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42話 親友へ捧ぐ哀悼

聖法歴1020年9月8日



 ソール連邦のとある喫茶店。

 小さな個室の中、二人はカップを挟んで沈黙が続いていた。

 適当な飲み物を注文した以外、言葉を発していない。

 片方が声を掛けようと口を開くも、言うべきものが見つからず、すぐさま閉じてしまっていた。

 熱々だったコーヒーも、今は湯気一つなく、冷め切ってしまった。


 長い長い沈黙を破ったのは、相手側――白髪の少年だった。


「用が無いならもう帰るぞ」

「……すまない。もう少しだけ、時間をくれないか」


 申し訳なさそうにするこげ茶色の男性。

 仕方なさそうに息を吐くと、改めて椅子に座って言葉を待つ。

 未だ手を付けていなかったカップを口に運ぶと、一気に呷った。

 飲み終えた彼は、静かにカップを置き、視線を落としたまま、少年に言葉を投げかける。


「……少年が今、大変なのは重々承知だ。そのうえで一つ、聞きたいことがあって連絡を取らせてもらった」


 少年は男性との直接連絡手段を持っていなかった。人を挟んでの呼び出しだったため、少年は要件を知らずにいた。

 切り出された話に、面倒そうな顔をする少年。

 場の空気が冷え込んだように感じた男性は、おもむろに顔を上げて苦笑いを浮かべた。


「少年が考えているようなことではない……、と思いたい」

「どうだかな。お前も俺に文句を言いに来た口だろ」


 少年が(とげ)を含んで吐き捨てる。

 彼の言う通り、ここ最近、彼に対して非難や抗議が殺到していた。


 原因は言うまでもない。

 対戦相手の胸元には大きな()穿(うが)たれていたのだから。

 明らかな過剰攻撃。

 代理戦争にあるまじき行いだった。

 しかし、後日発表された賢人会の声明は、”違反行為はなし。双方死力を尽くした結果である”と。

 正式な結果は覆らず、かといって罰則も特になし。


 その結果に異議を唱えた人々からの批判が相次いだ。

 直接的な行動は少なかったが、他国の人間なら罵詈雑言(ばりぞうごん)は当たり前。自国でさえ、非難の目を向けられることがしばしばあった。

 本人もこの状況には辟易(へきえき)していたが、これといって釈明することも、行動を改めることもしなかった。

 火消しに回る人もいるが、しばらくはそんな状況が続きそうだった。

 そこへ来て目の前の男性からの呼び出しだったので、少年がそう考えても無理はなかった。


「私が少年に文句を言う筋合いはない。……ただ、親友の()()を聞きたかっただけだ」


 少年の目が細められる。

 先ほどとは別種の冷気を男性は感じた。

 それでも男性は、少年の瞳を真正面から見つめ返す。


 沈黙が場を支配する。

 すべてが制止した世界で、少年が男性の心意を問いただす。


「なぜ?」


 たった二文字の言葉。

 抑揚なく告げられた声が、やけに耳に残る。

 少年の様子からは、その心境を窺い知ることが出来ない。

 言葉を発した後から微動だにしない少年は、男性のすべてを詳らかにするのではないかと錯覚するような圧を放っていた。

 男性は浅く息を吸うと、真剣な面持ちで心の内を吐露した。


「……私も、二人の戦いは中継で見ていたから、何があったのかは承知している。余計な横やりが無ければ、彼が無事だったということも。……ただ、()()()()()だけは、どこを探しても記録が無かったんだ。観客席も高台の下で、上の様子を知る人がいなかった。上空から撮影していた映像も、機器トラブルで()()()映像すべてが消失していた」


