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5話 早すぎた出会い

聖法歴1019年1月12日



 フラクシヌス帝国の首都グリフィシー。


 その一角にある軍人養成学校の特別教官であるイアン・ダレスは気難しい顔で手元の資料を眺めていた。


 「いくら経験を積ませるためとは言っても、わざわざ前線近くまで赴かずとも……」


 誰もいない静かな部屋で独り言を呟く。

 資料には「ライセンスの発行に伴う戦闘技能の向上を図るための実地訓練」と書かれていた。

 内容自体は魔獣の討伐でそこまで珍しいものではなかった。

 問題はその場所。

 現在、レルヒェ共和国との交戦が続く場所に程近い、魔獣の住まう森であった。


 帝国軍人の採用年齢は帝国法に則り15歳から。

 この軍人養成学校は10歳から入学が可能で、15歳になるまでに戦闘技能や用兵技能といった直接的に関係することから、政治や社交、商いといった間接的な知識まで多種多様に学ぶことができる。

 賢人会が発行している戦闘ライセンスは原則12歳以上でないと登録ができない。

 未登録者の戦闘行為は国際法で禁じられており、最低でも禁固刑。最悪の場合は死刑になることがある。

 養成学校のような教育機関では12歳未満の実地訓練が可能で、事前の仮登録と保護監督者、指導者が必要になる。


 既に申請を済ませており、指導者の名前には「イアン・ダレス」と記されていた。

 今更抗議しようとも、後の祭り。

 いくら世界で有数の実力者の証であるランクA+の英傑であっても、既に校長の採決まで取られてしまっては如何ともしがたい。

 この学校では、ランクA+の実力も「無双(むそう)」の名声も校長の決定を覆す力はなかった。

 イアンは資料に記されている名簿に目を通す。

 今回参加する生徒五人は全員11歳。入学二年目の若者たちだ。

 同年代の中でも特に優秀らしく、将来を期待されてのことだろう。

 名簿に挙がった生徒の情報をひとしきり確認すると、イアンは重い腰を上げて準備に取り掛かった。



◆◆◆



聖法歴1091年1月18日



 準備から一週間程経った実地訓練当日。


 日が昇ってまだ間もない時分、養成学校の入り口に複数の人影があった。

 緊張や不安をない交ぜにした表情を浮かべる生徒五人。

 指導者のイアンとその補佐。

 賢人会から派遣された保護監督者を含めた計八人が今回の旅のメンバーだった。


 「はじめに。今回の実地訓練は、帝都から魔道車で4時間ほど走らせた場所にある「繁木(しげき)の森」です。そこでは三日間野営をしながら魔獣討伐を行ってもらいます。現地につき、開始の合図をした後は、私たちは一切の助言も助力もいたしません。各々が協力し、判断してください。ただし、緊急時の際は笛を吹きますので、その時は指示に従ってください」


 補佐役のサイラスが生徒たちに説明をする。

 細かい注意点を話したのち、質問が飛び交う。


 「最後に、今回の指導役であるダレス教官から一言お願いします」


 あらかた質問が出尽くすと、イアンに引き継いだ。


 「儂から言えることは一つ。()()()。お前たちはまだまだ若く、未だ成長の途中だ。周りと比べることが悪いこととは言わぬが、焦って功を急ぐ奴ほど長生きせぬ。生きていれば確実に強くなれるのだ。身を滅ぼす真似はするな、以上」


