46話 零れ落ちた救い
聖法歴1021年6月29日
エルム連合王国とソール連邦の国境付近。
今日はここに両国の軍人たちが集っていた。
目的は戦争……ではなく、両国に跨る魔境の魔獣掃討だった。
両国の関係は、約一年前を境に冷え切っており、両軍ともひりついた空気を漂わせていた。
そんな中、一人の少年が忽然と姿を現す。
一人が気付くと近くの者が彼に顔を向け、またその近くの者が……と、波を打ったように少年を振り向く人々。
彼に対して様々な視線が向けられる。
この場には、先ほどよりも緊迫した空気が流れていた。
少年は周囲のそんな反応を歯牙にもかけず、一人の男へ近寄っていく。
目的の男が少年に気付く。
周りの圧を感じながらも、気付いたからには無視はできない。
深呼吸をして気合を入れると、少年に声を掛けた。
「お疲れさまです、ゼイン」
「ん」
短く答えただけでゼインはそれ以上何も声を出さない。
向こうから話題を振って欲しかったが、彼が空気を読むことは望むべくもなく、男――ジョズはため息をついた。
「今日、ここに呼んだのは、魔獣掃討のためです」
彼の口から発せられた言葉に、成り行きを盗み聞きしていた人々が驚きを露わにする。
――まさか、そんなことまで知らずにここへ来たのか、と。
片方からは憤りを、もう一方からは呆れの声が聞こえてくるようだった。
「素材は?」
「えっと、出来る限り確保したいので損傷は少ないほうがいいですが、無理のない範囲でお願いします」
「分かった」
それだけ言い残してその場を去ろうとするゼインを、慌てて呼び止める。
「待ってください! 今回はエルム連合王国と合同ですから!」
「は?」
言われて初めて気付いたように、ゼインは周囲にいる面々を見渡す。
すぐ首を傾げていたが、ジョズに顔を戻して残酷な言葉を吐きだした。
「こいつら足手まといだから要らん。いつも通り、素材回収だけ任せる」
ジョズの答えも聞かず背を向けるゼイン。
彼の言動にエルム連王軍が激怒する。
「なんて言い草だ! 貴様がいくら『十傑』といえど、何でも許される訳ではないのだぞ!」
「そうだそうだ! 最強だなんだと持て囃されて、調子に乗ってるんじゃないか!」
「我が国の英傑、レイフさんを殺したくせに、その態度は何だ! 少しは申し訳なさそうにしたらどうなんだ!」
一人が口を開くと、堰を切ったように不満が爆発する。
そんな彼らを無視して歩いていたゼインだったが、軍勢の名が出た時ばかりは足を止めた。顔は動かさず視線だけ向けていたが、それも数秒のことで、再び動き出す。
その態度も頭にきたのか、何人もの軍人が食ってかかろうとして、ソール連邦の人たちに止められていた。
「放せッ! ――貴様らも貴様らだ! あんな餓鬼にいいように顎で使われて、恥ずかしくないのかッ!」
「悔しいさ! でも、手も足も出せないんだ、仕方ないだろッ!!」
連邦の一人が叫んだことで、暴れていた連王国の人々も落ち着きを取り戻す。
どういうことかと問う視線に、ジョズが静かに語りだす。
「……彼、今年になってから戦い方が変わったんですよ。それまでは格闘主体か、魔法を使っても周りを巻き込まない、小さめの攻撃ばかりだったんですが、今は所構わずの範囲攻撃ばかりなんです。一応、味方は傷つけないみたいなんですが、視界を埋め尽くすほどの魔法ですから、こちらの介入する余地がないんです」
重苦しく告げる彼の顔は、どこか苦々しく映る。
ジョズもそれなりに為人が知れ渡っている。
最近では、ゼインのお目付け役としてお供することが多いというのは周知の事実。そんな彼の言葉ということもあり、連王国の人々から一定の理解が得られた。
ゼインの身近な人間の言葉だとしても、己の目で見なければ信じられない人も一定数存在する。それも理解していたジョズは、皆でまとまって彼の戦う姿を見物しようと提案する。
まだ煮え切らない人達もその言葉に同意し、一同は魔獣の住まう魔境に足を踏み入れるのだった。
