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4話 英傑との邂逅

聖法歴1018年10月3日



 いつもと変わらない朝食。

 いつもと同じ軍の練習風景。

 いつもと変わらない日常――。


 そんなありふれた毎日を続けられると思っていた。

 あの日、彼に会うまでは――。



◆◆◆



 その日は珍しく、旧友のオーギュストが軍の訓練場に姿を現した。

 普段は執行官として働く彼がここに来るのは珍しい。

 執行官も軍人同様、武力を求められるとはいえ、あっちにも専用の訓練場があるからだ。

 時折行われる合同訓練にも彼は不参加のため、会議以外で彼と会うことが本当に珍しい。

 そんな彼が数人を引き連れて現れた。


 「君がここに来るのは珍しいな」

 「やあ、シモン。お邪魔するよ」


 傍に近づいて声をかける。

 連れてきた人を眺めると、いつも一緒にいる彼の部下たちの他に、見覚えのない少年がいた。


 「この少年は?……まさか君の隠し子とか」

 「今日は彼のことでお願いがあってここに来たんだ」


 茶化すように尋ねると、表情を変えずに質問をはぐらかされた。

 ……いや、危うく見逃しかけたが、僅かに眉が揺れていた。

 訳ありか――。

 こういう時に彼が持ってくるのは厄介ごとばかりで楽だった試しがない。

 思わず眉をひそめてため息をつく。

 そんな私の様子を見て、笑い飛ばすように答えた。


 「ははは、そこまで深刻なお願いじゃないよ。ちょっと彼の実力を測る手伝いをして欲しいんだ」


 確かにお願い自体はたいしたことは無い。

 それぐらいなら執行官たちでも事足りるだろうに、わざわざ軍に来た理由は何だ?

 正直言って、オーギュストが相手すればいいだけだろうに。

 ――なんたって私よりも強いのだから。

 この少年には実力を隠しておきたいのか、はたまた別の事情があることは想像に難くない。


 「――分かった。軽く相手しよう」

 「ちょっと待ってください!」


 少し悩んでから答えると、今まで様子を伺っていた部下たちが騒ぎ出した。

 代表して声を上げたのは、副官であるカイラだった。


 「彼の実力を測るなら、わざわざ閣下のお手を煩わせることはありません。私が代わりに相手しますので」


 彼女はそう言ってオーギュストを冷たく睨みつけた。

 オーギュストは肩をすくめるだけで反論しない。


 「――で、結局俺は誰とやればいいんだ」


 今まで黙っていた少年が興味なさそうに口を開く。

 改めて少年を見ると12歳ぐらいだろうか。

 どこにでもいる普通の少年かと思っていたが、よくよく見ると違和感がある。

 見た目にそぐわない落ち着いた雰囲気があるからか、目に感情が宿っていないからか、はたまた立ち振る舞いに隙が少ないからか……。

 判るのはこの少年がただ者ではないことだけだ。


「――私が相手します」


 少年の物言いに怒ったカイラが冷たく言い放つ。

 そこからは周りの動きも早く、あっという間に場が整えられた。

 少年とカイラが相対する。


 「初めに言っておきます。私は戦闘ランクB+です。見たところ、あなたは戦闘ライセンスを発行してもらったばかりかと思いますが、ランクはいくつですか?」

 「知らない。――いくつだったんだ?」


 彼女の問いかけを、少年はぶっきらぼうにオーギュストへ投げる。

 釣られて皆、私の隣にいる彼に目を向ける。


 「――彼の戦闘ランクは()()C+だ」


 オーギュストの言葉に周りはざわついた。

 ほとんどが少年や連れてきたオーギュストを侮るような態度を示す。

 相手役を買って出た彼女もわずかに眉をひそめて怒りをより露わにしていた。

 そんな空気の中でも、少年は関心がないのか先ほどと変わらず、自然体で佇んでいた。


 「――それで、()()とはどういうことだ?」


 周りが騒がしくしているうちに、隣にだけ聞こえるような小声で質問をする。

 彼は顔を動かさず、前を見つめたまま小声で返してきた。


 「そのままの意味さ。実力を上手く測れなかったから、試験官たちが()()と評価せざるを得なかったんだ」

 「……実力を測れなかった?魔道具が故障していたのか、それとも試験官の実力不足だったのか?」


 思わずありもしない可能性を疑った。

 あの賢人会が一個人の実力を測れなかったというのは、長い歴史を見返しても聞いたことがない。

 まだ故意的に測れなかったことにした、と言われたほうが納得いく。


 「私も目を疑ったよ。彼からはそれなりの魔力を感じるのに、魔道具の計測板で一切魔力が検知されなかった。魔力の隠蔽がどれほど上手くても、いや、隠蔽できるなら()()()()というのはあまりにも不自然だからね」