 イアンの忠告が終わると、次々と魔道車に乗り込む。

 最後に補助の教官が運転席に乗り込むと、静かに出発した。



◆◆◆



 出発から約4時間後、目的地の「繁木の森」の入り口にやってきた。

 道中は緊張していたのか、生徒たちは無駄口一つつくこともない。

 帯同しているイアンや監督官も特に口を開かず、終始沈黙していた。


 魔道車からはイアンが先に降り立つ。

 安全確認の意味もあり、手順通りの行動であった。

 確認が取れると生徒たちが次々と降りる。

 そんな中、不意にイアンが身構える。

 イアンの様子にサイラスも素早く生徒たちの前に陣取り、様子を伺う。

 突然の教官たちの行動に戸惑いを隠せない生徒たちは、互いに顔を見合わせて困惑の表情で佇んでいた。


 「――そこにいるのは誰だ」


 入り口の遥か先。

 木々の生い茂る森に向けてイアンが声を張り上げる。

 しばらく反応はなかったが、視線の先に誰かがいることを確信しているのか、イアンは腰にある剣の柄をゆっくりと握りしめた。

 すると、観念したのか茂みをかき分けて一人の小柄な男が姿を現した。

 いや、よくよく見るとその男は年端もいかない少年で、風貌は浮浪児のように薄汚れ、白髪と赤目が特徴的だった。

 イアンははじめ、目の前の少年を老人かと錯覚したほどだ。


 「まるで悪鬼のようではないか……」


 目を細めて思わずといって様子で独り言を零す。


 「――おぬしは何者だ」


 誤魔化すように咳払いをつくと、現れた少年に向かって再び誰何する。

 少年はこちらの声が聞こえていないかのように反応を示さなかった。

 イアンが注意深く観察していると、ふと左手に持った何かに気が付いた。

 革製の小さなバックであったが、そこには現在戦争中の()()()()()()が描かれ、紋章付近には飛び散ったような小さな血痕が付着していた。

 どこかの密偵か、はたまた雇われの暗殺者か――。

 イアンは心の中で、目の前の少年の警戒度を一段階上げた。


 「おぬしの持つその荷物、素直に儂に渡す気はないか」


 剣を握る手に力を込め、いつでも抜けるようにする。


 「素直に?素直も何も渡す理由はない」


 それまでどこかよそ見をしていた少年がイアンと目を合わせる。


 「それは儂を知ってのことか?」

 「知らない。――知る必要もない」


 そう答えた少年から突然殺気が湧き上がる。

 イアンは目を細めるだけだったが、後ろにいた生徒たちは恐怖のあまり、堪らず悲鳴を上げた。

 少年の姿勢も表情も目が合ってから何も変わっていない。

 ただ少しばかり目を見開いて威圧をかけただけで、後ろで離れていた生徒たちが恐慌状態に追いやられていた。

 サイラスと監督官がなだめに動く中、イアンは一歩前に踏み出し、生徒たちを庇うように胸を張る。


 「何とも手痛い歓迎だのう」

 「威圧で相殺しているくせに何をいう」

 「――ほう」


 少年の指摘通り、イアンは後ろの圧を下げるため、少年に向かって威圧をかけていた。

 もっとも、威圧され返したと気付かれないように。

 気づくには戦闘経験がものをいうはずなのに、目の前の少年はすぐさま見抜いた――。

 少年の評価をさらに引き上げると同時に、頭の片隅でこの少年を鍛えてみたいという欲にかられた。


 (――半殺しに留めておくか)


 胸の内で独り言ちる。

 長剣をゆっくりと抜き、正面に構える。

 目の前の少年も手荷物を無造作に投げ捨て、無手の構えをとる。

 少年の構えを見て、イアンはわずかに目を見開いた。


 (あれは、まさか――)


 思案にふけりそうになった頭を軽く振って隅に追いやる。

 剣を正眼に構え、息を吐く。

 合図もなく両者は同時に動き出した。



◆◆◆



 先手は少年からだった。

 一瞬にして距離を詰め、まるで目の前にいきなり現れたように移動した少年が、イアンの顔めがけて掌底を放つ。

 イアンは少年の狙いを見抜いたうえで掌底を捌かず、顔を僅かに逸らした動きも利用して剣を振り下ろした。

 勢いの乗った剣は空を切り、少年の姿は元の場所まで戻っていた。


 「――なるほど。速度特化か」

 「……」


 イアンの言葉に少年は何の反応も示さない。

 ただただイアンの一挙手に注視しているだけだった。


 「では、儂も――」


 言い終える間もなく、イアンの姿が掻き消えた。

 いや、先ほどの少年に近しい速度で少年へと迫っただけだ。

 眼前に現れたイアンに一切の動揺を見せず、半身に構えて受け流す。

 イアンが感心したように瞳を輝かせる。

 反撃を許さぬとばかりに左足を踏み込み、横薙ぎの一閃を放つ。

 それすらも少年は身を翻し、軽やかに跳んで距離をとる。

 周囲の木々が忘れていたように、綺麗な断面を残して次々と倒れた。

 あたりに土煙が立ち込める。

 その中に留まっているイアンに向かって、少年が四方八方から飛び掛かる。

 すべてを捌きつつ、イアンも反撃の手を緩めない。

 土煙が晴れると、互いに睨みあいながら距離を保っていた。


 両者ともに傷を負うことはなく、互角の戦いを繰り広げている。

 少年が再び距離を詰める。

 イアンも剣を構えて迎え撃つ。

 今回も先ほどまでと同様かと思われたが、少年が空中でありえない挙動で身体を捻り、イアンの剣を避けて一撃を入れた。

 幸い、脇を掠めただけで大したダメージではなかったが、イアンに大きな衝撃を与えた。

 イアンの目付きが厳しくなる。

 少年も一撃入れたというのに不満そうな面持ちだった。


 (何が起こった……?あやつ、空中でいきなり加速しおったぞ。しかも地を進むときの倍近くは。魔力も揺らぎも感じられなんだ)


