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41話 英雄散華

……はぁ。

聖法歴1020年8月17日



 ――二人の英傑が(にら)みあう。


 一人は高台に、一人は平原に。

 普通であれば、高台にいるほうが有利であるのだが、二人にとってそれは関係ない。――いや、本当は高台にいる英傑が対等に平原からと言ったのだが、相手側が高台にいるほうが狙いやすくて楽だと言ったことで、この形に落ち着いた。


 これは代理戦争。

 二つの国の威信も掛かった大事な一戦である。


「――それでは、双方構えて!」


 拡声器から賢人会職員の声が響いてくる。

 二人とも、開始の合図まで静かな闘志を(たぎ)らせて待つ。

 周囲にいる両国の人間も、固唾を()んで見守っていた。

 緊張が高まる中、一拍置いた職員が声を張り上げる。


「――始め!!」


 戦いの火蓋が切って落とされる。

 運命の歯車が回り始めた――。



 ◆◆◆



 今日はとある代理戦争の日。

 この戦いは世界中から注目を集めていた。


 対戦理由はさほど珍しくはない。

 二か国間の貿易についての取り決めだった。


 事の発端は、片方の国の鉱山で()()()()()が産出されたことにある。

 それまでは、多少埋蔵量の多い鉱山だと思われていたのだが、ある時、件の鉱石が見つかると、周辺国がそれを巡って貿易を持ちかけて来た。

 普段から良好な関係を築いていた国々については、ある程度、産出国優位の貿易交渉で成立した。

 問題は、関係があまり良くない、もしくは戦争中の国々だった。特に戦争中の国は、貿易については絶望的だった。

 軍需品にもあたるその鉱石を容易く放出するのはもってのほか。とはいえ、それを理由に戦争が過激化しても困ったもの。

 どうしようかと悩んでいるところに、微妙な関係の国から、“それぞれ代理戦争で決めてはどうか”と話が持ちかかった。

 当該国の担当者は難色を示していたが、外交圧力に負け、順番に代理戦争をする運びとなった。順番は公平にクジで決められ、その初戦が今日の代理戦争だった。なお、連戦は流石に大変だろうとのことで、次回の代理戦は一月後と設定されていた。