 男性の眉が八の字に曲がり、瞳が若干責めるような色を宿す。

 徹底した証拠隠滅の首謀者には、おおよそ見当がついていた。

 しかし、そのことを言及したりはしない。

 なぜなら、必要な措置だったと理解しているのだから。


「理由はセオドアから聞いた。……彼の本当の死因を隠すためだと」

「ちっ、余計なことを――」


 それまで動きを見せなかった少年が、悪態をついて顔を背ける。

 忌々しげにするが、わざわざ少年自ら泥を被らなくてもと、憂慮する。


「私も知らなければ文句の一つを言ったかも知れない。だが、少年がその()を負う必要はないんだ。――そういう役回りは、大人の仕事なのだから」

「……別にいい。俺が勝手にやってるだけだ」


 そっぽを向いたまま、ぽつりと零す少年。

 こんなところで気丈に振る舞わなくてもと思ったが、彼の意志は固く、これ以上何を言っても無駄のようだった。


「困ったことがあれば相談して欲しい。……セオドアやオーギュストと違って頼りないと思うが、微力の限りを尽くそう」

「……」


 少年は顔を動かさず、僅かに視線を向けていた。

 目が合うと、男性が噛みしめるように頷いた。


 少年が瞑目(めいもく)する。

 静かに鮮やかな紅を覗かせながら、小さな声を漏らした。


「……()()()()()()、と――」


 聞こえた言葉が始め、何を意味していたのか分からなかった。

 しばし考えて、それが友人の最期の言葉だと気付く。


「そう、確かに言ったのか?」

「知らん。途中で死んだから、憶測でしかない」


 つまらなそうに告げる少年に、男性がまたしても考え込む。

 今際の言葉としては、確かにあっているかもしれない。

 自分よりも強く、若い少年に、未来を託す――。

 戦乱収まらない現状を憂いていた人間が残す言葉なら、間違ってはいない気がする。

 だが、故人をよく知る男性としては、若干の違和感があった。


「本当は、どこで言葉を切っていたんだ?」

「それを聞いてどうする」

「彼の言葉にしては、どうしても違和感が拭えないんだ」


 少年が男性を振り返る。

 複雑な表情の少年は、ぶっきらぼうに言葉を紡いだ。


「……慰めならいらん」

「そんなつもりはない。ただ彼は、極限の状態にあっても、()()()()()()()()()()()()タイプだ。そんな人間が、自分の後始末を少年に頼むとは、あまり思えなくてな」

「……」


 少年が顔をぐしゃりと(ゆが)めた。

 心当たりはあるのだろう。唇を噛んで、何かを考えていた。

 しばらく様子を見守ると、おもむろに少年が話し出した。


「……あいつが最後に言ったのは、謝罪と感謝。それと、“あとは、ま”だけだ」

「“ま”、か……」


 今度は男性が物思いに耽る。

 確かに、“任せる”と受け取ってもおかしくはない。

 ただその場合、友人なら謝罪はしても感謝は述べない気がした。


「……彼は最期、微笑んでいなかったか?」

「は? ……笑っていたが、関係ないだろ」

「やはりそうか――」


 眉をひそめる少年を取り残して、男性は目を(つむ)る。

 息を吐いた男性は、穏やかな表情を浮かべた。


「……彼はきっと、()()()()()()()()()()んだと思う。何を言おうとしたかまでは分からないが、少年の行く末を案じて言葉を紡ごうとしたのだろう」

「……そんなわけないだろ。慰めならいらないと――」

「でなければ、君の()()()()()()()()()()はずだ」


 男性の一言で少年の動きが止まる。

 彼自身、その行いを悔いていたのだから。

 少年の瞳が揺れる。

 男性は、優しい眼差しを向けながら、滔々(とうとう)と語った。


「彼が奥の手を切る前から、二人の実力差は明確だった。逆転の可能性に賭けたとも報道されているが、彼はそんな()()()なことはしない。命のやり取りがあるのなら、どんな手を使ってでも足掻(あが)く意地汚さを見せるが、今回は代理戦争だ。結果が見えたのなら、潔く降参する質だ。……そんな彼が、無理を押してまで少年に奥の手を見せたのは、偏に()()()()だ。――だからこそ、彼の最後の言葉は、君に贈る()()が相応しかったと、私は考える」

「……」


 色んな感情がない交ぜになった少年が、顔を歪める。

 男性の言葉を否定しようとして、失敗する。

 彼自身、事の真相はわからず終い。

 全部、男性が優しい嘘をついているだけにも思えた。

 ただ、少年の中で(くすぶ)っていた何かが軽くなった、そんな気がした。


「……ふん」


 むくれて鼻を鳴らす以外、少年は感情表現をできなかった。

 男性が静かに立ち上がると、少年の傍らに動いて彼を優しく撫でた。

 仏頂面で成すがままにされる少年。


「……帰る」


 しばらくすると、少年はぶっきらぼうに告げてその場から姿を消した。

 仕方なさそうに肩を落とすと、男性は改めて飲み物を注文した。


 椅子に腰かけ、いなくなった彼の場所を見つめながら、温かなコーヒーを口にする――。


 ゆっくりと飲み干した男性は、最後に静かに目を閉じると、立ち上がって店を後にするのだった。


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