 神妙な面持ちで少年を睨んでいたがイアンの頭の中では盛大に混乱していた。

 そんなイアンを知ってか知らずか、少年はより一層果敢に攻めてきた。

 一進一退の攻防のなか、少年は先ほどの不可解な挙動を時折織り交ぜてきた。

 そのたびにイアンにはわずかな傷が積み重なる。

 しかし、歴戦の戦士であるイアンは五度目の攻撃で、ついには完全に防ぐまでに至った。


 「ちっ」


 防がれた途端、少年は大きく距離をとった。


 (――なるほど。あの挙動は空中にわずかな足場を作っておったのか。よくよく見ないと判別できないほど小さく、しかも一瞬しかない透明な足場とは。末恐ろしいにもほどがある。本当に(わらべ)か?)


 「おぬし、混血か何かか?」

 「?」

 「……いや、何でもない」


 思いがけず口から飛び出した疑問に、少年はきょとんとあどけない表情をした。

 軽くかぶりを振ると剣を地面に突き刺す。


 「おぬしに敬意を表そう」


 左手で剣の柄を握り、右手で腰から握りこぶし大の魔石を取り出した。


 「――死ぬなよ」


 祈るように呟く。


 『我が魔力、供物を糧に顕現するは

  不壊と不倒と不敗の象徴なり

  ――――解放』


 魔力と光が渦巻き、剣が輝く。

 光が収まるとそこには幅広のバスターソードが現れた。

 それを無造作に担ぐと、イアンの魔力が大きく跳ね上がる。

 警戒するように身を低くする少年。


 「()くぞ」


 言葉が聞こえたと思った時には、すでに少年の傍らにイアンは剣を上段に構えて立ち、大きく振りかぶっていた。

 轟音と共に地面が揺れ、土くれや木々が宙を舞う。

 土煙が収まると、そこには大きなクレーターが出来上がっていた。


 「……これも躱すか」


 クレーターの中央で佇み、背後に向かって声をかける。


 「……」


 陥没した地面の範囲外、そこで少年は獣のように伏せた姿勢でイアンを一瞥していた。


 「これはどうだっ」


 言葉と共にイアンは一瞬で少年の懐に潜り、剣を振り回す。

 突き、薙ぎ、切り上げ――。

 大剣からは想像できないほどの速度と手数で少年を翻弄する。

 少年に余裕はないのか、先ほどまでの能面のような表情が剥がれ落ち、顔をしかめながら必死に避けていく。

 イアンは剣だけではなく、蹴りや拳も交え、少年に反撃の隙を与えない。

 それでも少年は一撃ももらうことなくギリギリで捌いていく。


 時間にしてわずかな間、しかし、二人にとっては長い長い応酬に、少年の表情に疲れが表れ始めた。

 イアンはそれを見逃さず、攻勢に出た。

 一拍の間の後、剣を両手で握りしめると横薙ぎに大きく振りかぶった。

 単純な大ぶり。

 傍から見たらイアンは隙だらけの行動であった。

 次の瞬間、手に持つ大剣が幾重にもブレて重なり、間合いもタイミングもバラバラな斬撃が少年を襲った。

 大剣が通り過ぎた後には、無残に切り刻まれた木々が残るのみだった。


 少年の姿を探すイアン。

 そこへ突然の悪寒が襲い、勘に任せて咄嗟に後ろに飛び退く。

 先ほどまで立っていた場所に少年の足撃が襲う。

 足元の死角に隠れていたのか、蹴り上げた勢いのまま一回転して着地した。


 「――なっ!?」


 イアンは驚愕に目を見開く。

 驚くことに少年はあの一撃を難なく躱していた。

 魔力を伴った見えない無数の斬撃を、無傷で。


 (あれを初見で躱すだと!?防がれたことはあっても、躱して、あまつさえ反撃まで入れるとは!こやつは「虚撃」を見抜けるというのか!?)