 その稀少な鉱石の名は「星屑石」。

 星輝石ほどの能力は持ちえないが、それでも魔石の()()()()()魔力貯蔵量を誇り、加工も容易とあっては、各国とも喉から手が出るほど欲したのだった。


 そんな注目の一戦だが、他の意味でも関心を集めていた。


 ――それは、今期初の「()()()()の戦いだったからだ。



 ◆◆◆



 二つの集団から、代理人がそれぞれ歩み寄る。

 挑戦者――貿易交渉を持ちかけた側の代理人が、自己紹介をする。


「――私はエルム連合王国所属、ランクS+『軍勢』のレイフ・シールズだ。連合王国軍強襲部隊筆頭も仰せつかっている」


 悠然と、それでいて高潔さを(にじ)ませて宣言する。

 すらりとした体格も相まって、貴人然としていた。


 そんな彼とは対照的に、受け手側――産出国の代理人は、着慣れない服のせいか、はたまた野次馬のように集まる報道関係者のせいか、むすっとして不機嫌さを露わにしていた。

 レイフが問いかけるように見つめても、無言で黙ったまま。話がなかなか進まなかった。

 仕方なさそうに苦笑しながら、対面にいる知人の一人を手招きで呼ぶレイフ。

 呼ばれた男性は、代理人の代わりに口上を述べた。


「――彼はソール連邦所属、ランクA-『悪鬼』のゼイン。連邦の魔力災害対策局の特務準執行官です」


 オーギュストの紹介を受けて、ゼインはそっぽを向く。

 向いた方向が見学人の反対側だったので、恐らくは……。

 彼の対応は置いておき、戦いの準備を始めることにした二人。


「戦闘形式はよくある、平原で向かい合って開始でいいか?」

「そうだね。レイフにはやや不利かもしれないけど――」

「なら、お前は高台から始めろ」


 それまで黙っていたゼインが、オーギュストの声を遮る。

 驚いて振り向くと、明後日の方向を向いたまま、目だけはレイフを見据えていた。


「……いや、有難い申し出だが、ここは公平に――」

「なら、お前の部下たちも付ければいい」


 きっぱりと言い放つゼインに困惑の表情を浮かべた。

 どこからどう聞いても、相手に塩を送っているようにしか聞こえない。

 普通、自分が有利となる条件を提示するものだ。

 ただでさえ、“ランクS+”と“ランクA-”では()()()()()()()があるのだから、ゼインが手加減を所望するなら理解できる。

 それなのになぜか、ゼインの提案はすべてレイフに利するものばかりだった。


 疑問に思ってオーギュストに視線を向けるも、彼も首を傾げて眉を曲げていた。


「どうしてそんなことを言うんだい?」


 レイフの内心の疑問を、オーギュストが代弁する。

 ようやく振り向いた小さな少年は、揺るぎない瞳で言い放った。


()()にするんだろ? なら、()()()()色々と盛らないと釣り合わない」


 まさかの答えに二人とも目を丸くする。


 侮られた、とはレイフは微塵も思わなかった。

 言葉や実績だけ見れば、そう思っても不思議ではない。むしろ、当たり前とすら感じる。

 しかし、彼の瞳を真っ直ぐ見つめた今では、その底知れなさに納得が先についた。

 オーギュストはというと、どちらの実力もよく知っていたため、彼の言葉に嘘偽りないと確信していた。いや、正確に言えば、()()()()()で決まるといって過言ではなかった。


 だからといって、はいそうですかと受け入れるほど、レイフは面の皮が厚くなかった。


「……いや、平原で対面した状態で構わない。それぐらいで負けるほど、私は弱くない」

「そうだろうね。何といっても、レイフの魔法は強力だから」


 物静かな口調できっぱりと否定するレイフに、オーギュストも追従した。

 そんな彼らに、ゼインが止めの一言を放つ。


「――どんな英雄を呼ぼうと、使()()()()()()()()()()。お前の召喚魔法は発動までに時間が掛かるだろ? 一秒もあれば、それでおしまいだ」

「――っ!?」


 ほの暗い視線を向けるゼインと、驚愕で目を見開いたレイフ。

 まさか、秘密にしていた魔法を一発で言い当てられるとは思ってもみなかった。

 確認するようにオーギュストに目を向けたが、静かに首を振って話していないと言外に語った。


 ゼインの言う通り、レイフの魔法は()()()()

 過去の英雄を彼の魔力で形作り、命を吹き込んでいた。

 この情報はトップシークレット。知る人間は()()しかいない。


 彼らが口を割ったとは到底思えない。

 現に、目の前の一人も、驚いて彼を見つめていたのだから。


「……まさかとは思ったけど、ゼインってそこまで分かるのかい?」

「こいつが特徴的過ぎただけだ。そこら辺の奴なら、ざっくりとした属性しか分からん」


 開いた口が塞がらない。

 彼にとっては、どんな魔力の隠蔽も形無しということだ。

 流石におかしいと思ったレイフは、そのことを尋ねる。


「……彼、どういう魔法を使っているんだ?」

「あー。……詳しくはこの場では教えられないんだけど、ちょっとした()()()()でね。そのうえ、魔力操作の腕がとんでもないせいで、看破に拍車が掛かっているみたいなんだ」


 ちらりと周囲を見渡したオーギュストが、レイフの耳元だけに声を届ける。

 小声で盗み聞きされぬよう魔法で対策も施して告げる。

 彼の説明を聞いたレイフは、僅かに眉を動かし、軽く目を(つむ)って言葉を飲み込んだ。


「すまないね。詳細は後で」

「わかった」


 それだけ言葉を交わすと、本題に戻った。



 ◆◆◆



 結局、始めの立ち位置は、距離を取るためにレイフが高台に、ゼインが平原にということで決着がついた。

 それ以外、制約は()()()()

 後は開始の合図を待つだけとなった。


 二人は睨みあう。

 全員が固唾を呑んで見守る中、職員の声が響き渡った。


「――始め!!」


 合図と共に、レイフの魔力が一瞬で高まる。

 手を前にかざすと、平原を埋め尽くさんばかりの人影が現れた。

 ゼインはその光景を静かに見守る。

 その態度がレイフにはいやに不気味に映った。


 (おぼろ)な人影がその輪郭を露わにした。

 全身甲冑に身を包んだ一団が剣を構えてゼインと対峙する。

 彼ら一人一人が()()()B()相当の能力を有していた。

 過去の戦歴から、()()()()()()()と睨み、レイフはこのような布陣にする。


 彼の呼び出せる英雄は、いくつか種類があった。

 一つは今、目の前に広がる万にも及ぶ軍団。

 よく彼が使用するものだが、ランクB-の実力を持った英雄を一万体まで展開でき、数の調整や連携、魔力消費の良さから、彼の代名詞ともいえる。


 二つ目は、友人の一人、「守護」のように盾を携えた英雄たち。

 こちらは数こそ十人ほどだったが、守りにおいては群を抜いた性能を誇り、盾の他に装備した剣や槌、鞭や手槍など、数々の武器で攻撃もする護衛にぴったりの英雄たちだった。


 三つ目は、魔獣を引き連れた集団。

 連合王国に数年前まで存命だった「獣騎」を思わせるその英雄たちは、多種多様な魔獣に乗り、地を駆け空を駆け、五十に及ぶ魔獣を持って敵を殲滅(せんめつ)する、そんな英雄たちだった。