 「そうだな」

 「そのせいもあって魔法の属性も分からず自己申告になったし、近接戦ぐらいしか評価ができなくて()()()()で落ち着いたんだ」


 だから君の意見を聞きたかったんだ、と肩を竦めてうそぶく友人は、昔見た智謀を巡らせていた頃を思い出された。


 「……なるほど。ちなみに、お前の見立てではどの程度だ?」


 彼はしばらく考えた後、おもむろにハンドサインで応えた。


 「――!?」


 それを見た途端、思わず彼を振り向きそうになった。

 昔使っていたハンドサインに懐かしむ暇もなく、顔を取り繕うのに必死だった。

 彼が示した答えは「ランクA+以上」――。

 私以上の実力があるとみているらしい。

 今までの少年の印象からランクB帯かと考えていたが、改める必要がありそうだ。

 そして、軽率に口には出せないからこそ迂遠な方法で応えたのか。

 周りに気付かれないよう小さく深呼吸をして、少年と副官の戦いを注視することにした。



◆◆◆



 「あなたの実力を測る、とのことですので、手は抜きませんよ?恨むならこの状況を生んだ()()()を恨んでください」

 「ん?好きにしたら」

 「……そうですか。わかりました」


 相も変わらない少年の態度にカイラは静かな怒りをにじませる。


 「それでは、両者構えて。――はじめっ!!」


 審判の掛け声とともに、彼女は即座に動き出し距離を詰めた。

 踏み込みは鋭く、宣言通り手加減抜きの速さだった。

 少年は彼女の動きに一切動じることなく、ただただ待ちの構えだ。

 そんな少年の様子に気付きつつ、彼女は走りながら腰に携えた剣に手を添え、少年の腕めがけて振りぬいた。

 さすがに初撃は様子見なのか、全力ではないにしても、なかなか鋭い一撃を放っていた。


 ――回避か、防御か。

 少年の動きにこの場の誰もが注目する中、突如カイラがくの字に折れ曲がり、後ろに勢いよく吹き飛ばされた。

 カイラの体は地面を転がりながらも勢いが収まらず、壁に叩きつけられてようやく停止した。

 目の前の光景に静寂が広がった。


 「で、まだやるか?」


 ゆっくりと彼女に歩み寄った少年は見下ろしながら尋ねる。


 「ま、参りました……」


 痛みと屈辱で顔を歪めたカイラがか細い声で負けを認めた。


 今の戦いを見ていた者たちの大半は、少年が何をしたのか理解できていなかった。

 私と隣の友だけが、彼の動きを捉えられただろう。

 少年はカイラが目の前で攻撃した後に、片脚を上げて蹴りを放っただけだ。

 先ほどの会話がなければ、私も見逃していた可能性がある。

 それほどまでの速さで蹴りを放ち、元の姿勢に戻っていた。

 目で追えなかった者たちは彼女がいきなり吹き飛んだように見えたことだろう。


 幸い、少年は手加減をしたようで、大きな怪我は無いようだった。

 少年にその気があれば即死だったであろう一撃。

 彼女もそれが理解できたから素直に降参した。

 医務室に運ばれる彼女を眺めながら、どうしたものかと内心ため息をついた。



◆◆◆



 「――では、当初の予定通り私が相手をしよう」


 周りが落ち着いたのを見計らって声をかけた。

 私の言葉に周囲の者たちも色めき立つ。

 今まで興味なさそうにしていた少年も、私を見ると目を細めて探るような視線を送ってくる。

 それらを異に返さず、隣の友人に顔を向ける。


 「審判はオーギュスト、君が務めてくれ」

 「しょうがないね」


 やれやれと言わんばかりにオーギュストは肩を竦めて歩み出る。

 私も悠然とした足取りで訓練場の中央へと向かう。

 少年と相対すると彼の言葉が真実味を帯びる。

 先ほどまでと打って変わって、真剣な面持ちでこちらを見つめる少年。


 「双方構えて――」


 オーギュストの掛け声で少年も構える。

 この姿を最初から見ていれば、この場の誰もが少年を侮ったりしなかっただろうに――。

 そんな愚痴が零れそうなぐらい、この少年は異質だった。