 本来「虚撃」は、達人であればあるほど見抜くのが難しい技であった。

 虚実を織り交ぜた()の技術と()()の技術の複合技で、どちらか一方に傾倒していると習得できない、非常に高度な技である。

 知ってはいても初見ではまず対応が難しいと言われている。

 なぜなら、使い手によって見た目も効果も対処法も異なるためだ。

 仮に防ぐなら、全身囲える強固な障壁で防ぐか範囲外まで大きく逃げる以外、はっきりとした策がない。


 威力を落としたとはいえ、イアンの切り札の一つをこうも易々と対処されては、先達としての立つ瀬がない。

 内心、冷や汗をかいていると、今の攻防を気にした様子もなく少年が再度襲い掛かってくる。

 動揺を表に出さずに対応しているつもりが、先ほどの一件が響いているのか、イアンの動きに精細さが欠けていた。

 わずかな傷でも積もり積もれば体を蝕んでいく。

 イアンの身を包む防具には無数の傷跡が刻まれ、顔には汗が浮かぶ。

 それでもなお、瞳には闘志が宿っていた。

 肩で息をしながら必死に頭を回転させる。


 何度目の激突か――。

 応酬の最中、とある出来事でイアンはふと違和感を覚える。

 それは、半分苦し紛れに放った一撃が少年に当たりそうになったときだ。

 普段は紙一重か大きく躱すかだったのに、その時だけ手で防いでいたのだ。

 訝しげに思いながら、悟られぬようタイミングを見定める。


 「ぬんっ」


 飛び込んできた少年を大剣の腹で受け止め、()()を試みる。


 「がっ!?」


 苦悶の声を上げて少年の体が横に吹き飛ぶ。

 予想以上の効き目にイアンの動きが止まる。

 イアンが行ったことは簡単だ。

 左手に持った鞘を少年の頭へ向けて全力で振りぬいただけだ。

 ――ただし、魔力を一切帯びず、己の腕力のみで。

 イアンは想像以上に上手くいったことに驚きながらも、少年の元へと駆け出す。

 

 (まさか魔力を()()いたとは……。隠蔽も強化も無くば、こうもあっさり効くのは予想できんかった)


 地面に転がった少年は気を失っているのか、近寄ってもうつ伏せのまま微動だにしない。


 「さすがに限界じゃ」


 ひとり誰に言うでもなく呟いて、大剣を鞘に納める。

 すると、淡く光って元の剣のサイズに戻った。


 (このまま目を覚まされても厄介だ。足を折るぐらいしておかんと危ういな……)


 心の中で結論づけて、鞘に入れたままの剣を振りかぶる。

 振り下ろした剣が当たる寸前、少年は目をギロりと動かしてイアンを睨みつけ、すんでのところで地面を転がって避けたしまった。

 起き上がった少年は距離を取り、浅く息を吐きながらイアンを睨む。

 無意識に呼吸と同時に頭を揺らしているところを見るに、未だ回復しきっていないのだろう。

 何といって矛を収めてもらうか――。

 思案にふけかけると、聞き覚えのない声が響き渡った。



◆◆◆



 「なんともはや、薄汚い盗人はどこの差し金かと思いましたら。礼儀の知らないフラクシヌス帝国さんではありませんか」


 キザったらしい口調とともに、見慣れた軍服に身を包んだ集団が現れた。


 「……お前たちはレルヒェ共和国の」

 「お互い、自己紹介が必要ですかな。私は第三師団強襲部隊小隊長のダミアンと申します」

 「儂はイアン。養成学校の教官だ」

 「おお!かの『無双』ですか。お会いできて光栄です」


 ダミアンと名乗った男は、慇懃無礼な礼をしてイアンを見返す。


 「して、わざわざ退役されたあなたが、我が軍の機密を盗むとはどういったご了見で?」

 「それは――」

 「ああ、みなまで言わずとも分かりますとも。バレねば良し。バレてもあなた個人の(とが)で帝国は関係ないと言われるのでしょう。そんな詭弁は不要です」


 イアンの出鼻をくじくように、声を被せて遮る。

 続けて芝居がかった動きでダミアンは勝手な推論を言い募る。


 「しかも、年端もいかぬ少年を使い、あまつさえ誤魔化すように老人の真似までさせ、さらには学校の試験ですかな。それに紛れさせて欺こうとする。なんとも、そこまで落ちぶれましたか。過去の栄光もさすがの歳には勝てませんでしたか」


