43話 寄る辺
聖法歴1019年1月27日
とある森の中、二人の男女が人知れず何かを行っていた。
密会にも見えたが、会話の内容はそんな浮ついたものではなかった。
「まったく……、魔力感知ばかりに頼るからですよ」
女性――ヴェロニカの言葉に、白髪の少年はしかめっ面でそっぽを向く。
自分でも分かってはいるのだろう。
ただ、つい癖で魔力を視てしまう――。
そのせいで、目の前の女性に何度も頭を叩かれていた。
事の発端は、少年――ゼインが魔力を抜いた状態にあるものを認識したいとオーギュストに話を持ち掛けたことに起因する。
先日の戦いで、不意の一撃を食らったことを未だ気に病むゼインは、当初、一人で練習していた。
一週間ほど試行錯誤をしたのち、実践に挑む段階で、彼は思わぬ障害に出くわした。それは、周囲に頼める相手がいないことだった。
世の中と関わりを持って約半年。
彼の無愛想さと淡白な言動も相まって、ほとんど人と交流することが無かった。
ソール連邦の軍や執行官、その他民間人ともそれなりに接する機会はあった。それにも関わらず、ゼイン本人が心の壁を作っていたせいで、彼らは無闇に踏み込もうとはせず、微妙な距離感を保っていた。
ここ一週間、仏頂面でいることが多かったゼイン。
彼と顔を合わせた人の大半は、何か悩みでもあるのかと気に掛けてはいたが、なかなか尋ね難い雰囲気を放っていた。
そんな彼を見かねて、オーギュストがゆっくりと聞きだした結果が今の状況だった。
◆◆◆
「ほ~ら。ちゃんとしないと、また叩いちゃいますよ~」
小馬鹿にした笑いを浮かべるヴェロニカだったが、その目は優しげに細められていた。
彼女は少し離れた椅子に腰かけながら、ゼインの動きを観察する。
目まぐるしく動き回るのは、白と黒。
彼女が生み出したのっぺりとした人影が、ゼインと対峙していた。
ゼインが影からの攻撃を回避しながら、時折魔力を抜いた一撃が放たれる。
正面からだと認識できるとみたヴェロニカが、毎回背後の頭上からぺしりと叩いていた。
いずれ来るとは理解していても、攻防の速度が上がるにつれて認識から外れてしまう。
目視よりも魔力視で視たほうが速いかつ、慣れてしまっているからだった。
「うーん、あなたには普通の特訓方法は難しいですし、かといってこれ以外の方法もないんですよねぇ」
すでに十数回繰り返していたが、未だ改善の兆しが見えず。ヴェロニカは頭を悩ませていた。
通常の特訓なら相手に魔力阻害を掛けて臨ませるのだが、ゼインにはその手のデバフが効かない。
今のように、地道な練習を重ねる他なかった。
「地頭は良さそうなんですけどね。あなたの場合、魔法に頼りすぎていて体の動きが追い付いていないって感じがするんですよねぇ」
図星なのか、顔を歪めるだけで言い返すことはしない。
足りない部分を得意分野で補うことは悪くはなかったが、今回はそれが仇となっていた。
「いったん身体強化なしでやってみましょうか」
むすっとしたまま小さく頷くゼイン。
結果は、悲惨なものだった。
「あちゃ~、ここまでとは思いませんでしたよ。あなた、魔力循環で動きを制御していたんですね」
「……悪いか」
「全然。むしろ、よくそれでそこまでの動きができますね。普通、肉体操作を使いますよ」
ぶっきらぼうに言い放つゼインに、ヴェロニカはむしろ称賛の声を上げていた。
ヴェロニカの言う肉体操作とは、術者の動かしたいように肉体を動かすもので、ざっくりといえば、操り人形のように魔力の糸を肉体に絡め、好き勝手に操作する魔法のことだった。
対して、ゼインが行っていたのは魔力を活性化させることによる肉体の寸動を利用したもので、簡単に言えば、肉体反射を使った動きのことだった。
熱いものに触れると思わず手を引く、激しい運動をすると呼吸が速くなる等、体の摂理に従った動きのことで、魔力を循環させ活性化させると、肉体が無意識に動いてしまう現象が見られた。
通常であれば、体の重さで大きく動くことは無い。あっても軽く筋肉が痙攣するぐらいで、腕が動いたり、足が出たりといったことは無かった。
ゼインは局所的に魔力の密度を高め、自らの動きで補助しながら回避や移動を行っていた。また副次効果として、魔力を伴った物体が近づくと、反発して避けるように体が動くという特性も持ち合わせていたので、それも活用して。
反発はゼインに限った話ではなかったが、通常、そこまで魔力密度の高い魔力循環を行わないので、気付けないことのほうが多かった。
「あなたはまず、体術を身に付けることから始めるべきですね。というか、習っていたんでしょ? それを使えばいいんですよ」
「……でも、俺はまだ見習いで。門下生でもなかったから……」
視線を落として消え入りそうな声を出すゼイン。
どこか後ろめたそうにする彼に、ヴェロニカは優しく告げる。
「大事にしたいというのは伝わりますが、誰も継いでくれないのはもっと悲しいと思いませんか? 確かに、今まで連綿と続いてきた技や術の大半は無くなってしまったでしょう。ですが、その足跡や存在したという証拠はあなたが持っているでしょう? 影も形もなくなるよりは、あなたに使ってもらったほうが、皆喜びますよ」
揺れる瞳。
引き結ばれる口。
不安と負い目に苛まれる少年は、ただひたすらに、答えを求めて思考の海を彷徨い歩く。
しばしの沈黙。
深呼吸をしてゆっくりと顔を上げた少年は、未だ、答えを出せずにいた。
それでも、先ほどよりかは憑き物が落ちた表情になっていた。
「次、頼む」
「はいはい、いいですよ~」
ヴェロニカが人影を生み出すと、二人は対峙する。
身体強化はしない。
緩やかに瞬きをしたゼインはまっすぐと前を見据える。
腰を落として構えを取った。
先ほどとあまり大差のない立ち姿。
ただ、瞳が白の混じる赤紫色に染まっていた。
僅かな赤紫の尾を引きながら、一つ一つ記憶をなぞっていくゼイン。
影と戦いながらも、その動きは止まらない。
少しずつ洗礼されていく。
体捌きや足捌き、重心の動かし方が、先ほどとはまるで別人のように変化する。
徐々に加速する攻防が、終わりを告げる。
またしても頭に振り下ろされた一撃。
魔力のないそれが、頭を打つかに思えた。
瞬間、障壁を叩き、弾かれる。
「――あぁ、まだ咄嗟に動けないが、何となく捉えられるようになってきたな」
動きを止め、ゆっくりと振り返りながら影を見据えるゼイン。
その瞳は、先ほどまでの頼りなさを微塵も感じられなかった。
「やればできるじゃないですか」
「……別に」
突然の褒め言葉に、照れくさそうにするゼイン。
微笑ましそうに眺めながら、ヴェロニカはその日一日、彼に付き合うのだった。




