が昇ると、僧侶は村人たちを連れ、洞窟にやってきました。
子供たちの骨を見た村人たちは悲しみに暮れました。
骨を持ち帰ると、村はずれの墓に埋め、僧侶が供養をしてくれました。
鬼の角も供養するという僧侶の言葉に、村人たちは反対しました。
しかし、この鬼は元々ここの村人だった。
子供たちのいたずらで命を落としたことで悪霊となり、鬼としてこの村を祟っていたと聞くと渋々供養することにしました。
村はずれの更に隅、周りを木々に囲まれて隠されたような場所。
そこに鬼の墓を作り、供養しました。
それ以降、この村では悪鬼の祟りは起こっていませんが、村人たちは子々孫々、このことを教訓として語り継いでいきました。
――決して人を差別しないように。
――無闇にいたずらをしないように。
――夜、子供が一人で出歩かないように。
でないと、白髪赤目の悪鬼に連れ去られて食べられてしまうぞ、と。
-要約-
夜に子供が一人で出歩くと、悪い鬼(悪鬼)に連れ去られて食べられちゃうぞ