◆◆◆
魔境に入ってすぐ、目の前に広がる光景に、連王国の面々は言葉を無くす。
この魔境は、ごつごつとした岩肌と切り立った崖が数多く存在する場所のはずだ。小高い丘にある、足元の不安定な岩場――それが、この魔境の本来の姿のはずだった。
それがいつの間にか綺麗に横一線に切り取られ、真っ平らな大理石の床のようになっていた。実際は花崗岩なので光沢はなかったが、それでも一面凹凸なく広がる光景は、あまりにも異質だった。
「ちょっと、ゼイン! 勝手に地形を変えないでください! 魔境が広がったらどうするんですか!?」
「大丈夫だ。上物を削っただけじゃ広がりはしない」
「分からないじゃないですか、そんなこと。将来、異常が発生したらどうするんですか!?」
悲痛な叫びをあげるジョズを余所に、連王国の人間は、己の目を信じられずにいた。
その瞳に映るのは、畏怖、拒絶、猜疑、嫌悪――。
共通するのは、誰も彼のことを受け入れられないということだけ。
ソール連邦の面々は、諦めのため息をついて魔獣の死骸を回収する。
彼が集めると、たちどころに素材とならなくなってしまうので仕方なかった。
ジョズの小言が続く中、一人の連王国の若者が口を開く。
「……なんでそれだけの力があるのに、レイフ様を殺したんだ。いくらでも手加減できただろ」
「――馬鹿ッ、お前やめろ!」
怨嗟の声を拾った同僚が口を塞ぐ。
ゼインに聞こえていたら、何をされるか分かったものじゃないとばかりに、他の人たちも責めるような視線を向けていた。
しばらくして落ち着かせたのか、揉みくちゃになった若者が脱力する。
「……はぁ、俺にもっと力があればな」
「――力があったらどうするんだ?」
突然の問いかけに顔を上げる。
そこにいたのは、黒髪赤目の少年だった。
路傍の石でも見るような感情の篭らない瞳が、地べたに座る若者を見下ろす。
周囲は固唾を呑んで見守るだけで、彼を助けようとしない。止めに入っていた同僚なんかは、完全にとばっちりを受けていた。
蛇に睨まれた蛙が如く震えていた若者だったが、意を決してゼインを睨みつけると、その心境を吐露した。
「――お前に復讐する」
「復讐した後はどうするんだ?」
何かしらの反応が返ってくるものだと考えていた若者は、その抑揚のない声に肩透かしを食らう。
眉一つ動かさずじっと見つめる彼が何を考えているのか、誰も理解できなかった。
それでも若者はゼインの問いに真正面から答える。
「俺が『十傑』になって、連合王国のみんなを守る」
「ふーん」
素っ気ない相槌に、何で聞いたんだと憤りをみせた若者。
しかし、次の質問は、己の耳を疑った。
「――じゃあ何で、お前は人間のままなんだ?」
「は……?」
問われた意味が分からなかった。
周囲で静観していた人々も、すぐには咀嚼できなかった。
やや間をおいて、一部の人は彼の言葉から、とある想像に行き着く。口には出さなかったが、疑惑の目をゼインに向ける。
しばしの沈黙の後、若者が口を開いた。
「……何が言いたい」
「力を求めるなら、出来る限りのこと、思いつく限りのことは全部やるべきだ。他を切り捨てても死に物狂いでな。その程度のこともしないで“力が欲しい”と口にするのは、子供の戯言と一緒だ。戦う資格はない。――何もやらず、ただ口だけ動かすつもりなら、そんなの生きる価値もない。無駄口叩くだけ邪魔だ、消え失せろ」
最後の言葉は、目を細めて吐き捨てられた。
あまりの圧に反論できない若者を見たゼインは、鼻を鳴らして彼らを置き去りにした。
周囲に木霊するのは僅かな布擦れ音のみ。
足音無くジョズに接近したゼインは、彼を振り向かず一言落とした。
「俺は帰る」
返事も待たず、彼の姿は瞬きと共に消え去った。
辺りに再び無音の世界が広がる。
各々の耳に届くのは、己の鼓動と息遣いのみ。
張り詰めた空気を破れる勇者は終ぞ現れず、陽の光だけが時間の訪れを告げていた。
ゼイン君、過激だなぁ。