 最後は、彼の奥の手でもあり、一番強力な英雄たち。

 その分魔力消費も()()()()()が、それに見合うだけの能力を有していた。


 そんな一万の軍勢だったが、それを前にしたゼインは、静かに顔を伏せていた。

 (いぶか)しげに趨勢(すうせい)を見守っていると、勢いよく顔を上げた彼は、両目を見開いて()()()()()を浮かべていた。

 ……いや、口角が吊り上がり、歯を覗かせていたからそのような印象を抱いただけで、彼自身は喜色満面にしているだけだったのだが。


 ゼインの両手に力が入る。

 袖から伸びる腕には血管が浮き出ていた。

 腰を落とし三色の尾を引きながら、甲冑の軍勢に挑みかかった。



 ◆◆◆



「……これは()()()()な」


 目を細め、手を口に当てながらレイフは独り言を漏らす。

 平原の彼が動き出してから、まだ一分も経たないうちに戦況が一気に傾いてしまった。

 それもそのはず。

 対人特化と思われていた彼が、()()()()()()を扱っていたのだから。

 手に纏わせて掌底を放つのは可愛いもので、遠くにいる英雄にまで、槍のような攻撃を雨のように降らせていた。

 掌底も、数体貫通するのみかと思いきや、彼の視界を塞ぐほどの面攻撃まで仕掛ける始末。

 縦横無尽に戦場を駆けながら、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せる。

 英雄たちの攻撃も、すべて(かわ)すかいなしてかすりもしない。

 倒された端から生み出して何とか均衡を保っているが、どう考えてもジリ貧だった。


「何がランクA-だ。()()()()()ではないか」


 厳しい表情で悪態をつきながら、彼の口元は緩んでいた。


 負けるのは正直悔しい。

 悔しいが、真っ向からぶつかって負けるのであれば、まだ納得がいく。

 むしろ、勝ちを拾うために一足飛びでレイフに向かってこず、正面切って打ち破ろうとするその気概を快く思っていた。

 彼が先刻言ってのけたように、開始の合図と共にここまで距離を詰めることぐらい、造作もないのはすでに承知していた。

 それをしないのは、一種の敬意を払ってのこと。

 ただ単に戦いたい訳でなく、レイフの魔法をよく視たいからだろう。

 その証拠に、戦いの合間合間に、彼へ向けて挑戦するような視線を送っている。


 “お前の実力は()()()()()じゃないだろう”


 そう、訴えかけていた。


「……仕方ない、か」


 深呼吸をして腹をくくる。


 本当は、始めの軍勢で倒せないなら降参するつもりだった。

 そこから足掻(あが)くのはみっともないと思って。

 でも、幼いながら崇高な精神を示した少年。

 将来を担う逸材に、レイフも何か力を貸したくなった。

 この戦いの後から友諠(ゆうぎ)を結んでも遅くはないだろう、と。

 そのためならば、()()()()()も許容範囲だ。


 彼が決断すると、甲冑の英雄たちが動きを止める。

 突然の異変に、ゼインも少し距離を取り、目だけをレイフに向けた。

 二人の視線が交錯する。

 レイフがふっと笑みを零す。

 すぐさま表情を引き締めると、またしても手を前にかざす。


 『――顕現せよ。その身は何人(なんぴと)も貫けず、その矛は何人も止められず。無双と(あた)わず、無二と(あら)ず。両者必至の化身となれ!!』


 彼の詠唱の後、甲冑たちの目の前に()()が立ち込める。

 轟きと騒めきが巻き起こりながら、人の数倍はある巨体が姿を現した。

 二体の巨人は必死の形相で顔を(ゆが)め、背後に様々な武器を携えた異形の存在だった。


 現れた英雄を見守りながらレイフは静かに息を吐く。

 表情を取り繕ってはいるが、全身脂汗をかいていた。

 今召喚した英雄たちの魔力消費が大きいことも一つの要因だが、彼の魔法は()()()()に時間が掛かる。

 数日前から魔力を練ることで、無理なく発動できる類のものだったが、今回は即興で生み出した。その場で変えられなくもないが、その場合、魔力の消費が通常の数倍掛かってしまうのが欠点だ。