 腰を軽く落とし、両手の掌を軽く開いて構えをとる少年は、武術を学んでいたらしく、さまになっていた。

 私は静かに鞘から剣を抜き、切っ先を少年に向ける。


 「――はじめっ!」


 掛け声とともに少年が一直線に向かってくる。

 さすがの速度で、空いていた距離を一足飛びに詰めてきた。

 彼の間合いとなる刹那、私は一歩踏み込んで横一線に切り払う。

 当たる寸前、彼は飛び込んだ速度と違わぬ速度で後ろへ急反転した。


 ――どういう身体能力をしているのか。

 あれほどの速度で直進しておきながら、硬直なしに後ろへ跳ぶなど、身体が保たないだろうに。


 跳び退いた少年は体を低くして着地する。

 そのまま先ほどと同じような速さでまた飛び込む。

 また同じ手かと思った矢先、私の間合いの数歩手前で急に横に跳び、かく乱するように周囲を跳び回る。

 速度では完全に少年のほうが上だ。

 下手に追わずに彼の出方を待つ。

 数周したところで、不意に私の後ろ、死角を突くように飛び込んできた。

 振り向きざま、剣を横凪ぎに振ると、またしても彼は跳び退いて躱す。

 そして再び、速度を活かして攻めてくる。

 幸い、目で追えないほどの速度ではない。

 後手に回るがいくらでもやりようはある。

 彼が攻めて私がそれをカウンター気味に返す、そんな攻防を幾度か続けた。


 「――そこまでっ!!」


 不意にオーギュストの声が響き渡り、私と少年が立ち止まる。

 双方ゆっくりと構えを解く。

 都合六度目の攻撃を捌いたところだった。

 静かに息を吐く。

 少年を見ると煮え切らないような表情をして考え込んでいた。


 「二人の素晴らしい戦いに拍手!」


 オーギュストの言葉で、堰を切ったように周りから歓声が上がる。

 それを皮切りに、部下たちは少年に歩み寄って褒めたたえた。


 「すげぇよ、少年!速すぎて全然見えなかったぞ!」

 「この歳でこの実力!?将来が楽しみだ」

 「君、本当にランクC+!?絶対もっと上でしょ」

 「ねぇねぇ。どんな魔法を使っているの?」


 先ほどまでと打って変わり、少年を歓迎する雰囲気が生まれたことは喜ばしい。

 歓迎を受けて煩わしそうに払いのける少年に温かい眼差しを向ける。

 静かに見守っていると、オーギュストがそっと近づいてきた。


 「――それで、どう思った?」

 「……ポテンシャルは想像以上。実力はまだまだ、といったところか。

  特に対人戦の経験が浅すぎる。速さには目を見張るものはあるが、駆け引きが単調だ。

  最初は油断させるためかと思ったがそういう訳でもなさそうだった」

 「なるほどね」


 わざわざ聞く必要もないだろうに。とんだ茶番だ。

 呆れでため息をつきそうになるのを堪え、ふとした疑問を口にする。


 「そういえば、彼の使える魔法はどんな魔法なんだ?結局判らず仕舞いだったが」


 あれほどの動きをしたのだから身体強化は使えるとして。

 わざわざ先に話したぐらいだ、それだけではないだろう。


 「あくまで自称なんだけどね――」


 そこまで言うと一度言葉を切り、もったいぶる。


 「――空間魔法。彼の使える魔法はそれだけらしいよ」


 友の言葉にしばし考え込む。

 体術ができて空間魔法も扱える武術の流派というと私は三つしかしらない。

 一つは錫杖や棍棒などの棒術を扱う流派。

 一つは大楯から小楯まで幅広い盾術を扱う流派。

 一つは掌底と蹴撃を軸とした格闘術を扱う流派。

 どの流派とも戦ったことがないので定かではないが、彼はおそらく今は亡き流派の――。

 そこまで考えて頭を軽く振って切り替える。


 「……何はともあれ、少年の今後の成長に期待だな」

 「そうだね」


 優しく微笑む友人をその場に残し、私は部下たちに囲まれて嫌そうにしている少年のもとへと向かった。


 新たな英傑の誕生に心躍らせながら。


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