 ひとしきり言い終えると、やれやれと大袈裟な動きで悲嘆する。


 「さて、素直に――」


 ダミアンが話の途中に横向きに吹き飛んだ。

 全員が呆気に取られる。

 吹き飛ばした張本人は共和国の軍人に向き直る。


 「貴様!卑怯な真似を!」


 部下らしき人が非難するが、少年は歯牙にもかけない。

 噛みついてくる軍人を無視して奥にいる一人の軍人に目を向けていた。


 「お前の目的は何だ?」

 「えっと、あなたが盗んだものを取り返しに――」

 「違う。()()の目的は何だ――悪魔」


 困惑気味に応える軍人を遮って、少年は確信を持った口調で問いかける。


 「ははは。そこまでご存じでしたか。地上界に馴染むために軍人をやっているんですよ。なので、先ほどの言葉は間違ってないですよ」


 苦笑しながら頬をかく軍人に少年は疑いをやめない。

 不可解な流れにイアンは静観する。


 「なら、お前の位階は何だ?」

 「ははは。それもご存じとは博識ですね。ですが、あまり人に言いふらすようなものではないんですよ」

 「――そうか」


 軍人の答えで一気に殺気を纏って構える少年。

 一瞬にして剣呑な雰囲気が漂う。


 「……ふふふ、あはははは。まさか、一瞬で見抜かれてしまうとは。後学のためにもなぜ、とお聞きしても?」


 威圧を向けられた軍人は先ほどまでと打って変わって嘲笑を浮かべる。


 「知り合いに聞いた。こう聞けばだいたい判ると」

 「……何ともはた迷惑な。まあ、いいでしょう。ここで口を封じれば」


 そう言って指を鳴らすと、事態を飲み込めていなかった他の軍人たちが一斉に脱力し、まるで操り人形のような動きで並びだす。


 「よく分からんが手を貸そう。後で説明をもらうぞ」


 少年の横に並ぶと一瞬だけ視線を向けただけで無言であった。


 「ふふふ。こちらにかまけていてよろしいので?」

 「きゃあ!」


 不意に後ろから悲鳴が上がった。

 振り返ると、なぜか監督官が生徒を襲いかかっていた。


 「なっ!?」


 驚きながらも急いで駆け出す。

 背中を見せた瞬間、軍人から魔法が複数飛んでくる。

 決定的な隙を作ってしまったイアンは己の不甲斐なさに歯噛みする。

 直撃を覚悟していたが、何を思ったのか少年がすべて払い落とした。


 「!?――すまん、助かった!」


 礼だけ述べて生徒たちの元に駆けよった。



◆◆◆



 魔道車まで近づくと、負傷しつつもサイラスが生徒たちを庇い戦っていた。

 幸いにも生徒たちには怪我は無いようで、イアンは安堵した。

 監督官は先ほどの軍人たちと同様、意識はなく操られているようだった。

 遮二無二に動く監督官に近づくと、イアンは一撃で昏倒させ体をそっと地面に横たえた。


 「大丈夫か?」

 「ええ。生徒たちも無事です。不意を突かれましたが、幸い腕を切り付けられたぐらいだったので問題ありません」

 「そうか。遅くなってすまん。それと、よくやった」

 「ありがとうございます。貴方がいなければ私ではあの化け物相手に為す術なかったですよ」


 傷口を押さえながらサイラスは苦笑する。


 「一先ず安全のためにも魔道車に移動してくれ」


 急展開すぎて未だに混乱している生徒たちに向かって号令を出す。

 恐怖に足を竦ませる者、魔力の余波で意識を失っている者、気丈に振る舞っているが全身が強張り動き出せない者――。

 そうした生徒たちをそれぞれ介抱しながら車に乗せていく。

 最後の生徒を乗せたところで胸に激痛が走る。

 視線を落とすと胸から剣先が生えており、ぽたりと血が滴り落ちた。


 「ごふっ」


 血がこみ上げて口から零れる。

 後ろを振り向くと、先ほど昏倒させたはずの監督官がいやらしい笑みを浮かべて剣を握っていた。


 「貴様、操られていたはずでは……」

 「えぇ、操られていましたよ。貴方の警戒心を下げるためにね」

 「そう……いう……ぐっ」


 突き刺していた剣を抜き取り、イアンを足蹴にする。


 「あなたを殺すために計画を立てたとはいえ、こうもうまくいくとは。これも日ごろの行いのおかげですね」


 上機嫌に笑う監督官の前に、異変に気付いたサイラスが立ちふさがる。


 「あなたでは相手になりませんよ。武器もなく怪我をしていては尚更。心配せずとも、すぐ『無双』のもとへ逝かせてあげますから」

