57話 発想と実行は異なるもの
聖法歴1020年11月7日
その日は相談があると言われ、ゼインがユーグと対面していた。
「で、相談って何だ?」
「……うん。俺も、もっと強くなりたくて」
小さく、されど力強く言い放たれた言葉は、先日の一件に起因していた。
ゼインとしては、ユーグに非はないと思っていたが、彼はそう思っていなかったらしい。
自分の力不足をどうにかしたいと、ゼインに協力を仰いでいた。
「そのまま練習を重ねていけば、十分強くなれると思うぞ」
「でも! 相手は待ってくれないから……」
ユーグの叫びに共感するゼインは、眉を上げた後、小さく息を吐いて笑みを浮かべる。
「気持ちは理解できる。そのために俺がいるんだからな。……とはいえ、一朝一夕じゃどうにもならん」
「でも、兄ちゃんは――」
そこまで零して、ハッとするユーグ。
気まずげに唇を噛みしめ目を伏せた。
そんな彼に対して、ゼインは苦笑して肩にそっと手を置く。
「俺でも一年は掛かったんだ。ユーグはまだ十一歳なんだから、焦る必要はない」
「……ごめん、兄ちゃん」
伏し目がちに謝るユーグへ首を振る。
とはいえ、そうは言っても彼が納得しないのはゼインも承知していた。
しばしの間逡巡した彼は、おもむろにとある提案をする。
「……すぐ強くなれるかは分からんが、俺も一緒に魔法の使い方を考えるぞ」
「ほんとう?」
「あぁ。とりあえず、ユーグが使える魔法を全部視せてくれ。強くなるためのきっかけはあげられると思う」
静かに頷いたユーグが次々と魔法を披露していく。
この場は火と風に彩られていった。
◆◆◆
「その歳にしては、魔法の構成も魔力操作の腕も抜きんでていると思うぞ」
「……それって、大人含めたら、そこまでじゃないってことでしょ?」
ジト目を向けるユーグだったが、ゼインは否定する。
「許可証ランクで言えば、ランクDには確実に入っているな。Cまであと少しってところだ」
ランクCが一つの登竜門と考えられているこの世界では、半人前と揶揄されつつも、戦える人間の指標として、それが最低ラインとされていた。
そのランクCが目前と言われ、ユーグは嬉しさを滲ませる。
「とはいえ、改善するべきところもまだまだ多い。特に、魔法は全体的に素直すぎる。剣を使った戦い方はよくなって来ているが、魔法がそれじゃもったいない」
「俺も頑張って考えてるんだけど」
「初めのうちは気付きにくいものだからな。俺も、熟練者と戦って“このままじゃダメだ”と分かったからな」
肩を竦めるゼインだったが、その顔はどこか哀愁を纏っていた。
そんな彼の様子に気遣った言葉を掛けようとしたユーグ。
しかし、すぐさまけろりとしたゼインが話しを続けたことで、その機会は失われてしまう。
「とりあえず、いくつか案があるから、それを試してみるといい」
「どうすればいいの?」
「一つは相手の意表を突くこと。ユーグの場合、魔法を生み出してから形を変えていたが、それだと相手に属性を気取られる。一番は生成と形成同時が望ましい」
説明しながらゼインは炎を生み出し、様々な形に変化させていく。
「え!? 兄ちゃんって“操作”の適正ないんじゃなかったの!」
「これか? これは単に空間魔法で枠を作って、あたかも操作しているように見せているだけだ。魔法が得意な奴からしたら炎を奪おうとするだろうが、外側が空間魔法で出来ているからな。簡単には奪えないだろうな」
原理を聞いたユーグは呆れたように眉をひそめる。
「それってありなの? なんだか卑怯じゃないかなぁ」
「対人戦ってのは、どれだけ卑怯に戦えるかが勝敗を分ける。この程度は可愛いほうだが、ユーグが嫌っていうなら、お前にはあまり向かないだろうな」
諭すように話すゼインは、優しげな眼差しをユーグに向けていた。彼の実直な物言いを快く思って。
そんなゼインの気持ちはいざ知らず、ユーグはむっとして考えを改める。
「……強くなるためには必要なんだね」
彼の呟きに、ゼインは同意も否定もしなかった。
才能があれば悩む必要はなのかもしれないが、才なき者――力不足の人には、絶対に必要だとゼインは考えていた。
ユーグの独り言を聞こえなかったふりをして、ゼインは次の案を出す。
「次は魔法の組み合わせを試してみること。見せてもらった魔法はどれも一般的な――教本に載っているような魔法ばかりだった。最初はそれでもいいが、広く知れ渡った魔法は対策もされやすい。見たことない未知の魔法に対しては、相手も警戒せざるを得ないから、できればオリジナルの魔法を習得するといい」
「オリジナルは難しいって習ったんだけど?」
「そうなのか? どれも考え方次第だと思うんだがな」