 レイフ自身、総魔力量はかなりのものだったが、呼び出したものがものだけに、ほとんど底をついていた。

 それでも、そんなことはおくびにも出さず、静かに英雄に指示を出した。



 ◆◆◆



 目の前に現れた二体の英雄。

 それを見上げながら、ゼインは目を爛々(らんらん)と輝かせる。

 想像以上の猛者に、口元も大きく裂ける。

 返礼とばかりに魔力を高ぶらせた。

 その余波で、無意識に彼の両目は赤紫に変わっていた。


 膨れ上がった魔力。

 まだまだ実力を隠し持っていた少年に、レイフは思わず苦笑した。


 眼下では、目にも止まらぬ攻防が繰り広げられている。

 二体の英雄が、手を替え品を替え、背中の武器でゼインを攻撃する。

 対する彼は、先ほど同様すべて躱しつつ、巨大な英雄に反撃を仕掛けていた。

 頑丈でなかなか傷つかないはずの二体に、浅い生傷が刻まれていく。

 レイフの魔力を糧にしているせいで本来の実力を発揮できていないが、それでも生半可な攻撃は効かない。

 二体が手にした武器も、半ばでへし折られ、砕け散る。

 それだけゼインの攻撃が強力なのだと物語っていた。


 奥の手を切って早二分。

 数時間戦い抜いた気でいたが、蓋を開けるとまだそれだけしか経っていない。

 それなのに、状況は確実にゼインに傾いていた。

 今も、彼の掌底を胸に受けて片方の巨体が揺らぐ。

 相方がカバーに入るも、顎を蹴り上げられ、宙を舞う。

 すかさずゼインの渾身(こんしん)の一撃が英雄を襲う。


「ハハハハハ……」


 レイフの乾いた笑いが虚しく響く。

 見上げた先では、英雄を突き破ったゼインが、疲れた表情を見せながらも、楽しそうに笑っていた。

 流石にレイフも限界だった。

 一体が倒されたことで片割れも透け、たちまち魔素となって消えていった。

 まだ甲冑の集団がいくらか残っているとはいえ、この状況ではどうしようもない。


「……ここまで、か」


 降参を告げようとレイフが動き出す。

 ゼインも地面に着地して、彼を見上げていた。


 これで終わり――。


 誰もがそう思う中、突然の()()()が現れた。



 ◆◆◆



「――クソッ!」


 その闖入者(ちんにゅうしゃ)は、剣を大きく振りかぶってゼインに突撃した。

 強い言葉を吐きながら振り下ろす男を、ゼインは足蹴にする。


「グハッ」


 吹き飛ばされる男。

 他にも彼の後に続いていた人間が複数いたらしく、彼らも巻き込んで飛ばされていた。

 水を差され、冷え切った視線を向けるゼイン。

 彼らを改めてよく見ると、レイフと似た格好をしており、どうやら部下の一部だったようだ。

 身に付けた防具を確認すると、ゼインは一瞬で距離を詰め、掌底を放った。

 目を開けていた彼らの一部は、迫りくる掌に死を予見した。


 ガンッ――。


 鳴り響く金属音。

 ひしゃげた大盾。

 彼らの命を刈る一撃は、レイフの生み出した()()によって阻まれた。


 恐怖で全身を強張らせる男たち。

 そんな彼らを無視して、ゼインはゆっくりと振り返った。

 視線の先、土気色をした英傑は、小さく首を振っていた。

 ゼインはため息を吐く。


「――別にお前らが参戦しても良かったんだが、あいつの顔に免じて()()()()()()にしてやる」


 冷酷な言葉を吐き捨てる。


 彼の言葉通り、レイフが不利と見るや否や、居てもたっても居られなくなった部下の一部が暴走したのが今回の経緯だった。

 ゼインとしては、始めから部下の参加は織り込み済みだったので違反とも思わなかったが、レイフはそれを良しとしなかった。

 戦う前の取り決めでも、場所以外は特に指定せず、他の禁止事項も挙げなかった。

 ……普通なら違反扱いされるのだが、ゼインが予め許可する旨の言葉を発していたので、今回に限ってはギリギリ違反にならなかった。


 呆気に取られる彼らを置き去りに、ゼインはレイフの元へ向かった。



 ◆◆◆



「……すまな、かった」

「別にいい」


 姿を見るなり謝るレイフにゼインは首を振る。

 そのまま手を背後にやって魔力回復薬を渡そうとして、レイフが手でそれを押し留める。

 途端に渋面を浮かべるゼイン。

 そんな彼に、ふっと微笑み、最後の言葉を告げた。


「……ありがとう。あとは、ま――」


 言い終える前に、彼の体は崩れる。


「おいっ!」


 慌てて体に触れると、彼はすでに()()()()()()()


「――ちっ」


 苦々しげに吐き捨てる。

 ゼインは彼をそっと抱き上げると、ゆっくりと高台から降りていく。

 彼の表情は長い白髪に遮られ、窺い知ることは出来なかった。



 ――代理戦の勝者はソール連邦。

 何とも後味の悪い勝利だった。


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