 「くっ」


 魔力も体力も残り僅かになっているイアン。

 必死に打開策を考えるが、どう考えても旗色が悪い。

 サイラスも傷の手当が不十分なせいか、額には汗がびっしりと浮かんでいる。


 「――そうか。なら、代わりにお前が逝け」


 不意に現れた少年が監督官に蹴りを入れる。

 咄嗟に庇った腕が変な方向に曲がる。


 「なっ!?エギンはどうしたんですか!?」


 折れた腕を気にせず、監督官は驚愕の声を上げた。


 「あの悪魔に会わせてやるよ」


 目にも止まらぬ速さで懐に潜り、監督官の心臓めがけて掌底を放つ。

 監督官は捉えることすらできずに一撃で沈黙してしまった。

 少年は監督官の体を無造作に投げ捨て、こちらに向き直る。

 サイラスが歯を食いしばって少年と対峙する。

 少年は最初、不思議そうにこちらを見ていたが、何かに気付いたかのように、小さな革製のバックを投げ渡してきた。


 「それ、やるよ。勘違いしたお詫び」


 突然の少年の行動に二人とも呆然としていた。


 「そっちの倒れているほうはもう長くないだろ。何の用でここに来たか知らんが、それで埋め合わせしといて」

 「えっと……」

 「ああ。この悪魔の死体は2つとももらっていく。情報が知りたかったら、あとでオーギュストにでも聞いてくれ」


 少年は傍らにある死体を無造作に持ち上げて歩き出す。が、「あ」と呟いて立ち止まりこちらを振り向いた。


 「向こうでのびてる奴らもよろしく。悪魔に操られてただけだったから、気絶させておいた」


 言いたいことだけ言い残し、少年は歩き去ってしまった。


 何とも言えぬ表情のまま、イアンとサイラスはしばし固まっていた。


 「ぐふっ」


 時間がたって落ち着くと、思い出したかのように傷口が痛みだした。


 「大丈夫ですか!?今すぐ治療を」

 「いや、もう儂は手遅れだ。それより救援を呼び、速やかに共和国の軍人を縛っておくほうがよいだろう」

 「っ。分かりました」


 苦虫を嚙みしめたような顔でサイラスは動き出した。

 生徒たちに安全を告げると、安心したのか大半が眠りについた。

 起きていた生徒にもサイラスが睡眠魔法をかけて眠らせる。


 諸々の処置が済んだ後、残された僅かな時間でイアンとサイラスは情報を整理した。


 「少年の言っていたオーギュストというと……」

 「おそらく連邦の特務執行官殿であろう」

 「そうなると彼は連邦の人間ということですか」

 「……できれば敵対したくはないのう。今であれだ。数年後、それこそ次の『十傑』に選ばれてもおかしくはない」

 「せめてもの救いは対人特化ということでしょうか……」

 「分からんぞ。今回は手の内を隠していたやもしれん。まして数年もあれば、あの年頃は十分に化ける」

 「――帝国(うち)の『超人』を超えますかね」

 「分からん。あやつも順調に成長しておるからの」


 その後も時間の許す限り会話を続けた。



◆◆◆



 「――すまん、そろそろ限界だ」

 「こちらこそ。最期まで付き合わせてしまい申し訳ありません」

 「気にするな。存外穏やかに逝けて満足だ」

 「守っていただきありがとうございました。生徒含めこの御恩は忘れません」


 イアンは瞳を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。

 サイラスはイアンの傍らに跪き、騎士の礼をとる。


「――今日まで帝国を導いていただき、帝国の国民を代表して心よりの感謝を申し上げます。どうか安らかな旅路となりますようお祈りいたします」


 最後の言葉がイアンに届いたかどうか分からない。


 イアンが息を引き取って間もなく、サイラスが呼んだ救援隊が到着し、生徒たちとイアンの亡骸は無事帝都まで護送された。


-後日譚-

サイラスが連邦のオーギュストに確認を入れた時のお話

少年が最初に頑なだった理由 → 悪魔(監察官)が側にいたので警戒していた

共和国の小隊長を殴り飛ばした理由 → 一人だけ悪魔(軍人)の魔力を感じず小手調べで殴った(本人は躱されると思っていた)


これらを聞いたときのサイラスの心情たるや……

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