そう言って三つの方向性を示す。
「分かりやすいのは二つの魔法を同時に使い、それを重ね合わせることだな。その分魔力操作が難しくなるが、威力は跳ね上がる。――ほら、さっきの竜巻の奴と火の渦の奴。どっちも似た魔法だから、組み合わせやすいんじゃないか?」
「たしかにそうだけど、風が火に飲まれない?」
「そこはユーグの魔力操作次第だな。火を弱め、風を残すようにすればできると思うぞ」
ゼインの言葉で試してみるも、すぐ実現できる代物ではなかった。
小さい規模で試していたが、ユーグの疑念通り、風の渦が火に飲まれて勢いを減じていた。
「……難しい」
「まぁ、すぐにはキツイだろうな。もっと魔力操作の腕を上げないと。――で、次だが、魔法の発動場所を変えることだな」
「発動場所?」
意図が理解できずにオウム返しをするユーグに、ゼインは彼の腰を指差す。
「前にユーグが剣に炎をまとわせていたが、別に魔力だけじゃなくていいだろ。魔法そのものを剣にまとわせたほうが威力も規模も上がるからな。代わりに、やりすぎると自分にも被害が出るし、剣も壊れてしまうから注意は必要だがな」
ユーグが今すぐやろうとして、慌てて魔法を中断した。
全力で魔法を込めようとしていたので、危うく剣を壊したかもしれないと、安堵の息を漏らす。
「さっきのミニチュア版の魔法から試すといい。――三つ目だが、同じ魔法を循環させることだな」
「魔法を……循環? どうやって?」
聞きなれない方法に首を傾げるユーグ。
「魔法の発動前に留め置くのは知っているだろ?」
説明を始める前に知識を問うと、ユーグは黙って首を縦に振る。
「あの状態で、まったく同じ魔法をもう一度使うんだ。――留め置いた魔力を使って」
ユーグの顔に疑問符が次々と浮かぶ。
そんな状態で魔法を使えるのかと。そもそも留め置いた状態の魔力が動かせるのかと。
ゼインに尋ねると、彼は平然とできると頷いた。
「感覚的には身体強化の”分配”に近いな。あれも、発動後の魔力を手や足に偏らせたり、移動させたりするからな」
「なるほど、あんな感じにすればいいんだ」
ユーグも部分的な身体強化や強化幅の変更ができていたので、ゼインのその説明で理解できた。
「魔法の循環は、回数が増えるごとに魔力操作力が必要になるし、追加で魔力も消費するが、威力と規模が段違いになるし、トータルで考えれば魔力消費は少ないからな。その分、魔力操作に依存しているが」
「やっぱり、そこに落ち着くんだ」
苦笑気味にぼやいたユーグだったが、ゼインの薫陶を受けて魔法を鍛えた反動で、魔力操作の重要性は身に染みていた。同年代では魔力操作力が群を抜いており、大人顔負けとも言われていた。
「魔力操作があれば、できることがかなり増えるからな。鍛えて損はない」
かくいうゼインも、日々の合間合間で魔力操作力を磨いていた。傍から見たら磨き過ぎでは? と思っても、彼自身は満足していなかった。
そこからは普段通りの訓練が始まった。
日課の如くこなしている魔力循環や、剣を使った型稽古などなど。
しばらく様子を見ていたゼインだったが、ふと、思い出したように口を開く。
「そういえば、あと一つ、魔法の使い方の案があるんだった」
「どんなの?」
期待を籠めた眼差しを向けられたが、ゼインは「ただの思い付きだから、試したことはないんだ」と前置きして披露する。
「もう一つなんだが、魔法の紋様に別の属性を混ぜることだな。ユーグは火と風に適性があるから、例えば風の魔法に火の魔力を注いでみるってことだ。……正直、上手くいくか知らんがな」
「試してみる!」
面白そうとばかりに実践するユーグだったが、すぐに顔を曇らせる。
「……兄ちゃん、全然上手くいかない」
「そうなのか? 俺もちょっと試してみるか」
興味本位でゼインも検証してみることにした。
安全を考えて、炎に氷の魔力を注入する。
途端、ゼインの表情も歪む。
「……なんだこれ。すごく難しいな」
彼の掌の上には、炎のように揺らめく氷の姿があった。
「兄ちゃん、すげぇ!!」
驚き、目を輝かせるユーグだったが、ゼインはしかめっ面のままその魔法を見つめていた。
そこから氷のように固まる雷、雷のように明滅する炎、と次々と試していった。
「――これはダメだな。不安定すぎるし、魔力消費もえげつない。魔力操作も桁違いにきついぞ」
「えぇー! かっこいいのに!」
ユーグにはかなり刺さった様子だが、ゼインは不採用とばっさり切り捨てた。
「発想は面白かったが、実用性がないのは却下だな。……捻じ曲げればその限りではなさそうだが」
彼の最後に零した呟きは、ユーグの耳には届かなかった。




