58話 激震
聖法歴1020年10月22日
ソール連邦の首都にある魔力対策本部。
そのとある一室で、私はゼインと打ち合わせをしていた。
内容は主に、業務の引継ぎについてだ。
「おおよその事務仕事はジョズに任せているから、君は実務を担当して欲しい」
「あいつが課長とやらになるのか?」
「いや、私が第三課の課長も兼務するんだ。執行長官と一緒にね」
私が執行長官になって早三か月。
本来であれば受けるつもりはなかったんだけど、優秀な彼のおかげか、誰もその席に着きたがらなかった。
前任者のドニは、高齢と任務での怪我を理由に職を辞した。確か、六十手前だったから分からなくもない。
一部の例外を除けば、軍人や執行官などの戦闘従事者は五十で引退することが多い。
それを鑑みれば、現役期間は長かったほうだろう。
国の要職には、一般的に長命種を置かないのが定石とされていた。
理由は単純。
長い間その人に依存してしまい、後進が育たないからだ。それだけならまだしも、その長命種の匙加減で好き勝手される恐れがあるからだった。
一人に権力を集めすぎるのは良くないと、聖法教会や賢人会からもタブー視され、我々悪魔たちも魔界の規則として制限していた。
そうは言っても、状況が悪いことも多々ある。そのため、短期間という条件付きで役職を持つことは容認していた。
今回のソール連邦がまさしくそれだった。
実績や実力、知見の広さが必要な執行長官だが、おおよそが四十半ば、早くとも四十過ぎてから任命されることが常だった。
現在はどの課長も三十代。
年長である第四課でも三六とまだまだ中堅どころだ。
一応、打診はしたようだけど、力不足と断ったそう。
彼が辞退したとなれば、他も全滅するのは分かり切っていた。
そうした経緯で私にお鉢が回ってきたのだった。
「行く行くはジョズに第三課を任せたいと考えているけど、これは彼には内緒だよ」
「ふーん」
ゼインは興味無さそうに相槌を打つ。
自分の上司になる可能性があると理解していないのかな?
それとも、誰だろうとやることは変わらないのかな?
疑問は尽きなかったけど、ひとまず置いておく。
最近は落ち着いてきたとはいえ、まだ彼を怖がる人は多い。
第三課の皆は彼に理解があるからいいけど、他とももう少し積極的に関わらせたほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、彼が不意に動きを止める。
どうしたのかと思った矢先、勢いよく顔を上げ、濃密な魔力が迸る。
空気が震える。
息が詰まる。
思わず奥歯を噛みしめる。
けたたましい警報が、遠くで鳴り響いていた。
彼の魔力の性質上、この建物の警備用魔道具に魔力登録ができなかった。
そのため、彼が発した魔力に反応し、本部中の警報が作動してしまっていた。
「――ゼイン、急にどうしたんだい?」
平静を装い、いつもの調子で声を掛ける。
「ニネットが攫われた」
端的に告げる彼は、虚空を睨み、今にも襲いかかろうとしていた。
そんな彼の腕を掴み、迷わず静止する。
「何の真似だ?」
「少しだけ落ち着いてくれないかな? 攫われたって、彼女が襲われたのか?」
「あいつはまだ無事のはず。俺の感知範囲から突然いなくなった」
十歳の彼女は学舎に通っているはずだから、今現在いる場所は、ここから随分と北へ離れたキノト区のはずだ。
ここから優に四〇〇キロメートルは超えている。
衝撃の事実に目を見張りつつ、冷静に話しかけた。
「君の魔法は突破されていないんだね。でも、どうやって彼女を探すつもりだい? 範囲から出てしまったんだろう?」
「こうする」
ゼインは告げるや否や、私共々建物の外へ転移した。
机や椅子などが落ちる音がした。
それに反応した他の執行官たちが、私たちの元へ急行する。
武器を構え、警戒した様子だったが、私たちと分かると安堵を見せる。
この警鐘は誤報だと告げようとして、たちまち沸き起こった魔力波に言葉は呑まれた。
湯水のように湧き出る魔力の奔流に、近くの執行官たちはパタパタと失神していく。
……私も、気を抜いたら耐えられそうにない。
一秒が何倍にも引き伸ばされた感覚の後、ゆるりとゼインへ引き寄せられる感覚に襲われた。
その後、嵐が過ぎ去ったように静けさが訪れた。
いつの間にか、警報の音も聞こえなくなっていた。
――みつけた。
ゼインは言葉もなく、口を動かす。
今にも飛び出しそうな彼を、再度止めた。
「待って! どこにいたのか教えてくれないか。私もすぐに追いかけるから」
「なら、これを目印に飛んで来い」
ゼインは何かを投げ渡すと、転移でどこかへと去っていった。
私は掴んだ物に目を落とす。
それは、彼の特務捜査官としての割符だった。
「そういうことか」
私は指を噛み、血を一滴垂らす。
たちまち私の手から離れ、彼の元へ消え去った。
行き先は理解した。後は、数人引き連れていくだけだ。
こちらに近づいてきたジョズへ簡単な説明だけすると、私は数人に連絡を取り、彼の元――アケル公国へと移動した。
◆◆◆
駆け付けるとすでに救出は終わっていたようで、ゼインはニネットの手をしっかりと握っていた。
「犯人は捕まえたのかい?」
「実行犯だけな。首謀者やニネットを転移させた相手は分からず仕舞いだった。……用意周到にも、魔道具を使って痕跡を絶ってやがった。連中は“黒衣の男”としか知らないみたいで使えん」
吐き捨てる彼だったけど、どうやら他にも仲間やら拠点やらは見つけていたようで、私の準備が無駄にならなくて済んだ。
「その場所を教えてくれないかい? 私たちで壊滅させてくるから」
「たち?」
彼が疑問を口にしたタイミングで、ちょうどよく皆が到着した。
黒い影が人型を成し、数人が現れた。
ヴェロニカにセオドア、それからアケル公国の英傑、カメルの姿があった。
「戦力も十分ある。君はニネットと一緒に帰って構わないよ」
持ってきた地図を出しながら伝えると、彼はちらりと少女を見た後、静かに首を振る。
「……俺も行く。ニネットは一度、孤児院に連れて帰るがな」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
連れ去られたばかりだというのに、怖がる様子もなく彼の背中を押すニネット。
心が強いのか、彼を信頼しているのか、そのどちらともなのか。
どうやら過去の件から大きく成長していたようだ。
「急がなくてもいいからね」
すぐさま移動しようとした彼に、それだけ伝えた。
姿が消えた後、彼が確保した下手人たちの処分に移る。
公国軍への引き渡しも、カメルが居てくれたから話は早かった。
程なくしてゼインが戻ってきた。
彼の先導で次々と犯罪組織の拠点を潰していく。
ピンポイントとはいえ、建物ごと消し去るのはどうしたものか――。
書類や証拠は別に確保しているから文句をつけにくい。
あるとすれば、再整備の手間や地盤沈下の心配ぐらいだったけど、見たところ、他に被害を与えないよう考えて壊しているみたいだから、何ともし難い。
こうして一日にして、人攫いを生業とする犯罪組織が壊滅した。
なお、その後の後始末は大変だったと記しておく。
彼の魔力で狂った各国の魔道具の対応含めて。




